くもり「孤独が一流の男をつくる」川北義則著より。ハート

筆者は、講演などで「どうか皆さん、死ぬまで働いてください」と言うらしい。これからの「ひとり社会」を元気で生き抜くためにはこの心構えでいたほうがいいとアドバイスしている。

気が緩むと体もなまり、あっという間に老け込んでしまうという。たしかにそれは言えそうだ。どんなことでもやりがいを持って過ごしたいと思うものだ。また無理して気が進まない仕事では逆効果かもしれないとも思える。

「ひとり」で生きる大前提は経済的自立だというが、それは頷ける。金額は小さくても、稼ぐ力を確認できる生き方をすべきだという。たとえ、それが投資でも稼ぐ力といえるらしい。金持ちほど、投資はやっているからだ。

つい最近、野菜の水耕栽培という本を購入し、さっそく試している。細かい種をまいて、新芽がどんどん出てくると、もうそれだけで嬉しくなるものだ。庭の土ではもう何年も前から家庭菜園をやっているが、屋内でやるのもよさそうだ。

これも実益を伴っていてやりがいを感じられる趣味だ。少しでも新鮮な野菜を自給できれば、その分稼いだのと同じことと思える。収穫が楽しみだ。
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くもり「50歳からの教養力」江上剛著より。カナヘイ!?

江上さんは長年銀行マンだったが、50歳前に作家になっている。その時に決めたのは、一日に八時間働くということだった。作家と言っても勝手気ままに書いているわけではなかったのだ。

どんなことがあっても、八時間は机に向かおうと思ったそうだ。朝5時から午後2時くらいまでは原稿を書いたり資料を読んでいるそうだ。

定年後は8時間くらいは何か義務感のあることをしてみることをすすめている。自分で決めたノルマならそれを習慣づけるといいのだろう。それが趣味でも社会に役に立つことでもいいらしい。
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晴れ「50歳からの教養力」江上剛著より。音譜

長年生きていれば、後悔しない人生などありえないのではないだろうか。しかも、それをずっと考えていたら、つらいことだ。むしろすっかり忘れていたほうが幸せな時間を過ごせそうだ。

江上さんも、人生を楽しむ力というのは、ある種のあきらめる力と言えるかもしれないと語っている。完璧な満足というのもありえないのだろう。どこかで切りをつけて妥協しなければならないこともあるだろう。それがあきらめ力かもしれない。

今この時にできることを大事にしていくことが一番なのだろう。誰にもどんなことにも限界があるということを念頭におくべきだったのだ。それでこそ人生を楽しめるのだな。
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晴れ「50歳からの教養力」江上剛著より。ショボーン

確かになんとなくユーモアを感じられる人とはたとえ初対面でもすぐに打ち解けやすいものだ。昨年新宿駅のホームで電車を待っている時に、何気なく話しかけてくる同年輩のオヤジがいた。前を見ると広島カープの黒田の大きな看板があった。(それは専修大学の広告)。

それを見てオヤジは「黒田はスゴイね!」とつぶやいたのだ。しかも話してみるとそのオヤジも専修大の卒業だと言って喜んでいたのだ。なんなく親しみを感じてしばらくそこで会話を交わしたものだった。たとえ二度と出合うことはなくても面白いひと時だった。

別にダジャレを言わなくても、自然とユーモアを感じることもあるものだ。江上さんは、何かを一つ一つ懸命にやっていれば、おのずとユーモアは出てくるものだとも述べていた。

厳しいと思っている人でも、ふとした時に優しさを感じられるときには、気持ちも緩むものだ。やはり緊張から解き放たれた時にユーモアは感じられるものだろう。
晴れ「50歳からの教養力」江上剛著より。眠い

人脈とは一言でいっても、それはしばしばビジネスがらみのことであることが多いようだ。しかも、それは自分だけにプラスである関係ではありえないものだ。

自分も相手にとって何らかの価値ある人間でなければならないのだ。たんなる知り合いや知っているだけでは、本当のつながりとは言えない。

やはりそこにはお互いの信頼関係がなければ意味はなかったのだ。それを築くのはそうそう簡単なことではないだろう。たまたま名刺交換したり、1,2度顔を見て言葉を交わしただけでは到底無理な話だと思える。大事なのが心でつながっているかだった。
晴れ「50歳からの教養力」江上剛著より。トリ

自分にとって大切な言葉を座右の銘としてもってくのはとてもいいことだという。それは人に聞いたり本で読んで自分で共感できるワンフレーズでもあるだろう。

何年たっても忘れられない言葉はその候補と言ってもよさそうだ。自分なら、もう40年も前に読んだ「道は開ける」(デール・カーネギー著)のなかの「今日という枠のなかに生きよ」という言葉が忘れられない。この数年では書名は忘れたが、「サービスはいつも坂道発進」(中谷彰宏)という言葉も印象に残っている。

つい最近では、「考えても仕方ないことは考えない!」という草野仁さんの言葉も心にとめておきたいと思った。これは「老い駆けろ!人生」と言う本の帯にあったものだった。そんな言葉があることで、気持ちが楽になったり背中を押されることもある。
晴れ「50歳からの教養力」江上剛著より。クローバー

これは筑波大学体育系の教授が言っていることだった。海馬とは脳の記憶を担う機関のことだった。しかも認知症治療にも効果があるという。

筆者の江上氏は走ることが趣味だからこんなことにも気づいたようだ。決して早く走る必要もなく、ジョギング程度の緩やかなランニングでいいという。とはいっても走るにはそれなりの準備も必要だとも思われる。その習慣がついてしまえばいいのだろう。

江上氏は自身の経験から、もしアイデアが出てこなかったり、解決法が見つからない場合にはお勧めだと述べていた。これは効果を実感しているからこそ言えることだ。
晴れ朝日新聞土曜版2017.1月7日より。高通通

これは、「105歳、私の証 あるがまま行く」という日野原氏のエッセイのなかにあった言葉だった。タイトルは「入江一子さん100歳 その情熱の絵筆」となっていた。

昨秋に入江一子画伯の「百寿記念」の展覧会で、100歳の入江さんと105歳の日野原氏のギャラリートークが実現できたと述べられていた。

どちらも現役と言うのもすごいことだ。そうえいば、画家の方はかなりの高齢でも迫力ある作品を制作しているものだ。やはり創作意欲があるということは、それなりのバイタリティがあるということだろう。

日野原氏も103歳の時に水彩画を描いたという。絵筆をとろうという好奇心があるというのもすごい。それは生きる活力につながるのだろう。

ここの最後には、どんなに年を重ねようとも人間から情熱と好奇心を奪うことはできない、と述べられていた。いつもこのエッセイを読むたび、まったく年齢を感じさせない新鮮な文章だと感じる次第だ。

くもり「生きるのが楽しくなる15の習慣」日野原重明著より。メラメラ

普段なかなか、そんな大それたことは考えたりしないものだ。しかし、日野原氏は、人生もデザインしていくべきだという。必要なのは、明確な目標だった。それは父親から学んだそうだ。

ここでは、3つのVについて父親から教えられたと述べられていた。第一のビジョン(将来に対する展望)に第二のベンチャー(勇気ある行動)することで、目標達成、すなわち勝利(ビクトリー)につながるということだった。

実に素晴らしい教えだと思う。こんな父親がいたからこそ、それを守った日野原氏も素晴らしい人生を送っているのだろう。

晴れ「生きるのが楽しくなる15の習慣」日野原重明著より。ニコニコ

私たちの体は、電子顕微鏡で見ると、必ずどこかに欠陥があるという。それは長く生きればそれなりに、あるのは当然だと思える。むしろ何もない方がおかしいのだろう。

欠陥があるからといって、日常生活には不都合はないという。気がつかなければ、それでよかったのだ。

大事なことは、自分が健康だと思いうことだそうだ。それが「健康感」だった。体調が悪くても、夢中で仕事をしたり遊んでいるうちに、復調するのは「健康感」のなせる業だった。

しばしば「病は気から」と言われるが、自分で健康であると信じていれば、病気に気づかないこともあるという。それで良かったのだろう。