晴れ「R25」2009.4.23付けより。びっくり2いっぷく9

これは難題を打破する発想法ということについて、小山龍介氏が提案していたことだった。仕事をしていれば、難題はつきもの。それをどうやってクリアしていくかという一つのヒントになりそうな気がした。

まずはそのために、いろいろなアイデアを捻出しなければならない。たんに頭の中で考えるより、思い浮かんだことを書き出すことだった。脳に発想することを強制的に組み込むという。

その方法として、3×3の9マスの正方形を書いて、その穴を埋めていくというマンダラートという発想を勧めている。マス目の真ん中にテーマを書いておく。そして、周辺の空白の空いたコマにアイデアを入れていくだけだった。

人は空白がある部分には、何か文字を埋めたくなるものらしい。クロスワードパスルをやり始めた時のそんな感じだろうか。すると、脳が自然と動き始めるというが、本当だろうか。(まだ試してないが・・・)
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晴れ「R25」2009.4.23付けより。家ヨット

最後のページにある石田衣良のエッセイの中にあったワンフレーズ。この日のタイトルは「お金貯めてる?」というもので、最近の若者は実によく貯金しているという話から始まっていた。

それもそのはず、今では終身雇用がすっかりと崩壊している状態で、減俸やリストラも頻繁だ。しかも、経済自体が不安定な時代に入ってしまっている。給料も必ず上がるという保証もないから、将来のために貯蓄に励んでいるのだろう。

そう考えると、25年から30年前はまだいい時代だったのかもしれない。確実に毎年年収は増えていた。そんな見通しがあったから、自分なりのささやかながらも贅沢もできたかも。年齢に応じて上昇していった時代が懐かしい気もする。

将来への夢を持ちやすかった時代かもしれない。たとえばマイホームや海外旅行、車なども。夢がふくらめば経費はそれなりにかかるだろう。会社を起こして大きくしたいと思えばかなりの費用を準備する必要もあろう。

車を持っているだけで、また日々の生活を維持していくだけでも相当な経費はかかる。だからといって不安ばかり考えていてもはじまらない。いずれにしても貯めた貯金は有効に使ってこそ生きてるくるものかな。
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晴れ映画「スラムドッグ$ミリオネア」より。映画イギリス

まず映画のストーリー意外の部分で気になったことがあった。それは映画の中ではインド人同士がなまりのある英語で話していたことだった。そして、かなりのセリフはインドの言語でも話されていて、それが英語の字幕となってそれがまた日本語の字幕というように二重の字幕になっていたのもユニークだった。

(インドの公用語はヒンディー語となっているが英語も一部は使われているようだ。)

またチャイという言葉が何度も出てくるので、それがお茶という意味であることもすぐにマスターできるほどだった。チャイは日本語のオチャという発音とも非常によく似ているので驚いた。子どもでもすぐに覚えてしまいそうだ。

さて、物語は一人のスラムに育った少年が青年になるまでのストーリーとテレビのクイズ番組「ミリオネア」で答えるシーンと警察の厳しい尋問を受けている場面の3つが交錯しながら進んでいく。心憎いいばかりの演出だ。しかもその中心にラブストーリーがあったのだ。

インドはいまや世界の中心になったというようなフレーズがあったが、まさに現在のITの発展を見ればうなずける。少年の成長とともに、かつてスラム街だった地域に立派な高層ビルが立ち並んでいる。そんなところにもインドの近代化の様子がうかがえてくる。映画にはスピード感と少年の生きる勢いも感じられた。

スラムで育った少年たちにとっては善悪よりもむしろ、どうやって逞しく生きていくかのほうが大事だったのだ。そして生きるために自然と身につけてきた知識が、いやでもクイズ番組での解答に役立っていたのだ。兄弟それぞれの過酷な生きざまもしっかりと描かれていた。

そして最後に映画のストーリー意外で気になったのはラストの音楽と踊りだった。エンドロールの文字と絡み合ってインド特有の激しいリズムに乗った音楽と踊りには思わず笑えてしまった。というのも、かなり前に観た北野武監督の「座頭市」のラストシーンを思い出してしまったからだ。なんとよく似ていることだろうと。

とり上げたフレーズは青年となったジャマールのセリフだったが、なぜ彼にとって「運じゃなくて、運命だった」のだろうか?・・・それは観てのお楽しみ・・・かな♪

蛇足

たまたま3つの異なる印刷物(映画のチラシ、新聞の映画評、フリーペーパー)の写真を見たが、どれも同じシーンの写真が使われていた。左には答える少年の姿、右には「ファイナルアンサー!」としゃべっている司会者の男。ご存知のとおりこの作品は今年度アカデミー賞8部門受賞作品だった。

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晴れある自動車修理工場のオーナーの言葉より。つりいちご

これも前日と同じ人との話の中で出てきた言葉だった。それまで釣りが趣味のメインだった彼が、菜園を始めたという。それは意外なことでもあった。

たまたま好意で貸してくれた畑が十坪あったという。家庭菜園としてはかなり広い。そこで昨年からいろいろな作物を作り始めているようだった。それまでまったく知らなかった趣味と実益の世界に踏み込んで実に楽しいらしい。

それは私自身も狭い庭の片隅で少しだけ家庭菜園や果樹を楽しんでいるのでよくわかる。それまで釣りキチ同然だった彼は、土の良さが野菜の出来栄えを左右することを実感していた。

そして上記フレーズは、飼っている魚が長生きするのは水質次第で、野菜が育つのは土次第だという意味だった。それは彼らしい面白い比較だが納得だ。つまりそれらは元気ですくすく育つ基本条件だろう。

そして、肥料のことをついつい「エサ」と言ってしまうので笑えた次第。確かに作物にとって肥料はある意味エサともいえそうだ。肥料が「エサ」なら、土づくりは「仕掛け」ともいえそうだな、なんていって笑ってしまった。

で、人の場合は何があると生き生きしてくるのだろうか・・・。今の彼にとっては趣味としての野菜作りだろうか。私の場合は楽しく仕事ができたときだろうか、家族に笑顔がある時だろうか、気の合う仲間と飲んだ時だろうか・・・
曇ある自動車修理工場オーナーの言葉より。車びっくり1携帯

車を運転する際にケータイは危険・・・などという意味ではなかった。実に意外な競争関係があるものだとちょっと驚いた。先日、地元の仲間数人で飲んでいた時、その一人が言っていたことが気になった次第。

彼は自動車修理工場と車の販売店を経営しているが、そんな彼にとっては最近の若者には車(販売)のライバルはケータイだという。

つまり若者にとってはケータイが命みたいなものだから、車よりもケータイにお金を費やしてしまうという。月に四~五万円を使ってしまえば、車のローンや維持費には回せなくなるからだ。

その結果として、若者が車を以前ほど買わなくなってしまったようだ。これは現場で働いている者の実感らしい。今後ますます若者の車購入は減ってくるだろうと予測している。

若者に限らず車の買い替え期間は延びているのだろう。自動車業界をはじめ各メーカー、小売業、不動産業、建設業・・・すべての業界が今のところ低迷しているのが現状だ。

それにもかかわらず、一部では業績がいいところもあるのだから、トップの発想がすごいのだろうな。つい先日、新宿西口にユニクロがオープンしていた。もの凄い開店景気はいつまで続くのだろうか・・・
雨「朝日新聞ルーヴル美術館展記念号外」より。驚きびっくり2フランス

現在、六本木の国立新美術館では6月1日まで「ルーヴル美術館 美の宮殿の子どもたち」というのが開催されている。

これを見に行った時に会場の出口で手にした号外に、ルーヴル美術館のロワレット館長の言葉があった。その一部が上記のもので、そのあとには次のように続いていた。「~人間にとって『必要』なものです」と。

今回は単なる名作を並べるというのではなく、子どもという感情を呼び起こすテーマで企画されていた。そこでは、「人類が残した重要な遺産や自分自身について考えてほしい」と、氏は語っている。

会場には油彩画、デッサンなどのほか大理石や粘土による彫刻など多数展示されていた。家族や子どもたちが生き生きと造形されている。紀元前の作品もかなり多くあり、数千年経っても親子の気持ちは変わらないものだとも感じさせられる。

また日本初公開となる古代エジプトの「少女のミイラと棺」は紀元前1295年~1186年ごろとされているが、描かれた文字や絵の色が実に鮮やかに残っているので驚きであった。実に歴史と奥行きを感じさせる展覧会だった。
曇メトロポリターナ」2009.4月号より。笑顔コメント

何となく春には和菓子が似合いそうだ。先月末に桜が開花し始めたころ、たまたま桜餅を買って帰ったことを思い出した。見た目がきれいでしかも旬の季節のものを味わえるのはうれしいもの。桜の葉の香りが春を感じさせてくれたようだった。

さて、和菓子には歴史の古いものが多そうだ。つまりそこには、言われやエピソードがあるものもありそうだ。贈る際に、そんないわれなども一緒に伝えられたら面白そうだという記事があった。

ここには「花かずら」という横浜の伊勢佐木町に本店がある和菓子が紹介されていた。三代も続いている老舗だという。そして、昭和初期にはそこは「銀ブラ」と似たように「ザキブラ」という言葉もあったくらい流行っていた町らしい。

また、別のとらえ方では日本文化のひとつであるシャレがあった。おめでたいときの鯛や受験シーズンのキットカットも定番だろう。縁起をかついだトンカツ。よろこぶの昆布巻きなど。

ここにはそんな感じのシャレた和菓子の紹介もあった。それらは「御目出糖」、「おとし文」、「切腹最中」などというネーミングとなっていた。まだ食したことはないが。
曇「教育力」齋藤孝著より。ウインク本

ここでゲーム化するのは何かといえば、もちろん勉強ということになる。ある一つの習慣を身に着けさせようとするとき、このゲーム化は意味がでてくる。

たとえば生徒(恐らく低学年だろうが)に読書感想文を書くということを習慣にするためには、毎週書いたものを提出させてシールを貼るということにすれば簡単だ。毎週、シールを貼るということでもモチベーションはあがるらしい。

やる気を出させるための方法としては、作業をゲーム化するのがちょっとしたコツになってくる。時間、期間を区切ったり条件を付けることで目標が見えやすくなる。

サッカーも手を使わないことでゲームになっている。上手な限定はゲームの面白さを増してくる。やや関係ないが、サッカーに比べると野球のルールはかなり複雑にできている。そんなところもなかなか世界に広まっていかない理由だろうか。

目標設定ということを考えれば、会社の営業部門を想像すれば分かりやすい。その部門で設定された予算をクリアーできれば、その後のボーナスにも反映されるだろうし、それが継続すれば出世にもつながるかもしれない。つまりそれが、ごほうびとも考えられる。

やってもやらなくても同じことなら、モチベーションはどんどん下がってしまうことだろう。仕事ではあらかじめ期間や目標予算は決められている。これが限定ともいえる部分だろう。もし自分なりにそれをゲーム化して進められるなら、時間が過ぎるのが早いかもしれない・・・な。
晴れ「教育力」齋藤孝著より。学校泣く

いきなりこの部分だけを取り上げてみると、実に面白いことを言っているように思えてくる。それは生徒(学生)のことを客という表現でとらえているからだ。

生徒が客なら教師はここでは演技者ということになる。つまり舞台にたつ役者とも言えよう。確かに演劇を考えれば、常にライブだ。客席の観客に満足してもらわねばならない。

生徒は授業料というお金を払って学びに来ているとも考えられる。しかし、学校の場合は楽しくなくても、ほとんど義務でその授業時間を過ごさねばならない。退屈でも次の時間にはお客(生徒)は入ってくれる。

同じライブでも一般の演劇ではそうはいかない。小さな演劇集団なら自分たちの手でチケットを売りさばかねばならない。期間の日数分だけ、また会場が大きくなるほどそのノルマは大きくなる。

そして、その舞台の芝居がつまらなければ、お客には途中でも帰ってしまう権利はある。さらには、いかにつまらないかをクチコミしてしまうかもしれない。

しかし、同じ教える立場とは言っても予備校の場合は、そこにいかに実力のある人気講師がいるかも繁盛する要素だろう。もちろん高額なサラリーを得られるカリスマと呼ばれる講師はごく一部だろうが。

その点、学校の教師は、幸い何の苦労もせずに、はじめから客がいてくれる、となるわけだ。そう考えれば、ある意味恵まれているとはいえまいか。とはいっても、実際は授業で科目を教えるより生徒指導のほうが負担が大きいかもしれないが。
雨「gooのブログページ」2009.4.21付けより。コンピュータ汗

今朝gooのブログを覗いてみたらメンテナンス中だった。そこには数時間のサービス停止報告ほか、ちょっと興味深いサイトの紹介があった。そこにあった上記フレーズがしゃれている!

メンテナンスや自宅のパソコンのトラブル自体は確かに戦いだなぁ~と思った次第。でも、こんな遊びがあると思わず試してみたくなってしまった。そこには次のように書かれていた。

「メンテナンスという戦いが終わるまで話題沸騰中レッドクリフPartIIの世界に皆さんをご招待!!名前と血液型を入れて判定をクリックするだけでカンタン診断!!
レッドクリフPartIIセリフメーカーあなたにおすすめの名セリフを名チェック!!」


ちょっとの時間が遊べるかも。適当な名前と血液型を入れてクリックするだけ。とくにレッドクリフPartIIは4月11日に観ていたので興味があった。この遊びで、いろいろと打ち込んで試してみて、そのセリフの一部を思い出して見た次第。

ご参考のためにURLは下記。よかったらお試しを。
http://maker.goo.ne.jp/works/play/maker/1387

蛇足
「あなたにとって大切なもの診断」というのもあった。