晴れ「ENGLISH JOURNAL」2008.12月号より。本車

これも同じく、大前研一がアルビン・トフラーにインタビューしているなかにあったもの。トフラーがカリフォルニア州ロサンゼルスにある洗車場の中に入ってみると、大いに驚いたことがあったのだ。

それは、またうれしいことだったとも述べているが、そこはもはや洗車場とは言えないほどの書店だったという。それはかなりの衝撃だったようだ。むしろ革命だとも言っている。

それまで、一つになったこともない二つのものを一つにしたからだった。今後はこのようなたぐいの想像力が必要になるだろうとも述べている。

これまで一つになったことのない機能をくっつけ、新たな価値を作るということだろう。そして、もしそれが楽しいことであればなお大衆に受け入れられるに違いない。

そういえば、以前にも触れたことがある「ヴィレッジバンガード」などは、本屋と駄菓子屋と雑貨が一緒になって楽しさを演出しているようだ。

まさか本屋でチョコレートや時計などが売られているとは思わなかった・・・な。(いや、雑貨店、駄菓子屋に本がたくさん並べられて売られていることにもおかしさを感じるか)
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晴れ「ENGLISH JOURNAL」2008.12月号より。注意コンピュータ

大前研一がアルビン・トフラー(未来学者)にインタビューしていたなかで目にしたフレーズだった。私にとってアルビン・トフラーは懐かしい名前だった。もう30年以上前の学生時代に『未来の衝撃』という本を読んだ覚えがあったからだ。内容はほとんど忘れてしまったが。

富について、トフラーは次のように言っていた。「富とは必要を満たすもの、さらにいえば欲求を満たすものなら何でも。私たちは普通金銭で満たすことを考える。・・・・しかし富というのは実のところ、金銭のやりとりが行われなくても創出され得る」と。

その例としてリナックスをあげている。もともとフィンランドのパソコンマニアが完成させたOSのプログラムを無報酬でオンライン上に公開したのがきっかけだった。そして、リナックスはマイクロソフトを脅かす存在にさえなっている。IBMまでもリナックスを頼りにしているという。

まったくの見返りなしに、無報酬で何かをすることが、経済に莫大な影響を与えた例だ。つまり、多くの会社がいまや金を稼ぐためにこの非金銭的な製品に依存した商品を作るようになっているのだ。

たとば身近なものではブログもその一つかもしれない。ブログ自体は無料がだ、そこに掲載される広告(コピー)によってビジネスは成り立っているのだろう。ネット広告はこれからもますます増えているのだろう・・・な。
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晴れ曇「ユーモアの流儀」小田島雄志著より。ウインクグッド

このフレーズのすぐあとには、『と、わかっていても、相手に対する思いやりが「重い槍」に豹変して相手を傷つけることもあるのだから、むずかしい』と続いていた。重い槍はかなりぐさっときそうだ。

筆者はあるとき、ヴェテラン女優に「こないだの舞台はよかったよ。特にラストシーンは泣けた」とほめた・・・つもりだった。ところが、露骨にイヤな顔をされたという。それは、稽古のとき、ラストシーンで演出家と意見が食い違って言い争って、しぶしぶやらされた演技だったからだ。

ほめるのも、難しいときもあるものだな。また人をからかうときも、相手がユーモア感覚を持っているかどうかで、受け取り方がまったく違ってきてしまう。

ある人が足にケガをして、左足に靴、右足にサンダルを履いていたという。それを見た人が、ニコッと笑って「二足のワラジ」とつぶやいたそうだ。そのひとことで、言われた人は気持ちがあたたかくなったようだ。タイミング、ボキャブラリーの豊富さも関係あるのかなぁ~。
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雨「メトロミニッツ」2008.12月号より。プレゼント音符

年末年始は一年のうちでもっとも贈り物が飛びかう一時期だろう。お歳暮やクリスマス、お年賀、お年玉などが控えているからだ。また、モノではないが、忘年会などもふだんとは違った仲間との交流の機会になる。中には一年頑張った自分へのご褒美を考えている人もいるだろう。

贈り物という文字を見ていたら、そろそろお歳暮を贈らねば、という気になった。今月ならまだ多少とも早期割引があるからだ。さっそくホームページから注文しようと開いたら、思うように注文画面に移動していかない。面倒だ。やはり実際に店に行ってから注文することにした次第。

なんだか横道にそれそうだ。さて、タイトルのフレーズだが、“ハッピーメーター”とは、要するに贈り物をして“とことん喜んでもらおう”ということのようだ。つまりちょっとしたアイデアやほんのひと手間をプラスすればいいわけだが、それがなかなかできないのだ。

ここでは、あるテーマに合わせて様々なアイテムをかき集め、「編集」するという方法を提案していた。相手が喜びそうなテーマに絞っている。たとえば、鍋料理なら土鍋から箸、シイタケなど数点をセットにして贈るというものだった。またお風呂用のグッズを7、8点セットにするなどもある。

きっと個人でなら買わないであろうものをかき集め「編集」するのは、思いやりにもつながりそうだ。相手の趣味を知っていればベターだろうな。もしかしたらそんな気持ちがハッピーメーターを振り切るのかもしれない。それとはまた別に手作りというのもありそうだ。しかしそれらは、さらに手間暇がかかることだけは確かだろう。時間さえあればそれがいちばん面白そうだが・・・
晴れ「アットワンス」2008.11月号より。ポストペン

職場の同僚にもらった初めて目にするフリーペーパーだった。フレーズは「女の目線」というエッセイのなかで、吉元由美さん(作家・作詞家)が述べていたこと。

いつもながら、手紙は書こうとは思いながらも、ついつい電話やメールで済ませてしまうことが多い。しかし、口では思うようには伝えられないものだ。その時になると、適切な言葉が思いつかなかったり。

やはり少し時間をかけてペンで書いた方が確実にこちらの考えが伝わりそうな気もする。そういえば、この1週間に2度ほど手紙を書かねばと思ったことがあった。

一つ目はある知り合いの方から、その人が親しい歌手の新曲が出たのでCDをいただいたからだった。感想をお礼状に書いて送らねばと思いながらも日が経ってしまったので、留守電に入れただけになってしまった。

二つ目は私の友人が10冊目の単行本を出版したので、彼を通じて1冊購入したので、その感想を書いて送らねばと思っていたのだ。しかし、まだ読み終わっていない。今度こそ書いて送らねば。

吉元さんはさらに、「手紙は不思議なもので、人と人の距離を数行にして縮めてしまう力を持っている」と述べていた。もちろんそこには心をこめて書くことが必要だろうが。それでそこ手紙は雄弁になるのだろう・・・な。
曇「人を10分ひきつける話す力」齋藤孝著より。退屈クリップ

会議に出席することイコール、リングに上ることということになる。短いが実にインパクトがあるフレーズに思えた次第。

会議というとなんだか時間がかかりそうなイメージがある。時には気が滅入ることもあった。むしろ楽しい会議などは稀だろう。

会議は要するになにかアイデアを出して決定、または通達するために開催されることが多い。それなりに情報をしっかりと持って出席しないと、つまりノーガードではすぐに攻撃されてしまう。

リングに登場するメンバーや議題によって会議もさまざまだから日頃からの心構え次第かな。ネタの準備は十分か、アイデアは持っているかを事前にチェックしておかねばならない・・・な。(打たれてもしっかりと打ち返せるように・・・)
雨「人を10分ひきつける話す力」齋藤孝著より。グー注意

もちろんこれは人前で話をする場合のことだ。もし抽象的なタイトルや平凡なタイトルだと、もうそれだけで聞いてみようとは思わない。似たようなテーマで話をされても、きっと内容も似たり寄ったりではないかと思ってしまうもの。

当り前のことを話しをしても、それはそうだよね、というレベルで終わってしまう。抽象的で大ざっぱな言葉を使っているのは本人もしっかりと理解してない証拠だろう。

できるだけ手垢にまみれてない言葉で話したいもの。やはり何か新しいことを話そうという意識が大事なようだ。齋藤氏は、とりあえず奇をてらってみるのがいいとすすめる。つまり人と同じことは言わないぞという心構えがポイントだった。

そこで、相手にメッセージを残すためにはいいたいことをキャッチフレーズ化・格言化するといいようだ。そうすれば、話の内容は忘れても印象的なフレーズだけが残るからだった。

齋藤氏は自身の例を引き合いに出していた。「自分を元気づけるためには自画自賛するのがいい」ということを伝えるために、「自画自賛力」というキャッチフレーズを作っている。これなら、短くて覚えやすそうだ・・・な。
晴れ「君を、つらぬこう。」中谷彰宏著より。お金お札

筆者は30代、40代は苦しいのが当たり前と考えるべきだという。世界中、古今東西を見ても、30代、40代で生活が楽な国はないようだ。それは「緊急ではないが、重要なこと」をやっているからだった。

若いころはあれもこれもと、しなければならないことが多くて、出費もかさむものだ。金銭的に豊かになってから、「緊急ではないが、重要なこと」をやるのではなかった。

そういえば、先日、ある60代半ばの方と話していたら、若いころ(20代~40代)は生活が苦しかったが、今の方が子どもたちも独立して、かえって楽に暮らせているという。特別に贅沢をしようと思わなければ、快適だと語っていた。

やや関係ないが、20代の終わり頃やったある占い(生年月日や名前を元にしたものだった)が忘れられない。そこには“あなたはあまりお金に苦労することはない。しかし若い頃には財をなせないが、50歳を過ぎてから財をなすことができる・・・”というような意味合いの言葉があった。

その時は、まだ20年も先のことなのでややがっかりしていた覚えがある。しかし、他の占いの言葉はすべて忘れてしまっているのに、この部分だけは都合よく覚えていて、時々思い出していた。そして、実際50代に入ってみても財をなしたかどうかわからない。

もうすぐマイホームのローンも終わる予定だが、だからといって財産が増えるとは思われない。まだこれから先にいいことがあるのだろうか・・・(もっと楽になるのだろうか?)
晴れ「朝日新聞」2008.11.22付けより。すっぱいはてな

今日の“天声人語”のなかにあったこのフレーズがなんだか意味もなく面白く感じた次第。もともとこれは小説家の田辺聖子さんが随筆のなかで書いていたようだ。作家というのは実に短いフレーズで印象に残る言葉を綴ってしまうものだな~。

そもそも今日は11月22日で、語呂あわせから「いい夫婦の日」とされていた。こんな記事があることでふとそれを思い出したが、ほとんど毎年忘れている。知らずのうちにこの語呂合わせの日ももう20年になっていたのだ。

さて、タイトルのフレーズだが、歳をとるにつれてオジサンは自分の砦に立てこもりがちになり、オバサンのほうは残りの人生を楽しもうという傾向があるらしい。思わずうなずいてしまう。

つまりオジサンの多くは自分の趣味の世界、たとえば司馬遼太郎の本の世界に入って男の生き方を学ぼうとするのだろうか。そしてまた、オバサンは渡辺淳一の恋愛小説の世界を夢見るのだろうか。

たとえば、夫は別荘が欲しいと夢見ても、妻は別荘まで言って家事などまっぴらだと考えるらしい。むしろ心安い友達をリゾートホテルのほうがずっといいようだ。(現実的だな。でもこれは外れていないかもしれないな。)

いい夫婦・・・永遠のテーマかな~・・・それともほとんどそれには無関心かな~(私ですが)。
晴れ「JAF Mate」2008.12月号より。グー足

食事量を減らしたり、ウォーキングに励んでも、やせてこないという人もいるらしい。その原因は筋肉の衰えが原因かもしれないと石井直方さんは語る。

(石井さんは東大大学院の教授で、若いころはボディビルダーとして2回国内優勝、世界選手権で3位の経験を持っている。。時どきマスコミにも登場している。とくに筋肉と肥満の関係に詳しい。)

筋肉が減ると安静時代謝が下がってしまい、肥満やメタボを招いてしまうという。そして筋肉が減ってくればその分脂肪が使われなくなり、身体がダブついてしまうのだった。だから、筋肉をつけることはダイエットには有効なようだ。しかも氏は体脂肪を効率よく落とす身体をつくるには、スロートレーニングがいいという。

ひとつの動作に3秒から5秒をかけて、ゆっくりと、常に筋肉に力が入った状態を保つことがコツのようだ。何こともスピードや勢いをつけてやればいいのではなかった。また激しい運動を長くやる必要もないことがわかる。

今日からでも「スロトレ」のエクササイズは始められそうだな。10分間程度で週3回が目標らしい。しかもなんの器具も使わなくてできそうだ。つまり筋肉のエンジンで燃料である脂肪を燃やすということか・・・。