雨「考える力」齋藤孝著より。晴れ本鉛筆

つまりこれが、「考える」力を集中させる秘訣だと齋藤氏はいう。もし作文でも、なんでもいいから書いてみなさいと言われたら、逆にいったい何を書いたらいいか迷ってしまうもの。

これは小中学生のころの作文や読書感想文を書いたときにも感じたものだった。ところが、具体的に課題を出されれば、それに向かってなら書きやすかったものだ。

筆者はよくできたゲームは制限がしっかりしているという。その一例として野球のルールを上げていた。タッチアップというプレーは、野手がボールを捕ってからでないと、ランナーは塁を離れてはいけないと細かく決められている。だからこそ、ゲームはスリリングでより面白くなっている。

アイデアを考える場合も、自分で事前にしっかりと課題を考えておけば集中して考えられる。漠然としたテーマだと考えも拡散してしまう。いきなり川柳を作ってみなさい、といわれるよりも「社内コミュニケーションについて」などとテーマがあれば、それに向けてなら考えられよう。

ということは、、アイデアを出すためには、いかに自分で課題を設定できるかどうかがちょっとしたポイントになることが分かってくるな。「制限される」とは、課題設定ということでもあったのだろう。
AD
雨曇「朝日新聞」2010.2.21付けより。退屈バスグッド

“仕事力”というインタビュー記事のなかで、新井満さんが語っていたことだった。4回連載のうちの3回目だったが、それまでの2回は実に深刻な顔写真が掲載されていた。むしろ恐い印象を与えていた。しかし、今回満面の笑みを浮かべている写真を見てなんだかほっとした気もした。

これは新井さんの基本的な生き方、考え方を表したものだろう。一般的な比喩で「バスに乗り遅れるな」ということは、人と同じよう生きることを意味していた。むしろ人とは違った生き方をするからこそ、オリジナルなことで成功できると思っていたようだ。

実際、そうすることで成功を実感したからこそ言えることなのだろう。たとえ人と同じようにして、うまくいったとしても満足感はイマイチということだ。できれば、自分らしいやり方でうまくいったほうが喜びも大きいことだろう。

そのためには人のやらないことにいつも着眼するということがまず必要だ。しかもそれを貫き通すには、“オリジナルへの勇気”というものがなければならなかった。むしろ、人と同じ発想で生きていく方がた易い。オリジナルへの勇気とは、人のやらないことへのチャレンジとも受け取れる。

新井さんは、30年ほど前に会社の仲間と「環境映像」という商品を作ったものの、当初はまったく売れなかったという。しかし、30年後の今ではすっかり私たちの暮らしの中に溶け込んできていることを実感している。

ウケるかどうかは、その時代にも左右されることが多いのだろう。何が正解で何が不正解かは即判断できないことが多い。それでもなおかつ、自分独自の視点を持つことは意味があるのだろうな。
AD

雨「メトロミニッツ」2010.3月号より。退屈1はてな

この号の特集は東京のワークショップだった。そもそもワークショップという言葉はよく聞くが、しっかりと意味を考えたことはなかった。ここには、次のようなことが書かれている。


半世紀以上前、アメリカで発祥したと言われている。「参加体験型グループ学習」の意味として、日本で広がり始め十数年とあった。

国内では比較的新しい概念のようだ。ここでのサブタイトルには「すべきことより、好きなこと」とあった。実にわかりやすい。またその下には次のようなコピーもある。「学校の授業でもなく、セミナーでもなく、義務でもなく。楽しく学ぶ楽習(がくしゅう)の場、ワークショップ」と。

要するに自分が興味あることに参加して学ぼうということだ。趣味をもっと究めたいという人にはいいかもしれない。またその体験を通して学べることも多そうだ。ここには実際に、靴づくり、デザイン、農業体験、音楽、ダンスなどさまざまなものが紹介されていた

上記フレーズは、その中で、「自分の本を考える」というワークショップについて書かれているなかで目にしたものだった。そこでの講義のテーマには「自分の書きたいことをどうやって見つけるか」などというものもあるようだ。


自分にはオンリーワンな価値といえるようなものなど持っているのだろうかなどと、ふと考えてしまった・・・

AD
晴れ「朝日新聞」土曜版2010.2.20付けより。シャイ30足

連載の“フロントランナー”というインタビュー記事で、TOTO社長の張本邦雄さんが語っているなかにあったフレーズだった。この会社は衛生陶器で国内シェア6割、年商約5千億円という最大手だ。

張本氏が社長になって真っ先に始めたのが工場訪問だった。つまり、売り上げが低迷して不況を一番感じているのは工場の人たちだと感じたからだという。

各地で懇親会を繰り返し、元気づけようと始めたものの、元気をもらったのは自分の方だと感じたようだ。企業のトップが進んで全国を回ってコミュニケーションをとろうというのは実に素晴らしい。

そんな中で、工場を休日に開放して地域住民を招く催しまでしていた。そこではいろいろなイベントを行っているが、それで商品が売れるわけではないことはわかっている。

しかし、30年後でも、家をリフォームする人が、まずTOTOを思い出してくれればと思ってやっているという。社員とユーザーとの触れ合いを大切に考えているのは営業一筋36年という現場意識があるからだろうな。
晴れ「朝日新聞」土曜版2010.2.20付けより。ジロ唇家

“磯田道史のこの人、その言葉”というコラムを読んでいたら、上記の面白い表現に出会った。こう言っていたのは、「話術の神様」と言われた徳川夢声(1894年4月13日 - 1971年8月1日)だった。子どものころテレビで何度も見たことはあったが、今ではほとんど記憶にはない人物だった。

彼についてウィキペディアでは次のように解説されていた。弁士、漫談家、作家、俳優。ラジオ・テレビ番組などをはじめ、多方面で活動した日本の元祖マルチタレントとも言える人物である。「彼氏」「恐妻家」の造語でも知られる。

夢声はまた、上手に話すには、「豊富なるコトバの整然たる倉庫」になれ、とか「ハナシも最後はその人の人格に行きつく」、というようにも語っている。そして、話上手の極意は、良い心と強い個性を養うことだそうだ。

そんなことから、良い話をするには、別に雄弁である必要はなかった。むしろ心が通じるように話せるかどうかのほうが大事なのだ。話術という考えよりも、気持ちを伝えようとする心構えを持つべきなんだろうなぁ。
晴れ「成功への情熱ーPASSION」稲盛和夫著より。シャイ爆弾バツ

これは、一昨日の記事と関連している。筆者は、新製品や市場開拓など新しいことをすすめて、成功させて行く人は、楽観的に構想できる人だという。

まず、新しいことに取り組むためには、何としてもやり遂げたいという夢と情熱を持つことが大切だ。いわば超楽観的に目標設定することが必要だった。

しかし、いったん計画の段階に進んだら今度は悲観的になれという。慎重に構想を見つめ直すためだ。もしもの時に備えて、あらゆる対策を施しておくという意味だった。

その対策さえ立ててしまえば、あとは楽観的に行動するだけだった。楽観、悲観(慎重)、楽観へと頭を切り換えられるかどうかが重要なことだったのだ。常に柔軟な頭を持っていることが、ものごとを成功させられるかどうかのポイントのようだ。
曇「成功への情熱ーPASSION」稲盛和夫著より。泣く汗グー

ここでのタイトルは“善に見る習慣をつける”となっていた。同じ事実も、人の感じ方で善にも悪にも解釈されるものだという。

たとえば、全力で一生懸命働いている人は、懸命に生きようとしている真面目な人と見れば、善になる。しかし、家族や自分の健康も顧みず、ただがむしゃらに働く仕事中毒とみれば、悪だともとれる。

物事が単純にいいか悪いかの判断は難しいことがある。できれば、善意で見ていく方がいいという。同僚の中には、常に批判的な意見、後ろ向きの考え方の人がいるが、楽しい話題はほとんど出てこない。

またそんな人には同類の人が寄ってくるようだ。どうして楽しい発想ができないのだろうかとむしろかわいそうに思えてくる。世の中は善に見た方がよほど楽しいと思うのだが。
曇「成功への情熱ーPASSION」稲盛和夫著より。ショッククローバークール涙

これはビジネスを成功させるためには必要なことだという。とはいっても、いつまでも夢に酔ってばかりいたら決してものごとはうまく運ばないだろう。

稲盛氏はまずは、事業を始め、困難にぶつかってもあきらめずにそれを成功させるには、夢、強い情熱が絶対に必要だと主張する。

かつて、独占企業であったNTTに対して、第二電電をスタートできたのもチャレンジするという夢を持っていたからだと振り返る。常識なら無謀ということになる。

しかし、事業に着手したらすぐに「しらふ」の状態に戻らねばならなかった。無用な危険をさけるためにも、冷静に仕事をすすめていくことが重要なことだったのだ。
晴れ「成功への情熱ーPASSION」稲盛和夫著より。驚きびっくり2チョキ

これは広中平祐先生の言葉だった。氏は数学の難問を次元を一つ高くすることで簡単に解いて、フィールズ賞を受賞していた。稲盛氏は信号のない交差点に四方から車が入ってくることを例にあげていた。当然ながらその状態では多重衝突は避けられない。

そこで、一つ次元を高めて立体交差にすれば、滞りなく車は通過できるということだった。交差点の真上から見下ろせば、二次元の平面に見え交差点で衝突するように見えるが、実際は問題なく通過していく。

人との関係も複雑に見えるが、単純な事実の投影に過ぎないものだという。つまり、かなり面倒に見えても別の角度から見れば、意外に大したことでもなかったりもするのだろう。

たとえば岡目八目というような言葉があるが、当事者よりもその後ろで見ている人間のほうがよく理解している場合もあるかもしれない。岡目八目・・・〔人の碁をわきから見ていると、打っている人より八目も先まで手が読めるということから〕第三者は当事者よりも情勢が客観的によく判断できるということ。

時には、もし有能なあの人だったら、どうするだろうかと立場を変えて考えてみるのも有効だったりするのだろう。稲盛氏はひと言「心の次元を高める」と述べている。
曇「朝日新聞」2010.2.14付けより。ウインククローバー青ハート

朝日求人「仕事力」というインタビュー記事のなかで、作家、作詞作曲家の新井満さんが語っていたこと。かつて会社員としての現役時代、得意先にプレゼンをする際、氏は説明の途中で「イメージソングを作ってきました」と自分で作曲した曲を流したという。

その結果、得意先は喜び、競合には勝つことができたらしい。人がやらない、できないことで勝負をかけることは自分の強みになることがわかる。ここではいかに相手にわかりやすいかがポイントなのだろう。そのために努力は惜しまなかったという。

いい仕事をしたいと工夫する中で、いい曲を作る努力もして、それが作詞作曲家への道につながったと語る。それが、タイトルにあげた「好きなものをさらに大好きなものにしていく」ということだった。そのあとには「それが生きがいにもなっていく。同時に役割を果たすことにもなった」と述懐している。

会社員でありながら、小説を書き芥川賞を受賞したり、作詞作曲家として活動をしたりとすごいマルチの才能を発揮していた。いろいろな道でプロとして通用するのは並みの好きではできないことだな。