くもり「人と違うことをやれ!」堀紘一著より。眠い

虎のように強い動物でも、その力をふるう環境に置かれなければ、ねずみにもおよばないという意味だった。

これは筆者が読者に贈る金言だという。チャンスは自分のほうからつかみに行くものだからだ。努力していればいつかは認めてくれるだろう、という考えは甘かったのだ。

果報は寝て待てという考え方は今ではまったく通用しなくなっていた。

能力があってもチャンスがなければ、その力は発揮できないからだ。大事なことは、どれだけ頭を使い、自分の将来を決めていくというのが筆者の主張のようだ。肝に銘じたい。

 

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晴れ「人と違うことをやれ!」堀紘一著より。UMAくん

この部分の最初に、「これからは集団主義ではなく、個人主義的な生き方が主流になってくる」と述べられていた。これは会社での営業を考えればわかりやすい。つまり組織は面倒をみてくれないからだ。頼れるのは自分の実力だけだった。

組織のなかで気を使って、決まり事ばかり守っていても結果がすべての営業では意味がない。自分の創意工夫で成果を上げなければならない。会社は結果だけでしか面倒をみてくれないのだ。

そのためには、他の人が真似のできない、自分だけの得意技を身につけることだった。人と同じことをやっていては、絶対に勝つことはできないからだ。

かつて、営業部門で仕事をした経験から、これは頷けるフレーズだった。仕事以外でも楽しく時間を過ごすためにも必要なことだと思える。

 

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晴れ「人と違うことをやれ!」堀紘一著より。おねがい

これだけだと何のことかわからない。しかし、タイトルの部分には次のような式が書かれていた。

「自分はこうありたい」-「現状はこうだ」=「だからこうしよう」

「こうありたい」、とは目的とか夢だった。また「現状はこうだ」は、自分が現在置かれている状況や事実を冷静に考え分析することだった。

そうすることで、「だからこうしよう」という具体的な戦略という答えが得られることになる。始めにあるのは目的だった。これが明確でなければ、ならないのだ。

こう考えると、これは実にわかりやすい公式だった。マイホーム手に入れることを想定しても、仕事をうまくやることを考えても当てはまりそうだ。

 

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晴れ「怒らない人は、うまくいく」中谷彰宏著より。トリ

この精神論で一番多いのが、おそらく「努力」とか「一生懸命」だろう。そうすることで、自分が何かをやっている気がするだけだったのだ。頑張っているというの、も漠然とした言葉だ。

筆者は、「精神論を具体的な工夫にすること」で、怒りはおさまるという。「ちゃんとやっている」といっても、具体的にどういう工夫をしているかは不明だ。

何をいつまでに完了するのかがはっきりしていれば、動きやすい。「できるだけ早く」は曖昧な決め方だった。売り上げを上げようとするなら、そのために具体的に何をどうやっているかが明確になっていなければ、何も期待できないだろう。

 

くもり「怒らない人は、うまくいく」中谷彰宏著より。ニコ

確かにそれは言えるだろう。怒られれば気分は悪くなる。すると怒りたくなってしまうものだ。ああ言えばこう言うが続いてしまう。

そのうち、言い方が悪い、態度が悪い、対応の仕方が悪いなど本来の問題からそれてしまうことも多いだろう。それが怒りを増幅させてしまうのだ。起こらないコツは、単純に怒り返さないことだという。

客観的に見えているうちは、怒ることはないようだ。怒りっぽい人は、客観というと「人からどう見えるか」だと思ってしまうようだ。

正しい客観は、「離れたところで、自分が自分を見ることだった。つまり、自分が自分を冷静にみることができているうちは、怒ることはないのだった。

 

雨「怒らない人は、うまくいく」中谷彰宏著より。爆  笑

こんな考え方はしたことはなかった。出来事とはたとえば、レストランで食べたい料理が品切れだったというようなことだった。

その時にムッとするかニコッとするかは感情次第だった。それは自分で選べることだった。別にムッとするのが当たり前だと考えることではなかった。

ニコッとするのも選択肢だったのだ。いくらムッとしたところで、事態が変わるわけでもなかった。むしろ相手も不愉快になってしまうものだ。

 

雨「30分の朝読書で人生は変わる」松山真之助著より。イヒ

いきなり、こんな数字が出てきたがこれは、この本に気づく人が全体の30%としたら、読み通す人は3%と想定している。しかも、行動に移す人は、0.3%だろうという考えだった。

だから、人生を変える扉を開けるのは、行動する0.3%の人ということだと筆者は主張している。

「早起き」×「読書」×「伝える」のスイートスポットに入って、人生を変える扉を開ける人は1000人のうち3人だというのだ。これはちょっと面白い考え方だとも思える。

あるいは、すでにこの本を読まなくても、意識しなくても、それを実行している人も多くいることだろう。

別のことでも言えそうだ、早起き、散歩、記録でも別のスイートスポットが考えられる。早起きでなくても、写真、ネット、交流でもまったく別の交流や発想、ヒントも得られそうだ。

いずれにしても、思い付きに価値を見出して、継続行動できるかどうかがポイントだろう。

 

くもり「30分の朝読書で人生は変わる」松山真之助著より。UMAくん

筆者は「自分時間」は、自らつくり出すものだという考え方だった。人それぞれ置かれている状況は異なるから、自分時間をつくるのは難しい人もいるだろう。

早寝早起きができればそれも可能だともいえる。自分で自分の時間をコントロールできるならいいが、家族がいたり体調の状況でも異なってくるだろう。

いずれにしても、仕事などの「他人時間」だけで過ごすのはもったいというのは確かだ。毎日30分でも1時間でも自由になる時間を重ねれば、一年では膨大な時間になる。

ここには、イラストがあった。1つは「他人時間」に流される人生だった。そこには、時間がないよー、あれもやらなきゃ、これもやらなきゃとあった。

もう1つは、「自分時間」を泳ぐ人生だった。そこには、人生楽しいなー、あれもやりたい、これもやりたい、とあった。

大きな違いは「流される」と「泳ぐ」だった。これはまったく正反対のことだった。できれば自主的に泳ぐ人生でを選びたいものだ。

 

晴れ「30分の朝読書で人生は変わる」松山真之助著より。びっくり

「伝える」際に気をつけることは、「楽しみながら伝える」ことだった。だから、仕事に結び付くかなとか、人脈を増やそうと考えてはいけなかった。純粋に相手が喜ぶかどうかだけを考えて自分が楽しんで伝えればよかったのだ。

確かに自分が考えたことを伝えることは楽しいことだった。しかもそれが自分独自のもので人がやってないことならなおさらやる気も起きる。

かつて営業の仕事をしていた時には、そんな考えでハンドメイドの粗品を考えてコミュニケーションを楽しんだものだった。結果的に仕事が実にスムーズに進んだことを思いだせる。しかもやったことが形として残っているのはありがたいとも思える。

単にその時の営業数字が上がって評価されようとも、半年ごとにご破算になってしまい。またゼロからのスタートになってしまう。やったことは何も残らない。どうやったかもいつしか消えてしまう。

しかし、手作り粗品は目に見えるものとして残せる。書いたものは紙でもネット上にほとんど残っている。その頃何を話題に話したかもそれを読めば思いだせる。

 

晴れ「30分の朝読書で人生は変わる」松山真之助著より。UMAくん

ここでは読んだ本の内容について、どこでそう人に伝えるかということについて述べられていた。大きく1、リアルの場で伝える。と2、ネットで伝える。の2種類があった。

リアルの場とは、友人や家族に話してみることがある。また読書会に参加するのもあった。簡単なのは身近な人に話すことだろう。

ネットでは、ツイッター、フェイスブック、ブログ、メールマガジンなどがメインだろう。私はFBとブログはやっているが、継続できているうちは面白い。また反応があると励みにはなるものだ。

書き方のポイントは次の3つだった。何について書かれた本であるか。著者は何を主張してのいるのか。自分自身はどう感じたか、の3点を中心にまとめると書きやすいそうだ。