晴れ「昨日と違う自分になる学習力」中谷彰宏著より。目

何かいい考えはないかと考えているときは、なかなかいいアイデアは浮かんではこないもの。しかし、何か別のことをしているときに、ふと面白いアイデアを思いついたりする。

それをその場ですぐに何かにメモっておけば忘れにくいし、あとで思い出すこともできる。ところが、あとでそれを思い出そうとしても、すっかり忘れてしまっているものだ。

とにかく、どんな小さなメモでも書いておけば手がかりにはなる。メモはその瞬間が勝負だろう。数分後には頭はほかのことでいっぱいになってしまう。

学習も常に今と言う中にしか存在しないと、中谷氏はいう。そのうちにやろうとおもってもまず無理なことだ。今だからこそ頭に入るのだろう。
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雨「昨日と違う自分になる学習力」中谷彰宏著より。ニコニコ

ヒラメキとデザインといったいどういう関係があるのだろうと、思ってしまう。ひらめいただけでは、アイデアにはならないようだ。

具体的な例をあげることも、デザインと言えたのだ。デザインとは常に具体的なものであるべきだった。それに対して、ヒラメキはもやもやとした抽象だった。

もやもやした線を具体的にするプロセスの中で、アイデアになるという。たとえば子どもの名前を思いつくのはヒラメキだった。それを苗字とつなげたり、書いた場合にどうなるかがアイデアに変えていくデザインという作業だった。

単に思いついたアイデアは、ヒラメキであって、まだデザインが足りない状態だったのだ。ここでの結論はヒラメキをデザインしようだった。
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くもり「昨日と違う自分になる学習力」中谷彰宏著より。グッド!

この本のサブタイトルには“向上心がわいてくる54の具体例”ともあった。つまり学習することで向上心がわいているということだろう。

筆者によれば、ペンは単に思いついたアイデアを書きとめる道具ではなかったのだ。メモしたり伝言をするための発信機能と思いがちだ。しかし、受信機能のようだ。

まず、ペンを持つことで、そこに空の上のほうからアイデアが飛んできて、それが紙に書かれるというイメージだった。

だから、まずはペンを持たないとアンテナをつけてないのと同じで受信できないことになる。考えるまえにペンで受信するということのようだ。

ペンを実際に手に持っていないと、何も思いつかないが、落書きを始めるとアイデアも浮かんでくることはある。
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くもり「弘兼憲史のアツイ人生論」弘兼憲史著より。得意げ

これもことわざの逆説で、本来は「・・・択ばず」で、昔からよく知られているように、名人は道具の善し悪しなど問題にしないという意味だった。

でも、実際はそうでないことのほうが多そうだ。名人ほど自分にこだわった道具を身につけているのではないだろうか。スポーツマンなら、フォームを大事にしている。

また、試合で使用する道具にもこだわりがあって、自分だけにあったバットやグローブを作ってもらっている選手も多い。最高のパフォーマンスをするためにはそれなりの道具も必要だと思われる。

スポーツ選手の不調はフォームが崩れていることが原因になっていることが多い。そこで結果が出ない時には、常にチェックしているようだ。

サラリーマンだって同じだろう。成績が低迷すれば、それなりにチェックする必要が出てくる。弘兼氏は遊びにも仕事にも自分なりのフォームをどんどん持ち込むべきだというのが持論だ。

自分なりの創意工夫があればこそ、フォームが身につくとも言えそうだ。ここ一番という時の決め技があると仕事もしやすいだろうな・・・

野球の打者がバットにこだわるなら、サラリーマンはペンやノートやバッグにこだわってもいいのかもしれない。それによって、仕事をスムーズに進めることができるなら。
雨「弘兼憲史のアツイ人生論」弘兼憲史著より。音譜

すべてに優先して健康は最も大事な事柄だろう。仕事も日々の生活も健康が基本になっている。

またさらに、体力に自信がつけば、積極的にもなれるだろう。これは、むしろその逆を考えればわかりやすい。すぐに疲れてしまうような体力だと、仕事もやる気が起きないものだ。

気力、体力が充実していてはじめて、いい仕事ができる。別に筋肉質である必要はないようだ。スリムで強靭な身体作りを目指すべきだった!

ところで、一流の役者は体もそれなりに鍛えているようだ。それは日々の節制と地味な鍛錬によって作り上げられるからだ。不健康なサラリーマンは多いらしい。気をつけねば。積極的に汗を流すことは必要なようだが・・・
くもり「弘兼憲史のアツイ人生論」弘兼憲史著より。チョキ

本来のことわざは誰でも知っているように、「・・・爪を隠す」で、素晴らしい能力や才能がある人は、それを見せびらかしたりしない、というものだった。

それに対して、弘兼は入社した時から漫画という能力を隠すことはなかったと語る。もちろん自分にどんな爪があるかを知っていなければならないが。

もしあるなら、会社のためにも自分のためにもそれをアピールすべきだという。確かに待っているだけでは自分のやりたい仕事にも就けないだろう。

誰も人のことは理解しようとは思わないものだ。自分のなかにある、「他人に誇れる部分」があるかどうか。そして、それを効果的かつ嫌味なく表現することが大事だったのだ。

目に見えないセールスポイントもあった。たとえば、人間関係の円滑化が得意、和み、癒しなども入るようだ。周りをホッとさせるような会話や行動ができればそれも入っていた。
くもり「他人(ひと)と違うことをしなければ生き残れない」岡野雅行著より。恋の矢

ここには岡野氏の経験が語られていた。若い頃朝から夕方まで父親の金型の仕事を手伝ったあと、自分で取ってきたプレスの仕事を、毎晩、夜中の二時、三時までぶっ通しでやることができたと述懐している。

しかも、70歳を過ぎた今でもそのままの時間に起きているというのだ。自身でもそれは中毒だと思っているようだ。夜中の一時、二時までは絶対に寝られないのだ。またウトウトして起きると四時半か五時だという。

アイデアは朝方にでるから、ゆっくりと寝たいと思っても寝られないらしい。しかも、仕事イコール遊びになっているから苦にならないともいう。だからちょっと前まではベッドや布団で寝たことがなくて、事務所で寝ていたのだ。

本当に驚きだ!しかも、読者に対して、そこまで仕事に打ち込める自信があるかい?と問うている。やはり一流のノウハウを身につけた人はやることが違うと思わせる。夜中まで働ける体内時計・・・凡人には無理だろうな。
くもり「他人(ひと)と違うことをしなければ生き残れない」岡野雅行著より。耳

岡野氏のところにはひっきりなしにお客さんが訪れるという。そして、いろいろなお土産を持ってくるようだ。

岡野氏はそれに対して、値段の倍返しを基本にしているようだった。なかなか出来ないことかもしれない。同等なものでもできればいいほうだろう。大切なのは金額よりむしろ気持ちが込められるかどうかだった。

商売がうまくいくかどうかはそこのところにかかっている。ちょっとした気遣いはすべてに通じるものだ。極端な例では、100円ショップでこんな面白いものがあった、と言って見せてあげるだけでもいいという。

こんなちょっとしたことを継続していけば、人と人のつながりを深めることに役立つのだとも語っている。やはりそれを実践してきた人の言葉は信頼できそうだ。
晴れ「弘兼憲史のアツイ人生論」弘兼憲史著より。あし

確かに無趣味と思われる人もいるものだ。仕事が忙し過ぎて、また生活も苦しくなかなか趣味までやってられない人も多いことだろう。

時間があればやってみたいことも多いはずだ。また同時にかつて若い頃に、夢中になってやっていたこともあるかもしれない。

仕事を離れたところで、自分の世界を持つことは価値があるものだ。経験的には、それが結果的に仕事に役立ったことも多い。

過去に誰も笛を吹かなくても、踊っていた自分がいたことを思い出せば、またそれに時間を費やすこともムダではなさそうだ。しばしば、それは書棚にあったりする。

特に熱心になって読んだ本は、その当時夢中になったことだったりするものだ。今の書棚には植物関連のものが多い。それによって充実した時間を過ごせているからだろう。
晴れ「弘兼憲史のアツイ人生論」弘兼憲史著より。ニコニコ

そうそう、と納得してしまう。上司に限らず同僚や先輩社員でも同様なことが言える。いくら仕事ができても、どうしても人間的に尊敬できない人もいるものだ。

むしろ、その人を見ると安心できたりほっとするような人のほうが人気がある。それは人望というものだろう。とくに自慢をする人は最も嫌われるかもしれない。

すでに承知している事項について、部下から報告を受けた時に、「そんなことは百も承知だ。すでに手は打ってある」とクールに言われることがあった場合。また「それは知らなかった、いいことを教えてくれた。ありがとう」と言われた場合を比較していた。

やはり「ありがとう」と言われた部下は嬉しいだろう。すでにわかりきったことでも、「それは知らなかった。ありがとう」と言えるには勇気もいるかもしれない。

それができるのが優秀な上司らしい。つまりウソも方便というものだった。部下に恥をかかせないということも、上司としての人間の大きさかもしれないな。