晴れ「逆転力を高める50の方法」中谷彰宏著より。波

意識というだけで、頭を使うことだと思ってしまうが、そうではなかった。頭でっかちになってしまうと、その結果は大したものではなくなってしまうことが多い。

むしろ、頭を使う前に体を使うべきだったのだ。体を動かすことで意識も動いてくるという。そういえば、最近似たようなタイトルの本も読んでいた。

それは『仕事は頭でするな、身体でせよ!』(久恒啓一著)だった。いずれ、この本からの気になるフレーズも取り上げてみたいと思う。意識は体の中にあるという考え方だった。

実際現場から離れて机の上で、結果から得られたデータだけをながめて、あれこれと考えているだけの人の意見や資料は面白味もないし説得力もない。

デスクワークだけで出来上がった資料や、理論は結果的に失敗することが多い。やはり説得力があるのは、現場からの生の意見だろう。たとえば「挨拶をしよう」と、号令しても、実際に頭を下げ口に出して言わなければまったく意味もない。
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晴れ「逆転力を高める50の方法」中谷彰宏著より。ヒマワリ

実際におもしろそうな仕事をしている人はどれほどいるだろうか、とふと思ってしまった。ほとんどの人は、地味で面倒で、評価が分かりにくい仕事をしてるのではないだろうか。

つまらない仕事を押し付けられたときほど疲れるものだ。比較的よく言われるのは、つまらない仕事でもそれをどれだけ楽しめるかだというようなことだ。

筆者はつまらない仕事から何かを学び、自分自身を磨いていくという意識を持つことが大切だと説いている。人が断りそうな仕事だからからこそ評価されるのかもしれない。

世の中にあふれているつまらない仕事には二種類あった。1、最初は楽しそうで、あとでつまらなくなっていく仕事。2、見ただけで最初からつまらない仕事、だった。

どちらかと言えば、後者のほうがいいようだ。はじめからつまらないという覚悟ができていれば、意外に楽しめたりするからだった。これはなんだか納得できそうだ。自分の工夫次第で成果ややりがいも出てきたりするからだろう。
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晴れ「退屈力」齋藤孝著より。チョキ

これも、前日触れた内容と重複しているかもしれないが、ふだん忘れがちなことでもあるだろう。ここに「伏龍鳳雛」というふだんはあまり聞き慣れない四字熟語があった。意味は、世間に知られず、雌伏している状態を指していた。

これから、龍や鳳凰になって世に出てゆくのだという気持ちを持って、その期間を耐えているということだ。筆者の齋藤氏自身、高校時代にこの四字熟語をプリントしたTシャツをクラスで作って着ていたという。

まさにその通りに実現しているのは驚きでもある。飛躍をするためには、誰にでも修業期間が必要なのだ。数年前にノーベル賞を受賞した小柴昌俊東大名誉教授は、気の遠くなりそうな研究の時間を費やしていたのだった。

そして、工夫を重ねて数多くの失敗のなかにも喜びを感じていたのだろう。その期間は膨大な退屈な時間を過ごしたとも思われる。オリンピックでの晴れの舞台で活躍する選手も、長年にわたる練習の成果を発揮していることになる。

体操選手も伸び悩むときは、基本にもどって倒立からすべてやりなおす人もいるらしい。それはすべての体操の基本が倒立だからだそうだ。できて当たり前のことをやることほど退屈なことはないだろうな。華やかに見えるのは結果だけか・・・
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晴れ「退屈力」齋藤孝著より。富士山

まず、勉強について触れていた。勉強自体は基本的には退屈なもので、それを乗り越えて、初めて面白いという段階がくるのだという。確かに基礎の部分はあまり面白くもない。

むしろ、どうしてこんなものを覚えなければいけないのかと疑問だったものだ。まあ、それを通過したからこそ、応用の面白さも分かってきたのだろう。

武道やスポーツには型があって、その基本を粘り強く繰り返して、初めて「技」を習得できるのだった。これも長い退屈な時間を費やさねばならなかった。野球なら素振り、相撲ならシコを踏むことになる。

結果的にクリエイティブなことも、単調な日々の作業の連続から生まれるものだった。エジソンは何度も同じような失敗を繰り返していたからこそ発明ができたのだ。

モーツアルトの才能も、ピアノの地道な努力と厳しい練習があったからこそ、自由に弾けるようになったのだ。自由な発想や技術はやはり退屈力のたまものだということができるのだろうな。
晴れ「退屈力」齋藤孝著より。パー

そこで、筆者は次のように説明していた。それは「傍らから見れば退屈に見えるようなことの中に、当人が退屈を感じずに喜びを見出していく力」だった。

始めは退屈だと感じたものの中に、自分から意味を見出して、それを楽しんでしまえればしめたものだ。そうなれば、もう退屈とは感じなくなる。

ポイントは、外から何らかの刺激が与えられているというわけではないというところだ。新たな外部からの刺激がなくても長く楽しめるというのは理想的だとも思える。

一見単純そうなことの中にも、何らかの意味合いを見出して、深く追求していければ退屈とは無縁なものになるだろう。そういえば、私たちが子供の頃、(昭和30年代から40年代)には、ひとりでこもってするゲームなどはなかった。

むしろ、単純だとも思える遊びを仲間と繰り返し、やっていたものだが、楽しむことができた。飽きずに毎日、いろいろな遊びをしていたものだ。さらには、自然を相手に身近にある素材や道具を使って創造的な遊びもできた。
晴れ「リラックスハック」小山龍介・小室淑恵著より。ナイフとフォーク

べつに難しいことをいっているのではなかった。もし仕事に集中できないときには、場所を変えてみるといいというアドバイスだ。たとえば、ランチもいつもと違う場所ですることで気分転換になり、脳に刺激を与えてくれるらしい。

とくに午後になると疲れが出てくるものだ。そのため、午後の活力を得るためには、自分なりの工夫を凝らすといいようだ。その一つが、食事でもあった。

仕事でパワーを発揮するためには、常にリラックスを念頭に置く必要があった。いい仕事は、緊張しすぎないことが大事だということだろう。失敗を防ぐためにも、適度なリラックスは必要だった。

物理的に視野を変えてみるということを意識的にやってみるといいようだ。また、ある程度の仕事を成し遂げたら、あのランチを食べようと、目標設定とご褒美をセットにすると効果があげやすくなるという。今後試してみようかな。
晴れ「リラックスハック」小山龍介・小室淑恵著より。ビール

仕事でいくつもやらねばならないことが重なってしまうことはしばしばだ。また億劫だと思える仕事は、どこから始めたらいいか迷ってしまう。しかし、いったん始めてしまうと、意外にすんなりといくこともあるものだ。

予測がつかないことほど不安になってしまう。先が見えないとその不安は大きくなるばかり。まずは「やることリスト」を作ることから始めるといいようだ。

書き出してみると、意外に少なくて、ほっとしたりすることもある。あとは優先順位に従って処理して行けばいいのだろう。筆者は「やることリスト」は「やり始めるためのリスト」でもあるというが、まさにその通りだ。

しかも、やることを6個に絞ってみるものいいとアドバイスしている。この個数は多くもなく少なくもないということでもあろうか。まあ、その日のやり残しの確認もしやすいのかもしれないな。
晴れ「武器になる会話術」内藤誼人著より。グッド!

こう語っているのは筆者の内藤氏自身のことだった。しかも、お世辞をいったからといって、絶対に見返りを期待しないこともポイントのようだ。

これは、“印象をみるみるアップさせる秘密の話法”という章にあったフレーズだった。趣味になるくらいにお世辞を言えるということは、相手をしっかり観察して長所を見つけられるからとも言えそうだ。

この自然体がいいのだろう。人と接する時に、自然とお世辞が言えるようになるには、訓練も必要と思われる。それができれば、円満な人間関係もできるに違いない。

お世辞も感謝の「ありがとう」と同じようにタダでできることだ。いくら言っても「言い損」などにはならないのもいい。また決してマイナスの評価を受けることもないのだった。「お世辞力」を磨きたいものだな。
晴れ「武器になる会話術」内藤誼人著より。ペンギン

人とのコミュニケーションで笑いがあれば、かなりスムースにいくことも多い。会話の中に笑いがあれば、人をリラックスさせる効果がある。緊張感も減るだろう。

逆にこれといった、楽しい情報もなく、まじめだけの人と一緒にいると疲れてきてしまう。職場でも親しみやすい人は冗談が言えるような人だ。その冗談が言えない人は、ネタの仕込みをしていないからだともいえる。自分だけのオリジナルなネタは難しい。

やはり何ごとも勉強と同じように努力しなければ、ネタは集められない。そして記憶するということだった。アメリカの大統領は気の利いたジョークを言うために、専門のスピーチライターがいて、それを覚えるというのはよく知られている。

たかが冗談でも、それを身につけられるかどうかで、人への印象はかなり違ってくるのだろう。そういえば、綾小路きみまろの漫談などは冗談の宝庫とも言えそうだな。

晴れ「武器になる会話術」内藤誼人著より。!?

自分のことで、時々迷ったり悩んだりすることがあるが、そんな場合は人に相談したくなるものだ。しかし、他人の意見など聞いても、あまり役に立たないことが多いという。

むしろ本当に大切なことなら、人に語ったり、相談しないほうがいいようだ。他人に相談を持ちかけて、その通りにしなければ、相手は不愉快な思いをするからだ。まあ、自分と同じ意見なら問題はないだろうが。

自分がまじめに相談しても、相手はいい加減な答えを出してくるかもしれない。「~~しといたほうがいいんじゃない?」というような答えもある。

内藤氏自身のことが述べられていた。「作家として筆一本で食っていこうかと思っているんだ」と親友や先輩に相談したら、返ってくる言葉は「そんなの、やめろ!」ばかりだったからだ。

しかし、筆者はすべての人の意見を無視して、本を書くことを決めていた。しかもその選択は誤りではなかった、と今でも思っていた。むしろ相談した自分がおバカさんだと述懐している。

人に相談することで、自分で決めたことに対して気持ちがくじけるくらいなら、意味がない。他人の意見など初めからどうでもいいと思っているほうがいいようだ。