曇「朝日新聞」2010.7.20付けより。驚きパー野球

(先日のつづき)
つまりそれは、米国のメジャーリーグと比較して、ということだった。野球発祥の地だから、アメリカのベースボールこそが、理想だと思うのは間違いらしい。

現在のメジャーリーグは多国籍で構成されている。ドミニカ共和国、ベネズエラ、プエルトリコなどの選手が多いという。また最近では、日本の高校や大学のいい選手を米国のスカウトが調査をしに来ることも頻繁になっている。

日本でもアメリカでもドラフトで入団した選手がいきなりメジャーで活躍すると言うのは未知数だ。しかし、同じ“新人”なら既に日本でかなりの実績を上げた選手なら、貴重な即戦力としてある程度見込めるのだろう。

また、日本や韓国のプロ野球選手がメジャーに移籍して、いきなり活躍できるレベルまで来ている。人気の日本人選手がアメリカに移ってしまうのはさみしいが、そこで活躍する姿はまた日本人として嬉しいものがある。

桑田氏は、メジャーに行って、稼ぐためなら手段を選ばないということを実感したという。上手な選手も薬物に手を出していたことがわかったからだ。また、大事な野球道具を粗末に扱っていることにも失望したようだ。ここでのポイントは「米国を手本にしない」だった。
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雨「朝日新聞」2010.7.20付けより。泣くパー野球

(前日のつづき)
ここでの冒頭に「野球はミスをするスポーツです。イチロー選手だって打席に立った半分以上はアウトになる」というのがあった。そう言えば、平均の打率が3割5分としても、6割5分は失敗ということになる。

いくら完璧だと思えるスイングでも投手からそれ以上のボールを投げられれば、凡打になる可能性の方が高い。チームプレーでは、お互いにミスを補い合いながら勝利を目指すしかない。

ミスをしたからといって、その選手を怒鳴りつけたり罰則を科すのは、あまり意味がないようだ。ミスをしたなら、どうして失敗したか考えるチャンスだととらえるべきだという。そして次にミスを減らす練習をすればいいだけのことだった。

一般の仕事や勉強にも同じことが言えそうだ。ミスをしない完璧な人などいない。ミスをしてもそれを次の自分の課題とし、克服できるかどうかがポイントだった。ここでの小項目は成長するためには「どんどんミスしよう」となっていた。
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雨「朝日新聞」2010.7.20付けより。曇すっぱい野球

この日の「オピニオン」というコーナーは紙面の3分の2を費やして、「球児たちへ 野球を好きになる七つの道」と題して、現在評論家の桑田真澄さんが語っていた。毎年夏になると思いだすクワタは2人いた。桑田佳佑と桑田真澄だった。

ミュージシャンとして30年以上にわたってトップを走り続け、現役バリバリのサザンのメンバーはすごいものだ。ライブをすれば瞬く間に数万のチケットが売り切れてしまう。まだまだ50代、60代の現役アーティストは元気でトップを走っている。(昨日の報道でサザン桑田氏のライブがキャンセルになったのはやや心配だが)

さて、桑田真澄さんは高校時代から甲子園を沸かせた代表の一人だ。PL学園の全盛期には、何度か甲子園に足を運んでバックネット裏から観戦したものだった。その後、プロでの活躍も素晴らしかった。またメジャーの舞台に挑戦した姿もすごい。

そんな彼が現役時代を振り返って、練習時間が長すぎたと感じ、自らその短縮を監督に提案していたと語る。基本は短時間で効果的な練習をして、各自の課題や体調に応じて個人練習をしていたという。むしろ練習時間を増やすことでの弊害が多いことも指摘していた。

そこで、野球を好きになるポイントの一つは「練習時間を減らそう」だった。これは、昨年大学院で論文を書く際に、プロ野球選手270人にアンケートをした結果、高校時代の練習時間があまりにも長いことに驚いたからでもあった。要は集中力がどれだけ続くかの問題なのだろう。

上記フレーズのなかの(中略)部分には「指導者から支持されるままに頑張りすぎて、ケガをして」となっていた。また練習を増やし過ぎると、動作が徐々にゆっくりになってしまい、その動きを脳が覚え、体に染みついてしまうそうだ。
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晴れ「違和感のチカラ」齋藤孝著より。ニヤラーメンパスタはてな

つまり、消去法で嫌なものを消していけば、残ったものが実は好きだったのだという判断もつくというこのなのだろう。趣味、好みがない人には嫌いもないわけだ。

身近な例では同僚とランチに行く時がそうだ。「何にする?」に対して「何でもいい」という答えが多いが、それが一番困る。肉、天ぷら、魚、和食、洋食、カレー、ラーメン、日本そば、イタリアン、すし、中華・・・。

そして、「ラーメン」といえば、きのうそれ食べたから今日は避けたいとなるだろう。その選択に困ってしまう。まあ、迷うほどあればそれも贅沢なのかもしれないが。とにかく、あれとあれは今日は食べたくない、となれば絞りやすくなる。

さらに「これではない」、という選択肢をたくさん挙げられれば判断しやすくなる。齋藤氏は「優れた決断とは、百の違和感、千の違和感によってふるい落とされたときに、手元に残ったものなのではないか」と語っている。

初めは違和感があったものの、時間の経過とともにそれは薄れてしまう。違和感センサーが鈍くならないようにするためには、立ち止まって考えることも必要そうだ。これでいいのだろうか?と常に疑問を持ちたいもの。
晴れ「違和感のチカラ」齋藤孝著より。激怒ハート6つOK

これはフランスの文学者ポール・ヴァレリーの「好愛は千の嫌悪から成る」という言葉の応用のようだ。そもそも嫌悪は、その対象への関心がなければ起きない感情だろう。

たとえば、かつての総理大臣田中角栄や現在の小沢一郎氏のことを嫌いだという人も多いようだが、一方で彼らを強く支持し、尊敬する人たちも多くいることは確かだ。利害以外にも他にはない何らかの魅力を感じているのだろう。好きかどうかの前に心が動くかどうかということが初めにある。

芸術家の岡本太郎は、単に“きれい”と“美しい”のとは違うと述べていた。“美しい”には、何らかの驚きや感動が含まれているように思われる。そんな感覚とどことなく似ていそうだ。

ここに、齋藤氏の身近であったエピソードがあった。ある教師の研究会のグループで何かと意見が対立する、男女の先生がいたという。ところがいつの間にかすっかり仲がよくなって、ついには結婚してしまったそうだ。

友達どうしや夫婦でも、よく「けんかするほど仲がいい」などという言葉もある。やはりそれなりの関心があるからこそ、けんかになるのかもしれない。まったく関心がないものには誰もが無視するだろう。

タレントの好感度調査がたまに新聞に掲載されるが、好きの方にも、嫌いな方のランキングの上位にも名前が出てきたりする。関心の高さという点では、ある意味タレントとして成功しているのだろうな~。
晴れ「違和感のチカラ」齋藤孝著より。退屈ビールクローバー

この部分を読んで、挨拶がまず頭に浮かぶ。朝、「おはようございます」という言葉がなんの抵抗もなく習慣としてできるならいいが、そうでない人もいるようだ。

べつに、そんな挨拶がなくても一日はスタートできるが、それが当たり前になってしまうとヘンだということにも気づかなくなってしまう。気づいていながらも、他人と出会ったときに即座に挨拶ができないと、ますます気づけなくなってしまうのだろう。

仕事でもそれはいえる。業績を上げるためには、それが必要だろうということはわかっていても、何となく過ごしているうちに、別に必要性も感じなくなってしまう。大事なことだという意識も薄れてしまうのだろう。

これはちょっとおかしい!ということに気づいたら、それをすぐに伝達できる職場環境が必要なのだろう。まあ、いいか、が当たり前になってしまうとますます違和感を感じなくなってしまう・・・かも。
晴れ「違和感のチカラ」齋藤孝著より。困るはてな爆弾

このなかで、わざわざ「本来」という言葉が使われているのは、実際にはそれがうまく使われない場合があるからだろう。しかし、筆者は現代を生き抜く必須の感覚が違和感だという。

それは、現代社会が以前の時代に比べてリスクが非常に増えてきているからだった。情報があふれてくると何を信じていいのかもわからくなってしまう。

ケータイを持っていていれば、迷惑メールが着たりもする。パソコンを閲覧しているうちに、悪質なビジネスに出会う可能性もある。また自宅にはさまざまなところから売り込みの電話がかかってきたりもする。

さらに、かなり前からある振り込み詐欺の被害も止まらない。ますます手口が巧妙になっているようだ。そこでは、どれだけ知識があるかというよりもむしろ、感覚を鋭敏にタフにしておかねばならない。

筆者はそれを「違和感センサーを磨く」と言う表現を用いていた。「なんか引っかかる」という違和感をしっかりつかんで、危険の匂いがすることを見逃さないようにしたいものだ。
晴れ「ギフト~E名言の世界~」7月号より。ハート目唇ハートキラキラ

サム・レヴェンソン(アメリカの作家1911-80)の言葉だった。これは2行にわたる名言だった。もう一文は「美しい瞳を手に入れるためには、相手の長所を探すこと」だった。女性向きのフレーズのようだ。

どちらも、「魅力的な唇~」「美しい瞳~」と実にキザな感じさえ思えるが、凡人には容易には思いつかないフレーズだ。さすが、作家だけのことはある。

これは、女優のオードリー・ヘップバーンが好んでいた詩の一節だという。英語の原文では次のようになていた。“For attractive lips, speak words of kindness. For lovely eyes, seek out the good in people.”

日本語でも美しいと思える言葉は、英語でもやはりattractive, lovelyと優しい単語が使われている。また逆に優しくない言葉が発せられる唇は、たいてい魅力的とは感じられないのだろう。
晴れ「ギフト~E名言の世界~」7月号より。眠い星椰子

このあとには、「汗をかけばかくほど、幸運になる」と続いていた。これはレイ・クロック(アメリカの企業経営者1902-84)の言葉だった。

いきなりこの人の名前を聞いてもピンとこなかったが、今や世界的企業となった、あのハンバーガーチェーン「マクドナルド」の基礎を築いた人物だった。

52歳でマクドナルド兄弟と出会い、フランチャイズ権を獲得し、全米に拡大し、118カ国、約3万店(2009年)に至っている。そんな彼の言う言葉だとなれば、やはり汗をかくべきだと思わざるを得ない。結局、幸運は汗を流さないうちは期待してはならないということなのだろう。

よくラッキーという言葉からは、タナボタということばを連想するが、そのタナボタさえも、ただ眺めているだけでは手に入らない。棚を揺らすか、棒を使って落とすしかない。自分なりの努力(汗)をしてはじめてボタモチは味わえるのかな・・・
晴れ「ギフト~E名言の世界~」7月号より。怒りダッシュバツ

実にシンプルでわかりやすい。とかくものごとに一喜一憂してしまうこともあるが、このようにものごとを長い目で見ることが大事なんだと思いださせてくれる。

この名言を残したのは、石坂泰三(企業経営者1886-1975)だった。この人の名前だけは聞いたことがあるが、詳しくは知らなかった。ここに略歴があった。

第一生命保険会社の社長として経営刷新に取り組んだ後、東芝社長として大幅なリストラで会社の再建を成し遂げた。1956年からは経団連会長を12年間務めていた。

こんな実績を残した人の言葉は、簡潔だが実に重みを感じるものだ。人生でちょっとしたことで、人と比較して勝った、負けたと思いやすいものだが、それはほんの一部に過ぎなかったのだ。

もし売上げ予算のことを考えるなら、数か月達成できたからといって、年間でどれほどになるのかを考えれば喜ぶわけにはいかなないだろう。一年達成してもその後が問題だ。

学生なら一流有名大学に入ったことと、その後の人生での幸福の度合いとは必ずしも一致しないものだ。学歴よりもむしろ、その人の考え方、生きる姿勢で人生は大きく変わっていくものだろう。