晴れ「自分を100倍も面白く生きられる」藤本義一著より。ハートブレイク

これは藤本氏の意見だが、同感だと思った次第。器用だからといって、あれこれと食い散らしているうちは、人生の面白さはわからないだろうという。

むしろ不器用でも、何か一つに執着して極めたほうがいいようだ。しばしば職人といわれる人達は、そうして誰にも真似ができない技を身につけたのだろう。

不器用だからこそできることがある、という考えもおもしろい。エジソンは偉大なる不器用人間だと思ったらしい。一つのことを追求したら、寝食をわすれて没頭してしまうからだった。

しかし、他人にまねのできない発明に対する執着心、才能があったのだ。オリジナリティはこの執着心から生まれるというのも頷ける。その執着心は不器用な人が世の中を渡っていくうえでの武器と考えるべきだったのだ。
AD
くもり「自分を100倍も面白く生きられる」藤本義一著より。パー

人が成長する過程で、劣等感を考える前に、ライバルの存在というのも大きいだろう。お互いのいい切磋琢磨はよい結果をもたらすものだ。

藤本氏のライバルといえば、すぐに思い浮かぶのは井上ひさし氏だ。先に直木賞をとったのは、井上氏だった。だから、藤本氏は彼に対して劣等感がものすごくあったと振り返る。

しかし、別に筆を折るわけでもなく、独自の世界で執筆は続けていたのだ。劣等意識が強烈なインパクトを植え付けてくれたという。劣等意識はエネルギーに変換できたのだ。

ダメだと思って諦めてしまったら、それで終わってしまう。むしろそれを踏み台にすべきだったのだ。藤本氏は自身の経験から、執念が生まれない劣等感は、本当の劣等感じゃないとまでいう。執念をもつ大切さを念頭に置きたい。
AD
晴れ「自分を100倍も面白く生きられる」藤本義一著より。グー

なるほど、そう言われればそうかもしれない。これを実際に上手くやれるかどうかが問題だろうな。やはり、これもある程度練習していなければ、いきなりはできないだろう。

人間関係の潤滑油としてはいいものに違いない。それをさり気なくやれる人はすごいとも思える。ここにおもしろい新聞記事のことについて述べられていた。

それは、子どもから見て好きだと思った先生は、「ガンバレよ」とか「よくやった」「いいいぞ」など誉め言葉を言ってくれた場合のようだ。

嫌いになる先生は逆で、「バカだな」「こんなこともできないのか」とけなされる場合らしい。たしかに、ネガティブな言葉を吐かれると、とたんにやる気も失せるだろうな。

まずは、ホメ言葉のバリエーションを覚えたほうがいいのかもしれない。いつも同じような言葉では、飽きられてしまうだろう。その前に相手に注目することかな。
AD
くもり『「男を口説ける男」が、女にモテる』中谷彰宏著より。ラブラブ

こんな人はカッコいい人といえるようだ。しかももっとカッコいい人は、それを365日してるという。

たまに時間があったら好きなことをするというのは、別にカッコいいことではなかった。好きなことを探して毎日2時間も費やせるというのは、すごいとも思える。

本当に好きでなければ、そうそう続けられるものではない。月に1回できればいいというのは、たんなる娯楽だった。いくらやっても飽きないことがあるのは素晴らしい。

そもそも好きなことを探すまでが大変な努力を要するだろう。1週間のうち土日だけ好きなことをするというのも、中途半端な状態なようだ。
晴れ『「男を口説ける男」が、女にモテる』中谷彰宏著より。グッド!

自分を含めてだが、ついつい昔話をしてしまうことがある。それはカッコよくないらしい。昔話はたいてい自慢話であることが多い。

もう過ぎ去った人の話などあまり興味を持てないものだ。むしろ関心が持てるのは、将来の夢かもしれない。明日の思い出をつくろうという前向きな気持ちの方が大事なのだろう。

たとえば、忘れられないプレゼントはモノよりも体験だという。人にいい体験を味わってもらおうというのは、前向きなことだ。それを共有できればなおいいのだろう。

カッコよさを求めるよりもむしろ共感をもってもらえることのほうがよさそうだ。昔話ではまず共感は得られない。共感できなければ、時間のムダとも言えそうだ。
くもり『「男を口説ける男」が、女にモテる』中谷彰宏著より。えっ

おもしろい表現があった。「○×△」があった時に、○は誰でもほめることができるということだった。確かに誰から見てもいいと思えるものは同じだ。

ところがそんなほめやすいものをほめていても、ほめていることになっていないという。大事なのは、△も×もほめることだという。自分の痛いところを×とすれば、それはほめにくい。

自分の痛いところを突かれたら、「さすが」「ありがとう」といえるならすごいとも思える。美人なら誰でもほめられるが、そうでない人をどうほめるかが大切だったのだ。

ポイントは、「これはあながち間違いではないな」というほめ方をすることだとアドバイスがあった。実に微妙でおもしろい。まずは観察から始めねばな。
晴れ「退屈のすすめ」五木寛之著より。耳

これは“本と遊ぶ”という章で書かれていたものだった。氏は一冊の本を読んで、いやでも頭の中に残る一行があれば、それで十分だと語っていた。そして、忘れてしまうような内容は、もともと縁がなかったのだと諦めるという。

本はいくら読んでもその内容はほとんど忘れてしまうものだ。むしろ頭に残るのは印象的なフレーズだったりもする。メモを書いてもアンダーラインを引いたとしても、一時的なものだ。

五木氏は、本を読んでどうしても忘れられない内容こそが価値があるという。そう考えると、なかなかそんな本には出会っていないかもしれない。というより忘れっぽくなったのだろう。

読んでいて、その時は素晴らしい考えだと思っても、本を閉じた瞬間に何も思い出せない。一度買って読んだ本をまた買ってしまうことはあるが、それでも内容はまったく覚えていないものだ。
晴れ「退屈のすすめ」五木寛之著より。目

五木氏はどんなことをして退屈だと思われる時間を過ごしてきたかについて、具体的に述べていた。たとえば、靴と遊ぶ、車と遊ぶ、本と遊ぶ、夢と遊ぶ・・・などがあった。

そのなかの一つとして、アートと遊ぶがあった。展覧会は年間を通してたくさんの美術館や画廊で開催されている。私も年に数回は行くこともあるが、大きい展覧会は混んでいるのでゆっくり鑑賞できない。

そこで、五木氏は有名美術館よりもむしろあまり人に知られていないひっそりとした小さな美術館を探すのがいい、と提案している。それは自分が探すしかないだろう。

たまにアートに目をさらすのも悪くない。まるで別世界にいるように思えることもある。また、作者の作品への発想もときにはいい刺激になったりもする。

五木氏はもし、美術館や画廊の中の作品から、1点だけ盗むとしたらどれを盗むか想像してみると面白いと提案していた。

また、大富豪だったらどれを買って飾るかと考えるのも楽しそうだ。そう考えることで、絵と自分との真剣勝負があるという。なるほどと思わせられる。
晴れ「自分を100倍も面白く生きられる」藤本義一著より。グッド!

あまり損得だけを優先していると、面白くないものだ。またいつでも何でも完璧であると息苦しく感じることもある。筆者はむしろどこかドジで抜けているところを見せあったほうがいいとアドバイスしていた。

バカになったほうが勝ちとまで言う。失敗があるほど親しみが持てるということもいえる。単に仕事ができて頭がいいというだけでは、逆に嫌われるもとになるかもしれない。

いつも完璧だと思える人が失敗すると、急に親しみを感じたりもするものだ。また自慢話は人を遠ざけるかもしれない。むしろ失敗談のほうが人は寄ってくるものだ。

藤本氏は親しくなるためには、恥が必要だともいう。逆にいえば、常に恥ずかしいことを隠してばかりいては親しくもなれないとも言えるのだろう。そう考えると親しまれるオバカになるのは大変なことかもしれないな・・・
晴れ「自分を100倍も面白く生きられる」藤本義一著より。チョキ

もしサラリーマンなら上司に、はむかうことはできないものだ。それをしたら損をするのは自分のほうに決まっている。役職が上のものや先輩社員と競えるのは、仕事での成果ではないだろうか。

たとえば、営業の成績で勝つことは工夫と努力次第で可能だ。誰から見ても上だと思わせられれば勝っていることになる。いったい自分はどんなことで人に勝つことができるかを考えるべきなのだろう。

サービス力でも自分の普段の心がけ次第で、周囲の多くに勝つことはできる。アイデアの質や量でも可能だろう。仕事の信頼度でも周囲からの評価を得ることができるはず。

年齢も上下も関係なくぶつかれることも意外に多いことに気づく。自分の得意分野は何だろうかと振り返ってみることも必要だ。常に周囲の協力を得られるというのも強いともいえるだろう。