雨「自分が輝く7つの発想」佐々木かおり著より。グッドシャイ

“何かを成し遂げるには、ビジョンと目標の二つが必要”だと筆者は述べていた。ビジョンとは具体的な映像として想像できる光景だという。つまり将来成し遂げたい自分の姿を思い描くことになる。

もしそれが、英会話だったら、多くの外国人と楽しい会話を自由にしている姿になる。痩せようとする人はダイエットが成功したあとの姿を想像してみることだろうか。ビジョンは行動を起こすためのやる気の源だった。

それで、行くべき方向が分かったら次に具体的にどうしたらいいのかというのが目標になってくる。もし、体重を落としたいなら、具体的に食事をどうするかなど、生活面で1週間後、1ヶ月後、1年後などの目標を立てて実行することだった。つまりそれはものさしだと筆者は表現している。

何となくビジョンと目標といわれてもピンとこなかったが、これを意識することで仕事も日常生活も趣味も少しは面白くなりそうな気もするが。当然、人によってビジョンも目標も異なってくる。自分なりに何かちょっとした目標があるというのは励みにもなるかな・・・。
AD
曇「リアル仕事力」小阪祐司著より。クローバーオレジューOK

かつて筆者が「ビールが正価で売れる酒屋」のことを新聞のコラムに書いたことがあった。すると、その後「それはどういう手法なのか」という問い合わせがあったという。

実は結論からいえば、そんな一つだけの手法があるわけではなかった。そこの店主が取り組んでいたのは、お客さんとの人間関係づくりやお客さんの知らない酒の愉しみ方を教えて悦ばれ続けることだった。

そのような地道なことをコツコツと続けてきた結果として、ビールを正価で売ることもできたのだった。ここで大事なのは“売ることも”の“も”だと思った次第。お客さんはその店主からの情報が自分にとって役立つからこそ、その店を利用しているのだろう。

価値にはそのビールの価格以上のものが含まれていいるに違いない。人は何かが成功すると、その手法はいったい何だろうと、ただ一つのもの(ノウハウなど)を見つけようとする。しかし、それらの成果は目には見えるものばかりではなかった。

いくつかのものが作用していることが多い。むしろ目に見えないものにこそ、重要な要素が含まれているのだろう。そんな「見えないものを見る力」があるかどうかだな。学校の試験の答えのように「正解」があらかじめ用意されていることなどはないのだ。

また、人から言われたとおりにやったところでうまくいかないことの方が多いかもしれない。結局はマニュアルに書かれている範囲内のことでは感動も予想以上の期待もできない。言葉に表現できないことの中にこそ、大事な要素は含まれているのだろう・・・な。
AD

雨「リアル仕事力」小阪祐司著より。すっぱい初心者汗

とにかく練習量こそが、技術の上達には必要不可欠だと感じる話があった。世界的に有名な心臓外科医の須磨久善先生は、たかい技術を習得するためには豊富な練習量と場数、手術の経験だという。それは当然のことだろう。

心臓の血管はティッシュペーパー一枚ぐらいの厚さだそうだ。それを縫うのは髪の毛よりも細い針と糸だった。きちんと縫い合わせないと、破れて出血してしまう。その技術の習得は人でするわけにもいかない。先生は犬好きで動物での練習もできなかった。

そこで、ティッシュペーパーを使って練習したという。ある技術に達するまで、数千枚縫い合わせたという。実に細かい作業を根気よく続けなければできないことだ。つまり「積み重ねる力」がなにより大事だったのだ。

相当つらいことはあったらしいが、医者にならなければよかったと思ったことはない、という。でなければ高い技術を要して、命にかかわる責任のある仕事はできないのだろう。それに比べれば自分の仕事ははるかに気が楽に思えてくるな。


いくら練習してもうまく成果が上がらないのは、その練習方法が間違っているか、まだまだ基本ができていないかだろうか。先が見えない時ほど強い気持ちを持ち続けないと、最終目標には近づけないかなぁ~・・・



AD
雨「リアル仕事力」小阪祐司著より。ゴルフオレジューうるうる

一般的なことや常識ばかりにとらわれていると仕事が行き詰ったり、面白くもなくなってくる。一般的には、ゴルフ場のレストランでは男性客が9割で、パフェなどスイーツ系は充実してないだろう。むしろ取り扱ってない場合の方が多いに違いない。

ところが、あるゴルフ場のレストランではパフェの開発をウェイトレス4人に一任して4種類を導入したのだ。すると意外にも売れ出したという。コンペの打ち上げに1300円の巨大パフェを注文するという。3人のグループでも4種類注文する男性客も少なくないらしい。

そして、パフェを加えることでレストランを利用する女性客も増えたという。つまり、ここには私たちが好きなものがあると好評なようだ。結果的にデザートの売上も5倍になったという。ちょっと常識をずらすだけでよかったのだ。

人に感動を与える何かも常識や一般的なところから、さらに一歩進んだところにあるような気もしてくる。いまは当たり前になってしまったが、一家に一台のパソコンも、歩きながら通話するケータイも30年前の常識にはなかったな。

晴れ「リアル仕事力」小阪祐司著より。ワインウインク星

ある町の小さな酒屋での出来事が書かれていた。ある日得意客から結婚式の引き出物として、ワインと日本酒の注文を受けたときだった。普通なら言われた銘柄のものをセットにして納品するだけで済む。

ところが、彼は新郎・新婦向けのオリジナルラベルを作成して貼ったのだ。また箱の中にはそれぞれの酒の説明書を入れていた。その説明には、「新郎のおすすめワイン」とあって、新郎の人柄の紹介があって、この人柄のように○○な特徴があるワインですと書いていた。また新婦についても同様に説明があったという。

このような趣向は、当然ながら新郎・新婦及び披露宴に参加された方々に喜ばれたとあった。やはり、ここまでやるか、というのを実行しているのがすごい。これが、ただホテルでの注文だったら味気ない寿ののし紙が箱につけられているだけであろう。

きっとあの酒屋の店主なら何かやってくれるのではないだろうか、という期待があったからこそ注文を出したのだ。日頃からの人間関係がなければ、このような注文もこないだろう。今がうまくいっているからと言って。そこに留まっていてはこのような発想は出てこないはず。

元吉本興業の木村政雄さんも、一流の芸人であり続ける秘訣は、一度売れてもそこに留まっていないことだという。あの人なら何かやってくれるだろうという「期待させる力」は、「留まらない」ことと深い関係があると小阪さんは考えていた。あとはそのお客さんの期待に応えられるかどうかが問題だろうな。

晴れ「リアル仕事力」小阪祐司著より。紅茶パー

ビジネスにはテクニックやスキルを超えた力が必要だというのが筆者の主張だが、ここではそのうち「描く力」というものについて述べていた。描くとは具体的にわかりやすく表現するということだ。人の心を動かすことができなければ、商売、ビジネスはうまくいかない。

ここにはひとつの例があった。あるお茶店が作ったDMだった。そこには、皆様は、「もし人生最後の紅茶を飲むとしたら、この器で飲んでみたい!という器をもっていらっしゃいますか。私はもっています。・・・」とある。

そして、器の説明がされていたのだ。「同じ紅茶を入れても違う」「とても優雅な気持ちになる」ということが語られている。結果、お客さんの反応は仕入れた60客全部がほどなく完売したという。送付したのは700通で実際には、仕入れがもっとあれば売り上げはさらに大きかったのかもしれない。

説明にただ品質のよさやブランド名や価格だけ述べただけでは、こうは売れなかったであろう。また、「人生最後の紅茶を飲むとしたら」などという、こんな問いかけがなければ何も考えなかったことだろう。器に関心をもたせるための努力がうかがえる。

人によっては、これを人に自慢するための一品にしようと考えたり、自分以外の親や親しい人への贈り物と考えたのかもしれない。短くても人の心を動かせる言葉はあるものだなぁ。つまりこれが「描く力」というわけだった。コピー力だろうか。

蛇足ながら、筆者は競馬が好きらしく、名実況がレースをドラマに変えるとも述べていた。同じ野球中継もテレビよりラジオで聞いていると迫力を感じるものだ。当然ながら、アナウンサーの伝える技術(=描く力)も要求されよう。 そして言葉を思いつくために必要なのはまず豊富な情報量だったのだ。
曇「なぜあの人にまた会いたくなるのか」中谷彰宏著より。晴れ鉛筆チョキ

ホームページやブログに限らず、パソコン上で日記を書けば、いくらでもだらだらと書いてもページ数やスペースを気にすることはない。それが、もし手帳型だとある程度簡潔にまとめなければならないだろう。

学生時代の一時期大学ノートに日記を書いていたことがあった。書いたものを読むと内容もくだらないが、文字の乱れや下手さ加減に嫌気がさしてしまったものだ。

その点、ブログはお手軽で文字の乱れもなく助かる。もともと大事なことを記録しているわけではないから、勝手気ままに好きなだけ書ける。むしろパソコンには大事ではないデータをどんどん詰め込んでおいても、個人のパソコンである限りは、誰にも文句を言われない。

あと、ありがたいのは過去の日記からある一つのキーワードを探すときなど便利なことだった。手書きのノートや日記だと、それがいつ頃書いたのかさえ、見つけるのにも苦労する。検索はパソコンの得意技の一つだろう。

自分が書いた日記から、ある言葉や人物を探し出す際にはパソコンならストレスゼロだ。これからも、どうでもいいことをどんどんこのパソコンに詰め込んでいこうと思っている次第。
雨「なぜあの人にまた会いたくなるのか」中谷彰宏著より。時計車ダッシュ

人が物を買うのはそれが必要だからとか、楽しいからだろうが、筆者は新しいものを買う時の判断基準は上記フレーズのようなこともポイントらしい。

乗物の場合ならどちらがより早いかと考えた時に、バスをタクシーに切り替えることはよくある。私の場合、運賃ならバスはタクシーの六分の一程度で済むのだが、疲れている時はそんなことはどうでもよく、少しでも早く家でくつろぎたいと思うこともある。

その場合は運賃のことを度外視している。ただし、雨などでタクシー乗り場が長蛇の列になっていて待ち時間が30分以上かかりそうな時は別だが。

携帯電話が生み出しているのも時間だった。時には拘束感もあるが、やはりもう何年も身につけていると、なくてはならないものになってしまった。おかげで連絡が必要な場合も時間のロスが少なくて済む。メインはメールではあるが、それでもケータイがなかった時代に比べるとコミュニケーションは早くとれている。

中谷さんは、パソコンなどのハイテク機器はサボれる道具で、そんな新兵器を使って、どうやってサボっていくかは、その人がその人がどれだけ仕事ができるかにかかっている、とまで述べている。つまり仕事ができる人ほどサボれるということかも。

確かにパソコンがうまく使えるほど、仕事も合理的で効率的だともいえる。となれば、結果的に時間の余裕もできて、サボれるというわけだろう。もちろんその余剰時間でもっとクリエイティブな何かや趣味にいかせればいいのだろうが。
晴れ「朝日新聞」2009.5.23日付より。すっぱいバツ汗

これは、土曜版の韓国人女性ジャーナリストが書いたコラムの中にあったフレーズだが、メインは今国内でも感染が拡大している新型インフルエンザの記事だった。

ゴールデンウィーク中に韓国旅行をした日本人の多くがマスクをしていて驚いたらしい。そのマスク姿は食事以外はずっと見られたという。はじめは異様に思われたことも、普段から小さな健康管理を徹底する、いかにも日本人らしい現象だとも指摘していた。いい意味で捉えられていた。

また、文化面には「マスク着用と世間の目」と題して、大学の准教授が書いていた。そこでは「いたずらに恐れる必要はないが、まだ『敵』の実力が分かっていない。」とすべきだろうとも述べている。冷静に対応することの必要性があるのだ。

マスクといえば、5日前には駅の売店で買えたものが、昨日にはもう売り切れていた。地元の店でも既に売り切れていたのだ。職場の人の話でももうどこも売り切れだそうだ。こんなところにも日本人の流行に敏感な部分が現れているのだろうか。

マスク着用も“力関係”だと思ったのは、昨日だった。マスクをしていない大勢の中で私がマスクをしていると、具合が悪いのかと聞く人もいたりしてくる。またマスクをしていることで、周囲に不安感を与えることもありえるとも感じられたのだ。半ば冗談でインフル?などという人もいたりして。

でも、今の時期は人ごみの中ではマスク着用が賢明に思えるが。実際電車バスの中では乗客の4分の1から3分の1程度がマスク姿だった。それでこそ、気分的にも楽にマスクを着用できる気がしたのだ。問題は深刻にマスクを欲しがっている人が売り切れのため手に入らないことだな。
晴れ「人に好かれる笑いの技術」鶴間政行著より。はてな驚きびっくり2

今夜も再びかなりお手軽な話題を取り上げてみたい。筆者は「人生はへぇ~の連続」だと述べている。そんな「へぇ~」もクイズにすると楽しみながら情報を伝えられると提案していた。

ここに一つの例があった。「阿久悠さんの作詞の歌でカラオケで一番歌われている曲は何でしょう?」というものだった。「勝手にしやがれ」(沢田研二)でも「津軽海峡冬景色」(石川さゆり)でも「UFO」(ピンクレディー)でもなかった。

答えは「居酒屋」だった。これは新聞記事に「阿久悠さんの作詞した曲で、カラオケで歌われているランキング」というのがあったからそれが出典だった。そして筆者は思わず「へぇ~、居酒屋なんだ」と思ったという。そういえば、かなり以前にこれを歌ったことがあったな。

つまり自分が「へぇ~」と思ったことは、きっと相手も「へぇ~」と思うに違いないという発想だった。どうでもいいことだが、「ぎっくり腰」のことを、欧米では「魔女の一撃」というらしい。かつてその経験者の私は「へぇ~、あれは魔女の一撃だったのかぁ」と思った次第・・・