くもり「アイデアの極意」内藤誼人著より。チョキ

アメリカのある大学の心理学者による観察報告の結果、そんなことが言えるそうだ。緑の多い地域の子どもたちは、そうでない地域の子どもより創造的な遊びをたくさんしていたという。

まあ、自分が子どもの頃を振り返ってみれば、自然があればその環境の中で木や竹や草などを使っていろいろな遊びをつくりだして遊んできたものだった。その作る過程さえも楽しかった。

都会化されるにつれて、自然と親しむ機会がほとんどなくなってしてしまったような気もする。子どもたちの創造力やアイデアも貧困になってきたのではないだろうか。

森林浴をしながらモノを考えるのは、有効な心理テクニックらしい。目についた草花から、意外な発見があるかもしれない。身近にあるマジックテープなどもはじめは衣服にくっついた草の種がヒントだったことも思い出せる。
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雨「アイデアの極意」内藤誼人著より。パンチ!

そもそもこんな言葉は聞いたこともなかったので意味もわからない。これはイギリスのある心理学者が発想法の一つとして提案したものだった。何かアイデアを出したいときには、じっと座って考えるより、うろうろと歩きまわりながら考えるのがいいということだった。

それほど大したことではなかった。つまり散歩しながらのほうが、発想力が高まるというものだ。これなら誰にでも簡単にできそうだ。ポイントは歩いている時も、意識的にものを考えるということのようだ。

とはいっても、あまり考えすぎて周囲のものに不注意になってはまずいだろうが。いずれにしても、身体と精神は密接に結びついているもので、体調が悪ければ、いい発想や大胆な考えなどできないものだ。

いいアイデアが思い浮かぶかどうかは、しばしばその時の体調にも左右されるものだ。また身体を制止させていると思考も静止してしまうらしい。部屋を出るのが難しいなら、その場で身体を動かすだけでも違うそうだ。

そういえば、最近朝だけバス通勤をやめて、ウォーキングで最寄り駅に向かっている。通常45分から50分程度だが、その間に何か意識的に考えていればいいのだろうなぁ・・・。今度試してみよう。
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晴れ「改革王になろう」中谷彰宏著より。グッド!

ノウハウというとそれを身につければ、ずっとその方法でやればうまくいくと思ってしまうものだ。しかし、時代や環境が変われば必ずしも同じ方法が通用するとは限らない。

それを錆びると表現していた。時代の変化についていくためには、勉強し続けなければならなかったのだ。ということは、ノウハウを持ち続けている人は、常に新しい何かを吸収ししている人だったのだ。

そして、ノウハウを磨いていたのだ。とくに最近はさまざまなものが進化するスピードが早くなっている。そのためノウハウは1、2年で食いつぶしてしまうとまでいう。

大切なことの一つは人に会うことだが、昔のノウハウだけにしがみついているうちは、人も集まってこないらしい。ノウハウはその時点での自信もポイントのような気もするが・・・
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晴れ「改革王になろう」中谷彰宏著より。富士山

実に同感するフレーズでもあった。かつて中谷氏の本の中には、マニュアルにはABCがあり、マニュアル通りにやるのはBのレベルだと書いてあったのを思い出す。

Bレベルなら誰でもやれることで何の特長も感動もないだろう。お客さんから見れば、ごく当たり前のサービスにしか感じられないものだ。

さらにそこから進めて、その人独自の良さが出せればAレベルになるのだろう。たとえば、いつものサービスや説明にプラスαで気の利いたアドリブができればベストなものになるに違いない。

ファストフード店でもスーパーでもデパート、コンビニでもあらゆるサービス業では、マニュアルがしっかりしていれば、仕事もそれなりにスムースに進む。

しかし、そこから一歩進んで感動レベルまで行くには、経験や努力の他にその人のもつ人柄やセンスがものを言うのではないだろうか、とふと思った次第。
晴れ「改革王になろう」中谷彰宏著より。富士山

しばしば「改善」という言葉も聞いたりする。かつてトヨタが行っていた改善は“KAIZEN”と言われるくらいに海外でも知られた言葉となっていた。

しかし、中谷氏は経営者の「改善」という意識のレベルを変える必要があるという。生ぬるい「改善」ではなく、「改革」としなければならないと主張していた。

別に組織のリーダーでなくても、「改革」は必要なことだった。その「改革」とはどのようなレベルなのかについて次のように説明されていた。

1、徹底的にすること。そこそこの改革は存在しない。2、痛みを伴わない改革はない。3、改革はゆっくりしたものではなく、スピードが勝負になる。

このことから、思いきった新たなことをスピード感を持って、大胆に実行するすることが大事なことだと思えてくる。生き残るためには、だらだらなど決して許されない厳しさを感じさせる。まだまだ甘いな・・・自分。
晴れ「笑わせる技術」中島孝志著より。ニコニコ

フレーズでは実にシンプルに言っているが、これができるようになるためには、訓練も必要だと思われる。話している相手が、満足できるかどうかが問題だった。

ついつい話している時に、自分が主役になりがちだが、場を和ませるためには、自分を一段下げることが必要なようだ。つまり相手を立てることだが、これが容易にできないものだ。

いくら仕事ができたとしても、目立ちたがりは浮いてしまう。そんな人に近づきたいと思う人は少ないだろう。むしろ相手を気持ちよくしてくれる人は聞き上手な人だ。

また本当にコミュニケーションの上手な人は、話をしていてもお互いが疲れない。また充実した時間を過ごしたと思わせるだろう。
晴れ「笑わせる技術」中島孝志著より。えっ

とくに関西では「おもしろい」が日常生活に入ってるようにも思える。時どき街角でおばちゃんにインタビューなどすると、ギャグで返したりツッコミを入れてくる。

関東や東京ではそんなことは稀だろう。要するに「おもしろい」が普通になっているのだろう。しかし、ビジネスの現場では「おもしろい」のニュアンスはお笑いとはやや異なってくる。

筆者はウケるツボには次の5つあるという。それらは、1、場が和むか?2、膝を乗り出してくるか?3、ウィットとユーモアに富み、なによりわかりやすいか?4、話に花が咲くか、言い換えれば、発展性、成長性、飛躍性があるか?5、心を動かせるか?

もしこれらがうまくできるなら商談もかなり進みそうだが。いずれにしても、秘訣と言われると気になるもの。これらのワザを身につけるには、当然地道な努力も必要だな・・・
晴れ「笑わせる技術」中島孝志著より。ニコニコ

もう何年も前からテレビ番組では、お笑い芸人を見かけない日はほとんどない。NHK総合でも教育番組でも司会やコメンテイターを務めている。

おもしろいと同時にアドリブが効くからだろうか。おもしろがらせてくれる人には、また会いたいと思うものだ。ニュースバラエティの番組でもお笑い芸人は絶妙のタイミングでツッコミを入れてくる。

常識的にそつなく仕事をこなせる人なら、どこにでもいるだろうが、そんな人はおもしろいとは思えない。むしろ、プラスαのおもしろさを持った人にまた会いたいと思う。

どうせ同じ仕事をするなら、楽しくしたいものだ。筆者は「おもしろい」という要素は、成功をものにするための武器だとまで言う。それにしても、「えこひいき」という言葉にはややインパクトがあるな。
くもり「アイデアの極意」内藤誼人著より。!!

これは意外な意見だった。普通ならストレスなど感じていたら、名案など浮かびそうもないと思われるが。ここではストレスとはいっても適度なものだった。

実際、ストレスでぐったりするほどなら、まったく効果がないようだ。適度とは、どれほどのものかはわからないが、自分で目標として設定したものなどは、いいのかもしれない。人から言われて義務感でやらねばならないことは、精神的にも疲れてしまいそうだ。

しばしば職業作家は、ホテルに缶詰にされて無理やり締め切りまでに作品を仕上げるよう依頼されるという。そうすると頭の中からいいアイデアが絞り出せる人もいるようだ。

やはり満足しきった状態では、アイデアなど出てこないのかもしれない。ある意味何らかの不満、たとえば「もっとここをこうすれば」など、それを解消しようとすればアイデアも浮かぶのだろう。そういえば、かなり以前に、クレームや不平、不満はアイデアの宝庫だなどということを見たことはあったな・・・
雪の結晶「アイデアの極意」内藤誼人著より。プンプン

いきなり分裂思考といわれるとややわかりにくいが、これは「まったく無関係な二つの要素を、頭の中で結びつけてしまう能力」のことだった。

しばしば新製品やアイデア製品といわれるものは、異質なものを組み合わせることで出来上がっていることが多い。身近にあるケータイやスマホを思い浮かべても、単なるコミュニケーションの道具ではなくなっている。

カメラと電話が一緒になっていたりする、一人でゲームを楽しめる。またお財布ケータイなどもある。音楽をダウンロードしたり、写真を送ったり・・・・あらゆることが移動しながらでもできてしまう。

しかもこんな機能が実に手のひらサイズでコンパクトにできている。製品があるからこそ、需要が起こったものだ。ヒットした商品はそのほとんどが常識にとらわれないからこそできたのだろう。