晴れ「オンリーワンになろう」中谷彰宏著より。えっ

クラブの仕事ではプライバシーに触れないで、話をするのも技がいるらしい。たとえば「何をやっているんですか」などはよくないのだ。確かに根掘り葉掘りされると気分は良くないだろう。

ママによれば、まず今日あったことを話すという。そのためには新聞を読んでおくことだった。そこにはさまざまなネタがある。天気、芸能でもよかった。

そこから、いろいろな接点を見つける。その接点のアンテナが広いかどうかは人によってかなり違っているようだ。こんなことは、別にクラブに限らず一般の会話でも同様なことだ。

とくに知らない人とのコミュニケーションは難しい。ここではサイコロを振る、という表現があった。つまりそれは話題を提供するということだった。そのためには、いっぱいアンテナを持っていることが必要だったのだ。日々の努力が大事だということなのだろう
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雨「オンリーワンになろう」中谷彰宏著より。ひらめき電球

サブタイトルには、「クラブ王に学ぶ62の成功法」とあった。ここでのクラブとは銀座で繁盛している双子のママがやっている「ふたご屋」という店だった。どちらがナンバーワンとはわからないが、どちらもオンリーワンらしい。

この経験を通してママの言葉によると、「成功する方は、チャレンジする精神をいつも持っているチャレンジャーですね」と語っている。これが率直な実感らしい。

中谷氏の言葉では、いろいろなビジネスで成功している人の共通点は、20代はとことん失敗だらけだという。

ママは「失敗する量がかなり蓄積されてくると、それをノウハウとして、今度自分に生かしていけるんですね」とも語っている。要するにそれをノウハウにできるかどうかが分かれ目とも言えそうだ。

ギャンブルでも強い人は、初めからそうだったわけではない。負けることでかなりの投資をしてきたのだ。そして、勝つためのノウハウを身につける。習い事にはすべて「お月謝」がいるということだった。
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くもり「熟年革命」渡辺淳一著より。クラッカー

筆者は医者らしく自律神経についても述べていた。血管が閉じるように働くのが交感神経で、開くように働くのが副交感神経だった。

だから緊張、不安、不快なとき、つまりストレスがある時は、交感神経が優位になって、血管が狭くなり血の流れが悪くなるようだ。逆に楽しかったりのんびりとリラックスしているときは副交感神経が主導となって血管が開いて、血の流れがよくなるのだった。

当然ながら、健康のためにはどちらを重視すべきかはわかる。好奇心いっぱいに、何にでもトライすることを勧めているのは上記の理由からだった。

大切なのは気持ちのもちようだった。いつも楽しいこと、面白いこと、自分のすきなことを追いかけることが、全身の血のめぐりをよくし、健康を保つ秘訣だった。
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晴れ「熟年革命」渡辺淳一著より。目

かつての日本は基本的には男性社会だった。ところが今は女性の社会進出が目覚ましい。会社でも管理職の女性はかなり増えている。

変化への対応は男性より女性のほうが優れているらしい。そして発想も異なっているようだ。女性の視点は総じてラディカルで革新的なようだ。

その理由として、女性の肉体が一生のうちに何度も変わるからえだった。つまり体内革命が起きるからだと指摘している。

そう考えると男は保守的なのかもしれない。むしろ男性は女性の柔軟性を見習わなければならないという。頑張らねばならないな・・・
雨「熟年革命」渡辺淳一著より。グッド!

日本人の場合歳をとると、老人らしく静かに暮らすべきだと、外に出ず家にこもる人が多いようだ。それに対して、渡辺氏は本来、老いとはもっと勝手気ままに楽しむべきだという。

海外では老いても美しく装い、お洒落で明るい老人をたくさん見かけるようだ。日本人の高齢者ももっと外に出て自由時間を満喫すべきだと提案している。

高齢者の呼び方を変えて、「プラチナ世代」と呼ぶことを提案している。実に素晴らしい言葉の響きだった。そして、その世代の生きるモットーを誓いとして考えていた。

「われわれは世間体にこだわらず 常に好奇心いっぱいに 好きなものを追いかけ 相手と自分を誉めて お洒落で素敵な ワルになることを誓います」だった。

定年後は歳がいもなく生きることを提案していた。人に迷惑さえかけなければいいのだ。
雨「考える力、やり抜く力 私の方法」中村修二著より。あし

なるほど、それは一般の仕事にも共通して言えそうだ。失敗を知っているからこそ、その後の発展があるとも言える。

わずか1パーセントでも可能性があえば、失敗を恐れずにそれに挑戦していくという強靭な精神力が必要だった。

世界がびっくりするような仕事は、常識の範囲内で物事を考えても不可能だったようだ。むしろ常識を超えるところにこそビッグチャンスがあるという。

中村氏は非常識に賭けたからこそ、青色発光ダイオードも紫色レーザーも完成したと振り返っている。その成功で様々な国際的な学会に呼ばれるようになったのだ。当然ながら国内ではいろいろな賞を受賞していた。
くもり「考える力、やり抜く力 私の方法」中村修二著より。チョキ

朝から晩まで一人になって集中して考えても考えても結果がよくならなくて、どん底まで落ち込んでしまったそうだ。

そこまで自分を追い込んでしまうと、あとは這い上がっていくだけだという考えになったのだ。それは今までの経験では製品化へのパターンだったという。

落ち込んで深く深く自分に沈潜していったときに、ヒラメキが生まれるというパターンだった。それは予感のような形で現れたようだ。

実験装置を熟知していればこそ、アイデアは浮かんだのだ。文献や論文を読みあさったり、実験装置を業者に頼んで改良するだけでは無理だったのだ。

自分なりの創意工夫があってこそ成功は微笑んでくるということだった。
晴れ「考える力、やり抜く力 私の方法」中村修二著より。ニコニコ

筆者の中村氏は記憶に残るほどの悔しい思いを二度していたのだ。それは言いかえればコンチクショーと端的に表現していた。

一つは留学中に職工のような仕事をしていては、いくら腕がよくても、いくら実績を上げても世界は研究者とは認めてくれなかったからだ。結局論文がなければダメだったのだ。

また、当時務めていた会社では実績を上げながらもボロクソに言われキレたことがあったからだった。

あとで振り返っているが、何か新しい発明をしたり、新しい発見に挑戦したりするときに、このコンチクショー精神は大切だと考えていた。

だからこそ、ニ十世紀中には完成は不可能と言われていた青色発光ダイオードの研究論文は書いてやろうと決心したのだ。
晴れ「60歳からの10年は自分力で生きる」野末陳平著より。シラー

確かにそうだとも思っている。金にならなくても、それが好きでやっていることならラッキーとも思える。今はだいたいそんな状態かもしれない。現役時代のやや延長に近い形でやっていられるからだった。

しかも、何より外出できるところがありがたい。時間も比較的緩やかで、自分の時間も持てている。もう、現役ではないのだから、できるだけ責任や拘束からは解放されたいと思っている。金をもらってもイヤな仕事なら続けられないだろう。

野末氏は、好きな道でいくつもの道で楽しみながら仕事をしている知人を紹介していた。その人の名刺には「海外旅行評論家、動物写真家、切手評論家、著述業」と刷り込まれているという。

60代でこれだけいろいろなことを仕事としてやっていられるのは、すごいことだ。仕事を楽しんでいるうちに、それぞれの道でプロになってしまったようだ。このように自分流の複線人生になったのは、やはり自分力があったからだった。世の中には実践している人もいるものだな~~
晴れ「60歳からの10年は自分力で生きる」野末陳平著より。アップ

なるほど、そういう考え方もあるものだと思えた次第。ところが、実際はひとり遊びの知恵、ひとりで時間をつぶすノウハウがないことが多いらしい。

時間つぶしなど簡単そうで、なかなかそうはいかないものだった。大事なのは積極的に外出プランを考えひとりで遊べるクセをつけることだったのだ。

東京の新名所スポット探訪、図書館通い、美術館巡り、盛り場ぶらり・・・など外へ出ないと時代の空気がつかめないようだ。しかも、低料金またはタダで遊べる場所はマメに調べればいくらでもあるようだ。

だから、怠け者には遊びのネタも近寄ってこないのだった。最近毎月やっているのが、シニア料金での映画鑑賞だ。また近所を散歩して自然をカメラに納めてFBにアップすることだった。これからも外出の範囲を広げたいとも思っているが。