晴れ「これならわかる!ドラッカー思考」枝川公一著より。困る注意クール

なんだか、自分のことを言われるいるような気になってしまったワンフレーズだった。振り返れば、仕事にノッていたのは30代の半ばから40半ばあたりだろうか。

この直前には、「個々の職務がいかに満足に足るものであっても」とあった。つまり中年になれば、仕事への意欲、情熱が失われていくものだということのようだ。

だから、いかにモチベーションを保ってやっていくかは、個人の創意工夫によるのではないだろうか。仕事にあきるという状況を自力で乗り越えるのは大変なことだ。

つねにやりがいを感じながら仕事に打ち込めればいいのだろうが、なかなか自分だけのペースで仕事は進められない。繰り返し同じようなこともしなければならないし。何か磨くべき技術でもあればいいのだろうか・・・
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晴れ「これならわかる!ドラッカー思考」枝川公一著より。ニヤクールコンピュータ

コンピューターは今や仕事の武器になっている。筆者は、自分の頭のなかと、コンピュータの頭との往復だけで、ほとんどの仕事が済んでしまうため、それは仕事が局限されてしまうから危険なことだとも指摘している。

なんでもインターネットを通じれば欲しい情報のかなりの部分が比較的容易に手に入る。それはしばしば自己満足に過ぎないことも多い。もうそれで十分だと思ってしまいがちになってしまう。

ある意味それは自分の世界を狭くしてしまうことでもあった。学ぶということを考えるなら、さらに広い世界を見るべきだったのだ。

ここでの内容とはやや異なるが、ネットによってあまりにも簡単に知識や情報が手に入ると、その価値の低さにも気づかないことも考えられる。誰もが同じような情報が手に入るということは、もうそれだけであまり価値もないのだろう。

自分だけが知りえた、ということではなくて、一応自分も一般的なことを知ることができたという程度のものだろう。知識の場合は、後まで残るかも知れないが、情報はすぐに陳腐化してしまうだろう。

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晴れ「これならわかる!ドラッカー思考」枝川公一著より。笑顔ペン!?

ここでは、ふたりの人物について、どうやって学んだかについて述べられていた。まったく時代も、仕事も異なる二人だった。

彼らは、ベートーヴェンとアルフレッド・スローン(ゼネラル・モーターズを世界一のクルマメーカーにしたビジネスマン)だった。

メモのとり方と、役立てる仕方に特徴があった。まず、ベートーヴェンは断片的な楽譜を大量に残しているが、作曲するときにはこれらは見なかったという。それは忘れないためのメモだったようだ。これがベートーヴェンの学習法だった。

一方のスローンは会議中にはメモをとらず、自分の部屋にもどってから、出席者の誰かに手紙を書いたという。その手紙のなかで、会議中のことを整理し問題点を指摘していたのだった。

それだけしっかりと会議中に問題意識をもって人の話を聞き、頭に入れることができたのだろう。そもそも頭に残っていなければ手紙など書けないし。

読んだり聞いたりしても、やはりどこかにメモしておかないとあと後になると思いだせない。なんの手がかりがつかめないのはつらい。自分なりのメモは学ぶための第一歩なのだろうな。
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晴れ「これならわかる!ドラッカー思考」枝川公一著より。困るクール学校

そんな考え方もあったのかと気づかせられる。確かに教室という部屋に詰め込まれ、同じことを同じように教えられる。しかもそこでは強制的に覚えこませられるのだ。

知識をきちんと覚えこんだかどうかは、試験で判定される。一定の時間内に、できるだけ多くの正解を得られたものだけが評価される。覚えるのが得意でない子どもにはつらい。

学校時代が終わり、試験がなくなるとほっとしたものだった。まあ社会生活を普通に営むためには、ある程度の教育は当然ながら必要だろうが、あまりにも多くのものを詰め込まされるのも問題だろう。

義務教育の9年間やその後の学生生活には膨大な時間を費やすことになる。自分のペースで勉強できるならいいがなかなかそうはいかない。結局、一律で詰め込み教育をされているうちに個性がなくなってきてしまうのだろうな。
晴れ「装丁問答」長友啓典著より。シャイパーOK

これはデザイナーの石岡瑛子さんの言葉だった。この言葉は「私デザイン」という本を長友さんが読んだ時のものを紹介していた部分にあったもの。

確かに白いキャンバスの前にして、何も描くものが見つからなかったら苦しいだろう。生みの苦しみというやつかもしれない。ところが、既に何をどう描くかが決まっていれば楽しいに違いない。

ここでのキャンバスは比喩とし考えれば、文章も同じことだろう。白い原稿用紙やノートページを前にして、何か文字で埋めなくてはならないときに具体て的なこのがなければ、ペンも進まない。

このブログもまったく同じことが言える。日記のように毎日の出来事を書き続けられるのはある程度書くべきものが決まっているからだろう。上手い下手は別として、何でも表現できる手段があって、それができればありがたいもの。

さらに考えを広げて見れば、日々の仕事にも同じことが言えそうだ。一日の前にその日に自ら進んでやるべき仕事がしっかりと決まっていると、なんだか張りあいも出てくるもの。
晴れ「装丁問答」長友啓典著より。退屈クール本

まず、この本のタイトルが面白いので読み始めてみた次第。筆者は第一線で活躍するグラフィックデザイナーで装丁家としてもキャリアは長い。

そんな筆者が編集者に「いい本をつくるための秘訣ってありますか」と聞かれていた。ここでは本の内容ではなく、デザインのことだろう。

長友さんは、まず自分自身が楽しむことだという。確かにそれは必要なことだろうと同感する。しかし、そのためには日々地道な努力があってはじめてその気持ちになれるのだろう。

ただ理由もなく楽しいだけじゃ何も期待できない。「生みの苦しみを乗り越えてきて、自分自身が納得して作ったものほど、多くの人に共感してもらえると思う。・・・」とも語る。

そんな前提があって楽しめたり、面白がってやれた時の仕事のほうが、いい作品になっているとも述懐している。仕事はいかに楽しんでするか・・・。どんな仕事にも言えそうだ。
晴れ「図解で身につく!ドラッカーの理論」久恒啓一著より。笑顔チョキクール

実に前向きな考え方だ。筆者の久恒さんは、組織や肩書の存在を全面否定するのは短絡的ではないだろうかという。

できるなら、利用できるものは利用したほうがいいのかもしれない。まったく知名度のない会社より、世間的にも信用がある会社ならそれだけでも仕事がしやすくなるだろう。能力を超えた仕事もできそうだ。これは自身の経験からもそう言っている。

大企業であれば、それなりのメリットも大きい。だから、利用できるならそれを利用するべきだという考え方だ。仕事を通じて個人の能力を伸ばすと考えればかなり前向きとも思える。

自己実現できるかどうかは別としても、今いる会社などの組織を通じて、自分の可能性を広げることはいいことだろう。一人では決して気づかなかったこと、できなかったこも、組織を通じてなら可能なことも多い。また自分の新しい能力に気づくこともあるかも。
晴れ「図解で身につく!ドラッカーの理論」久恒啓一著より。退屈最低クローバー

これはいろいろな場面でも言えることだが、ここでは仕事の上での心構えだった。仕事で意思決定をする場合に、つねに十分なデータが揃っているわけでもない。

しかし、仕事には当然ながら期限があり、場合によっては見切り発車せざるを得ない場合も出てくる。そんな時、成功確率が六分、七分あると思えば前向きに進むことも大切だということだった。

組織の役職者や経営者は責任を回避しようと思えばできるだろうが、それをやっている限りは前には進まないということだった。安全策より時には「迷ったらやる」というリスクテイクも経営者には必要そうだ。

参考のためにベンチャーの経営者の言葉があった。パソナの南部靖之さんは「迷ったらやる」で、ソフトバンクの孫正義さんは「迷わないでやる」だそうだ。もし自分だったら・・・?
晴れ「図解で身につく!ドラッカーの理論」久恒啓一著より。ジロ新幹線時計

まず、時間のムダ使いについて触れられていた。そのなかで、ドラッカーはその要因として、外部から邪魔される場合と、自分自身でムダに使っている場合の2種類があるという。これは事実だろう。

自分自身を振り返ってみれば、自分でもあまり時間を有効活用しているとは思えない。なんであんなことに時間を費やしてしまったのだろうと悔やまれることもしばしばだ。しかし、また残念なことは、人や組織など外的な要因によって時間を奪われるのもつらい。

とくに会議に費やす時間はかなり無駄なことも多いと思える。だから、ドラッカーは会議をすることは、原則ではなく例外であるべきだと述べている。別に会議という大げさなものでなくても、ミーティングでも同じことだ。時間のムダには違いない。

それが本当に会議をするに値することかどうか分からないのに、あらかじめ事前に会議の日程が組み込まれていることは、ちょっとおかしいのかもしれないと思えてくる。原則は会議がないものとしたほうが健全なのかも・・・
晴れ「朝日新聞」2011.1.15付けより。すっぱいクール野球

この日のスポーツ面の見出しは、「2氏野球殿堂入り」だった。この記事にはかなりのスペースをさかれていた。2人は落合博満氏と皆川睦雄氏だった。またそのページには編集委員の西村欣也氏のコラム“EYE”があった。

そこでは落合氏のエピソードが語られ、上記フレーズはそこからのものだった。西村氏が野球記者1年の時に、ロッテの新人落合が初安打を放ったという。その試合の後で「緊張しませんでしたか」という質問に対して答えたものだった。実に自信とプライドを感じさせる言葉でもある。

時にそんな“おれ流”といわれる発言が、マスコミに批判されることもある。確かに実績のわりには嫌いだという野球ファンも多いようだ。しかし、グラウンドでの実績はとてつもない記録を残していた。

まずは、史上最多の三冠王3度。今後この記録を抜ける強打者は出てくるのだろうか。さらに首位打者、本塁打王、打点王各5回。こんな実績の前では今のどんな選手も従わざるを得ないだろうな。

しっかりと自分の理論をもち意見を放ってきている。それが必ずしもすべて成功しているわけではないだろうが、常に「おれ流」を貫いて殿堂入りはすごい。「仕事で緊張するわけないだろう」と言ってみたいもの。