固定稽古場2日目。

稽古は進んだりつまずいたり。

2つ部屋をとっているので、同時進行しながら進めてみたら、
意外と大変だった。

でも一番は、30分間だけ休んだら、その後の稽古の疲労感が半端なくて、
立て直すのが大変だった。

休みは適宜かとらないかがいいんだ。

私の大好きな矢内原美邦さんは休憩とらないので、できたらそうしたい。

でも本当は、制作室とか談話室でみんなと遊びたい。

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25日
やっぱり毎回ブログ書くのはさすがに難しい。
今日で最後のジプシー稽古。
だんだんみんなの気合いも入ってきて、
稽古がぐんぐん進んでいく。
 
自分も調子のいいときと悪いときで、
勘が冴えるときとそうでないときの差がけっこうあるので、
一定に保ちたいんだけど
なかなか難しい。
 
俳優が100回やって100回同じ芝居をするのが難しいのと一緒かな、なんて。
 
機械じゃないんだから、仕方ないのだけど
なんとかコンスタントにいきたい。
 
少し違う話になるのだけど、
日舞もすでに5、6年やってて、相変わらずラジオ体操みたいな私なんだけど
始めにやる摺り足の稽古で
先生に話しかけられたりしてお話ししながらやると、この一見簡単な動作がどうも上手くいかない。
 
なんだか知らないけど、フラフラするし、下半身も定まらす、上手く前に進めない。
 
それで、おしゃべりによって集中が切れるから、
きちんと摺り足ができないのかなと考えていたんだけど、
別に他のこと考えても
そんなに難しい動作じゃないから
それなりのうわべくらいは全然できるわけで。
 
じゃなんでって考えていたら、この頃呼吸の問題なんじゃないかと思ってきた。
 
というのは呼吸ってとにかく大切で、
日舞に三つぶりっていう首の動きがあるんだけど、
吸って止めて、最後にはかないと、なんだか様にならないんですね。
生きてる感じがしないというか。
 
(他の人は違うやり方してるのかもしれないけど少なくとも私はそう思ってて)
 
だから、しゃべると呼吸が乱れるから、こんな単純な動きでも
できないみたい。
 
てことは、つまりダンスも呼吸のタイミングは、吐く位置を決めないといけないんだなー。
 
 
チケット予約はこちら
http://ticket.corich.jp/apply/58239/002/ 
 
 
二週間きりました!
 
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俳優稽古。
13時から22時まであっという間だった。
だいぶ、壁にぶち当たっている。
そろそろ決める作業をしないといけない時期。

明日の通しを見て、
また次の方向を決めようと思っている。

小屋入り三週間をきった。


チケット予約→
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堀川:稽古場日誌10

木曜、オドリコ稽古日。


事情により遅れてしまって、みんなが公園にいたので、そこで踊ってもらった。
暗い中で踊ると維新派みたいで、
構図としてすごいかっこよかった。

劇場という空間には終わりがあるから、こう終わりない空間というのは、
それこそ大道芸の「天と繋がる感覚」が必要なんだと思う。

だから、室内で稽古していると感覚が狭められてしまう。
踊りきるのを見て、そんなことを考えた。


それから、大事な感覚で
終わったらだれかが、人がみてて恥ずかしいって言っていたので
カッコいいとしか思わなかった自分からしたら
そういう感覚があるのかと目から鱗だった。
確かに、演劇って恥ずかしいって感覚はまだ世間に残ってるし、
やってるひとだって思うわけで、
そう考えている人が大多数なんだ。

いろんな感覚があるなと再認識。


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堀川:稽古場日誌9

水曜、ホコリズム稽古日。
オドリコとの話し合い。
とにかく、「社会」について話す。

や、話すとかというより意見発表会。

前オリザさんがディスカッションっていうのは
何が一番よいかを検討することで、
飛んで話をしないこととか、
決めつけないとか、
一部の人とだけで話をしないことみたいなのを言っていた。

あと最後に言った人の意見が採用されがちな傾向にあると言っていた。

だけど本当にその通りで…わかっているから、なおさらダメだなと反省。

今日はたぶんもっと静かにゆっくり話さなければいけなかった気がする。


「社会」は、すぐ隣にあるもんだし、
あまりに近すぎて、感覚がマヒしているのかもしれない。




ゲストのちゅうサンもいらした。
パントマイムがすごく、カッコいい。
わたしが同じ役をやるなんて、プレッシャーが、、
だから、わたしも演出として、見つつ、でも俳優として入りながら、少しずつ進めていく。



一人が担う「演出」と「俳優」の境目がとても肝心だなといつも考えさせられる。

自分の劇団に俳優稽古で入ると、
ここの顔あげるシーンは速い人が多いから、自分はゆっくり顔をあげようとか、
考えたりする。

(蛇足だけど、こういうこと考える人ってたいていB型が多い。
血液型で人のタイプを決めるのは日本だけでナンセンスかも知れないけど、わたしは結構信じている。
なぜなら、身体の成分が違うんだから。

稽古場で一人だけ他の人たちと違う意見をいったり、騒いでいる輪に入らず一人傍観して他のことしてるのもたいていB。
あと、わたしもB。だれか同意してくれる演出家いないかな


話を戻すと、ゆっくりあげると、逆に
「それ、やっていいんですか?」って尋ねられたりすることが、過去に何度もある。

顔をそこは上げてって指定したら、好きにやってくれればいいのだけど、
結局演出家が俳優もやって、違うことすると、
それが全体の演技の方向性のように思われてしまいがちで、つまり「個人的な芝居」も、
全体のテーマとして扱われてしまいそうになる。
本人は途中から稽古に入るもんだから、ときどきしてるんだけど。


だから自分の劇団では、限りなくミニマムに、目立たない芝居をするようにしている。
聞かれなくても、わたしの間違えた稽古もできてない演技に惑わされてしまう
もしくは出演しない。

あと演出家=俳優ってのは、
自分が舞台に入ってしまうと、
他の俳優にそこは「NO」というときに
俳優としての自分がやりづらいのか、
演出家としての自分が
客観的な判断が難しいことが多い。

いつもそれについて迷うので、やっぱり自分の代役をたててある程度、
というかかなり自分の動きも決めてから
入らないと、いけないんじゃないか。
少なくともわたしはそう。