曇「暮らしの風」2008.11月号より。クール

これもたまたま昨日触れたタイトルと似通っていたので気になった次第。今月のテーマとして“捨てられないもの”というものだった。投書によるものがいくつか掲載されていた。

その中の一つに「息子の手作りの品」というタイトルである主婦の方が書いていた。そのなかのワンフレーズだった。この人の息子が小学生のときに、家庭科で使うから厚い布を欲しいと言われ渡したのがスカートの余り布だった。

すると作ってきたのが、鍋つかみだったという。それは思いがけない母の日のプレセントになったようだ。涙が出るほどうれしかったその一品は油まみれになるほど使ったが、どうしても捨てられずに、箱に入れて神棚にしまってあるという。

そして、その男の子は成長していまはコックになっているという。もしかしたら、その頃から鍋つかみを作るほど料理に関心があったのだろうか。やはり真心がこもった手作りの贈り物は汚れたとはいえ、そうそう簡単に捨てられるものではないのでしょうね。

誰にもきっとどうしても捨てられない一品があるものでしょう。それはしばしば心のこもったプレゼントであったり、親や子供からのお土産だったりするもの。私にもきっとどこかにしまいこんでいるものいくつかある・・・な。(ただそれらを取り出してくるのが億劫なだけで・・・)
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曇ホームページの「百式」2008.10.20付けより。本プレゼント

このページをはじめ見た時にいずれ取り上げてみたいと思っていたが、それからかなりの日数が経ってしまった。“My Happy Things.”と英語にするときわめてシンプルになるのもいい。

帽子、人形、ケータイ、コート・・・・その人にとって幸せな思い出がつまったアイテムについて語っている。別に人の思い出話をきいたところでどうということはないだろうが、自分にとってもそんなモノがあるかもしれない。

こんな機会に何かあるだろうかとふだんは忘れているモノを思い起こしてみるのもいいだろう。で、自分にとってなんだろうと思って部屋を見回してみたら、やはりそれは一冊の古本だった。もう10年以上前に新宿の今はない古本屋で見つけた「プレゼント・ブック」(福田繁男著)という一冊で、もう絶版になっていると思われる。

この本の中のワンフレーズ“プレゼントの心は「魔心」”という部分が気に入っている。プレゼントをする際のヒントが述べられていたので、それは自分にとって幸せな言葉にも思えた次第。プレゼント自体が幸せを感じさせるものでもあるかな。

ここには、“本当によろこんでもらえる心”で、考え、創作して贈ろうということが述べられていて実に共感できたものだった。単なる既製品を贈るのではなくオリジナルな遊び心を教えてくれた一冊でもあったな。この本が自分のハッピー・アイテムの一つといっていいだろう。ほかにもまだ探せばあるかも。

幸せな思い出が詰まったアイテムを淡々と紹介する『My Happy Things』
http://www.myhappythings.com/
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晴れ「座右のニーチェ」齋藤孝著より。本角帽

インターネットが発達した現代では、誰もが「ムダな努力」を惜しむようになってきた。事前にあらかじめ検索で調べ上げておけば、失敗やエラーはかなり少なくなるからだ。

しかし、齋藤氏は本当の喜びや感動はそこからは生まれにくいという。便利になれば、なるほど逆に失われる感動もあるようだ。ベストセラーやランキングに表れているものだけをチョイスして読んだり、買ったりするのは一見効率がよさそうだが、ただ消費しているだけにさえ思えてくる。

自分の足で歩いて偶然発見した(自分にとって)おいしいレストランは記憶に深く残るに違いない。他人にはありふれてはいても、自分にとってのオンリーワンの店を発見した喜びは、検索ライフからは得られないはず。

手間暇かけたムダ足があるからこそ、発見した時の喜びや感動も大きくなるのではないだろうか。古本屋でたまたま見つけたすでに絶版になった一冊の本も時には輝いて見えるだろう。そんな偶然の出会いは宝と言っていいかもしれない・・・な。
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晴れ「青空の方法」宮沢章夫著より。激怒注意

まずは、混迷をきわめていたWBCの日本代表監督がようやく原監督(巨人)で決着してコミッショナーもほっとしていることだろう。その加藤プロ野球コミッショナーが原監督に頭を下げている写真が今日のホームページに掲載されていた。

原監督は「日本代表は誇りであり、あこがれ。強いチームを作れるよう力になりたい」と抱負を語っっている。さすが若大将!らしい。(とはいってももう50歳だが)そして加藤コミッショナーは「快く引き受けていただき感謝しています。」と述べている。


と、ここまでは偶然ハラつながりの前置きになってしまった。ここでのハラとはハラスメントのことだった。○○ハラという表現になるとなんだか軽い言葉のようにさえ思えるが、いろいろなところで使われている。セクハラがその走りだろうか。

コンピューターが使えない人は「テクノ・ハラスメント」、略して「テクハラ」と呼ぶらしい。上司が部下にその立場を利用して理不尽とも思える圧力をかけるのは「パワハラ」となるのだろう。これらのハラスメントは日本語では優位な立場を悪用し相手に不愉快を与えること、つまり嫌がらせと同じような意味になっている。

宮沢氏は、鉄棒の逆上がりができない者を非難するとき「なんだよおまえ、偉そうにしてるけど、逆上がりもできないくせに」と言えば、「サカハラ」だと応用している。当然冗談だが。いつも時間に遅れてくる人には「おまえはいつも時間に遅れてくるな!」といえば「オソハラ」だろうか。あとどんなハラがあるのだろうか・・・

晴れ曇「座右のニーチェ」齋藤孝著より。雨グッド

実例がいくつか述べられていた。夏目漱石が作家活動を行っていたのは、1905、6年に『吾輩は猫である』を発表してから49歳で亡くなるまでの10年間ほどだった。樋口一葉の作家生活は「奇跡の14か月」と呼ばれるほどごく短い歳月だった。

そういえば、昔の人は平均寿命が短い中でその後の歴史に残るような名作を数多く創作していた。いくら現代の作家が多作でも、ほとんどその死後は時代に埋もれてしまうのではないだろうか。

莫大なセールスを記録しているロックバンド、ビートルズもデビューから解散までの期間はわずか7,8年で、ピークはさらに短かった。日本のGSブームも短かったな。また、GSといっても、それがグループサウンズだと実感できるのも、50代以上の世代に限られるかもしれない。

創作期間は短いものの、その間に作り上げたものは質も高く量もかなりのものだった。量が多いからこそ、質の高いものも生まれたともいえるだろう。

ここに次のような箇所があった。「たとえばまだ駆け出しの頃、あるいは不遇のさなかに、ある仕事をのオファーを受けたとする。そのときどんな意識で仕事をしたかは大きい。・・・」

これは齋藤氏自身の体験が言わせているのだろうと思った次第。現在のような活躍の元は不遇の時代にも耐え、充実した研究の日々をすごしたからだと言えそうだが。
雨「座右のニーチェ」齋藤孝著より。困るコム

べつにニーチェについて予備知識がなくてもお気軽に読める。しかも、この本のサブタイトルがちょっとすごい。“突破力が身につく本”となっていたからだ。

さて、ここには「拍手」につての効用には3つあると書かれていた。たとえば、会議などで人のアイデアが自分のよりおもしろかったとする。

そんなときに人は素直に褒めなかったりする。「アイデアはいいが現実的にはむずかしいね」「思いをいうだけなら簡単だけどね」といった感じで。本当はいいと思っても、嫉妬でそう言ってしまったりする(かもしれない)。

そこで、先に拍手してみると、言葉がそれに引きずられるという。「なかなかいいね」「ああ、それはいえてる」などと。つまり肯定から入ることができるというわけだ。

ということで、「拍手」の3つの効用とは、1、場が盛り上がる。空気がにぎやかになる。2、褒められた側が気分がいい。褒めてくれた人に対して自然と好意を持つ。3、拍手をすると嫉妬の泥沼から抜け出すことができる。

ふつう自然には拍手ができないもの。ということは意識的に身体の習慣として覚えておくことが必要そうだ。まずは、素晴らしいブログ(日記)を読んだら練習してみるかな・・・
曇「文藝春秋」2008.10月号より。酔払い星

今月13日の日記では久石氏の著書からのフレーズをとりあげていたので、今年の夏に大ヒットした映画「崖の上のポニョ」の曲がどうやって生まれたのかがちょっと気になっていた。すると、ここに最近のエッセイがあったのだ。題して『「ポニョ」が閃いた瞬間』。

たとえ、あの映画を見ていない人でもテレビやラジオから流れてきた「ポ~ニョ、ポニョポニョ~♪」の言葉を耳にした人は多いに違いない。しかも数回聞くと頭に残ってしまったり。

それは意外にも苦労の末生まれたものではなかったようだ。そのことについては次のように語っている。「二年前の秋、武蔵野の緑に囲まれたスタジオジブリの一室。宮崎駿監督が映画の構想を熱く語っている。その言葉に耳を傾けていると、僕の頭に突然メロディが浮かんだ。ソーミ、ドーソソソと下がっていくシンプルな旋律。」

映画の座の中心は監督で、その意見は絶対なもの。そして周囲には多くのスタッフがいる。音楽もさまざまな制約を余儀なくされる。そんな彼らと激しい意見の交換をすることが、予定調和に終わらない、思わぬ発想を得られる機会だという。それこそが面白いところらしい。

一般に創作というと、無から有を生み出すようなイメージがあるが実際それは無理な話だろう。久石氏は次のように述べていた。「聞いたもの、見たもの、読んだもの。そうした経験を創り手の個性を通過させ、新たにできあがった結晶が作品と呼ばれる・・・・」と。

ということは一見、すぐに閃いたような作品もそれまでの長年にわたる多くの知識、経験などの蓄積があってこそだということがわかる。
雨「文藝春秋」2008.10月号より。野球笑顔

これはもう現役を引退してからかなりの年数が経っている元プロ野球投手の村田兆治さん自身の言葉だった。村田さんは今年59歳になる団塊の世代の一人だが、今でも現役時代に遜色ない球を投げたくて毎日トレーニングを繰り返している。

それは、いったい何のためだろう、と誰もが思うに違いない。ただ自身の健康のためなどということではなかった。現在、離島の子どもたち同士が野球を通して、夢と目標を抱いてほしいとの願いからその活動に力を注いでいた。

そこでは子どもたちに感動を与えるためには本気の球を投げることだと知っていたのだ。実際にマサカリ投法で投げると、子どもたちの目も輝いたようだ。子供たちに本気になっていろいろ学んで成長してほしいと願うからこそ自身も本気に体を鍛えていたのだった。

そして、今年の7月27、28日には伊豆大島で第一回「全国離島交流中学生野球大会」が開催されていた。そもそも離島に思いを持ち始めたのはマウンドを去った翌年、平成三年の秋に新潟県のある島の小学校に講師として招かれ、野球のコーチをする機会があってからだという。

かなりの年数を経て、いろいろな苦労の末、離島甲子園は実現している。子どもに夢を与えたいという強い思いが実現したようだが、村田氏にとってはこの継続はチャレンジでもあるようだ。「人生に引退はない」、「団塊の世代はいまだ人生というマウンドに立っている現役投手なのだ」という氏自身の言葉は力強い。なお、氏の信条は「人生先発完投」だった。
雨「R25」2008.10.9号より。ウインクペン鉛筆

これも前日と同じコーナーにあったコラムだが、ベストセラー作家の清水義範さんが語っていた中にあったもの。氏の書くジャンルは実に幅広い。ユーモア小説からノンフィクション、エッセイまである。その中には『スラスラ書ける!ビジネス文書』(講談社現代新書)などもあった。

ここでは、相手の心を動かすためのプラスαの文章術について触れていた。ビジネス文書には、たいてい立場の上下関係がともなうもの。上司へ、部下へ、得意先へ、取引先へ、などだ。

そんな中で、とくに若い人の場合は情熱と誠意が武器になるという。さらに同時に加えたいのが「かわいげ」だった。一体それは、どういうものだろう、と気になった次第。これはオヤジでも使えそうだが。

例があった。「先月伺ったあの話を社内で話したら大評判でした」、「子どものころ、貴社のCMが大好きで、テレビの前でよく歌っていました」と書いてあれば、相手は決して嫌な気持ちにはならないだろう。つまり「かわいげ」は自分らしさの演出だった。

まあ、ビジネスではそれをどう表現できるかが問題だろうが、口に出して会話の中にはさみこんでもイケそうな気もするが。ただし文章と違ってすぐに消えてしまうのも欠点かも。いずれにしても、作り話では意味がない、本心でないと・・・な。
曇「R25」2008.10.9号より。ペン鉛筆

ここにはやや長いタイトルがつけられていた。「言いたいことを100%伝える!文章偏差値UP術」と。要するに文章力をアップするにはどうしたらいいのだろう、ということらしい。

山田ズーニーさんがちょっと参考になりそうなことを書いていた。山田さんは「進研ゼミ」の小論文編集長を経て独立している。『伝わる。揺さぶる!文章を書く』(PHP新書)の著書もある。

その文章を構成する基本要素は「論点」「意見」「論拠」の3つだという。「論点」とは文章を書く問題意識。「意見」とは一番いいたいこと。「論拠」とは意見の正当性示す根拠を指していた。

「良い文書」って何かを山田先生に問いかければ、「ズバリ!“機能する”文章」だという。とくにビジネス文書の場合は必要とされるところだろう。報告、依頼、相談、謝罪、御礼など考えればわかる。文章がうまいかヘタかよりも、目的が十分達成されたかどうかだった。

最後に山田さんが大学受験の小論文を採点する教授に取材したとき、「合否の最大のポイントは何か?」と聞くと、「読後感」だと答えたそうだ。何か伝わってくるものがあるかどうか、ということかな。つまり、それがタイトルにあげたフレーズかも・・・