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2016年12月07日(水) 07時00分00秒

2016/07/07 journal

テーマ:デボーション

 

■タイトル:

 

主を聖とすることに妥協は許されない

 

 

■聖書箇所:

 

民数記20章11節 

 

モーセは手を上げ、彼の杖で岩を二度打った。すると、たくさんの水がわき出たので、会衆もその家畜も飲んだ。

 

 

 

民数記19章と20章の間には、

38年の間隔がある、

とハーレーの聖書ハンドブックにはある。

 

 

 

有名な「メリバの水」の事件である。

 

 

民がモーセとアロンに逆らい、

水がないことで不平を言った。

 

 

アロンは民を集め、

モーセは岩から水を出した。

 

 

 

その際、

「あなたがたが彼らの目の前で岩に命じれば、

 岩は水を出す」

と主は言われた。

 

 

モーセは岩を二度、杖で打った。

 

 

水が出た。

 

 

その結果、主はモーセとアロンに、

「あなたがたはわたしを信ぜず、

わたしをイスラエルの人々の前に聖なる者としなかった(12節)」

と言われた。

 

 

結果、モーセもアロンも、

約束の地に生きてはいることはないだろう、

と宣告された。

 

 

非常に不可解な箇所である。

 

 

メリバの水の前に死んだミリヤムは130歳、

同じ年にアロンもモーセも死ぬが、

アロンは123歳、モーセは120歳、

とハーレーのハンドブックに書いている。

 

 

彼らは年老いていた。

 

 

38年間民を導き、疲れていた。

 

 

民の相変わらずの不平に、

心底イラついていたのは想像に難くない。

 

 

そのような状況で、

神の命令された「岩に命じる」かわりに

「岩を杖で二回打つ」という行為をした。

 

 

その「たった一度の失策」により、

彼らは約束の地に入れないことになった。

 

 

人間の世の中でも、功を遂げ名をなした人が、

人生の末節に大失策を演じることがある。

 

 

つい最近でも、スズキ自動車の社長だとか、

セブンイレブン会長などの事例が思い出される。

 

 

経営者として慕われ、評価され、

日本を豊かにした功労者だが、

内部で独裁者のように振る舞ってしまい、

ある人は法令違反を犯すし、

ある人は社内の生え抜きを粛正する。

 

 

悲しいことだがキリスト教会の「大御所」では、

こういう例に枚挙にいとまがない感じがする。

 

 

モーセやアロンがそれと同じだとは思わないが、

最後の最後まで、主に仕えるということは

厳粛な勤めだということである。

 

 

私など、若くても、疲れていなくても、

苛ついていなくても「迂闊で軽薄」なので、

このような厳しい基準でテストされた場合、

一瞬で失格になってしまいそうである。

 

 

「神を聖とする」ということに妥協は許されない。

 

 

神はご自身の栄光を守られる。

相手がモーセだろうが功労者だろうが大御所だろうが、

関係ない。

 

 

主を恐れよう。

 

 

たとえ年老いて尊敬されるようになったとしても、

いつも「のど元」に短刀を当てられているような気持ちで、

主に栄光を返す人でりたい。

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同じテーマ 「デボーション」 の記事
2016年12月06日(火) 07時00分00秒

2016/07/06 journal

テーマ:デボーション

 

■タイトル:

 

タイトルなし

 

■聖書箇所:

 

民数記19章

 

 

 

3回読んだ。

 

 

意味は把握できるが、

特に迫ってくる節はなかった。

 

 

以下のことが説明されている。

 

 

1.「きよめの水」の作り方:

 

祭司エルアザルの前に、

傷のない雌牛が連れてこられ、

その雌牛は屠られ、焼いて灰にされる。

 

その灰は保存される。

 

灰を水の中に入れると、

その水が「きよめの水」となる。

 

 

2.どのようなときに汚れるのか。

 どうやって汚れをきよめるのか。

 

主に死体に触れたとき。

 

それが人間であろうが、

動物であろうが。

 

 

 

日本にも、「穢れ」という概念があり、

それを「きよめる」という概念がある。

 

 

葬式のあとに塩をかけたりするのはそうだし、

屠殺業が「穢れ」と結びついているのもその名残であろう。

 

 

だとするならば、私は前職(食肉処理場での検査職)

についていた6年間、年中穢れていたことになる。

 

 

「盛り塩」などに現れるように、

日本では主に「塩」がきよめに使われれるが、

イスラエルでは灰を入れた水だった。

 

 

日本は多湿だから、

水の腐敗の問題があったから

塩になったのかもしれない。

 

 

脚注にヘブル書10章22節が出てくる。

「そのようなわけで、私たちは、

心に血の注ぎかけを受けて邪悪な良心をきよめられ、

からだをきよい水で洗われたのですから、

待ったき信仰をもって、

真心から神に近づこうではありませんか」

 

 

ここでは「洗礼式」のときに水に入るその水が、

この「きよめの水」に象徴されるものとして類比されている。

 

 

私たちは神によって「洗われた」存在である。

自らの良心を汚すような場所に近づかないようにしよう。

 

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2016年12月05日(月) 17時00分00秒

【夕刊】M-1グランプリ2016を見た

テーマ:日記・起きたこと・したこと


どうもぼくです。

 


12月4日、昨日は、
「M-1グランプリ」

やってましたね。

 


M-1は、
2001年に始まり、
2010年でいったん終わった。

 


で、去年、
2015年に「復活」した。

 


トレンディエンジェルが優勝した。

 

 

今年はだから、
「第12回大会」です。

 


ぼくの場合けっこう、
録画しておいて、
ヤフーニュースとか見ないように努力して、
そして次の日とかに見る、
というのが多い。

 


そうするとCMとばせるから。

 


あの手の生放送は、
やたらCMが多いので。

 


2時間番組だが、
徹底的にCMとばすと、
1時間ちょいでみれる。

 

 

合理的だ。

 

 

、、、ところが、

 

昨日はほぼ「生」で見た。

 

 

ほぼ生、

 

 

というのはつまり、
ハードディスクに録画しながら、
30分遅れで「後追い再生」して見た、
ということです。

 

 

そうするとCMは飛ばせて、
なおかつ「生」に近い形で見られる。

 

 

、、、で、昨日のM-1の総評です。

 

 

あ、申し遅れました、

 

どうも、お笑いルポライターです。

 

 

 

2016年大会ですが、
始まる前は、
選ばれた8組に、
ちょっと不満もあった。

 

 

敗者復活組に、
相当魅力的なコンビが含まれていた。

 

 

えー、ここもでれないの?

 

 

みたいなコンビがたくさんあった。

 

 

あと、
けっこうもう、
テレビでお馴染みのコンビも、
何組か入っていて、
「登竜門」感が薄れているのも、
ちょっとなぁ、と。

 

 

で、放送が始まって、
審査員にも、「ん?」と思った。

 


5名になってた。

 

 

それは良い。

 

 

松本人志も審査委員に復活。

 

 

それもいい。

 

 

それはすごく良い。

 

 

しかし、

 

 

松本人志以外のメンバーが、

 

上沼恵美子

 

オール巨人

 

博多大吉

 

中川家の礼二

 

 

 

全員素晴らしいんだけど、
全員が「西のほうの人」というのが、
ちょっとなぁ、と。

 

 

ただでさえ、
よしもと主導の大会だ。

 


なので、事務所の力とか、
「関東と関西の好みのバイアス」とかが、
なるべくない形で、
純粋にネタのおもしろさだけで、
やってるんですよ、
安心してくださいね、
というのを全面に出してほしい。

 

 

そのためには、
やはり5人のうちの2人ぐらいは、
非関西、
非よしもとのひとを入れて欲しかった。

 


、、、で、
大会が始まった。

 


結論から言えば、
もう、非常におもしろかったですよ。

 

 

ネタは全組おもしろかった。

 

 

とくに最終決戦に残った3組は、
本当におもしろかった。

 

 

白熱した。

 

 

おしむらくは、
事務所から独立した
「さらば青春の光」と、
ほとんど無名の若手、
「アキナ」が、
最終決戦に残ってくれたらなぁ、
もっと爪痕を残せたのになぁ、
ということ。

 

 

この2組に、
ぼくは肩入れしていたので。

 

 

ただ、残った3組に、
まったく文句はない。

 

 

おもしろい人が残ったと思う。

 

 

で、優勝は銀シャリ

 

 

安定の銀シャリ。

 

 

今まで正直、
銀シャリの漫才は、
おもしろいし、
評価されているのも分かるのだけど、
めちゃくちゃおもしろい、
と思ったことはなかった。

 

 

でも昨日は違った。

 


すげーおもしろくなってた。

 

 

特にツッコミの橋本君が、
王道のツッコミフレーズのあとに、
小ネタを絶妙に入れてくるように
なったところだろう。

 

 

こういうマイナーチェンジで、
「笑いの手数」が増え、
笑いに厚みが増した。

 

 

フィギュアスケートで言えば、
「3回転半」みたいな技術はそのままで、
ふつうに滑っているときの、
小さな技の精度が増した、
みたいな感じだろうか。

 

 

お好み焼きでいうところの、
「つなぎ」がなくなった。

 

 

具材たっぷりの4分。

 

 

堪能した。

 

 

あと、
途中、

 

銀シャリ

 

スリムクラブ

 

ハライチ

 

という順番で漫才をしたシーンがあって、
3組連続「探偵ナイトスクープ」の、
探偵が続いた、

というのはなんか、

ナイトスクープファンとしては

ちょっと興奮した。

 


銀シャリの橋本、
スリムクラブの真栄田、
ハライチの澤部は、
「西田探偵局の探偵」なのだ。

 


もう、審査員長は、
西田局長でいいんじゃないかと思った。

 

 

アシスタントも秘書の松尾さんで
いいんじゃないかと。

 

 

優勝賞金は、
探偵手帳でいいんじゃないかと。

 

 

、、、あ、それはだめだ。

 


で、

 


優勝は、「銀シャリ」。

 

 

すごいよね。

 

 

コントの大会、
「キングオブコント」の、
今年の優勝者は、
「ライス」

 


で、
M-1優勝コンビが
「銀シャリ」

 

 

 

どんだけ五穀豊穣なんだと。

 

 

いつか、
銀シャリと、
ライスと、
笑い飯で、
新潟でライブをしたらいいのに。

 

 

お笑いフェス・
「コシヒカリ」

をやったらいいのに。

 

 

もちろんイベントブースでは、
「クールポコ」が、
餅つきをしてる。

 

 


「やっちまったなぁ!」
って言いながら。

 

 

あんまりM-1の話でもなくなってきましたが、
以上、さっくりとM-1グランプリ2016の、
私からの総評になります。
 

 

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2016年12月05日(月) 07時00分00秒

2016/07/05 journal

テーマ:デボーション

 

■タイトル:

 

主にささげられたあなたがたへの贈り物

 

 

■聖書箇所:

 

民数記18章6節 

 

今ここに、わたしは、あなたがたの同族レビ人をイスラエル人の中から取り、会見の天幕の奉仕をするために、彼らを主に捧げられたあなたがたへの贈り物とする。

 

 

 

12部族のなかのレビ族は、

宗教的な働き、

つまり神と人の間に立つという

専門職を担うために特別に扱われた。

 

 

彼らは民の捧げる十分の一のささげ物を生活の糧とした。

 

 

それは「聖所の奉仕の報酬」と書かれているように、

彼らの「公務」としての労働の対価であった。

 

 

また彼らには他の11部族には

与えられた割り当て地がなかったが、

それは

「主が彼らの割り当て地であり、主が相続地(20節)」

だからだった。

 

 

彼らは「主を所有」しているため

「土地を所有」する必要がない、

というのである。

 

 

このことはキリスト者が

この世では寄留者であり旅人であるという構図と似ている。

 

 

「彼らを主に捧げられたあなたがたへの贈り物とする」

という言葉は特に目にとまった。

 

 

レビ人は主に捧げられた。

 

 

そして彼らは、その存在と奉仕を通して、

残りの民への贈り物となった。

 

 

これは現代でも真実である。

 

 

現代のレビ人を文字通りそのまま

「聖職者」やキリスト教の教職者と

解釈するのは無理があるし、

誤謬が大きい。

 

 

もちろん集合の輪に重なる部分はあるが、

むしろ「主にささげられた者たち」と書いている通り、

いかなる仕事をしていようが

「主にささげられた献身者」

を指すと考えたほうが良い。

 

 

その人は牧師かもしれないし自営業者かもしれない。

医者かもしれないし公務員かもしれない。

会社員かもしれないし教師かもしれない。

学生かもしれないし引退後の高齢者かもしれない。

 

 

職業、立場、年齢、性別の如何に関わらず、

その人が「主にささげられた人」であるとき、

その職能や奉仕、言葉や品性を通して、

キリストの身体の残りの部分は祝福を受けるし、

社会全体も受益する。

 

 

それはあたかも

「神から教会への贈り物」のようなものであり、

「神から社会への贈り物」のようなものでもある。

 

 

私もまた、「教会、社会への神からの贈り物」と

評されるような人物でありたいし、

そのような仕事をしたいと切に願う。

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2016年12月04日(日) 07時00分00秒

2016/07/03 journal

テーマ:デボーション

 

■タイトル:

 

アーモンド

 

 

■聖書箇所:

 

民数記17章

 

 

 

3回読んだがわからなかった。

 

 

十二部族のそれぞれの族長が

名前を書いた杖をあかしの箱の前に置くと、

アロンの杖からだけ芽をふき、

つぼみを出し、花をつけ、

アーモンドの実を結んでいた。

 

 

この現象は3つのことを示唆している。

 

1 時間の法則の超越 

 

本来何ヶ月もかかるプロセスが一日で起こった。

神は時間を超越される。

 

 

2 超自然的現象 

 

杖からアーモンドが出るというのは

自然の法則を超越している

 

 

3 死から命 

 

杖は死んだ木だが、そこから命が芽吹くというのは、

エゼキエル書の骨が生き返る話を思い出す。

 

神は死から命をもたらされる。

 

 

 

これらのしるしを見たのにもかかわらず、

イスラエルの民は、「私たちは死んでしまう」と嘆く。

 

 

十字架の印を見たけれども

神を信じなかった人々がいたのとおなじだ。

 

 

私達の前に、神は隠されていない。

 

 

私達の先入観や悲観主義だけが、神を隠す。

 

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