くもり『なぜか「人のこころをつかむ男」の共通点』弘兼憲史著より。もみじ

「人のこころをつかむ男」に共通しているのは、いつも機嫌がいいことだった。これがなかなか難しい。健康であればこそ気力も生まれてくる。

確かに男でも女でも不機嫌な顔を滅多に見せない人は時たまお目にかかる。きっとそういう人は仕事もできるのだろうと思わせられる。ストレスをうまく解消して、気分転換をはかるのがうまいのだろう。

体の調子がほんのちょっとだけ気になっても、言葉に迫力がなくなってしまう。とはいっても、歳をとるにしたがって、完璧にどこも悪くない人などいないのではないだろうか。

いいアイデアが浮かぶのは、やはり体の調子がいいときだ。楽しく生きるためには、基本的な体力は必要なもの。やはり調子のいいときほど、意識して体調を維持したいものだな。

最近いい汗をかいたことがなかったが、先日久しぶりに50分ほど歩き続けたら、汗をかくことができた。やはりいい汗をかいた後は気分がいい。まずは仕事の前に体調管理を優先せねば。
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くもり『なぜか「人のこころをつかむ男」の共通点』弘兼憲史著より。もみじ

つまりそれができる人は自在な人生を送れる人だという意味だった。ここでのタイトルは「どうせ生きるなら“最強の素人”でありたい」となっていた。この最強の素人という言葉もいいフレーズに思えた次第。

それはいったいどういう人だろう。ここにある落語の結末が書かれていた。そば好きの江戸っ子が死ぬ間際に「ああ、一度でいいからツユをたっぷりつけたソバが食いたかった」というものだ。ソバの「通」ならそばにツユをたっぷり浸しては食べない。

本音ではツユをたっぷりつけて食べたいのに我慢していたということになる。そこで、「ねばならない」という決まりごとに縛られているうちは、楽しめないことの方が多いことに気づく。

だったら、むしろ玄人ぶるよりも素人であったほうがいいということになる。我慢しても後悔してはしょうがないし。まあ、楽しんだもの勝ちということも時には念頭に置きたいものだな。
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くもり『なぜか「人のこころをつかむ男」の共通点』弘兼憲史著より。ヒツジ

ここでのタイトルは「新入社員の心をゆったりさせる社長」となっていた。入社したばかりの社員が、社内報の企画で社長へのインタビューを命じられたのだ。当然プレッシャーがかかるだろう。

いったいどんなことを聞いたらいいかさえもわからない。無難な質問では退屈になってしまうものだ。しかし、終わってみれば予定のい1時間を30分もオーバーしていたという。

その青年は緊張して眠れず朝食も取れなかったということを正直に話したようだ。すると、その社長は穏やかな笑顔を浮かべて「いつもはちゃんと食べていますか」と尋ねたのだ。

その朝食の話はさらに発展して、いつも食べている朝ごはん、好きな朝ごはん、子どもの頃の朝ごはん・・・など1時間半のほとんどが朝ごはんの話題だったという。社長自身が楽しそうに話してくれたことで、青年の緊張もほぐれリラックスできたのだ。つまりそんな気遣いができる人は人のこころをつかめる男だということなのだろう。
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くもり「現代アートビジネス」小山登美夫著より。富士山

これは有名な現代アート作家の村上隆氏のことだった。人によっては村上氏のことを「戦略なアーティスト」とも呼んでいるらしい。いくつかの書物を読んでも、制作過程もメディアへの訴求もなかりダイナミックな印象がある。

小山氏は村上氏とは学生時代からの知り合いだったようだ。そして現在も小山氏のギャラリーでも取り扱う作家のひとりだった。村上氏は完成した作品をどのようにして、プレゼンテーションをしていくかまで考える作家だった。

それまでの画家なら作品だけ制作して、あとは画廊や画商に作品をゆだねていくのが普通だったようだ。しかし、村上氏はかなり若い頃から、作品のイメージをメディアに対してファックスで送信していたという。現在のホームページやブログにあたるのだろう。

さらに美術界での人脈作りも積極的だったようだ。実にコミュニケーション作りにバイタリティが溢れていたことがうかがえる。やはり作品は多くの人にアピールしなければそれなりの評価も得られないことを熟知していたのだろう。
くもり「現代アートビジネス」小山登美夫著より。馬

筆者がかつてアメリカのギャラリーを見て歩いたときに感じたことが述べられていた。アメリカはアートビジネスの本場でもあったのだ。

小山氏が驚いたのはギャラリーの数の多さだった。しかもそれらは多様さでもあった。つまり日本よりアートマーケットは層が厚かったのだ。

たとえば、犬の絵だけ、帆船の絵だけ、または肖像画だけしか扱わない専門的なギャラリーがあるそうだ。つまりそれらが存在しているのは、お客さんがいて需要があるからだった。

こんなものが、と思えるものが売れていったという。よいと思える作品だけではなく、さまざまな作品が売れるようだ。どんな作品でも買い手がいいと思えば売れるということだった。

普通の商品でも、一般の人が見向きもしないものでも、マニアックな人が見れば欲しくなるものもあるのと同じ理屈で、絵画も売れるようだ。交換が成り立てば、マーケットができるのだった。

そして後日、アメリカに小山氏が持ち込んだ作品をアートフェアに出展したところ、初めて見る作品にもかかわらず次々と作品が売れたことに驚いたという。それだけ作品自体にインパクトがあったのだろう。
晴れ「現代アートビジネス」小山登美夫著より。おひつじ座

この本で初めてギャラリストという言葉にお目にかかった次第。これは画商とも似ているものだった。画商は絵を売買する職業(美術家と顧客を仲介)で、ギャラリストは展示空間(=ギャラリー)を持って、みずから企画展示をする職業だった。

そして、みずからのギャラリーで発掘したアートを発表して社会に価値を問いて、さらに価値を高めていく仕掛け人だという。マネージメント業者やプロデューサーとも言えた。

今までそんな言葉も意味も知らなかったが、そういえば私の知人の一人も絵画のコレクターではあるが、しばしば画廊での企画展示をしていたことを思い出した。そして、名刺にはあるギャラリーの顧問という肩書もあった。

今まで案内をいただき何度かそれらの企画展を訪問したことはあった。やはり展示作品にはその人の好みの画家の作品が展示されていた。タイトルにもあげた「伴奏者」という言葉は適切なのかもしれない。

私自身もともと絵画を見ることは好きなので、デパートはじめ街中の画廊には時どき行き、しばし絵画の世界に浸ることはある。先日もある市の画廊で開催されていた水彩画のグループ展を拝見したが、アマチュアにもかかわらず、レベルの高さを感じる作品が多かった。

なお、この章のタイトルは「誰も見たことのないものに価値を見出す ギャラリストの仕事」となっていた。やはり長年の経験と実績がなければ絵画作品を見る目は養われないのだろうな。

くもり『板坂元の「知的生活」事典』板坂元著より。本

まるでこれ自体が本のタイトルか何かのようにも思える。この本はそれまで板坂氏の出版してきた著書の中から、知的生活というテーマに関連のある記事を抜き出して分類整理したものだった。

そのためか、かなり以前に読んだことがある部分も思い出すことができた。ここにフレーズとしてとりあげたことも、30年以上前に読んでいた。その時はとくにブレーンストーミングという言葉はなかったかもしれない。

つまりこれはアイデアを生むときのヒントのようなものだった。そのためには頭を適当に自由にして、適当に刺激を与えるといいらしい。新しい発想を生むためにはあまり堅苦しく考えるのはよくないのだろう。

具体的な方法としては、ジャンルにかかわらず雑誌類をたくさん買い込んできて、広告、記事、写真などすべてのページを眺めることだった。すると、行き詰っていた考えにもヒントが得られるらしい。多角的な刺激が脳を活性化してくれるのだろうか。
くもり『板坂元の「知的生活」事典』板坂元著より。メラメラ

(前日のつづき)
これはもともと英語のことわざにあるものだった。ムダな時間を過ごしてしまったと思っても後悔しないことが大事らしい。過ぎた時間は二度と返ってはこない。

悩んでも仕方がないものだとわかっているのについついいろいろと考えてしまうことはしばしばだった。むしろ今日から新しい人生が始まると考えたほうが、前向きになれるようだ。

何か新しいことを始めようと思っても、切りがいいから来週の月曜日からにしようと思っているうちに、やることさえ忘れてしまうことがある。

やはり本当にやりたいことだったら、思ったそのときから行動を起こすべきだったのだ。新しい勉強を始めようとしても、明日ではもう遅すぎるかもしれない。
くもり『板坂元の「知的生活」事典』板坂元著より。もみじ

これは第1章の“知的生活を築きあげるヒント”という部分で目にしたフレーズだった。ここでは、「五分間仕事」のススメが書かれている。これはつまり時間の活用法の一つでもあった。

ふつうテレビを見ていて、コマーシャルになるとほかのことを大急ぎでサッと済ませてしまうことがある。実はこの瞬発力を思い出すことが大事だという。確かにトイレに行ったり、食べ物や飲みものを冷蔵庫から取り出したりしている。

こんな要領でもし五分間があれば、いろいろなことも効率的にできるのだった。「五分間仕事」と考えれば、ハガキを書いたり、手帳でスケジュールのチェックもできる。買い物リストもできる。

五分間仕事では、1、ムダな時間がなくなる。2、集中力がつく。3、発想の瞬発力もつく、などのメリットがあったのだ。フレーズにもあったように、ダラダラとしているとハンパな時間(=ムダな時間)は雑草のようにどんどん増えてしまいそうだ。気をつけねばな。
くもり「独立するためにしなければならない50のこと」中谷彰宏著より。ペンギン

結果的には儲けがでなくては、そのビジネスが成功したとは言えないのではないだろうか。ここでの成功するビジネスとは、そこそこやっていける程度のもので、それでは本当に成功といえるかどうかも怪しい。

だから、必ず成功するといえるビジネスなどというものはあり得なそうだ。リスクがあるからこそリターンもある。「これは絶対に儲かる」などというものは、むしろだまされていると考えたほうがよさそうだ。

リスクを承知でチャレンジした結果、うまくいったものだけが成功といえるのだろう。むしろうまくいく方が、稀なのかもしれないが。筆者は失敗するかもしれないけど、会社を自分でやってみようという機会に恵まれたことだけでも、幸運と考えるべきだという。

確かに、ほとんどの人は頭の中だけで考えて、実行できないことのほうが多いのではないだろうか。競馬で予想だけしている時は案外当たるのに、実際に買った時には当たらないという話はよく聞く。なんだかそれとよく似ていそうだ。