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2016年09月29日(木) 07時00分00秒

2016/04/27 journal

テーマ:デボーション

 

■タイトル:

 

外的な批判者の必要性

 

 

■聖書箇所:

 

出エジプト記18章14節 

 

モーセのしゅうとは、モーセが民のためにしているすべてのことを見て、こう言った。「あなたが民にしているこのことは、いったい何ですか。なぜあなたひとりだけがさばきの座に着き、民はみな朝から夕方まであなたのところに立っているのですか。」

 

 

 

モーセは義理の父である

ミデヤンの祭司イテロと再会し、

自分の妻子とも再会する。

 

 

この章を読むとき、

イテロが有能な管理者だったことが分かる。

 

 

モーセが40歳から80歳までの40年間、

共に働き仕えた相手であるので、

気心も知れている。

 

 

イテロは200万人のイスラエルの民のさばきを、

モーセひとりで担っているのを見て、

それではあなたの身体が持たない、

とアドバイスをする。

 

 

面白いのはアロンやヨシュアやカレブ、ミリヤムを含め、

200万人のうち誰ひとりとして、

イテロの助言と同じ進言をする人がいなかったことである。

 

 

気づいていたけどモーセの威圧感で

言わなかったとは思われない。

 

 

というのは、モーセは地上で最も柔和な人柄だったとあるし、

もっと小さなことで、堂々と民は

モーセに不平不満を表明しているのだから。

 

 

この事実は、

「内部にいると機能しない種類の建設的批判」

というものがあることを教えている。

 

 

私たちも、「外部の視点」をいつも必要としている。

 

 

FVIも総会や役員会で、

普段働きの実務と関わらない方々のアドバイスを

いただくのはそのためだろう。

 

 

また、自分の働きと普段関係のない友人と話して

たくさん気づきを得ることがあるのは、

このような作用によると思われる。

 

 

外的な視点を持ち込みにくくなる場所が、

生活のなかに二つあるように思う。

 

 

ひとつは、家庭であり、もうひとつは教会である。

 

 

私は自分の家庭を外的批判者として

アドバイスまたはメンターしてくれる誰かを必要としている。

 

 

祈り始めよう。

 

 

また、教会はその性質上、

あらゆる機能が内部の人間でまかなわれるため、

おかしなことがおかしなこととして

誰も指摘しないまま横行し続ける、

という光景を良く目にする。

 

 

自分自身も教会のメンバーなので難しいのだが、

外的な批判者を教会は必要としている、という意識と、

それをいつも求める姿勢を涵養することが大切だと思う。

 

 

パウロは、諸教会の外的批判者として、

ときに叱責し、ときに慰めを与えた。

 

 

私はパウロのような権威者ではないが、

教会をまたがって奉仕する者として、

何かに気づいたとき祈ることが出来るし、

もしリーダーが謙虚であって、

助言を求められれば、

いつでもそうする用意をしておくことだけは出来る。

 

 

「外的批判者」の必要性を今日は学んだ。

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2016年09月28日(水) 17時00分00秒

【夕刊】新しい知り合いを増やさない、という指針

テーマ:活動報告

 

どうもぼくです。

 

 

日本伝道会議というイベントに参加しています。

FVIで2つの分科会を担当するため。

 

 

けっこう長いこと準備してきましたが、

まったくもってフワフワしているという 笑。

 

 

結果はどうあれ、

自分たちが6年間、

活動してきたことを、

概念化するひとつの契機をいただいたという意味で、

良いきっかけを作っていただいたと思ってます。

 

 

主講師のクリス・ライトという人は、

長いことローザンヌ運動の総裁をしていた、

イギリス人の神学者です。

 

 

20世紀最大の神学者の一人とされる、

ジョン・ストットの後継者とも言われたりする人です。

ちなみにジョン・ストットは、

ビリー・グラハムと共に、

ローザンヌ運動

発起人となった人でもあります。

 

 

ときにローザンヌ運動というのは、

キリスト教の福音派の、

(対義語はWCC、日本では日本キリスト教団)

福音伝道と、社会的責任(社会奉仕)を、

包括的に融合させるということを、

最初に公に宣言した運動体のことです。

1970年代に始まりました。

 

 

私たちの世界の働きである、

ボブ・モフィットやダロー・ミラーの、

DNAという働きも、

したがってFVIの働きも、

大きく分ければ、

このローザンヌ運動の、

うねりの中の一つの応答とも、

位置づけ可能なのです。

 

 

なので、

クリス・ライトの講演は、

「いちいち腑に落ちる。」

 

 

一語、一語に、

いちいち、深く、納得します。

 

 

本当に。

 

 

というクリス・ライトが、

メイン講師を務める、

今回の日本伝道会議(in神戸)なのです。

 

 

参加者は2000人以上いるんじゃないかな。

なんか3000人近くいそうな感じもします。

 

 

よく分からないけど。

 

 

体育館を8個ぐらいならべたような広い会場に、

2000人ぐらいが各テーブルを囲んでいるという、

あまり目にしたことのない光景です。

 

 

この手の大きな集まりはもともと得意ではないですが、

仕事柄出席することもあるわけです。

今回のように。

 

 

で、出席したからには、

まぁ、一日に何人もの人と

知り合うわけです。

 

 

通常ならば。

 

 

ただ、今のぼくには、

体力が致命的に枯渇しているので、

一つの目標を自分に課しています。

 

 

「新しい知り合いを、

 なるべく作らない。」

 

 

たぶんいかなるビジネス書にも、

自己啓発書にも、

真反対のことが書かれているでしょう。

 

 

「反」成功哲学 という本を、

ぼくはいつか書けるようになるかもしれない 笑。

 

 

20代から30代にかけて、

多分自己啓発書やビジネス書の類いを、

あわせて300冊以上は読んでると思うんだけど、

いまぼくが実践していることの多くは、

その「真逆」のことです 笑。

 

 

クソみたいな生徒ですね。

 

 

ドラッカーとナポレオン・ヒルと、

カーネギーと松下幸之助と、

なんか知らないIT起業家の、

グローバル・マッチョ男に、

廊下に正座させられ、

頭からぞうきんをしぼられ、

往復びんたを浴びせられるような、

クソ生徒です。

 

 

 

でも「知るかよ」と思ってる。

 

 

 

反省する気、なし。

 

 

 

これがぼくの到達点なのだから。

 

 

 

がんばらない。

 

 

知り合いはなるべく増やさない。

 

 

名刺はなるべく配らない。

 

 

目標は、立てない。

 

 

ビジョン・ステートメントは、

「それ、なんだっけ?」

 

 

新しいことを知ったら、

なるべく試さない 笑。

 

 

好奇心は、なるべく持たない。

 

 

付き合いは、なるべく悪く。

 

 

くよくよしたときは、

なるべく、くよくよする。

 

 

前向き、肯定的なフレーズを乱発する人は、

なるべく避ける 笑。

 

 

営業、宣伝は、しない。

 

 

リーダー!

ごめん、それ、なんだっけ 笑。

 

 

 

、、、という日々です。

 

 

 

病気を経験して、

どうやらぼくは、

別の人になったようです。

 

 

自分が考えたようには人生は進まず、

自分が意図した事なんて頼りにならず、

紙に書かなければ覚えてられないような夢に、

現実を変えていく力なんてあまりない、

というようなことが、

骨身に染みて分かったんでしょうね。

 

 

ぼくらの「上昇志向」や「やる気」と、

神の業の前進に、相関関係はない。

ときに反比例すらする。

 

 

あと、今は、圧倒的に体力がない。

 

 

新しく誰かと知り合いになったとしても、

その関係を維持していく体力的見込みが、

今のぼくにはないのです。

 

 

食べられる見込みのない牛丼を、

吉野家の食券で買うことは、

資源の無駄なので誰もしません。

 

 

収穫する見込みのない種を、

畑にまきません。

種は温存します。

無駄に実をつけちゃった、

ってことになるので。

 

 

ぼくは、維持できる見込みのない関係を、

新たに増やさないことを

今の大切な指針にしてます。

 

 

で、今、維持できる新たな関係の枠は、

「ゼロ」です 笑。

 

 

若干あったけど、

大阪で5名ほどと知り合い、

それで使い果たした。

 

 

定員オーバーです。

 

 

今回、名刺を10枚ほど家から持ってきましたが、

見事、目標を達成し、一枚も配らなかった 笑。

 

 

 

一枚たりとも。

(誇らしげ)

 

 

 

能面のような愛想笑いと、

「ちょっと用事を思い出しました」

を連発しています 笑。

 

 

あ、補足。

 

 

既にある親密な人間関係を深めることには、

ひたすら意欲的です。

 

 

あと、仕事やビジネスに、

何のメリットもないような人との、

深い関係を構築することも、

けっこう得意としています。

 

 

好きですらある。

 

 

さらに言えば、

「ビジネス書」が無駄と切り捨てる、

哲学、思想を掘り下げることなんかも、

かなり得意です。

 

 

300冊ビジネス書を読んで、

ついぞ一度も目にしなかった

一つの「ススメ」があり、

今のぼくはそれを大切にしています。

 

 

「古典」を読む。

 

 

たとえばソクラテスとか、

たとえばドストエフスキーとか、

たとえば方丈記とか。

 

 

「生き馬の目を抜く」ビジネスの世界では、

「古典」は「ビート数」が合わないのでしょう。

不協和音を起こす。

 

 

でも、

 

 

しかし。

 

 

 

ぼくは今後ますます、

古典を読む人とそうでない人の、

差は開くと考えています。

 

 

激動の時代だからこそ、

時代を超えて残っている普遍的なるものに、

自分の根を下ろしているかどうかで、

最後の最後のところに差が出ると、

ぼくは考えている。

 

 

すぐには役に立たないが、

10年、20年経って、

やっと意味が分かってくるような思想、

というのが、きっとこの先、

ますます人類を救う局面が、

増えてくるというのが、

ぼくの見立てです。

 

 

「反」成功哲学の理論では、

そうなります。

 

 

誰も耳を傾けないだろうけど 笑。

 

 

、、、

 

 

話を戻します。

 

 

会議は土曜日まで続きますが、

ぼくは明日、家に帰ります。

 

 

ちょっと、全参加すると、

来週以降の体調がヤバそうだと、

体内の警告灯が点ったので。

 

 

 

以上、「不成功のススメ」でした。

 

 

 

よい子は真似しないようにしましょう 笑。

 

 

 

 

 

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2016年09月28日(水) 07時00分00秒

2016/04/26 journal part2

テーマ:デボーション

 

■タイトル:

 

アマレクとの戦いの記録の読者はヨシュアだった。

 

 

■聖書箇所:

 

出エジプト記17章14節 

 

主はモーセに仰せられた。「このことを記録として、書き物にしるし、ヨシュアに読んで聞かせよ。わたしはアマレクの記憶を天の下から完全に消し去ってしまう。」

 

 

 

17章の前半は、メリバの岩での出来事。

 

 

二度目に水の不足を民が嘆き神を試みたとき、

モーセは岩を二度打った。

 

 

それゆえにモーセは約束の地に入ることが出来ない、

と後に告げられることになる、かの事件である。

 

 

17章の後半は、アマレクとの戦いである。

 

 

この戦いでは、ヨシュアが軍を指揮し、

モーセは手を挙げ、

そしてアロンとフルがそれを支えた。

 

 

手が上がっているときはイスラエルが優勢に、

手を下ろすと、アマレクが優勢になった。

 

 

ヨシュアはこの戦いに勝つが、

そのあとのモーセに主が言われたことが興味深い。

 

 

主はモーセに、この出来事を書き記して

ヨシュアに読んで聞かせるようにと言われる。

 

 

ヨシュアはこの出来事の当事者である。

 

 

しかしモーセの側から見た

全体像をヨシュアに聞かせよ、

ということなのだろう。

 

 

これにはどんな意味があるのか。

 

 

次なる指導者として選ばれるヨシュアが、

読んで思い出す必要があった。

 

 

それは「主が我が旗=アドナイ・ニシ」だということであり、

主が勝利を与えられるということだった。

 

 

私もまた何かを書いたりすることがある。

そのときの「読者」は誰か、ということを考える。

 

 

それは次の世代を担う人たちであり、

できることなら、それがたとえば誰なのか、

「仮想読者」を想定しておくことが望ましい。

 

 

ぼんやりとした励ましは誰にも届かないが、

特定の目的をもって書かれた励ましと教訓と体験談は

誰かの人生を支えることになり、

その人が属する集団の運命をも変えてしまう。

 

 

主よ、どうかこれから私が書くことが、

誰か特定の人に確かに届く励ましの言葉でありますように。

主が書けと言われたことを書くことが出来ますように。

お用いください。アーメン。

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2016年09月27日(火) 22時30分00秒

【夜日記】阪急電鉄沿いにて

テーマ:活動報告

 

どうもぼくです。

 

 

母の家 ベテル 

というところに泊まっています。

ルーテルの修道院ですね。

 

http://www.motherhouse-bethel.com/

 

 

居心地は良いです。

 

 

こういうところも嫌いではない。

 

 

ビジネスホテルのようにテレビもないし、

エレベーターで、知らない疲れたおじさんと

顔を合わせる必要もない。

 

 

ちなみに、

「不機嫌で疲れた知らないおじさん」ほど、

世の中に活力を削ぐ存在はない、

とぼくは思っている。

 

 

「阪急電車」が、

目の前を走っている。

 

 

それが相当に近く、

数分に一回、

列車が行き交うときに、

けっこうな音がする。

 

 

なるほど線路の近くに住むとは、

こういうことなのか、

とか思ったりする。

 

 

とはいえ、

母の家ベテルの建物は趣があります。

兼好法師ならば「いとをかし」と言いながら、

エッセイを書いたことでしょう。

 

 

趣(おもむき)がすごい。

 

 

廊下に飾られている絵とかが、

そんじょそこらにあるものとは違う。

建材とかも、相当に良いものを使っている。

 

 

ドイツの教団が建てただけあって、

ちょっとぐらいのことでは、

びくともしないような建物である。

パイプオルガンも気合いが入っている。

 

 

時間の流れも、世俗とは違う。

 

 

夜9時を回ると、

もはや世界のすべてが活動を辞めたかのように、

このような場所では感じられる。

 

 

世俗から離れたこう言う場所は、

わりと好きです。

 

 

阪急電車といえば、

「阪急電車」というあの映画、

中谷美紀が主演したやつ、

けっこう好きで、

2回以上見ている。

 

 

映画館で一度見て、

その後家でも見て。

 

 

特になんていうことはない、

人間群像みたいな作品なのだけど、

阪急電車のもつ、

独特の空気感が、

あの映画を成立させている。

 

 

あれがJR中央線だとか、

あるいは東急東横線だと、

あんな映画は撮れないでしょう。

 

 

撮ったとしても、きっと嘘くさくなる。

 

 

、、、という短い日記です。

 

 

おやすみなさい。

 

 

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2016年09月27日(火) 07時00分13秒

2016/04/26 journal

テーマ:デボーション

 

■タイトル:

 

マナの教訓

 

 

■聖書箇所:

 

出エジプト記16章4節 

 

主はモーセに仰せられた。「見よ。わたしはあなたがたのために、パンが天から降るようにする。民は外に出て、毎日、一日分を集めなければならない。これは、彼らがわたしの教えに従って歩むかどうかを、試みるためである。」

 

 

 

民は主による奇跡と勝利を見た3日後に、

水のことでつぶやき、さらにそこでマラの水が、

「十字架」によって甘くなる、という奇跡を見せられた。

 

 

それからほどなくして、またもや民はつぶやいた。

 

 

その応答として、主は民にマナとうずらの肉をお与えになった。

 

 

このマナによる養いは、今後40年間続くことになる。

 

 

200万人×1オメル(2.3キロ)×40年×365日

=67,160,000トン(約7,000万トン)のマナを、

主は合計するとお与えになったことになる。

 

 

1キロのパンの現代に直した貨幣価値がたとえば、

500円(1トンなら500,000円)という換算をすれば、

7,000万トンのパンは、

50万×7,000万=350兆円ということになる。

 

 

とてつもない数字であり恵みである。

 

 

天の父以上の金持ちは、

地上にいないのである。

 

 

しかし、民はつぶやき、

「エジプトの方が私たちを養う力があったのに」

という意味のことを言ったのである。

 

 

主はこれに対して怒られた。

 

 

リック・ウォレンが、Worry is practical atheism.

と良く言っている。

「心配は、実践的無神論だ」と。

 

 

心配することは、「神はいない」という信仰の

表明に他ならない、ということである。

 

 

イスラエルの民の荒野での40年間は、一体全体、

「神への信頼を学ばせる」ための40年間であった。

 

 

民は何度も何度も失敗し、

「神はいない」「エジプトのほうが確かな安心だった」

という無神論を表明し、

モーセと神を失望させ、

怒らせたのである。

 

 

マナ自体もまた、民を試みるために、

毎日集めさせ、保存の利かないように主はされた。

 

 

また、安息日を守るように、

7日目にはマナは降りなかった。

 

 

現代社会にマナはない。

 

 

しかし、今の社会に生きる私たちも、

あらゆるものを主に負っている。

 

 

自分の食べ物は自分で稼ぐ、と思ったとしても、

その稼ぐための体力、見える目、話せる口、動く手足、

考える頭脳、人に共感する感情、あらゆるものが、

毎日与えられるマナのごとき、主からの恵みである。

 

 

主への信頼なくして生きられないのは

現代社会でも同じであり、

「主への信頼を学ぶために、この人生はある」

という意味でも、

私たちは荒野でのイスラエルの民と同じである。

 

 

私たちは人生を生きれば生きるほどに、

この世ではなく、主に頼るようになり、

過去ではなく、未来に目を向け、

カナンを確信するようになり、

主への信頼がますます強まり、

心配やつぶやきから自由になって、

「何も心配しない」人にされていく必要がある。

 

 

私の信頼する父なる神は全知全能である。

だから私は何一つ心配しない。

そういう人生を、私は生きたい。

 

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