シャイ いったいこれは何のことだろうと思ってしまう。そこで、さっそくそのウェブサイトを覗いてみた。すると、な~るほど、と思った次第。つまりお金を渡すときには裸のままではちょっと具合が悪い時に入れるポチ袋のようなものだ。お札

一般的には婚礼や香典、お礼、お祝い、お見舞いなどを入れる時に使うが、新年のお年玉を入れる時にもポチ袋は使っている。そのポチ袋のデザインを無料でダウンロードできるサイトでもあったのだ。のりとハサミがあれば簡単にできてしまう。結構いろいろと種類があって見るだけでも楽しい。

と、ここまで書いてきたら、昔流行った『おしりだって洗ってほしい。』(TOTOのウォシュレットのCM、コピーライター仲畑貴志氏による名コピー)を思い出してしまった。もう25年以上前のものだが、まだ覚えている。と言うことはそれだけインパクトが強くていいコピーだったともいえそうだ。

つまり、ここで言うなら“お金だって洋服を着せてほしい!”となるのだろうか。その他に関連したものもあった。例えば下記のものなど。

●本の洋服屋(ブックカバー)●料理の洋服屋(箸袋とランチョンマット)●お金の洋服屋(ポチ袋)●プレゼントの洋服屋(ピローケース)●キャラの洋服屋(アイロンプリントキャラ)●画面の洋服屋(壁紙)●ケータイの洋服屋(待ち受け画面)。

参考までにアドレスをリンクしておこう。もしかしたら新年からさっそく役立つかも。また、このサイトから「本の洋服屋」にリンクしている。すると上記のいろいろなものが無料でダウンロードできてしまう。http://chobitt.com/okane/
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チョキ 「イタリアでうっかりプロ野球選手になっちゃいました」八木虎造著より。野球

この後には「野球って最高のドラマだね」と続いている。この本の帯に萩本欣一さんが書いていたコピーだった。この腰巻の一文を書くには実にふさわしい人選だと思った次第。野球の専門家でもなく作家でもないアマチュア野球監督もしている知名人の欣ちゃんであることがすがすがしい。

以前も八木さんのことについてはこの日記で取り上げたことがあった。(6/5)そしたら今月初めに、なんと本まで出版していたのだ。この本の出版を知ったのは「ゴールデンミニッツ」というフリーペーパーだった。そこには“人生どこでどう転ぶか本当にわからないもので”というタイトルがついていた。

先日、新宿のジュンク堂書店(日本一売り場面積が広い)に行ったら、自然と野球関連のコーナーに足を運んでいたのだ。そこの棚には軽く1000冊を超える野球に関する本や雑誌が並んでいた。そして、八木さんの著書は平積みになっていた。

左隣りには「野村ノート」(野村克也著)があり、右隣りには野球翻訳本があってその隣には「星野流」(星野仙一著)があった。つまり、なんと八木さんの著書は野村氏と星野氏と肩を並べているではないか!これはちょっとした驚きでもあった。

内容からは汗と埃で泥まみれになっている様子と家庭的な雰囲気が伝わってくる日記のような感じでもあった。エピローグの最後のセンテンスには「僕と一緒に世界を回ろう」とある。それはいいメッセージもあると思えた。日本の野球経験者なら野球開発途上国に行けば、日本野球道の指導者になれそうだ。

世界にもっと野球を広めれば、北京五輪後にもいずれ野球が正式種目として復活できるかもしれない。野球が世界でもっと活発になって盛り上がれば、サッカーのようにワールドカップも夢ではなさそうだ。もし将来それが実現すれば、八木さんは“世界野球評論家”の第一人者の資格はありそうだ・・・な。
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驚き 「R25」2007.12.20号より。野球

ここで、「ねんぱい」と打ち込んで変換したらいきなり「年配」と出てきた。お年寄りをイメージしてしまう。実際は「年輩」だったのだ。しかし、意味を調べてみるとどちらも大した差はないようだ。つまらない前置きになってしまった。

若い人でも「昔はよかった・・・」などという言葉を耳にすることがある。その人にとっての昔っていったい何年前のことだろうといつも思ってしまう。60代、70代以上の人が昔を振り返るというのならわかる。それにしても、昔はよかったということにはいろいろな意味合いが含まれていそうだ。

精神科医の香山リカ先生によると、「年齢を重ねると今の時代についていけなくなるのではないか、という不安になる・・・」そうだ。それは理解できることでもあるな。そう考えれば、若かったころはそんな不安もなくよかったと思えたりするものだな。

また、べつなところでは「オレはお前が知らないいい時代や大変な時代も知っているんだ」と優越感も感じる一面もあるようだ。それも納得できる。

振り返ってみれば、今では引退後の現監督としてしか知らないホークスの王監督や長嶋氏がONと呼ばれていたころの現役時代を知っているのは、やや年輩者の特権にさえ思えてくるな。また大打者だった野村監督や熱血投手だった星野日本代表監督の現役時代も思い出すことができる。三冠王を三度獲得した落合監督の現役時代も懐かしい。

今の若者にとってはメジャーで活躍するイチロー選手や松井選手をリアルタイムで観たことが自慢できることだろうか。時には昔を懐かしがることは、人生のスパイスとしてもいいようだ。まあ、あわただしいこの時代、昔を懐かしむほどの余裕があればいい方かもしれませんがね・・・
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曇 「人脈より人望のある人が成功する」中谷彰宏著より。驚き

たまたま昨日の日記で、アントニオ猪木さんが以前参議院選挙に出馬した時に私も街頭で握手したということを書いていたので、ちょっと気なったフレーズに出くわした。その時の握手では猪木さんの手には力がこもっていなかった、と思っていたがもしかしたらそれは私の勘違いかもしれないと思った次第。

というのも、この本を読んでいたら次のような箇所があったからだ。「格闘技をやっている人と握手をすると、手がやわらかいことに気づきます」とあったのだ。はじめは格闘家なら手がゴツゴツとしていて力強いに違いないという先入観があるもの。

にもかかわらす、意外にソフトな握りだったからだ。中谷氏も空手家の大山倍達さんと握手した時にやわらかだったと振り返っている。相手の手を握ることが握手ではないと中谷氏はいう。大事なのは握手の時に手から出るエネルギーを相手に伝えることらしい。

やはり気のない握手は印象には残らないし、うれしくもないもの。で、いったい私たちはどんな時に握手をするのだろうか。一般的には、数年ぶりにかつて親しかった仲間に再会した時ではないだろうか。「やあ!」「やあ!」などと言いながら自然と手を差し延べる。

それから、別れのセレモニーの時でも握手を交わすときはある。たとえば、卒業していく時など、「じゃあ、元気で!」「またいつか会おう!」と言う言葉とともに手をギュッと握りあったこともあったな。しかしその後再会はできず、年賀状だけの付き合いの人も多い。

選挙運動での候補者は握手と言うスキンシップを通して一票の獲得を祈っているのだろう。やはり気のない握手では気持ちは伝わらないだろう。手には力が入っていなくても包み込む力があるかどうかだな。ちょっとした握手もおろそかにできない・・・か。
うるうる 「R25」2007.12.20号より。マル

インタビュー記事のなかでアントニオ猪木が言っていた言葉。彼がいうと何となくそうだろうな~って思えてくる。以前はよく、元気があれば、何でもできる、なんていってたが。

怒った時と笑った時の顔の表情がこれほど極端に異なる人は少なそうだ。かつてプロレスのリングで相手の選手を睨みつけているときはまるで仁王のようにさえ思えた。そして、「なんだコノヤロー、バカヤロー!」と叫んでいたものだった。しかし、テレビのバラエティ番組に出ているときには優しい声で笑顔が絶えない。しかもヘラヘラと笑い続ける。まるで別人だ。

もう、10年以上前だろうか、また別な表情の猪木に接したことがある。それは2度目の選挙戦(参議院選だったろうか)に出馬した時だった。たまたま新宿の東口で回っているとき車から降りて握手をしていたので、私も握手したがその時には陽に焼けてはいたがなんだか疲れきっていたようだった。うつむき加減で握手した手には力がこもっていなかったのだ。私はこれが猪木かよ、と心のなかで思ったものだ。その選挙では落選していた。

現在は総合格闘技戦は当たり前になっているが、そのパイオニアはアントニオ猪木でもあったのだ。選手としては引退したものの、64歳となったいまでもいろいろなものにチャレンジを繰り返している。今はプロデュユーサーとして新団体を設立して旋風を巻き起こそうとしている。

彼自身はめちゃくちゃ運がいいと思っていると語る。それは力道山がわざわざ地球の裏側まで迎えに来てくれたからだという。もし、力道山との出会いがなければ、猪木の名前も存在も知られなかったに違いない。力道山が戦後の日本に元気を与えたように、プロレスがみんなに元気を与えたいという夢を持っているようだ。

猪木の言葉では“細胞にビンタを入れる”と表現している。興行を持続するのは難しいが、ちょっと気を抜けばしぼんでしまう風船に、新しいアイデアと闘いという空気を次々と送り込むことを繰り返すしかないようだ。時には“俺は運がいいんだ!”と思いこむことも有益かも・・・

グッド 「日本人の一年と一生」石井研士著より。足

今朝街やデパートではすっかりクリスマスのデコレーションは取り去られていた。そのかわりに正月向けのお飾りなどが店先には並び始めていた。なんという変わり身の早いことだろう!

すでにかなり前からNHKの紅白歌合戦や民放の格闘技などのテレビ番組は大晦日の(テレビ内の)行事の一つともなっている。個人的には格闘技のほうを毎年見てしまうが。もちろん、そんなテレビ番組には背を向けている人も多いだろう。

大晦日だって仕事をしている人は大勢いる。先ほどのテレビ番組に登場しているメンバーやそれを裏方で支えている多くの人たちでもあるだろう。テレビに限らず、交通機関、流通業の人々も働いている。

そして、「ゆく年、くる年」というテレビ番組があって、年内はお寺の除夜の鐘などを響かせる。また年が変わると画面には多くの人で賑わう神社の風景を映し出す。いかにも正月の雰囲気を感じさせる。

また早朝になると、晴れ着姿の司会者やお笑いタレントたちが正月特集のバラエティ番組を繰り広げる。その半分は暮れのうちに撮りためた録画であろうが。


そして、2日、3日には温かい部屋のなかで、寒い外で行われている『箱根駅伝』を酒を飲みながら眺めて過ごしたり。(これは自分ですが)つまり、初詣以外はテレ寝でだらだらと過ごす日々が、自分の毎年の正月かも・・・

テレビ ウェブサイトの「百式」2007.12.23付けより。オレジュー

実に気になるタイトルがついていた。原題では“Skinny Songs”という言葉が使われている。つまり痩せる歌ということになる。これを聞くときっとダイエットに効きますよ、ということでそんな歌を販売している会社を紹介していた。

ダイエットすることは素晴らしいということを、いろいろな表現でうたい上げている。サンプルの曲が10曲ほどあって、どれも軽いテンポでのりがいい感じになっていた。

一部の歌のタイトルだけ見ても、面白い。Skinny Jeans.(ほっそりしたジーンズ)、Thin!(やせなさい)、Incredible Shrinking Woman.(信じられないほど痩せた女)・・・などとなっている。

歌っているうちに、口ずさんでいるうちに、そうかダイエットしなくちゃ、っていう気持ちになるようだ。やはりダイエットするには習慣化することが必要そうだが、こんな歌が役に立つ人もいるんだろう・・・な。

ご参考までに歌の聴けるサイトのアドレスを書いておこう。

http://www.skinnysongs.com/listen.html
驚き クリスマスイブの今夜、ふと思いついたこと。ケーキ

極めて感覚的なものだが、どちらがより長く楽しめるかと考えた場合やはりクリスマスではないか、と思った次第。実際街にイルミネーションが点灯されるのが11月の第1週目あたりからが多いようだ。そして11月のうちから商店街やデパートでは一斉にクリスマスツリーやデコレーションがあふれ、クリスマスセールも始まる。

それは12月25日までの約1か月半にもおよぶ。12月も半ばを過ぎると、子供たちは今年のサンタには何をねだろうかと、そわそわし始める。それを聞いた親はびくびくし始めるかもしれない。一部の大人たちは場合によってはホテルでディナーショーや食事を楽しんだりもする。

またプレゼントには今年一年がんばった自分にご褒美という口実で自分に買い物をすることも考えられる。そして、家族でクリスマスイブか当日にはケーキやいつもと違った食事を楽しんだりするのだろう。

また26日からは、街はがらっと正月へ向けての雰囲気に包まれる。スーパーやデパート、さらには駅周辺では正月用のしめ縄やお飾りが売り出される。またおせち料理の材料を買い求める人でも店はあふれる。最近ではどこどこのホテルや料亭のおせちも飛ぶように売れている。配達してもらうだけで済んでしまうお手軽おせちでもある。

年が変わって元旦からの数日間はお雑煮やおせち料理を食べて過ごすことが多い。初詣も正月らしさを味わえるひと時だろう。しかし、それも7日までで、正月気分は10日も続かない。しかし、クリスマス時のケーキと比べれば、正月の餅の賞味期限は長く楽しめることは確かだが・・・
笑顔 「メトロミニッツ」2007.12.20号より。!?

要するに手にするモノではなくて、素敵な時間を過ごすということを提案している。その時間は心を揺さぶられるほどの時間であるほど価値があるといえる。もちろんそんな時はタダでは手に入らない。

いろいろなチャンスや経験をプレゼントするとでも言ったらいいだろうか。楽しい時間を共有することでコミュニケーションが生まれる、それこそがギフトだというわけだ。それをビジネスとしているところがあった。「贈りごと」というウェブサイトには例えば次のようなものが提案されていた。

「浅草・老舗料亭で味わう会席料理と江戸文化」の商品内容は「茶寮一松会席料理(2名様・個室)、食事の途中で、“振袖さん”の優美な舞を鑑賞できる。人力車での浅草観光・浅草土産」。所要時間は3時間。

「恵比寿・プライベートダンスレッスン」では「クラブモニカ」貸し切りスタジオでのダンスレッスン(90分)(2名様 ソシアル・サルサ・フラからお選びいただく)レッスン後の会員専用ラウンジ使用料及びお飲み物代、記念写真。

もうひとつおまけに、「トップツアープロコーチ谷将貴のプライベートゴルフレッスン」には次のようなコピーがあった。「あなたが持っているゴルフの悩みを解消し、正しいスイングでスコアアップが期待できるほかにはないプライベートレッスンです。」内容は「練習場レッスン(ドライビングレンジ・アプローチ・パター)&9Hコースレッスン」となっていた。

これらはごく一部。気になるプレゼントの価格は言わぬが花かも。もちろん、モノではなくコトを贈ろうと思えば、そのアイデアは無限にあるだろう。いい思い出はかなりのプレゼントになりそう。しかし、そのお返しも当然必要でしょうね・・・
雨 「メトロポリターナ」2007.12.16号より。ダッシュ

言うまでもなく、パソコンやケータイはどんどん進化して高機能になっていることは実感できる。あっても実際はほとんど使っていない機能ばかり増えて使いこなせていないというのが実情だろう。ブログにしてもあってもほとんど使っていない機能が増えたり減ったりしている。まあ、これはタダで使わせてもらっているわけだから文句も言えないが。

進化しているのはケータイやパソコンばかりではなかった。もっと生活に密着している家電製品も知らないうちに驚くほど進化をとげていたのだ。家電製品の購入は故障したときや転居、結婚などのときと相場が決まっていた。しかし、最近では独身OLの皆さんは高機能の家電製品を求め始めているという。

そうそう、ここでの特集は「ひと味違う!私へのごほうびはコレ」だった。その選択肢の一つとして、「超・進化家電はいかかだろう」というもの。炊飯ジャーなら、今まではご飯が炊ければそれでよかった。しかし、これからはよりおいしく炊けなければだめなのだ。やはり、高価なお釜を使ったものはそれなりの値段はするか。

掃除機も同様で、ただホコリを吸いとれればいいのではない。今は空気清浄機付きの掃除機までできていた。ここに紹介されていたのは、サイクロン掃除機といって、“吸引した空気を多重構造の空気清浄システムを採用。また、空気清浄モードを搭載し、お掃除後にはお部屋の空気もクリーンに、”などというコピーがあった。

今までは何をどれだけ安く買えたかでお得気分を味わっていたが、今後は家電のトレンドは安さを競うのではなく、質の向上に向かっているようだ。暮らしを豊かにするには、超・進化家電もその一つの選択肢というわけだろうか。う~む、まだまだ知らないことばかり・・・