晴れ曇本場のアカデミー賞で外国語作品賞としてオスカーに輝いた『おくりびと』が注目されている。その影響でますます映画館への観客動員数は増え続けることだろう。ジョリーギターチアフル

しかし、そんなこととは関係なく、この1週間で2本の作品を観てきた。1本は数日前に触れた『少年メリケンサック』だった。宮藤監督作品というところに注目していたが、パンク(ロック)を25年ぶりに再結成する中年オヤジの姿には、予想以上にユーモアが盛り込まれていた。

そして、もう1本は『旭山動物園物語』だった。これは、西田敏行が主役ということだったので、ぜひ観たいと思っていた。個人的には今、日本で最高に演技がうまい俳優の一人だと確信しているからだ。事実が元になっているところも興味深かった。

また、もうひとつの理由は数年前に『陽はまた昇る』という同じく西田が主人公を演じた作品を観ていたので、それとの比較も関心があった。『陽はまた~』ではビクターの横浜工場に左遷させられた事業部長役で、ソニーのベータ方式とビクターが開発したVHS方式の統一規格をめぐって、勝利するまでが描かれていた。

成功物語という点では実に『旭山動物園~』とよく似ている。旭山動物園もほとんど閉鎖寸前まで追い詰められて、苦労の末日本一の来場者を記録するまでの成功物語だった。

むしろ、どちらもかつてのNHKの番組「プロジェクトX」を映画化したものにさえ思える。いくつもの困難を乗り越えて目標(大きな仕事)をやり遂げるというところは全く共通しているともいえる。主人公が退職し去っていくエンディングはまったく同じだった。

『陽はまた~』のほうは最後に感動して涙が止まらなくなってしまうほどだったが、『旭山動物園~』では動物園の企画が成功して来場者が増えるまでが、あまりに急展開過ぎた感じもした。そのせいかややもの足りない印象が残ってしまった。いずれにしても、西田敏行は似たような役どころを見事に演じていたな。さすがだと感じさせる。
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雨「Pen」2009.3.1号より。クールすっぱい

当たり前すぎる広告だと印象に残らない。気づいてもらえなければ、もしかしたら無駄になるかもしれない。テレビのCMも面白ければ見てくれるもの。15秒は短いようだが、それだけでいろいろなイメージをあたえることができる。

佐々木宏さんは独立しているが、クリエイティブ・ディレクターをしている。佐々木さんはどうでもいいCMが流れると、情けなくなるとも語る。観た人に対して「キレイだな、カッコいいな、面白い!」などの印象を残せないと、本当に申し訳ないという。

そして、彼の作るCMはさすがに印象に残っている。たとえば、ソフトバンクのホワイトプランで白犬がお父さんという設定の一連の「ホワイト家族」シリーズだ。毎回あのお父さん(白犬)は、どんな動きで何を喋るのだろうかと興味深い。

また、江崎グリコの「サザエさんの25年後」を描いた「オトナグリコ」のCM。サザエさんはもともと国民的な漫画だという前提で作られている。カツオ36歳、タラちゃん28歳、イクラちゃん26歳。「あ、大人になってる。」というところが新鮮に映る。

さらに、サントリーのコーヒー飲料のBOSSのCMでは「働く男の相棒」をテーマにしている。アメリカの俳優、トミー・リー・ジョーンズの日本のさまざまな現場で働いている設定だ。その本人が真剣な表情ほど面白く感じられる。

やはり広告もCMもこんなふうに、意表をついてくれないと面白く感じないか・・・な。それを発想する現場の方はかなり苦しかったり、厳しいとは思うが。
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曇「レジェンド伝説の男白洲次郎」北康利著より。雨日本

この複線化してくれるものは何かといえば、ここではこのフレーズの前にある“結婚というものは”となっていた。

白洲次郎と正子との結婚は、(とくに正子の親には)歓迎されなかったようだ。しかし、「白洲さんと一緒になれなかった家出します」とまで正子は宣言して、強引にゴールインしていた。

そして、正子側の人脈には近衛文麿、吉田茂といったような人物もいたのだ。その人脈こそがその後の白洲の活躍する場を提供していた。これを称して“人生を複線化”と筆者は表現していたのだろう。

この複線化とはやや異なるかもしれないが、別に結婚に限らず、たまたまある人と親しくなって、その人の側に自分にとって影響の大なる人がいれば、そのことで人生の転機が訪れるかもしれない。

また、身近なところではネットでの交流もある意味人生を複々線化してくれるともいえないだろうか。それは、自分一人では思いつかなかったようないくつもの貴重な意見に出会えたりするからだ。

まずはウェブを通じて自分から何か意見を発する、情報を提供するということを継続すれば、いずれ何らかの形で返ってくるような気もしているが・・・
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雨「メトロポリターナ」2009.2.16号より。曇コメントチョキ

これは「咲かせるための、日々のココロエ」というタイトルで糸井重里さんが語ってるなかにあったもの。もともとは吉本隆明氏の言葉だったようだ。

つまり、どんな仕事でも、10年間毎日休まずに続けたら必ず一人前になれるという意味らしい。糸井さんは『ほぼ日刊イトイ新聞』を開設してから一日も休まず10年間更新し続けている。(まあその前から一流のプロですがね)

糸井さんは「毎日やることは“へんになる”ってこと」だともいう。だから、その道のプロというのは、みんなどこかへんらしい。つまり、ひとつのことを毎日繰り返していくと、うまくいくように変形してくるのだという。逆にいえば、世の中は変形してない人がほとんどだともいえる。

かつて何度かこのサイトを覗いたことはあるが、情報量があまりにも多すぎて、迷子になってしまうほどだった。実際には糸井さん以外の執筆人のほうがはるかに多い。そして、このサイトから生まれたのが『ほぼ日手帳』だという。

そこにメモした普通の日の“何でもないこと”は可能性の宝庫だとも語っている。メモから多くの仕事が生まれたというが、やはりそこはクリエーターを感じさせる。仕事以外で10年も続けていることってあるだろうか、とふと振り返ってしまった・・・
曇雨「メトロポリターナ」2009.2.16号より。音符ギター

こう言っているのは脚本家でヒットを飛ばしている宮藤官九郎だった。先ごろはオリジナル脚本を書き監督までやっていた。先週その映画『少年メリケンサック』を見てきたが、実に生き生きとして笑える作品になっていた。

一般には脚本は何稿にも及ぶ書き直しが必要だと言われるが、この作品では3稿で仕上がったという。それは自分で映画を撮るということもあり、その場で直していけるという自信もあったのかもしれない。

また、あまりにも書き直しを重ねるともとのよさや面白さがなくなってくるとも感じていたようだ。要するに手を入れすぎてカドが取れてしまうのを恐れたのだ。むしろ映画のなかでは言葉はその場のノリでほとんど自由に叫びまくっているようにも感じられた。

それが、パンクというものなのかもしれない。主役の宮崎あおいのノー天気OLぶりは実によかった。泣き、笑い、話す、怒る、走る、どれも体全体で表現していた。

佐藤浩市、木村祐一などが真面目に演じるほど笑えてきた。ここには、宮藤監督からは次々とアイデアが飛び出して、笑いの絶えない現場だったともある。映画を観てもそんな雰囲気は伝わってくる。

「パンクには何かをしたい、せずにはいられない、という“衝動”と“欲求”がある。そして、それは誰の中にもあるはずだ。」とも宮藤は語っていた。彼自身それを実践するかのように、脚本家、映画監督、俳優、ミュージシャンといろいろとチャレンジしている。荒削りだからこそよりリアルに面白さが伝わってくることもあるのだろう・・・な。
雨「身体感覚を取り戻す」齋藤孝著より。グー砂時計

最近は「練る」という言葉を聞かなくなった。ここに「練る」のもともとの原義が紹介されていた。「糸・布・金属・土などを柔らかにし、あるいは粘り強さをあたえるために、強い力を加えて鍛えること」とあった。

硬いものも一度柔らかくすることで、強さを出していくという手法が「練る」だった。体もふだんから意識して柔軟性を養っておかないと、とっさの時にすぐにあちこちを痛めてしまうのも同じことだろう。

さて、しばしば「計画を立てる」はよく聞かれるが「計画を練る」まではいかないことが多い。「作戦を立てる」も、ただ一つの作戦を案出するだけでも用いられる。

しかし「作戦を練る」となれば、いくつもの作戦を比較吟味して、それぞれの良い点を組み合わせるながら、よりレベルの高い作戦へとブラッシュアップしていく意味合いがでてくる。困難な場合もシミュレーションをしておけば対処できることもあるだろう。

だから、計画にしても作戦にしても、練ることをしなければ、単に思いつきのものは長続きしなかったり、うまくいかないことが多い。文章にしても、よく練られたものは味わいがあったりする。どうしても、思いつきで書かれた日記などは深みが感じられないか・・・
晴れ「リクルートのDNA」江副浩正著より。驚きグッド

これを作るのは入社内定者だった。入社前の研修期間中に行われていたのだ。実に画期的なことでもある。まだ社会人にもなっていな学生に、その会社について書かせるというのは実に意表をつくことだ。それを人事マネージャーの前で発表させ、優勝チームを決めていた。

つまり書くためにはいろいろと取材しなければならなくなる。それを通じて会社のことについて深く理解をしてもらおうという意図があるのは当然だろう。同時に新入社員同士の連帯感も高まったようだ。(その時点では学生だろうが)

また、一方でこの内定者研修で入社辞する学生もいたようだ。それは会社の方針が内容が理解できたということかもしれない。しかし、この研修で入社前と後のギャップが少なくなったともいえるようだ。

やや蛇足になるが、氏はこんなことも述べている。「事件で私が逮捕された年、・・・約一千名の内定者がいたが、入社辞退率は五パーセント、と予想外の低率だった。・・・」。

それにしても、一千名の採用とはすごい人数だ。また今では会社側からの内定取り消しなどが行われいることから考えれば、辞退者がいること自体が不思議に思えてくる。

ところが、当時は事件の影響で内定者の半分以上が入社辞退するだろうとみていたが、内定者研修のおかげで五パーセントで済んだと述懐している。今なら内定取り消しの前に辞退者が出てくれれば会社は大喜び・・・?
晴れ「リクルートのDNA」江副浩正著より。ウインク本

この本のサブタイトルは“企業家精神とは何か」となっていた。自らの体験談が多く盛り込まれていて興味深い。しかも自身が逮捕されたことまでも述べている。

さて、上記フレーズは江副氏が東大新聞時代に、扇谷正造さんに、「週刊朝日」を初めて百万部の週刊誌にした秘訣を聞いた時に言われた言葉だった。

それは江副氏にとっては意外な言葉だったらしく印象に残っていたようだ。扇谷さんは「表紙だよ。書店に来た人は最初に表紙を見る。僕は表紙に一番力を入れている」と答えたそうだ。

人でも第一印象は顔をはじめとする外見で判断しやすい。実際にその人がどんな人かはその後のことだろう。つまり本や雑誌では内容に当たる部分だ。どうしても、本はタイトルや表紙で手にとってしまう、私。

とにかく手にとってもらうためには、表紙に力を入れることが先決だった。そこで、江副氏は一流のデザイナーに会社案内の雑誌の表紙デザインを依頼ていた。やはり思わず手にとってしまいたくなるような表紙はあるだろう。

ホームページならそのトップページだろうか。それによって、中身をのぞいてみたくなるようなものもある。ブログもかなり豊富に規制のデザインが用意されていて、自分のその時の雰囲気にあったものが使われているのかもしれない。
雨「身体感覚を取り戻す」齋藤孝著より。曇キラキラ

日常生活でも生きるスタイルとか仕事のスタイルというものはでき上ってくる。その人の仕事のスタイルはいいとか悪いとか。結局、営業ならその結果が問われる。いい場合はスタイルと呼んでいいかもしれないが、悪い時は癖と言われるかもしれない。

「かたくなであるという癖も、頑迷に映る時は癖と見なされ、“一本筋が通っている”と映る時は技と見なされる。」と筆者は述べている。人柄にもよるかもしれないが、これは誰にでも共通して考えられることでもあろう。

かつてトルネード投法で知られメジャーで活躍した野茂英雄投手は、誰にも真似のできないスタイルで素晴らしい実績を残している。つまり身体のひねりを技化したいい例だともいえよう。

もし、野球を始めたばかりの選手がこのような投法をしようものなら、すぐにコーチから矯正させられるだろう。しかし、プロでそれなりの実績がともなえば、誰にも負けない強み(技)ともなっていたのだ。

人との接し方、コミュニケーションのとり方にもそれぞれの癖がある。それがいい結果をもたらすなら技となり、結果的にその人なりのスタイルが形成されていくようだ。
曇「すごい人のすごい企画書」戸田覚著より。ラーメンチョキ

これは企画書を「読んだ相手が、自ら考え、企画の内容を自分で咀嚼して考えてくれる」というものだった。

ここに、ある通販カタログの例があった。「このラーメンはうまいと言われる本格品だが、クセが強くて筆者の口には合わなかった・・・」。

これは真実の感想だった。単に「うまい」と書き連ねてあるよりも、信頼性が感じられる。そして、読者はには「自分の口にあうのだろうか」考えさせる。(もし本格品なら自分も一度試してみたいなどと考えたり)

確かに真実が書いてあれば、相手はちゃんと考えてくれる。いいことばっかり書いてあると、逆に疑いが先にきてしまうもの。

客観的なデータも時には有益だろう。もし、自社製品に劣る点があれば、あえてそれを比較表で明確にしておくことも悪くはないようだ。それによって書いた人が信頼される可能性もあるだろうし。