雨「ギンザニア」2009.冬号より。プレゼントハート6つ

この雑誌は地下鉄の駅に置かれている銀座の店を特集したフリーマガジンだった。ぱらぱらと捲っていくと上記のようなフレーズが目に入った。

ここには、結婚5年目になるある夫妻によるゲームのことが書かれていた。二人とも銀座界隈に仕事を持っていて、月に一度ある店の前で待ち合わせて(夜の8時30分)、閉店までの30分間でお互いにプレゼントを買うというものだった。

その時間内でいかに相手を驚かせ喜ばせられるものを買えるかという一種のゲームになっていたのだ。予算はあらかじめ決めてあるのだろう。ある時はお互いに偶然にもルームシューズを贈り合った時もあったそうだ。

しかし、むしろそんな時ばかりではないようだ。いずれにしても相手の立場に立って相手が欲しいものを考えることが重要だったのだ。またゲームを面白くしているのが30分という限定時間でもあるだろう。

ここには次のようなサブタイトルもあった。「プレゼントという武器を手に、夫婦間の絆を深める攻防が繰り広げられる」と。こんなゲームなら別に夫婦でなくても親しい仲間がいればすぐにでも始められそうだ・・・な。

たとえば、食べるもの(例、スイーツ、くだもの、インスタント食品)とか文房具、家庭用品、本・雑誌コンサートやライブのチケットなどの“限定”をつけるのもまたちょっと面白いかも、と思ったり。
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雨「アメーバニュース」2009.1.29付けより。驚き学ラン

この日のニュースによれば、大阪の大阪の小中20校では、携帯ゲーム機「ニンテンドーDS」を使用した学習が始まったという。このゲーム機は貸し出されたものであって、まだ実験段階のようだ。

ケータイの学校持ち込みを禁止する一方で、このような画期的とも思えるゲーム機による学習効果を狙っているところが意外で面白い。さすが大阪はいろいろなことにチャレンジするのが早いとも感じるな。

さて、学習の効果はどうなるかはしばらく様子を見ないとわからないだろうが、漢字や地理なら子供たちはゲーム感覚で楽しみながらけっこう覚えてしまうのではないだろうか。

学校の授業ではまだ15分程度の使用にしているらしいが、それで勉強の面白さがわかれば自宅でも引き続きやりたいと思う子どもたちだっているかもしれない。

実際に本当の力を知るためには、書いてみなければわからないこともあるだろう。それはケータイメールばかりやっていると難しい漢字などは一発変換されても、書けるかどうかはまったく別ものだからだ。

いずれにしても、ゲーム機はあくまで補助程度にすべきだろうな。もし、この実験学習でそれなりの効果があると検証されれば、ほかの都道府県にも広がっていくに違いない。

すると、(今日の記事とは関係なかもしれないが)自動車、家電業界など販売不振で苦しんでいるところがほとんどなにのにもかかわらず、逆に記録的な増収増益の任天堂は今後ますます儲かる?


(下記参照)

大阪の小中20校 ニンテンドーDS使用した学習始まる
 大阪府大阪狭山市立南第三小学校で、大阪府教育委員会が貸し出した携帯ゲーム機「ニンテンドーDS」を使..........≪続きを読む≫



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曇「朝日新聞」2009.1.25付けより。バッグOK

この日は“朝日新聞の創刊130周年記念特集”としていろいろな人の言葉が掲載されていた。上記は鈴木敏夫さん(スタジオジブリのプロデューサー)の言葉だった。

朝刊は一面から開いていって、最初は天声人語を読むという。読むときに頭を使うから目が覚めるという。ある日は3回も読むらしい。時にはそれらが映画のヒントになるのだろう。

大学時代から約40年にわたって朝日新聞を購読しているという。また東京中日スポーツは創刊時から愛読してたのは、生まれが名古屋で中日ドラゴンズファンだからとのこと。そういえば、かつて私の兄も中日ファンで、よく東京中日スポーツを読んでいたっけ。

別に新聞はどこであろうと、一面にはコラムの記事が掲載されている。それらはいつも実にタイムリーに新鮮な話題を教えてくれる。確かに名文に出会った時には目が覚める思いがする・・・な。できれば朝には明るい記事を読みたいもの。

一日の始めに私の頭に血を送りこんでくれるのは、ラジオ体操を含んだスローエクササイズとこのブログかもしれないな・・・(もちろん時間の余裕がある時だけだが)
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曇「朝日新聞」土曜版2009.1.24付けより。ジロ砂時計

これは「缶コーヒーの熱い戦い」と題した各飲料メーカーのマーケティングの一部についてのレポートの中で目にしたフレーズだった。

それにしても、缶コーヒーを飲むのことは若者からは本当にオヤジくさいと見られているのだろうか。私のようなオヤジからは若者でも同年代の人でも飲んでいるのを見ても何とも思わないが。メーカーの調査によると、缶コーヒーの愛飲者の中心は40代の男性らしい。男女比は8:2や7:3でやはり圧倒的に男性が多かった。

約3年前から、健康志向に応じた「微糖(ゼロ)」といわれる商品が増えているようだ。確かに私も缶コーヒーを自販機で買う時は、缶に書かれてある砂糖の分量などを気にするようになっている。

とはいっても、たまには砂糖もミルクも入ったスタンダードも飲みたい時もあるが。かつてはこのスタンダードが80%だったようだが、今では50%に下がっているようだ。

缶コーヒーは主に4つに分類されていた。1、微糖・ゼロ・・糖類控えめ。2、ブラック・・無糖のもの。3、スタンダード・・砂糖・ミルク入り。4、カフェオレ・・乳性分の多いタイプ。

そして自販機での売り上げが7割を占めていた。その自販機も基準は120円だろうが、場所や機械によっては130円、110円、100円もあった。また、メーカーの上位5社(日本コカコーラ、サントリー、ダイドードリンコ、アサヒ飲料、キリンビバレッジ)で83.4%を占めていた。

いくらオヤジくさいと思われたって、夏でも冬でも近所に自販機があればついつい飲んでしまいますねぇ。
晴れウェブサイトの「百式」2009.1.19付けより。ウインクアメリカ日本

つまりこれはデザインについてのことだった。もう何日も前に目にしたホームページの記事だったが、忘れないうちに残しておこうと思った次第。デザインに関する名言ばかりが紹介されているサイトがあったのだ。

こんな名言ばかりに絞ったサイトがあるとはちょっと意外だった。もし今後、デザイン関係の仕事に就こうと思う人にはちょっと参考になるかもしれないな。古今東西にわたってさまざまな人が述べているのも面白い。べつにその人がデザインだけの専門家とは思えないが、鋭いセンスの持ち主には違いないだろう。

また、英語の勉強と思って読むのも面白そうだ。わからない単語も辞書を引いているうちに覚えてしまうかもしれない。そして、とくにお気に入りの名言はそのまま暗記したらかなり知ったかぶりもできる・・・かな。

いくつかの短い名言を以下に書いておきましょう。なお、和訳については、いつもコメントをいただいているぶくぶくさん (予備校で英語の講師をされている)にお願いしました。改めてお礼申し上げます。

Colour does not add a pleasant quality to design - it einforces it.
— Pierre Bonnard  『色はデザインに愉快な特性を加えるのではなく、デザインを強めるものだ』

Technology over technique produces emotionless design.
— Daniel Mall 『技術を超えた理論は感情の無いデザインを生み出す』 

Create your own visual style… let it be unique for yourself and yet identifiable for others.
— Orson Welles 『自分独自の物の見方を創り出しなさい。 自分にとっては独特のもので、なおかつ他人にとっては共鳴できるものにしなさい』

 Simplicity is the ultimate sophistication.
 — Leonardo da Vinci『単純である事が究極の洗練』

 Design is intelligence made visible.
 — Alina Wheeler『デザインは目に見える知性だ』

デザインに関する名言いろいろが掲載されている『Quotes on Design』のホームページは下記をご参照ください。
http://quotesondesign.com/
曇「考える技術」渡部昇一著より。チョキ音符

つまり、できるときにやる、できないときはやらずにすませる、ということだった。ダイエット、英会話、スポーツジム通い・・・これらは自分に課したスケジュールに追い付けなくなって、息切れして辞めてしまうことが多い。

渡部氏自身は、真向法(体操の一種)や書道を趣味としてやっている。しかも、その年数が30年というからちょっと驚きだった。それほど長くできたのは、「毎日必ずやらなければならない」という強制的な考えを自分に課さなかった結果なようだ。

無理をしない方が、物事は長続きするのは当然だろう。氏は真向法を継続しているから喜寿(77)を過ぎてもまだまだ体は柔らかいという。それも長年の練習の成果だった。

結局のらりくらりでも長続きしていれば、それなりの力はつくようだ。私ごとでは、まだ短いが一年前(2008年1月26日開始)より15分エクササイズというのを思いつきで始めてみた。毎日というわけではなく、週に4、5回のときもある。また体調が悪い時は決して無理をしない。

すると、以前に比べて腰の痛みがほとんどなくなっていたことにも気づく。やはり思いつきでも朝の15分のスローエクササイズ(メインはラジオ体操)をやるとやらないでは、身体の軽さが違うようにも思える・・・な。(気のせいかもしれないが)
晴れ「考える技術」渡部昇一著より。プレゼントレター

モノよりも心ではないし、心よりモノでもなかったのだ。よく、心さえあれば~などと耳にすることはあるが、やはり相手に明確に心を伝えようと思えば、モノを添えるのが一番手っとり早い。

自分の心をモノで表現することは非常に重要なことだと筆者は述べている。モノを添えることで、人間的な関係も一層強めることができる。渡部氏は「気持ちや心は、相手には見えないという致命的な欠陥を持っている」とまで述べている。

だから、心のこもった手紙を書くことでも深い人間関係はつながっていく。手紙を書こうと思えば労が必要になってくる。手紙は気持ちを表すモノだった。電話やメールですぐに述べられても消えてしまいやすいものでもあるし。

気持ちをモノで表現する技を知っているかどうかは、意外にも大事なことのように思えてきたな。ここに名言があった。「長者の万灯より貧者の一灯」(長者の虚栄心からくる多くの贈り物より、貧者の真心のこもったわずかな贈り物の方が勝っている、という意味だった)

恩を受けたら、一通のお礼状を書くというのも、習慣にしておかないといけないのだろうな~~~(そこに粗品が添えられればなおいいのだろうが)
曇「考える技術」渡部昇一著より。初心者グッド

このフレーズはスイスの哲学者、カール・ヒルティ(1833~1909)の考え方だった。社会人になって仕事を始めると、いろいろと新しいことを覚えなければならず、苦労するものだが、慣れるに従って面白みもわかってくる。

もちろん自分に合っていなければ、仕事の面白みを感じることは少ないとは思えるが。また仕事での達成感が味わえればそれも面白さと似通っていそうだ。

プロのスポーツマンではそのスポーツで成果を出すことが仕事となってくるはず。例えば、サッカーの1ゴールでもその喜びようはよくわかる。とくに苦しんだ末に試合で勝利をおさめた時の喜びは、見ていてもその興奮が伝わってくるようだ。

遊びの場合は、簡単に(楽に)上達してしまうものほど、すぐに飽きがやってきたりする。そしてまたやりたいと思う気持ちになるまで時間がかかるもの。誰もがすぐに上達してしまうものほど、面白みが少ないのかもしれないな。

結局、仕事に面白みを感じられるようになれば、かなり得な人生を送っていると言えるのではないだろうか。そこまでの気持ちになるまでは、自分の経験からしても長年の創意工夫が必要だろうが。(やはり二、三年では仕事の本当の面白さはわからないかも・・・)
曇「ウェブ進化論」梅田望夫著より。晴れいっぷく

若いころであれば、もっといろいろな冒険もできたのにと思うことはあるもの。実際は若くても冒険などしなかったかもしれないが、そんなふうに感じてしまうことはある。でも、中には何であんな無鉄砲なことをしたのだろうと思えたり。

仕事に関して言えば、年をとればそれだけ経験を積んだともいえる。だから20年、30年前と比べれば、モノは見えているはずだ。すると逆に見えている分だけ未経験なことにはネガティブに判断してしまうこともあるもの。

余計な情報(経験)があるばかりに、臆病になってしまうこともある。こうすればきっとこうなるという経験がものごとの判断を鈍らせるのだろう。その消極的な態度や慎重過ぎることがものごと(仕事も含め)をつまらなくしてしまいそうだ。

かつては怖いもの知らずにできたことも、今ではできないことの方が多いかもしれない。しかし、すでに中年になった梅田氏は時には意識的に「若さ」と「勢い」を取り戻さなければいけない、とも感じているようだ。

逆に年齢を重ねたからこそできるチャレンジ、というものを発見できればいいのかもしれない・・・な。20代、30代ではできなかったが、50代、60代だからそこできることってなんだろう・・・?
雨「ウェブ進化論」梅田望夫著より。コンピュータ驚き

この表現はちょっと面白いと思ったので記しておいた次第。梅田氏は現在はビジネスの世界で活躍している。しかし、かつては大学に残り「自分の研究室(ゼミ)を持って、学生たちと一緒に知的生活を送る」のが夢だったようだ。

もうそんな研究とは縁が切れたかと思っていたようだが、今ではネット上に“バーチャル研究室”ともいうべき存在を持っている。つまりそのおかげで本業のビジネスのほかに極めて充実した知的生活を送れるに至っているという。

それは、ブログだったのだ。そこでは日々の勉強のプロセスを公開していったという。これが、前日も触れた「知的生産の道具」と言うことだろう。すると毎日読む人が5000人にもなったようだ。

もちろんそれだけの読者がいるということは、当然ながら中身の濃い内容を発信していたからこそ可能だったのだろう。勉強したい人にとって、ブログは“バーチャル研究室”にもなりえたということだったのだ。おなじブログでも利用の仕方次第でガラリと変わってしまうものだ・・な。