晴れ「大人げない大人になれ」成毛真著より。桜

上記のフレーズと関連して以下はほとんど個人的なことになるが、営業をしているとき、お客さんにどうしたら楽しんでもらえるかばかりを考えていた。また商品については、効果的なアピールの仕方はないかなどは常に考えていたものだった。

またふだんからのコミュニケーションの善し悪しが、当然ながら結果に影響するから、そのためのツールを優先的に手作りしていた。

実はそれが一番楽しい時でもあった。ある意味どうしたらサプライズができるだろうか、と考えていたのだ。それを突きつめていくと、人と違った営業の仕方になったものだ。

少なくとも、周囲の人が絶対にやらないようなコミュニケーションの方法を考えてやるのは、やりがいでもあった。だから、むしろ同僚のごく当たり前の営業努力がつまらなく、物足りなくも感じていた。
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晴れ「相鉄瓦版」2015.3月号より。ナイフとフォーク

ここでは、「50年超~長寿料理番組の裏側」というタイトルで「キユーピー3分クッキング」が取り上げられていた。この番組のプロデューサーとディレクターの二人の女性によって語られている。

まずは、3分という長さは長すぎず、短すぎずちょうどいいと思われる。それは番組が始まったころの正味の時間で、今では正味は7分間に伸びていた。

3分という時間を残したのは、家庭で手軽に作れる料理という意味合いがあるからだった。3分といって思い出すのは、インスタントラーメンだ。お湯を注いでから待つ時間だ。これなら待てる。

放映時間は7分と短いが、その準備はかなりの時間をかけていた。スタッフによる会議、テキストブックの制作、一度先に先生に料理を作ってもらう、収録用の台本を書くなどだ。

また、収録は1週間分(6日)を1日でまとめて撮影していた。料理の材料は4人分を1セットとして、予備も含めて6~8セット用意していた。つまり24~32人分を6日分ということになる。驚くべき量だ。

この番組は家庭料理の普及を第一に考えているようだ。簡単に作れてちゃんとおいしい料理をこれからも紹介していくという。見たら作りたくなる料理ってすごいと思えるな。
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晴れ「相鉄瓦版」2015.3月号より。チューリップ赤

こう語っているのは、「180年余~老舗建設会社の意気」と題して書かれている6代目社長の天野さんだった。日本には創業から100年以上の歴史を持つ企業が数万社もあるという。

中でも寺社建築会社は世界一の歴史を持つそうだ。この会社も創業が天保5年(1834年)という。しばしば、伝統的な工法はマニュアルのように考えてしまいがちだというが、決してそうではなかったのだ。

むしろ臨機応変に工夫を重ねるということが、先人たちの仕事からわかるそうだ。大事なのはマニュアルではなく、生きた技術として学ぶことだった。

初代が残した彫刻などを見ると、そこにはただ真剣に仕事に取り組むだけでなく、心を躍らせながら手を動かしていら様子もうかがえるという。その辺が素晴らしい継続をするにはポイントのようだ。
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くもり「相鉄瓦版」2015.3月号より。チューリップ黄

この号の特集は「継続は偉大なり」となっていた。ここには、長期連載、老舗、長寿番組の3つの継続について触れられていた。そのまずトップバッターが漫画家の植田まさしさんの「1万回超~長期連載の秘訣」となっていた。

読売新聞掲載の4コマ漫画「コボちゃん」の連載が30年以上にわたり、その回数が11600回を超えたとあった。そのほか、「かりあげクン」「フリテンくん」も30年以上も連載を継続しているのだ。

毎回異なるネタを考えると、これは実に驚くべきことでもある。しかも、なんでもいいわけではなかった。広く一般に受け入れられることが条件でもあったのだ。

もともと自分が考えたアイデアをカタチにするような仕事に就きたいと思っていたそうだ。アイデアはしばしば浮かぶとか湧く考えてしまうが、氏にとってはむしろアイデアのもとをいかに見つけるかが重要だという。

その方法は、ノートに何かを描くとか、インターネットである事柄を調べながら、アイデアを見つけるという。少しでも心に引っ掛かることがあれあば、きちんと考え抜くということだった。そうすれば、4コマ漫画のネタが枯渇することがないという。

晴れ「大人げない大人になれ」成毛真著より。ウサギ

これはまったくの同感だった。あまりにも厳しい仕事ではそうはいかないかもしれないが、ある程度普通の仕事なら自分で面白くしたほうが勝ちだろう。

単純な仕事ほど、自分なりに工夫を加えて面白くする必要があるだろう。スピードを上げてみたり、人とは違った方法でやってみるなどだ。

ここでの小タイトルは、“楽しむための仕掛けをつくる”、だった。その通りだと思える。私も営業の仕事をしている時は、仕事の中にいかに自分の趣味を生かせるかを考えていたものだった。そうすることで、仕事もぐっと面白くなったのだ。

自分が自ら進んでつくったルールやノルマなら決して辛くは感じられないものだ。むしろそれをクリアした時は、爽快な気分になれる。



晴れ「大人げない大人になれ」成毛真著より。音譜

もしこんな質問をいきなりされて、即座に答えられるならいい時間を過ごしているとも言えそうだ。筆者は趣味に対して投資を惜しまないという。

それはそれらに没頭している時間が人生で最も重要だと考えていたからだった。好きなことに夢中になれるほど幸せなことはないだろう。

ここでの小タイトルは、“子供の頃の趣味を維持しよう”となっていた。歳をとるに従って、子供の頃に夢中になったことを忘れてしまう。しかし、それを思い出すきっかけは意外に書棚にあったりもする。

そこには自分の関心がつまっているものだ。趣味でもある程度上達するには時間がかかる。数年は必要なものがほとんどだ。今まで関心があったことも振り返れば数年が経過していた。

さて、タイトルにあげたフレーズですぐに思いつくのは、デジカメで身近な写真を撮って、フェイスブックに毎日アップすることだと言えそうだ。まだ当分飽きてはこない。
晴れ「大人げない大人になれ」成毛真著より。ネコ
プロフェショナルという言葉には、アマチチュアよりもかなりいい響きがある。どんな世界でもプロはそれなりにその業界では尊敬されるだろう。

しかし、若いうちはむしろ、素人根性と言うものを大事にすべきだともいう。素人だからこそ、新鮮なものの見方ができたり、怖さがわからずに済むこともあるだろう。

プロの持つ経験や知識は大事なことだが、それゆえにその先の失敗まで予測できてしまうこともあるようだ。だからルーティンに陥りやすいとも言えるようだ。

素人は失敗して学べることもある。その経験から自分なりのノウハウもつかめるものだ。かつてノーべル化学賞を受賞した田中耕一さんは化学の専攻経験もなかった。

専門家なら避けられるような失敗さえも、世界で認められるほどの結果を残すきっかけになったのだ。
晴れ「大人げない大人になれ」成毛真著より。富士山

創造性は別にアートやエンターテイメントの世界に限るわけではない。むしろビジネスでこそ発揮すべきものかもしれない。いずれにしても新しい価値のあることを常に模索しつづけ、結果を出さねばすぐに行き詰まってしまうだろう。

やはりクリエイティビティは常日ごろから意識していないと、付加価値は創造できないだろう。そして、新しいことを生み出す源泉は「おバカ」であることでもあった。人と違った論理、表現、感覚が大事らしい。

どれだけおバカなことをたくさん考えられるかが、その後の結果にも影響するようだ。数が多いほど、なぜか大衆にも受け入れられるものが出てくるようだ。

筆者がクリエイティビティに溢れていると思う一人に藤巻幸夫氏がいたという。私も氏の著書を読んだりテレビ番組で見たりして興味を持っていた。カリスマバイヤーとして有名だったが、数年前に若くして亡くなってしまったのは本当に残念だ。

彼は普通では思いつきもしない持論を平気で2時間も、筆者に語りかけてきたという。それはくだらない話だそうだが、そこまで熱を込めて語れるのはすごいことだ。藤巻さんは自分本来の感性に正直に生きる「おバカ」であったようだ。
晴れ『お金持ちは、払う時に「ありがとう」と言う』中谷彰宏著より。お金

ここでのタイトルは“勉強したことがお金になると、ヤル気が出る!”とあった。まさにそれは言えるだろう。お金の知識があればそれだけ強いとも言える。だまされたり、お金を失うリスクが回避できるからでもあった。

たとえば、ある程度の所得があっても、よほどの知識がなければごまかすことはできない。むしろ税金をどうやって払うのかを知って、その通りにしたほうがよほど安心もできるだろう。

さて、タイトルのフレーズだが、徳島県の上勝町で、懐石料理の飾り付けに使う葉っぱの妻ものを地域ぐるみで育てて、商売にしていることが述べられていた。

その葉っぱの知識ならお年寄りだった。おばあちゃんの知識が、京都の高級料亭でお金になったのだ。この様子はテレビでも何度も見たことがある。

パソコンを操作して売上げを確認するおばあちゃんたちの姿は実にイキイキしていた。若返るってこういうことだと分かる。好きなことで、こだわりをもつことが必要なようだ。
くもり『お金持ちは、払う時に「ありがとう」と言う』中谷彰宏著より。ウサギ

本当にお金に興味がない人がいるものだろうか、と思ってしまう。お金自体よりも、どうやって稼ぐかに関心が薄いのかもしれない。

ここには、経済力とは、お金持ちになることではなく、お金で苦労しないための力ということ、とあった。なかなか深い言葉だ。

贅沢ができなくても、苦労しないだけのお金があれば十分だということだろう。お金で人に迷惑をかけない程度があればいいのかもしれない。また贅沢の尺度も、人によって大きく異なっていることだろう。

お金の話をすることはみっともないことではなかった。そう思っている人ほど詐欺にかかってしまうらしい。お金については学校では教えてくれないから、自分で勉強するしかなかったのだ。