サイレントルーツの実

先住民文化と歩く毎日のつれづれ。
食・子育て・自然農・鉱物や菌類。癒し。語りべ。
民族楽器とともに語る昔話への道・先住民の方々との日々。
淡路島移住生活・母子疎開支援


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旅してます。
発作的な心の旅。
 
はじまりは10月1日の新月からで、その最初は郵便をポストに入れて家に戻るつもりが。。。気がついたら南あわじを一周。なんとなく帰りたくなくてね。
そしてなぜか民泊をしている20年来の友人Mが閃いたのでMのところに行き。
 
Mは私が何をするでもなく家の中の本を見たりしているのを温かく見ていてくれ「今日はゆったりしたいんだね」と「このビデオいいんだよ~」と二人と犬1匹(Mは黒丸と言う犬を飼っている)で世界のリズムのビデオ?を見ていました。
日も暮れてきたので「そろそろ帰るわ」と帰宅。
 
20年の付き合いがなせること、その静かな静かな時間が何とも言えずありがたかったです。


その後、家に帰ってはずかしながら涙腺崩壊。
 
まぁ更年期と言えば更年期なんだけど
昔から抱えていたものがやっと出て来れたようで。
 
人間深い深いものが出る前って心が凍ったようになることがあるのだけれど(これは人にもよるかな)
幼いころの寂しさや怖さが涙とともに出てきました。
それは泣かないとわからない。
またこれは人のセッション時に何度も体験したことで(私のセッションではなぜか人がよく泣きます)、なぜか泣いた後に人生が変わる方が多いようです。

胸のつかえと共に意識されて訳わからない焦燥をともなって、ある意味パニックなのだけれど、
私は人を癒す身なので自分のことも死ぬほどその痛いところ、というか不快な訳わからん辛さを何度も体験してきているので(癒し人は自分を癒すことは必須。そこに人に対する思いやりややさしさも産まれます)、多少は耐性がついているのでやっと感じられたというか。

私の幼少の頃はDV家庭だったのと母親が余裕ないんで年子の弟もいたし、母と弟を守らねば!と寂しさや怖さを感じてる暇なんてなかったのでした。誰も助けてくれる人はいなかったしね(散々周りの大人には言ったのですが誰も信じてくれなかったし、どうすることもできないと3,4歳の時に周りの大人に言われ,一人で頑張らなきゃならないんだ、強くならないといけないんだと思い込んでしまっていたのでした)。
その深いところのものがようやく浮上してきました。

 
自分でも意外でした。
この領域は21の時に心臓の機能障害が発覚してペースメーカー以外に治しようがない、と言われてからあらゆる療法を渡り歩き、心理関係も渡り歩き、セミナーや呼吸法やありとあらゆることで家が一軒建つくらい散々やってきたところだったからです。

幸い心臓の機能障害は今では医者が誤診だったのではと言い出すほどの治り方をしましたが、最後の核のところはまだ残ってるなあと薄々は感じてはいました。

今ちょうど夫も出稼ぎ、息子も家を出て、古民家に一人ポツン(息子のところに行ったり来たりですが)、そして寝れないし、飲み物は飲めるものの、食べれないし、何にもできないという状況と更年期のホットフラッシュと情緒不安定が後押ししてくれました。
(こういう状況の時は何をしても治らないのだと体験)

Mのところから帰ってきて夜のしんどさ(家族が出ていってしまって誰もいない古民家の夜は精神的にハードです)に横になってみても眠れない。
身体は暑い。動悸はすごい。気持ち悪い。気持ちは大揺れ、涙もにじみ出る。ザ・更年期。
あんまりしんどいので閃いた治療師のたくましい友人Rさんに電話して話し気がまぎれたもののあまり眠れず朝を迎えました。

翌朝、余りのしんどさに発作的に荷物を積みこんでどこに行くのかわからないまま、心に重い鉛を抱えて車を走らせ、閃いた友人Yに会い。
そこで私は泣きたかったのに泣けなかったのだとはっきりわかり(泣けないのはつらいですね~)。
けれど大泣きはできず、海を見ていました。(友人の家は海がよく見える家)
そんな私を友人はただ側にいて、無理をするのでもなく一緒に海を見てくれていました。

世界が少し色を取り戻していきました。
友人は「旅がはじまったんだね。帰ってきたらどんな旅だったのか聞かせてね。行ってらっしゃい」と手作りのおにぎりを二つ持たせて送り出してくれました。
 
おにぎりのぬくもりがただ、ただありがたく。

心が裸になってヒリヒリしている状態なのですが(情けない状態とも言う)、いつも分厚い鎧をつけて仮面をつけて笑ったり頑張ったりしていたんだね、とはっきりと自覚。
ま、仕方ないよな、にんげんだもの、そういうこともあるよねとも思いました。
(今まで意識はあって無理してんなあと以前から分りつつも自分ではどうすることもできなかったのでした。)

次は橋を渡り神戸の、すずらんの湯へ。
昨日の夜、古民家で一人つらいねん、とひらめいて電話した同じ古民家暮らしをする治療師Rさんの「季節がらもあるよ。腎臓あっためるのにヨモギ蒸しいいよ~」とのコトバをなぜか思いだし、そういえばヨモギ蒸しの無料体験チケットあったなと思いだして神戸のスズランの湯へ向かったのでした。
なぜか道に迷い、なぜか渋滞(いつもはこの時間は渋滞ではない)。
雨も土砂降り。
なぜかものすごく不安になり、とても心もとなく、泣いちゃった。生まれて初めてのことでした。
それは母にかまってもらいたかった私の心でした。
なぜかさらに車の渋滞は続き。
その心もとなさは怖さになり。気がついたら「怖いよー怖いよー」と声を出して大泣きしていました。これも産まれて初めて。
それは父が暴れ母が血を流している光景の時の想いでした。
(車の中だったのですが対向車の人や前の車の人はちょっと驚いていたかもしれない)

わかったとたん雨がやみ、光が指し、渋滞が終わりました。
出来過ぎやん、と思いつつ、こういうのもあるんだなぁ、と不思議な納得感で。

ヨモギ蒸しは初体験。子宮があったまりますね。
それもあってかなぜかいつも前に膨れていた子宮のところ(何年も腹筋しても大声出してもへっこまなかった)がなぜかぺったんこです。ずっと守ってたんだね。

次はどこに行こうかなと思うと強烈に元町で堀江座というカレー屋さんをやってるセイさんに会いたくなり。

会いに行き、夏に東京の友人と久しぶりに再会、心の底から笑いあったことや、今一人で古民家にいてしんどいけれど、11月から20年来の友人が来て同居、新しいプロジェクトができそうなことを、私のお気に入り堀江座のケーキ(名前忘れました。乳製品、卵使ってないココアケーキです)を食べながら話しました。
セイさんの受け答えやまなざしが温かく。それは生きるか死ぬかをくぐりぬけて共に生きようと頑張ってきた人や、阪神淡路震災を体験した人たちが持つ温かさで。
今後のヒントもいただいて、心も体も軽くなりました。

そしてふと、私の大好きな「木削りのようさん」が5日に堀江座で木削りをするとのチラシが目に入りました。その場で即、参加予約。台風直撃だろうと「ようさん」が来るなら行きたい、と。
思いがけなかったです。ようさんは一年に1,2回関西を回るだけなのでこのタイミングで再会
できるとは。
この機会に自分に最高の時間をプレゼントしたくてちょっと値段はするけれど思い切っての参加予約なのでした。
ようさんには東京杉並のほんのう寺で出会い、その空気感が大好きでしたが、私は幼い頃木削りは誰に教えられたわけでもなくやっていたので、ようさんの木削り教室にはとても魅かれるものの出たことがなかったので。
 
そして神戸の息子のアパートへの帰途につこうと車を回し、店じまいをしていたセイさんに挨拶したら、「一人じゃあかんよ。人と一緒にね」とセイさんのコトバ。
帰り道車の中で泣いてしまいました。

今、深い充足感とある種の疲れとともに静かな時を味わっています。
 
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今日は満月なのだそうで。
古い人間関係を終りにして新しい魂のつながりの人間関係が始まる時だとか。

5月から神戸~淡路島とあわただしい日々を暮していました。
車が廃車寸前で脱輪とエンジンストップの恐怖におののきながら地元のじいちゃんらから直々に燃費を伸ばす方法・なんとかエンジンを持たす秘訣を教わり、その方法でナントカしのぎ、その間中古車募集!で色々あったってみたり(めでたく良い中古車来ました!)、例によって食べられる野草で食べ物作ったり、釣りして獲物を干物にしたり、相変わらずのサバイバルぶりでした。

そんな中。
8月11日から15日まで東京に戻っていました。
3年ぶりの里帰り。

仕事をしながらの移動でしたが、ホンマにありがたい出会いの数々で。
http://ameblo.jp/megu363/entry-12189541324.html (体験者の方の声)

そして。
今回の里帰りのメイン、「実家の周りをうろつく」(怪しい人だなぁ)をしてきました。
実家と言うのはDV家庭でして、私はサバイバー(生き残ってきた、との意味をこめて心理学では問題のある家庭で育った子どもをサバイバーと呼ぶのです)なわけですが、サバイバーと言うのはいじめにあいやすく、長じてからも色々あります(得てして父親との関係=社会面、母親=心理面、人間関係で現れます)。

私もご多分に漏れず、その洗礼を受け続け、くぐりぬてきた人生です。
そのサバイバルで目に見えない傷だらけです。
何が引き金になるかわからないけれどフラッシュバックはしょっちゅうでした。
なので、里帰りと言うのは私にとっては引き金たくさんあるトラップだらけの場所に行くようなもので、フラッシュバック(現実には何もないのに昔のようにショック状態になることを言う。動悸、息切れ、冷や汗で動けなくなる)との戦いです。
そんな自分の状態もあるので実家には泊まれません(精神的に弱っている人が大嫌いな両親なのです。)。なので自分のためにも他のところに滞在。

淡路島に移住してからと言うもの、色々あって私もたくましくなりました。
それでもフラッシュバックはなくなることはないようです。
小さくなることはあっても。
自分は催眠技術士でもあるので自分にさんざん催眠をかけてフラッシュバック対応はしていますが、全くなくなることはないんですねぇ。
実感としてはフラッシュバックを超える幸せ体験が必要なようです。

今でも夜の大きい道路でたくさん車が走ってるところの車のライトとかを見るとちょっと心ふるえます。
母親が幼い私と弟を連れて父親から逃げてどこへ行こうと、とぼとぼと歩いている道路を思い出してしまうのです。
そんな時は必死に子どもの顔や夫のおバカなモノボケを思い出しています。
ちょっと変わった家庭ですがお互いを思いあう暖かな空気感がフラッシュバックをちいさなものにしてくれています。

さて。
最近私は立て続けに妙な夢を何回か見ました。
実家の近くを走って、あるいは歩いているのです。
実家を離れて28年、実家の近辺はフラッシュバックが起こってしまうのでじっくり歩いたことがありません。
不思議な夢を見るものだと少し気にかかっていました。
それもあって今回、弟に実家の側で会って実家の状態報告も含めて(いまだに父と母は一緒にいるので。ケアマネさんが入って父が暴れたり暴言をすることはなくなりました。時代は変わるのですね)話し合った後、実家の周りを歩いてみて、そして1歳から中学に入るまで住んでいたところにも行ってみました。

やはりフラッシュバックはあって胸がしめつけられるようになったりもありましたが、とてもとても小さなものでした。それが意外でした。
「こんなにも小さかったんだ」
実際に子どもの頃とてつもなく大きく感じていた駐車場はとても狭いところで。
長く感じていた通学路はあっという間に歩けるほどで。

その中でも昔と変わらないところにオシロイバナが昔と同じ香りを漂わせていました。
ここにオシロイバナの種を蒔いたのは私で、それからずっとここに咲き続けていたんだなぁと不思議な気持ちになりました。

そして。
夢で見たところは夢の通りにありました。
不思議ですね。
昔と変わらず大きな木が屋敷の周りを取り囲んでいる場所で、
昔の夏と変わらぬ、蝉の声の大合唱。
「呼んでいたのはあなたでしたか」
思わず私は心の中で大木に話しかけていました。
その少し先は私の知らない新しい建物が立ち。
なんだか過去と現在、少し先の未来が混然とその場にあるようで、不思議な風景が広がっていました

それが今回の東京の旅で、昔と変わらず「東京に来てるんだって?会おうよ!」と連絡があって会っていた友人たちとのやり取りと相まって。
昔は気がつかずスルーしていたであろう、友人たちの機微、そして知らなかった友人たちの人生の深い話や、友人たちが語らずにあらわしているものを一緒に体験できて。

淡路島に移住してから5年、いいことも悪いことも色々あって、生きるっていうのは時にはかなりえぐいこともあり、その反対にだからこそ、今一緒に生きている時間を大切に、困っている時はお互いさまで、とも体験してきて。

年をとったからなのか、サバイバル生活の恩恵なのか、東京にいた時とはだいぶ違う風景が見えてきたようです。

淡路島の自宅から山の上から月が昇ってきたのが見えます。
新しい始まりが待っているようです。

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皆さま、お久しぶりです。
 
昨日は満月でしたね。
それはそれはとても美しい満月でした。
 
この4月、息子が15歳ですが独立、神戸の高校に。お寺さんのアパートから通っています。
夫は出稼ぎで住み込み。
私は淡路島に残り、自然農&循環する暮らしの受け入れ準備です。
私は神戸と淡路島を行ったり来たり。
息子のアパートは私の神戸での事務所にもなっています。

ホンマにひょんなことでこうなるとは思わず。
が、なぜかわからないけれど「なんとかなる」という予感がしていましたが、ホンマにどうにかなってしまいました。
こんなに早く実現するとは思っていなかったわ。
人生何があるかわかりませんなぁ。
 
急ピッチで進む中、家族で何度も話し合いました。
言いっぱなしのききっぱなしで共有する、いつも私がやっているトーキングサークルを、家族で薪ストーブの火を囲みながら。
結論はできない、ただ感じていること、思っていることに耳を傾けあっただけなのに、あら不思議。
なんだか前より家族の絆が深くなったみたいです。

そして今は結婚前の一人の時間に戻っています。
(と言っても一週間に一度ぐらいは自然と家族集合しているのですが。)
先住民の世界では「森に入る時」になったと言います。
「精神の森」、かなぁ。

私は仮死状態で産まれて蘇生してますし、産まれて初めての友達は「木」「虫」と言う人でしたからから、もともと精神の森に近いところで暮らしているようなものなのですが、結婚して、子どもが生まれて子育てして・・・その後の「森」は違いますなぁ。
 
空っぽでどうしたらいいかわからない・・・落ち込んだり、涙ぐんだり。気分は大揺れです。
私は長年瞑想をしてますから、そんな自分をただ観ています。
なっちゃうもんはしょうがないわ・・・自然農をやっているとどんな状態も必要だと、どこかにつながっていくし、それが命の自然だと思うから。
と言いつつ、更年期かしら~、これが空の巣症候群というやつかしら、なんぞとも思いつつ、ホンマに忙しいなぁ、と時々自分に笑ってしまいます。

そんな中で。
疲れたら休んで。
自分は何が好きで嫌いなのか。何をしたら喜ぶのか。そんなところからはじめています。
子育てを終えた人と時々ばったり出会ったり、ガイドヘルパー仕事の中て話すのですが、皆さん同じ道を歩かれるようですね。

意外とお一人様楽しいなぁとか、時々寂しいなぁ、それも味だよねと思いつつ、あんまりさびしい時には体が不調なことが多いのでセルフマッサージとか温泉とか行ったりしています。

寂しいから人に会いに行く、人をはべらせる(若かりし頃の女王様気分)というのは、若い頃してましたが、ことごとくあまりいい出会いはしなかったので、この場所に行きたい!とかこの人に会いたい!というのがなければ行かないようにしています、今は。
それは事件以来ですね。
 
また時間が経ったら変わるのかもしれないけれど。
 
今は淡路島にいる時は一人月を見たり、夕日を見たり、朝日を見たり。
神戸にいる時は海を見たり、木がたくさんあるところに行ったり。
時々家族と語らったり。

今は、そういったことに心が充電されていくのだなぁと月を見ながら思います。
 

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