晴れウェブサイトの「百式」2008.7.25付けより。驚きアメリカ

へ~こんなものまで商売になってしまうのかと、ちょっと驚いた次第。ある親子と子供二人で運営されているサイトの紹介だった。そこでは子供が描いたいろんな落書きをぬいぐるみにして販売している。

素朴でシンプルで親しみやすい感じがする。これらの作品はサイトを運営する子供たちが描いた絵からのものだろうか。それとも一般の子ともたちが描いた落書きを公募してぬいぐるみ作品に仕上げてくれるのだろうか。

もし後者の方なら面白いビジネスとも思える。落書きという平面のものを立体にすると実に臨場感があって面白い。子供たちも自分の描いたものが、手に持てるほどのモノになればびっくり、そして感動かもしれない。

世界でたった一つのものが手に入る喜びは親も同じだろう。こんなものの応用で違ったビジネスが考えらないだろうか。作品の見本は下記のホームページからどうぞ。
http://www.lizettegreco.com/
AD
曇「R25」2008.7.17号より。野球びっくり1

現在の注目の的は日米通算3000本安打を達成したばかりのイチロー選手だろう。しかしここではメジャー2年目の松坂大輔投手のことだった。むしろ、松坂は安定しているためか去年ほど注目されていないようだ。

今季は開幕から負け知らずで8勝をマークしている。現在まで11勝はかなりすごい。(28日、エンゼルス戦に先発したが、六回途中6失点でKOされ、今季2敗目を喫していたが)昨年に比べて内容がかなり向上しているのは数字を見るとわかる。

被打率というのがあるが、これは文字どおりヒットを打たれる確率のことだが、昨季は2割4分6厘だったのが、今季は1割9分5厘に改善しているという。つまり修正能力が上がっていることを示すものだろう。

ということは好投手の条件を満たしているともいえるようだ。被本塁打率も下がってる。昨季の反省点を改善し誤りを繰り返さないという強い気持ちの表れだろう。その決め手はカットボールらしい。(どんな種類かよくわからないが)

また昨年ほど騒がれなくなっているのもいいのだろうか。これからもどんどん勝ち星を増やしてほしいものだ。イチロー選手もスランプの期間が短いのは当然ながら「修正能力」が優れているからに違いない。 つまりそれが一流選手の証明かな。
AD
晴れ「ビジネス脳を磨く」小阪裕司著より。家風鈴

まず、あの店とは「ヴィレッジ・ヴァンガード」のことだった。今日現在全国で265店舗がある。この店の名前を聞いたのはもう何年も前のことだったが、行ってみたのは最近になってからだった。お客さんは圧倒的に若い人が多い。

コンセプトは遊べる本屋とはなっているが、本よりも雑貨の方が多い。昔ながらのお菓子が並んでいたり、いきなり駄菓子屋に入ったようにも思える。時計やゲームやDVDやいろいろな食品までも置かれている。

また本にしてもかなりマニアックな芸術関連のものがあったりする。新宿の店には渋澤龍彦の著書が数十冊も並んでいたので、この作家に強く関心がある職場の同僚にケータイで撮った写真を見せてあげた。すると、まだ読んだことのない本があるといって喜ばれたのだ。

この店では他の書店では目立たないような本もまとめてあり、それが売れるようだ。こんなことろが感性情報デザインの妙というのだろう。この店は慣れないとどこに何が置いてあるのかもわかりにくい。しかし、実はその中から発見することや意外なものとの出会いが楽しいのだろう。(ドンキホーテもやや似ているが)

地元にもこの店はあるが、当然品揃えはかなり異なっている。だからこそ楽しいのかもしれない。たとえこの店がウケているからといって、似たような店を作っても同じように売れるとは限らないだろう。結局はしっかりした店独自のポリシーがないとお客さんもついてこないだろうし・・・
AD
曇「ビジネス脳を磨く」小阪裕司著より。オレジューひまわり

フレーズというよりむしろ初めてみたこの言葉が気になった次第。この言葉は感性社会におけるビジネスでの最重要なキーワードらしい。つまりお客さんの感性に向けて発信する情報を変えることで(要するにこのことをデザインと表現しているのだろう)、お客さんの心の中に価値が生まれてくるということだった。

するとお客さんの消費行動が変わってきて、結果として売り上げが増えてくるということになる。仕事上で感性情報をいかうまくデザインできるかがポイントのようだ。

といっても言葉では抽象的にになってわかりにくいので、ここにあった実例を上げてみよう。店頭のPOPのツールに書かれた情報によってかなり変化があることがわかる。防水スプレーの例だった。雨の季節には売れるだろうが、通常の月には売れるものではない。

はじめにPOPが「防水スプレー980円」とだけ書かれたままだった時は、1か月で0本だった。それが、「水滴がほかの類似商品よりきれいに丸くなるイラストを添えた場合、8本が売れたのだ。

次に忘年会のシーズンにPOPを「忘年会でビールをこぼさない自信がありますか?」としたら100本売れたという。また、年が明けたら今度は「あっこぼしちゃった。せっかくの新年会を台無しにしたくないあなたに」と書いたら同じように売れ続けたという。

これは一例だが、その場その場で的確に状況判断をしながらお客さんにアピールすれば、それなりに大きいい効果が表れるということだろう。それが意外にできそうでできないことかも。
曇「R25」2008.7.17付けより。星

“しごとの手帖”というコーナーで書道家の武田双雲が言っていること。売れっ子の書道家だ。マスコミへの露出度も高い。33歳という若さでもう頂点を極めてしまったような感じさえある。

「書」が武器とは実に力強い言葉だ。しかも相手の人生が変わるくらい強いメッセージを伝えたいともいう。そして現状を把握することで、自分にしかできない自分色の表現が生まれるというのも彼らしい。

彼は常に強烈な好奇心で人と接して世の中をみているようだ。それにしてもこれほど若くて人気のある書道家は過去にいただろうか。

映画の題字を書くときには監督の世界観や伝えたいこと、観客が何を欲しているかなどを徹底的にスタッフと話し合うという。まさにマーケティングの世界でもあるようだ。

「書」は彼にとってはあくまで武器に過ぎなかった。彼にとって仕事は「書」を通じて人の人生をプラスに変えていくことだと考えている。こんなことをはっきり言えるのは、3歳からずっと書道を続けてきた自信だとも思える。

母親の書道家という仕事を客観的にみられたのは社会人になってからだと述べている。独立してからは8年だった。若くても同じことを30年間続けているからこそ自信をもって言える言葉なのだろう・・・な。
曇「R25」2008.7.17号より。最低コム

最後のページにある石田衣良のエッセイのなかで目にしたワンフレーズだった。いかにも作家らしい表現にも思える。ジーンズは長くはいていると色褪せて、自分だけのものになって味が出てきたりもする。

こんな感覚はスーツのスラックスでは味わえないだろう。若い頃にはジーンズもはいてはいたが、最近はしめつけられるのがいやなのでほどんど身につけたことはない。とくに腹が出ているとジーンズもはきにくいもの。

ジーンズがいいのは丈夫であるここととコンクリートでも草の上でも平気でそのまま座れることだろう。また若い頃油絵を描いていた頃にも絵具がついてもへっちゃらだったもの。まあ作業着だったのかもしれない。

もっとも、人によっては作業着なんてとんでもない、高級品はファッションだと考える人もいるだろう。わざわざ擦り切れたようなものも流行っていたり。石田氏はジーンズ大好き人間らしい。直木賞授賞式パーティーにもブラックジーンズをはいていたという。

思い出せばジーンズをはいていた頃は、胴周りが今より10センチ以上細かったなぁ。まあ、ジーンズははかなくてもそこそこ味のある人生を過ごせたらいいな~とは思ってますがね。(私の場合はいろいろと、よれよれボロボロかな・・・)
晴れ「メトロミニッツ」2008.7.20号より。ウインク

自分が小学生の頃の夏休みは実に長く感じられたものだったが、今の子どもたちにとってはどうなのだろう。習いごとや塾に通っているのだろうか。

藤原新也氏(写真家、作家)のエッセイのなかにあったワンフレーズだった。子どもたちは長い休みと同時にいろいろな宿題も課されていることだろう。

自由研究、図画工作、ポスター、読書感想文なども入っているものだ。それらはしばしば親がかなり手伝って仕上げることもあるだろう。実際うちでも子どもらが小学生のころは手伝わないと始めなかったものだった。

音楽や算数などは妻の叱咤激励でやっていたようだ。私自身は子どもの頃は図工が好きだったので、それらを手伝うこともそれほど苦ではなかったな。しかし、それも限度ものだろう。

すべて親が仕上げたりしたらタイトルに挙げたように親同士の競い合いになってしまう。過剰な手伝いは子どもにとっては決していい結果を残さないだろうな。何ごともほどほどかな。
晴れ「ビジネス脳を磨く」小阪祐司著より。桜びっくり1

このまったく異質に見えるものの一体どこに共通点があるのだろうか、ちょっと気になった次第。花見を楽しむのは日本人だけだそうだ。花は当然桜になるが毎年同じ時期に咲いて珍しくもない。なのになぜその桜の下で宴を開くのだろう。

桜は飽きたから別の木の下で、というわけにはいかない。桜の樹木または花の力だろうか。日本人独特の感性で花見を毎年楽しんでいる。たとえ実際に花見をしなくても花びらがいっせいに散る木の下を通るだけでも気持ちがいいもの。花見で少しづつ変わっているのはメンバーや飲食物ではないだろうか。

劇団四季の「キャッツ」も何年にもわたって同じようなミュージカルを繰り返している(らしい)。実際に見たわけではないが。長年同じ舞台を繰り返しても、リピーターとなるお客さんが大勢いるということだ。

花見と同じように毎年繰り返しても、演出や衣装、舞台装置が常に変わっているようだ。だから、熱心なファンはどこがどう違っているのかを楽しみに来ているのだろう。筆者の奥さんは10年ぶりに「キャッツ」を観たようだが「すごくよかった!でも、前とぜんぜん違う」という感想を漏らしたそうだ。

そういえば、ディズニーリゾートもリピーターで成り立っているのだろう。中身のアトラクションやパレードは常に新しいものが開発されている。だから毎年行くたびに新鮮さが味わえるのだろう。
晴れ「ビジネス脳を磨く」小阪祐司著より。びっくり2キラキラ

しばしば何気なく「感性」という言葉を使っていることがある。ところが、これを英語で表現しようとするとき適切な言葉は見つからないらしい。エモーションやセンシティビティーやデザインでもないようだ。で、国際会議では「KANSEI」と表記されているという。

小阪さんの説明によれば、感性とは人の高次情報処理機能という意味だというが、もう少しわかりやすく言えば、大量に降ってくる情報を複雑に素早く処理できる機能らしい。

たとえば、同じ人を見て「ステキ」「かわいい」と感じる人もいるし、別に何とも感じない人もいるだろうが、それは感性の違いということになるのだろう。またある商品を見て「いいなあ」と思ったり、ある店で過ごして「なごむ」というのも高次情報処理ということになる。

現代は感性社会と言われているが、ビジネスを考えればそこには主に3つの特徴があった。

1、「これをやれば必ずこうなる」というきまりきった解答がないということ。つまり他店で売れている商品を仕入れて並べても同じようには売れるとは限らない、というようなことだった。
2、「今日の解は明日の解ではないこと」社会の変化が早く、商品寿命がどんどん短くなっているからだった。
3、「A社の解はB社の解ではない」重要なのは真似ではなくて「差違」や「らしさ」のほうだった。

感性を自分なりに理解して生かしていくことも、今後仕事を実りあるものにするためには必要なのかもしれない・・・な。
晴れ「朝日新聞、土曜版」2008.7.12付けより。野球チョキ

現在メジャーリーグのカブスで活躍している福留孝介選手についての評価が掲載されていた。今年移籍していきなりオールスターのファン投票(ナショナルリーグ外野手部門)で選ばれたのはそれなりに全米で素晴らしい評価を得ている何よりの証拠でもあろう。

開幕戦での同点本塁打など派手な活躍は印象深いが、何よりも福留らしさが出ているのは出塁率の高さのようだ。4割前後で推移してして、カブスではトップで、ナ・リーグでも上位だった。

それは当然ながら選球眼がよく我慢強くて四球を選べるからだった。こんなこともカブスが首位を走っている原動力ともいえそうだ。打率は2割8分5厘はそれほど目立たない。かつて日本では出塁率がいいという理由ではそれほど高い評価は得られなかったと思える。

通常打者の紹介時には打率、打点、本塁打だが、ニューヨークのあるテレビ局ではそのほか出塁率の数字まで示しているという。安打を多く打って打率をあげたところで、アウトが多ければ出塁率はあがらない。つまり勝利への貢献度では四球を選んだほうが評価されるようだ。

松井秀喜選手も故障に泣かされているが、出塁率は高いほうだ。(膝の手術で今季絶望は残念!)今後は日本人選手は出塁率が高いことでメジャーでは高い評価を受けそうだ。時代の流れで評価基準が変わってきつつあることが感じられる。

そういえば、会社などでの評価基準も時代によって変わるもの。バブル経済全盛期のころは実績・成果主義とかいって結果だけがかなり重きを置かれて評価されてきたが、その弊害も多く指摘されたことも事実だな。

また年功序列や終身雇用制度も過去の言葉になってしまったかな。「アウトにならない技術」・・・勤め人だったら失敗(ヘマ)をしない技術ともなるのだろうか。でも、「可もなく不可もなく」、「細く長く」、「遅れず休まず働かず」も難しそうだが・・・