晴れ「超思考」北野武著より。あせる


たまたまこのフレーズが気になったのは、最近デジカメを持って近所の植物の写真などを撮り始めたからだった。まず、上記フレーズの“・・・”の部分には次のような言葉が入っていた。


“蟻塚だのスズメバチの巣だの、蟻や蜂はちっともそんなことを考えて作っているわけじゃないのに、”とあった。ついでに私は、クモの巣も実にきれいに上手くできているものだと感心してしまう。


そこに雨粒がついて光っているとまたきれいなものだ。6月ごろ自宅のガクアジサイの花の中身を接写してみたら、まるでアートに思えた次第。


北野氏はしばしば映画の中で自作の絵画を使用しているが、実に素晴らしいアートだ。それらは氏が作品を作ろうと考えたものではなくて、自分が描きたいように描いているだけだという。


つまり迎合しないからこそ純粋にいい作品ができるのかもしれない。これからも自然界にあるアートのように見える造形物に気づいてみたいものだ。

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晴れ「超思考」北野武著より。音譜


つい数日前のことでいえば、メジャーで活躍するイチロー選手が日米通算で4000本安打を達成したことが思い出される。長いメジャーの歴史でもそれまで2人しか達成していない記録だ。


もちろんメジャーだけの記録でなないから参考記録ということになるのだろうが。本当にすごいのはメジャーリーグだけで10年連続で200安打以上を達成したことかもしれない。


いずれにしても、後者の記録は誰も達成することができなかった大記録に違いない。これにはメジャーの選手誰もが脱帽することだろう。当然ながら人々に感動を与えてくれた。


途轍もないことは、別にスポーツの世界だけのものではない。舞台公演での連続出演もすごい記録ではある。それだけ多くの大衆に支持されている証拠でもあるからだ。自分のなかでもそんなものが持てたらいいのだが。

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晴れ「復活して成功する57の方法」中谷彰宏著より。ヒマワリ


たとえば、レストラン業界で仕事をしている人は、レストラン業界だけから学ぼうとしていると、筆者は指摘している。同じようなことが、べつの業界にもいえるのだろう。


つまり行き詰ってしまうと、同業者だけから何かをつかみ取ろうとしてしまうようだ。それよりむしろ別の業界からの方が新しいヒントをつかめるものだという。それは頷ける。


ほかでやっているサービスを別のところでも活かせることは多い。日常のすべてからヒントを得ようとすればいいだけのことだった。


もし調子が悪くなったら、別のところからヒントを得るチャンスだと考えればいいのだ。視野は広く持つほど、可能性も拡がると言えそうだ。

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晴れ「復活して成功する57の方法」中谷彰宏著より。音譜


かなり以前から、感性という言葉はよく聞かれるようになってきた。その感性は、意外にも単調な仕事で磨いていくものだという。


花形の職場は感性を発揮する場であって、感性を磨く場所ではなかったのだ。むしろ雑用をしっかりやることで感性は磨かれるようだ。


筆者はクリエイティブでないものをクリエイティブにするほうが、より感性が求められると指摘している。なるほどと思える。


誰もができることで差をつけることは難しい。しかし、感性が磨かれていれば差がつく。だからこそ地味な仕事は感性を磨くチャンスだと捉えるべきなのだろう。


地味なことをこつこつとやっているうちに、ある時ちょっとしたアイデアがひらめく時がある。探していた何かは意外に身近になるのかもしれない。

晴れ「復活して成功する57の方法」中谷彰宏著より。音譜


ふつう、みんなと同じようにやってるのに、なぜ伸びないのだろうとおもったりするかもしれない。しかし、それは甘い考えだったのだ。


伸びていく人は、人一倍頑張っているようだ。みんなと同じように、ということは与えられた宿題をこなしているに過ぎないことだった。そう考えると実にわかりやすい。


言われたことだけをやっていては、それ以上伸びようがない。学校ではそれで正解でも、社会に出てからは、そこからいかにプラスアルファがあるかがポイントだった。


100点は、社会では100点ではなった。プラスアルファができて初めて100点になるというが、それも納得できそうだ。みんながやってないことを工夫して、どれだけやっているかを考えるべきだろう。

晴れ「復活して成功する57の方法」中谷彰宏著より。音譜


ふつ技イコール、テクニックと思ってしまう。しかしそうではないらしい。英語の辞書でARTを引いてみれば、そこには、芸術、美術の他に技術、技能、技巧、熟練なども出ている。


だから技=芸術ともいえるのだろう。技は場数を踏んで練習すれば、確実に上達するものだった。技がなくてもできるようにするのが、マニュアルだった。


マニュアルをはるかに超えたところにあるのが技であるようにも思える。どんなことも技のつもりでやれば上達するのだろう。


いつもしている仕事も技でもあった。技には上達も、稽古も、スランプもつきものだった。技は単に習いごとのようなものだけにあるのではなかったのだな。

雨「超思考」北野武著より。!?


これは「人知の及ぶ範囲」という章の中での小タイトルだった。かつて漫才ブームというのがあって、ツービートもそのブームの影響で売れたコンビだった。しかし、北野氏は飽きられないように必死だったと振り返る。


どんな人気者もいつかは飽きられてしまう。しかし、それほど漫才に執着しなかったことがその後の活躍にもつながっているようだ。無理してしがみつかないことも時には大事なことのようだ。またそれだけの実力を蓄えていたとも言える。


自身の言葉では「人気者になってテレビに出れば出るほど、飽きられるのが俺たち芸人の宿命なのだ」という。そこで大事なのは、飽きられないようにネタを作り続けることだった。ネタ作りができなければ消えていくしかない。


芸人はツクリモノで勝負しているが、スポーツのような真剣勝負にはかなわないと感じていたようだ。スポーツは真剣勝負そのものが、エンターテイメントになっている。そこが強い。もちろん実力が伴ってのことだろうが。

雨「超思考」北野武著より。パンチ!


才能はあるかないかのどっちかだ、と北野氏はいう。探しているのは、むしろやりたい仕事より、楽して稼げる仕事なのではないかと指摘している。なるほどこれはわかりやすい表現でもある。


自分の才能を生かせる仕事に就きたい、というのもよほど余裕があるからかもしれない。その前にどんな仕事でも仕事にありつけるかどうかの問題が先だろう。


北野氏の経験からは、「仕事の面白さとか、やりがいというものは、何年も辛抱して続けて、ようやく見つかるかどうかというものだろう」と話している。


最初から簡単に要領がわかってできたら、仕事の満足度も少ないだろう。やりがいは自分の苦労に伴って得られるとも言えそうだ。誰でもが簡単にできることなら自分の存在価値もないことになってしまう。

くもり「超思考」北野武著より。クローバー


ここで引き合いに出されていたのは、昔アメリカであったゴールドラッシュのことだった。金が出たという話が広まって、大量の人が集まって街までできてしまったという。


ところが、その押し寄せた全員が金持ちになったわけでもないようだ。そんな噂が流れてきた時点でもうピークは過ぎているのだろう。これは株式相場でも似ていそうだ。


マスコミを通じて一般に情報が流れた時点でもう下降線をたどっているのだろう。砂金を探すより、そこに集まった人に向けて商売を始めた人の方が儲かったのだ。確かジーンズもそうだったはず。


今では金のうわさは通用しないだだろうが、似たように夢を売る商売はあった。「あなたの中に眠っている才能」「あなたが本当にやりたい仕事」「やりがいのある仕事」などもそうらしい。北野氏はそれらは幻だというが、きっとそうだろうな。

晴れ「超思考」北野武著より。あせる


その心は、新製品を次々と売り出して、旬が過ぎた旧型は使い捨てにするということのようだ。長持ちされたら、新製品が売れなくなってしまうからだった。


同様なことが歌手やお笑い芸人にも言えるらしい。北野氏によれば、昔の芸人は芸を売ったものだが、今の芸人はキャラクターを切り売りさせられているという。


芸人になりたい人は日本中にいくらでもいる。テレビに出られるならどんなことでもするのだろう。しかし、キャラクターはすぐにすり切れて飽きられて、使い捨てになってしまう。


若手にすれば、長い年月をかけて芸を磨かなくても、ちょっとしたキャラクターだけで人気者になることができる。しかし、視聴者はいつまでも同じ芸を見たくもないものだ。


もう一つ気になったのが、「テレビという装置が、流れ作業の機械のように芸人を大量生産するようになった」だった。実にこれは厳しい現実でもあるな。テレビが芸を育ててくれるわけではなかった。