晴れ「他の店が泣いて悔しがるサービス」香取貴信著より。笑顔唇ハートパー

それにしても、この本のタイトル自体がかなり大げさな気もする。それはいったいどんなサービスだろうかと気になってしまうくらいだ。

ここには毎年120%もの成長率をつづけているある美容室の例があった。そこのオーナー社長は“利益よりも大切なものがある”と考えているようだった。

それが“感動”ということだった。筆者によれば、そのどこの店舗でも、扉を開けて中に入るとお客様とスタッフの楽しそうな笑い声や笑顔があるという。

その店のスタッフたちは単に髪を切るだけにとどまらず、いろいろな相談相手にものってくれるらしい。また驚いたことにはお客様を優先するため、閉店時間を過ぎても受け付けてくれるという。

100名近いスタッフは、お客様が喜ぶことはみんなでなんでもやろうという意識をもっているというからすごい。基本は「お客様の小さな期待を裏切らない」ことだそうだ。これが継続できているところが素晴らしい。

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晴れ「デザイン馬鹿」ヒラヤマユウジ著より。チアフルアメリカフランス

もっとも「普通の人」とはどんな人のことを言うのか分からないが。クリエイティブなものが、「生まれない」のではなく「生まれにくい」とヒラヤマ氏は自らの体験では感じているようだ。

どこか当たり前とは異なっている生活スタイルがあることによって、ものの見方も異なってくるのだろう。とくにクリエイティブな現場にいる場合は、ただ机の前にかじりついているだけでは、いい発想が生まれそうにもない。

氏はアメリカの大学でグラフィックアートの勉強をし、その後フランスに渡っている。やはり異なった文化の中に身を置いたことも、その後の活動には役立っているようだ。やはり知らず知らずのうちに何か新しいものを吸収していたのだろう。

日本では常識だと思っていることでも、海外ではまったく通用しないこともある。やはり自分の考え、主張をしっかり持っていることが大切だと学んだようだ。
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晴れ「デザイン馬鹿」ヒラヤマユウジ著より。クール初心者びっくり2

もちろんこれは、単に頭が悪いとか覚えが悪いという意味の馬鹿ではなかった。そう言えば、○○馬鹿という言葉は、たまに耳にすることはある。それは別に創ることにこだわらない。

好きなことをある一定期間集中的にやっている時は馬鹿になれる。スポーツなら、テニス馬鹿、サッカー馬鹿、野球馬鹿・・・と。実際に馬鹿と言われるほどやらなければプロにはなれないだろう。

またその中でも優秀な馬鹿(?)ほど一流選手になれるのかもしれない。勝負事に携わるプロの中でもよく練習の虫と言われるほどの人もよくいる。そんな人も間違いなく大馬鹿なのだろう。

優れた役者は役者馬鹿、英語の勉強なら何でも好きな人は英語馬鹿と呼んでもいいのかもしれない。とことん追求できるものがある人はそれだけで幸せと言えそうだ。で、自分はいったい何の馬鹿になれるのだろうか・・・
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晴れ「デザイン馬鹿」ヒラヤマユウジ著より。いっぷくはてな角帽

いきなり次のような面白い表現を使っている。「優秀なデザイン馬鹿になるためには、短時間でおもしろいアイデアを生み出せる力が欲しい」と。

つまり、才能がある人(クリエイター)なら、ある一定時間内に人を惹きつけられるようなアイデアを生み出せるはずという意味だろう。

しかも、まぐれではなく、ある程度コンスタントにそれができることが必要なのだ。野球なら、たまにまぐれのホームランを打つより、常に3割打者であり続けるということだろう。

それを目指すには、氏は創作の環境や生活スタイルまで自分独自のものであるべきだと考えている。とはいっても、ムリしていては続かない。何ごとも自分に合ったラクな状態であるからこそ、継続できるものだ。
晴れ『「人たらしの」ブラック交渉術』内藤 誼人著より。ニヤクール唇

だれでもホメられて気分を害する人はいないだろう。人に会ったら無意識のうちにすぐにホメ言葉が出るようになればいいのだろうが、それにはやはり訓練が必要だ。

腕がよくて、しばしばホメられている職人さんでも、やはりホメられると嬉しいらしい。ここでちょっと思いだしたのは、テレビの料理番組だ。美味しいやウマイという言葉を使わずに料理を褒めるには、豊富なボキャブラリーがなければならない。

またホメるためには、それなりにしっかりと観察して、評価ができなければならないだろう。まったく見当違いなことをホメたりしたら、逆効果になってしまう。

商談の際にも、いきなり本題に入ることはないはず。そこでもなんらかのものを見つけてホメるこも必要だ。相手を軽く持ちあげるという気持ちを持っているかどうかが、その後の展開に影響を与えるのだ。

そして、相手が否定してきた時には、それも再否定して、打ち消すこともしなければならいようだ。それでこそ本気でホメているということをアピールできるのだった。しつこくない程度に繰り返しホメられるかどうか・・・

晴れ『「人たらしの」ブラック交渉術』内藤 誼人著より。チアフルコメント音符

本業の仕事で信頼されればいいのだろうが、それは実際時間もかかり大変なことでもある。自分がどういう人間かも分かってもらうためには仕事の部分だけでは苦労も大きい。

しかし、もし何か人より得意だと思える分野があれば、そこで勝負するというのも効果があるようだ。一例として、相手が犬好きだったら、犬に関する知識が豊富だと思えば、その話をどんどんするのがいいともいう。

植物について詳しいと思えば、もし相手が植物に関心があるような人ならきっと熱心に話を聞いていくれる。これは仕事とは全く関係ないことだが、そんな世間話によって人に信頼してもらえることもできる。

仕事以外でもまず信頼を得るためには、こんな意外ないい方法もあったのだ。ある意味芸は身を助けるともいえそうだ。何がきっかけで人と親しくなれるか分からない。人と対等に話せる趣味などを持っていたいもの。

晴れ『「人たらしの」ブラック交渉術』内藤 誼人著より。キョロクール25

私たちは一般的に数字に弱いところがあるようだ。たとえば、統計的なデータを出されると、大して根拠がなくてもそれを信じてしまったりするものだ。

ということは、逆に言えば話のなかに数字を入れると信用させやすいということになる。詐欺師はよくこの手を使うらしい。「浄水器をつけている家庭が増えてきている」よりも「60%の世帯がつけている」と言われた方が信用してしまいやすい。

「多くは」の部分を「80%」や「10人中8人」とした方が説得力は高まるようだ。具体的な数字は分かりやすい。しかも数字が入った方が、数字がない時よりもその効果は持続したのだ。

ここでさらに信憑性を出すためには、端数があったほうがいいらいし。たとえば、「0」や「5」ではなく、「全体の86%」や「100人中94人」などの数字を使えば、正確な数字にも思えてくる。

そういえば、マラソンの距離や富士山の高さなどは、意外にも端数があるからこそ一度覚えてしまうと忘れにくいのかもしれない・・・な。
曇『「人たらしの」ブラック交渉術』内藤 誼人著より。ジロクールグー

確かにそんな経験はあるものだ。いきなり電話で何かのセールスをされると、もうそれだけで断ろうという気持ちになってしまうことがほとんどだ。

お客が「NO」というのは、無意識の反応でもあって、あまり深い意味はないらしい。だから、場合によっては本当に必要であれば、「NO」のままでは終わらないかもしれない。

だから、交渉事でも一回目の「NO」にはそれほどの意味はないことが多いらしい。本当は「YES」かもしれないが、とりあえず「NO」と言っておこうという程度のものも多いようだ。

相手の「NO」という返事も、もともとそれほどの意味はないから、聞き流せはいいだけのことだった。たとえ「忙しい」といわれても「それじゃ20秒だけ!」、と明るい声で返せるかどうか・・・。それも自信だろな。
曇「デザイン馬鹿」ヒラヤマユウジ著より。怒りパスタチリ

このあとには次のように続く。「~要するに素材となるイラストや写真は食材なのである」と。氏の頭の中ではそれらの材料を使い何をどうやって料理するかを考えているようだ。

そしてクライアントであるお客さんが料理を口にしたとき、こぼれる笑顔が見たいがためにがんばってしまうという。

だから自分のことをデザイン馬鹿だというのだろう。実に面白い考え方だが、クリエイターの立場からすれば、それは本音だとも思えてくる。

これは人に何かプレゼントする場合と単純に似ている。贈った相手がその包みを開けて、喜ぶ顔が見たいために一生懸命プレゼント選びをするときと同じだ。

できればオリジナルなもので、あっ!と言わせられればなおいいのだろうが。サプライズが大きいほど、その感動は長続きしそうだ。(話がややそれてしまったか)
雨「デザイン馬鹿」ヒラヤマユウジ著より。よだれ初心者おにぎり

この人が集中力がわいてくるのは、(部屋の)微妙な汚れと楽しいモノがまわりにあるときだという。逆に整理整頓され過ぎている場所では落ち着かないようだ。

人によっては、ファミレスや喫茶店の方が落ち着いて仕事がはかどると聞いたこともある。私はどちらかというと、静かなほうが、気持ちがゆったりできるが。また慣れた場所、例えば自分の部屋、行きつけの喫茶店であることも仕事がはかどる条件とも言えそうだ。

確かに創作活動ということになれば、ある程度の刺激が必要なのかもしれない。また気になったことを調べたい時にすぐに、それが可能な環境というのも見逃せない。

あまりに不自由な空間では、仕事も効率的にはかどらないものだろう。しかし、この人のように、“楽しくなるモノ”っていうものは考えたことがなかった。それはいったいどんなものだろうか・・・