学者も、たいそうな肩書を国からいただくようになると、「日本独自の~」というのをやたら強調したがるようになるようです。
社会契約の思想や人権思想が欧米独特のものだと主張したがるのもその裏返しでしょう。
小室直樹なども、キリスト教を理解しないと、この思想はわからないみたいなことを言っていましたw
欧米の精神の基軸がキリスト教だから、彼らはキリスト教で理論化した、表現したというだけです。
人権や社会契約の思想は古今東西に共通する普遍的なものですから、仏教やタオイズム、儒教などを使っても理論化、表現可能です。
「欧米独自の思想」などというデマを信じるから、日本人は、この思想を理解できずに中世に留まっているのです。
小室直樹自身が、福田歓一の書物から引用しているのになぜ?って思います。
その部分とは…
19世紀から20世紀になりますころ、ドイツのミュンヘン大学に、ブレンターノという有名な経済学者がおりました。この経済学者が経済学史の講義をしておりますと、学生のなかに異国から留学してきた人間が目を輝かして、うなずきながら、ブレンターノ先生の話を聞いている。実に熱心である。
あまりに熱心なので、呼び止めて、なぜおまえはそんなにうれしそうにうなずきながら、おれの講義を聞くんだと聞いてみますと、自分は東京から来た福田徳三という者であるが、
先生の講義を聞いていると、自分の国において、大貴族の時代、貴族制度の時代から、やがて封建制の時代がうまれてきた歴史が、生き生きと頭のなかに浮かんでくるので、おもしろくてしょうがないんだと言ったという、有名な逸話がありますが、それはやはり、日本の歴史における中世の発見であった…
この先もおもしろいのですが、ここまでにしましょう。
マルクス主義にしても、欧米独自とされていますが、それは社会科学という手法から”歴史観”を組み立ててくるというところが「それまでの日本にはなかった」わけで、他は共有する部分、つまり「聞いてわかる」部分が多かったがゆえに速やかに日本に入ってきたわけです。
キリスト教も、「創造主」「唯一神」といった観念が斬新だったでしょうが、やはり、日本古来からの道徳観念と共通するところが多々あったがゆえに、速やかに広まり、信徒たちの教義理解もかなり高度に達したのではないでしょうか?
まあ、それを「異国のもの」と捉えて排除するのが、妥当だったかどうか…
キリスト教やマルクス主義によって、それまで眠らされ、抑圧されていた日本の精神が復興したにもかかわらず、それを潰して「日本の文化と伝統を守った」などと大いなる錯覚をしてきたのではなかったか?
「異国のもの」を排撃することで、新たにいのちを吹き込まれて復活した日本の精神を潰してきたというのが「本当の話」ではなかったか?…と…。
欧米人が「当然」と考えることは、東洋人でも「当然」と考えることが多い…
きょうは『史記』から引用しましょう…ときは前7世紀…
管仲を宰相に得て、富国強兵をなしとげた斉の国は、桓公即位5年目にして魯国に大勝しました。
和睦の条件として遂邑(すいゆう)の地を割譲する誓約書を交わそうとしたときのこと…
敗軍の将、魯国の曹沫(そうばつ)が不意を突いて桓公に詰め寄り、対等条件での講和を強要…
当然のことながら、桓公は不満です。魯国に再び攻め入ろうとしますが、管仲はこれを諌めます。
桓公が不服なのは当然ですね…自分の”自由意思”が尊重されず、脅されてのことですから。
社会契約でも、第一に重要なのは、双方の自由意思の尊重です。それなしでは、暴力的にハラスメントで結ばれた契約ですから”無効”ということになります。
だから、議会でいくら決定したといっても、他の住民が不服であるならば、自由意思が尊重されずに議会の決定がなされたならば、その法も”無効”ということです。
だから、デモとかの不服の行動、抵抗権の発動が生じるのです。
議会の決定には、問答無用でしたがうのが民主主義だなどと言っているのは前世紀以前の人間です。
しかし、ここで管仲は、それでも「約束は約束」、破れば自分の信用にキズがつくと窘めたわけです。
管仲のこの「約束は約束、破れば信義に反する」というのは、ソクラテスの「悪法も法」と同じ意味です。
向こうが悪いことをしたからといって、こちらも「してよい」ということにはならない…
ソクラテスの場合、ギリシャの法に異を唱えたのではなく、それを全面的に認めたうえで裁判に臨み敗訴したのでなおさらだったのです。「それを破れば信義に反する」とばかりに毒杯を仰いだのでした。
ですから、抵抗権の発動においても、議会で決定されたという事実は尊重しなければいけない。
デタラメな決定だから、こっちもデタラメをしてもいいとはならないわけです。
そして、この「信義を守る」、「法を尊重する」ということが、次の効果をもたらすのです…
つまり、他の国々が桓公を信用し、同盟を結ぶようになった。桓公は戦国の覇者となりました。
力が支配する戦国の世に「約束」など無意味…とはいいますが、そうではない…
法のちから、信義…そうしたものは、軍事力に匹敵する威力をもちうるのです。
さて、昨今はプロパガンダで大衆を扇動し、数や組織に頼った政治や運動が幅を利かせて、民主主義が崩壊しております。
みなが「法のちから」を侮り、自分の国の憲法すら、総理大臣からしてまったく理解していない国が「強い国」になるでしょうか?「法と秩序」が守られるでしょうか?
「言論を守れ」などと言って、やってることはプロパガンダで、言論をきちんとやっていない。
「言論の自由」は「プロパガンダの自由」ではありませんぞ。