晴れウェブサイトの「どらく」5月半ばより。眠い野球ダッシュ

現在47歳で現役のプロ野球投手、工藤公康の言葉だった。この年齢までプロ野球を現役で続けられるのは、日頃の努力と鍛錬のたまものだということは誰も疑わないだろう。実に強い言葉だ。

そんな彼も20代の終わりごろには、心身ともぼろぼろになって二軍落ちしていた。その頃、もう工藤はダメだと言われていたそうだ。そんな時に出会った筑波大学教授で、スポーツトレーナーの言葉に励まされたという。

自身ではあきらめていたが、この教授にまだまだ先に行けると判断され、この先生の指導のもとでトレーニングを重ね鍛錬した結果強くなれたのだった。そのとき年齢は関係ないと感じたという。

それ以後、工藤は限界は自分で作らないようにしようと考えた、とこのインタビュー記事で語っていた。とにかくやれることを一生懸命やることが大事だと感じているようだ。あきらめない気持ちを保てるためには、それなりの日々の努力(心身ともに)がまた大切なのだろうな・・・
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曇ウェブサイトの「百式」2010.5.23付けより。笑顔鉛筆足

この日は、毎日何かに感謝する練習をするサイトの紹介だった。Leahさんは母親から、感謝の手紙をちゃんと書くようにと教えられていたようだ。そして、それをきっちりと実行に移していたのだ。日頃はついつい感謝することは忘れてしまいがちなものだ。

自分が何らかの恩恵を受けているなら、感謝すべき対象はいくらでもあるはず。それは人とは限らない。植物、食物、ペット、建物、乗り物、またその運転手、読んだ本やホームページなども含まれるだろう。無数にあることに気づく。

感謝の気持ちはあっても、それをどう表現するかはそう簡単ではないだろう。またその前に、感謝する対象を見つけること自体が素晴らしいことではないだろうか。それには目で見るばかりではなく、心で感じることがまず必要だろう。

ここでの紹介は英語のサイトなので、もし英語を学ぼうという人はお気軽にやさしい英語に接することができる。また、場合によっては自分もこんな感謝の気持ちを残すことをやってみるのも、新しい自分の創造と言えるかもしれない。

身近にあるケータイで送信したり、ブログに残してみるということもありえるかも。感謝するには練習も必要だということを教えてくれる。毎日何かに感謝する練習をしているサイトは下記。
http://thxthxthx.com/
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曇「ギフト~E名言の世界~」5月号より。ノーティーダイヤモンドバラ

つまり、「それが発見だ」と続いていた。しかし別に発見などと大げさなことを考えなくても、上記フレーズは自分の記憶に残したいと思った次第。

大切なことは、ものごとはただ漫然と眺めているだけでは気付かないもので、何かを見た時にどう考えるかの方が大事なことだということを言いたかったのだろう。

このフレーズを残したのは、ハンガリー出身の化学者、アルベルト・セント=ジョルジ(1893-1986)だった。彼は1937年にノーベル生理学医学賞を受賞していた。

目は開けていても、意外と大事なものを見逃していることが多い。つまり何に注目して見たらいいのかがわからないからだろう。物事のポイントをつかむことは大切なことだ。

当たり前だと思えることでも、角度を変えてみれば、新しい発見があったりもする。それが、何らかの創造につながればいいのだがなぁ~~。上記フレーズを肝に銘じたい。
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晴れ「ギフト~E名言の世界~」5月号より。コムグッドプレゼント

ジョージ・バーナード・ショー(1856-1950,アイルランド出身のイギリスの劇作家、評論家)の言葉だった。映画「マイ・フェア・レディ」の原作者でもあった。ノーベル文学賞とアカデミー賞の両方を受賞したのは、世界でもただ一人。

彼はさまざまな分野で活躍して、自分の人生を一編の芸術作品に作り上げた人だという。かなり以前から流行っているが「自分探し」、などというほとんど意味不明な言葉を耳にすることがあった。

自分を探すとはいったいどういうことなのだろうか。自分の適性を知ることだろうか。ほどんどのことに、向いていない自分を知ったところで何になるのだろうか。

英語では、“Life isn't about finding yourself. Life is about creating yourself.”と、リズム感のある表現が使われている。ここで使われているcreatingから、創造していくことが大事なんだということがわかる。講師のパルバースさんは、自分を作り直す作業にとりかかったほうがいいかもと提案している。
曇「ギフト~E名言の世界~」5月号より。驚きはてなOK

アルバート・アインシュタインは、「私には特別な才能があるわけではありません。ただ好奇心が激しく強いだけなのです」と語っている。英語では、“I have no special talents. I am only passionately curious.”となっていた。

ここでpassionately(情熱的に)という言葉があることで、アインシュタインのあくなき好奇心がよく表現されているようだ。科学者にとって、過度な好奇心などというものは存在しないという。

何かを成し遂げようとする時にはそれは当然のことだという意味でしょう。だから筆者(講師のパルバースさん)は、情熱と好奇心は切っても切れないものと言ったのでしょうね。

また、古くて面白いことわざに、“Curiosity killed the cat.”があります。つまり、好奇心は猫を殺す、という意味で、過度な好奇心は持つべきでないと、人々を戒める言葉でした。

むしろ以前から知っていたことわざは、“Care kills a cat.”で、心配はネコをも殺す(=心配は身の毒)という意味だった。また関係ないが、“A cat has nine llives.”(ネコに九つの命あり)、それだけネコはしぶといという意味らしい。

ここでのテーマは「創造」だったが、話が脱線してしまった。(これもちょっとした好奇心からか・・・?)
晴れ「ギフト~E名言の世界~」5月号より。怒りビール野球

これはこの番組の講師であるR.パルバースさんの経験からの言葉だった。英語表現では、“the courage to refuse”(拒絶する勇気)と呼ぶらしい。氏が10代のころ、そんな勇気を持つことができたと振り返っている。

周囲の圧力、仲間からのプレッシャーが一番強いのはやはりティーンエイジャーの頃らしい。大人がいない若者だけのパーティーではお酒を飲まなければならなかったり、ドラッグに手を出さなければならないという圧力があったという。

しかし仲間からは、ダサいと思われようが、パルバースさんはこれを拒否し続けたのだった。実際仲間と違う行動をとったり、みんながすることをしなかったのはけっこう勇気を必要とすることだ。

拒絶する勇気で思い出したのは、先月18日、連続フルイニング出場の記録を続けていた阪神の金本知憲選手が自ら、チームのために、その世界記録を途切れさせたことだった。周囲は記録に気を使うので、それを止めるのは自分しかいなかったのだ。これもまたすごい勇気でもあった。

蛇足
4月26日、阪神は、1492試合連続フルイニング出場を記録した金本選手のユニフォームを米野球殿堂博物館へ寄贈すると発表した。
曇「ギフト~E名言の世界~」5月号より。シャイバラ足

最近毎週このテレビ番組(NHK教育放送)を見るようになっている。テレビだけ見ているだけでは見逃してしまいそうな名言はテキストで読むようにしている。そのなかで味わいのあるフレーズ出くわしたりもする。今回のテーマは「勇気」だった。

上記フレーズのあとにはさらに、「浮かぶだけなら死んだ魚でもできる」と、かなりきつい表現が続いていた。これは、イギリスの作家、サミュエル・スマイルズ(1812-1904)が残した言葉だった。その「死んだ魚」は英語では、“any dead fish”となっていた。軽妙で皮肉な感じがよく表されている。

また、「流れに逆らって泳ぐ」とは、社会の規範にとらわれず己の道を行く人という意味だった。それを実行するには、確かに力と勇気がなければできないだろう。流れに乗って進むだけなら、それほど苦労はしない。

仕事や日常生活の中でも、時には理不尽だと思えるようなことに出くわすことがある。それをきっちりと指摘できる人は勇気がある人だ。しかし実際は何となく、長い物には巻かれよ、というふうに考えあきらめてしまう人の方がむしろ多いのかも・・・
雨「作家の条件」森村誠一著より。泣くクール最低

実に面白い表現に出くわした。ふだんあまりこんなことを感じたことはない。自宅で仕事をする作家ならではのことだろう。または自宅を仕事場として使用している人はそう感じるのかもしれない。

もし、外で勤務する人たちなら、ここでの仕事部屋とは職場のことになるのだろう。そう置き換えるならばわかりやすい。毎日職場に行くならそれほど感じられないことだが、数日間の連休のあとでは、仕事に臨む際には緊張するものだ。それは気圧の高さだとも考えられる。

森村氏は、気力、体力が衰えているときは、仕事部屋に入ろうとしても高い気圧にはね返されてしまうような気がすると述べている。なんだかわかりそうだ。どんな仕事もある程度気力、体力が充実していなければ、いい結果を望めないものだ。

森村氏のように脱サラをして作家になった人や自営業、自由業の人はみな、定期健診がないから、自分で健康管理をしなければならない。そこで、氏にとっては“私の健康法「飽きない秘訣」”というものがあった。

それらはまず、歩くことで、その際途中医者に寄ることもあるそうだ。またデジカメを携行して俳句とともにホームページにアップするという。「写真俳句」を考案し提唱したのは森村氏だったのは有名だ。

これら「趣味と実益と健保の三点セット」をやっていることが、飽きもせずにつづけられる秘訣だと考えている。参考になりそうだ。いずれにしても、いつも職場の気圧を低く感じていたいものだな・・・
雨「作家の条件」森村誠一著より。怒り汗コメント

これは「昭和と共生した作家」と題して書かれている部分にあったフレーズだった。前回も似たような言葉で触れたが、松本清張は活字に飢えた読者の前にオピニオンリーダーとして登場したと森村氏は語っている。

それまでの探偵小説とは異なり、動機を重視したミステリーになったからでもあった。それは読者に新鮮なカルチャーショックをあたえたようだ。

昭和という時代、特に戦後だろうが、その混乱期の社会の縮図を巧妙に精密に描き出した作家はやはり清張が筆頭だろう。また清張の幸運は、日本映画の最盛期ともジャストミートしたことだと、森村氏は指摘している。

彼の主要作品はほとんどが映画化されている。だから、たとえ本を読まなくても映像化された清張の作品世界に触れていることになるのだ。テレビでも、毎年のようにドラマ化されている。

ミステリーには事件はつきものだが、それらが一般の人々のすぐ近くでも起こったことや、起こりうることをリアルに描いているという意味で、“読者自身をモデルにしたような”、という表現を用いたのだろう。松本作品を読むとき、いつも膨大な取材、情報分析を感じるものだ。だからこそリアル感が迫ってくるのだろうな。
晴れ「作家の条件」森村誠一著より。驚きびっくり2日本

森村氏は時代と共に生きた人間がいるという。その中で昭和という時代と共生した人間として思い浮かべるのは、(氏にとっては)石原裕次郎、美空ひばり、作家の松本清張だった。そして松本清張を論ずることは、戦後の昭和文芸だけでなく、戦後の昭和そのものを論ずることでもあると考えている。

作家以外では昭和という時代を思い出すときはそれぞれ、いろいろなヒーローがいるだろう。力道山、長嶋、王、司馬遼太郎、吉永小百合なども入るだろうか。しかし、作家となると、やはり松本清張は外せないだろう。

清張文学は幅が広い、社会派ミステリーが中心だが、デビューは芥川賞作家だった。時代・歴史小説、古代史、ノンフィクション、評伝まである。膨大な作品群は今でも豊富に書店に並べられ、映像化もされている。

森村氏は、清張ほど時代に求められ、そのニーズにジャストミートする形で登場した作家はいないとまで語っているが、これは誇張ではなさそうだ。一時期は、月産二千数百枚を誇ったという。今でもこれほどの作家は考えられない。

松本清張はお上の褒章をなに一つ受けていないというのも意外だった。作家にとっての最大の勲章は、作品を多くの読者と共有することだと森村氏は語る。作家は読者を楽しませてくれればそれで十分だ。これは実にわかりやすい。上記フレーズは、「松本清張反権力の栄光」と題して書かれている部分で目にしたものだった。