うるうる 「R25」2007.11.22号より。学校

読んでいくと、次の箇所がある。「高校2年生のときプロボクサーとしてデビューし、11試合戦っている」これは先般いろいろ話題に上っていた亀田兄弟のことではない。なんと世界的建築家の安藤忠雄さんのことだった。

大学の専門的な教育も受けていない。しかし、東京大学の教授にも就任したり、イエール大学、コロンビア大学、ハーバード大学でも客員教授を歴任している。10代より建築に興味を持ち、独学だった。プロボクサーを経て20代半ばで世界を放浪していた。

ピューリッアー美術館(アメリカ)や表参道ヒルズ(東京)なども安藤氏の設計だった。今、氏は東京港の埋立地33ヘクタール(東京ドーム約19個分)の広さに植樹をして「海の森」を作る構想をしている。また東京都内にも100万本の街路樹を植え緑でいっぱいにしたいという構想も持っている。

そして、すでに「緑の東京募金」というプロジェクトもスタートしている。その中心が安藤氏だった。この計画は10年はかかるそうだ。こんな仕事で大切なのは構想力と実行力だという。

建築家は構想したものを、誰かと共同で作り上げていかねばならない。だからそこには実行する意志が必要になる。決して一人ではできない。“本当にできるの?”っていうことをやるのは勇気ある行動が必要なのだろう。それでこそ人に感動を与え面白がらせられるに違いない。

とても平凡な人生を歩んできた人には考えられないことを成し遂げてしまうのには、生まれつき持っている強い意志とその後の実績という自信の裏付けがあるからなのだろう・・・な。
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曇 「R25」2007.11.22号より。バス

“バス旅”とはいっても、観光バスでの旅行ではなく、ここではもっと身近にある路線バスのちょっとした旅気分のようなものを意味していた。都内で急いでいるときは、だいたい電車を利用する方が間違いなく予定時間に目的地に着ける。地下鉄もかなり網の目のように張り巡らされているので便利な乗り物だ。

しかし、たまに場所によってはバスでなければ近づけないところもある。また、いつもは電車で行くところをバスに乗ってみると、意外に知らない地名(バス停)がアナウンスされたりする。それから路線バスによっては、よくこんな狭い商店街や住宅街を走れるものだと、その運転士のドライビングテクニックに感心したり、スリルを味わったりもしたことはある。

川が流れていないのに○○橋とかそこにある会社や学校の旧名での呼び名がバス停の名称になっているところもあって面白い。そんなところにも街の歴史を感じたり。しかも、信号以外でも2、3分おきに停車するので窓からもゆっくり風景や商店の看板などが眺められる。

私も今は自宅と駅の間はバスを利用しているが、乗客の顔だけは見覚えてしまう。そんな知った顔も時間帯や経た年数でも変わっていく。学生だった若者がやがて社会人となり、数年するとその顔もいつしか見えなくなっている。どこかへ転勤でもしたのだろうか、結婚でもしたのだろうかなどと勝手な想像してしまう。

当たり前のことだが、人が成長した分だけ自分だって歳を重ねている。バスに乗っている時の方が、電車に乗っている時よりいろいろと発見がありそうだ。電車だとついつい居眠りをしてしまう。たまにはバスに揺られながらその日の日記のネタなども考えることもあるな。もしかしたら、これもそうだったろうか・・・
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コム 「JAF Mate」2007.12月号より。OK

インタビュー記事のなかで、うつみ宮土理さんが言っていたこと。しばしばテレビや雑誌のなかでも彼女は韓流スターや韓国のドラマが好きだと述べていた。しかも、その影響もあって韓国に留学までしてしまっている。

韓国ドラマが好きになったら、韓国の文化をもっと勉強したいと思うようになったという。そして、思い立ったらすぐに実行に移してしまうのが、自分の性格らしい。だから、石橋など叩いている暇はないのかもしれない。

実に自由に思うまま生きているようにも思える。ある意味、チャレンジ精神が旺盛な人だともいえそうだ。ある程度の歳を重ねても夢を追い続けるのは若さを保つ秘訣かもしれない。だからこそ、昨年は「グッドエイジャー賞」を受賞しているのだろう。

この賞の歴史はまだ浅い。中高年になっても、積極的に挑戦し、人生を楽しむ人に与えられている。2004年以来、毎年男女一名づつが選出されている。うつみさんと同時に映画監督の奥田瑛二さんが受賞していた。なお、今年は野球解説者の福本豊さん、女優の鳳蘭さんだった。

ほとんどの人は石橋を叩いているうちに歳をとってしまうのかな~~。夢や希望を失いがちだ。それを世の中のせいにしてはいけないのかな。たとえグッドエイジャーになれなくても、中日の落合監督ではないが、せめて“オレ流”で生きられればいいんだがなぁ・・・
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眠い 「産経新聞」2007.11.16付けより。音符

たまたまこの日の新聞には私にとって、ちょっと気になるフレーズが3つあった。これがその3つ目だった。「私の失敗」というコラムの中で、タレントの桂小金治(81)さんが父親から言われた言葉だった。

彼が10歳のころハーモニカが欲しくて父親にねだったら、「なんで?」と訊かれたのだ。「いい音がするからだよ」とせがむと、父はいきなり神棚の榊の葉を一枚むしって、目の前に突き出し「いい音ならこれで出せ」と言ったのだ。

「鳴るわけないじゃないか」と不満を口にすると、父親は唇に当てて素晴らしい音色で『故郷』を奏で始めたのだ。そのとき、こんな葉っぱでこんないい音がするんだとびっくりした、と思いだしている。その後小金治さんは3日練習したが音が出なくてふてくされてしまった。

すると父親が次のように言ったのだ。「努力まではみんなするんだよ。そこで止めたらドングリの背比べ。一歩抜きんでるためには努力の上に辛抱という棒を立てるんだ。この棒に花が咲くんだよ。辛抱できないやつは意気地なしだ。やるからには続けろ」

これらの言葉が胸に突き刺さって、殴られるよりもショックだったという。そして中途半端な自分が恥ずかしくなったと述懐している。悔しくて毎日練習をしていると10日目に、突然「ぴー」と音が鳴ったのだ。するとおやじさんがほめてくれてうれしかったようだ。うれしかったが、そればかりか、翌朝目を覚ますと枕元にハーモニカが置いてあったのだ。

それを母親に伝えると、「3日も前に買ってあったよ」という言葉が返ってきたのだ。今度は小金治さんが「なんで?」と母親に訊いたのだ。すると「父ちゃんが言ってたよ『あの子はきっと吹ける』って」と母親は答えている。このとき彼は涙が止まらなかったという。そして、人に信じられることのうれしさを実感している。

そういえば、子供のころいろんな草や木の葉を丸めたり折ったりして草笛を鳴らしたことはあったな、でも曲を吹くまではやったことがなかった。今の子供たちは、そんな素朴な遊びはきっと知らないだろうな。古き良き時代だった。現在はそもそも身近に自然がなくなっているしな~
ウインク 「産経新聞」2007.11.16付けより。プレゼント

前日は大阪出身の若い女性からフリーペーパーへの投稿だったが、今日の記事は同じく大阪のYさん(72歳)から新聞への投稿記事を取り上げてみよう。この方は元短大非常勤講師となっていたが、30代後半に米国に渡った時の日米の贈り物の違いに驚いていた。

米国では、クリスマスと誕生日のプレゼントが大切にされるという。そして、この女性の記憶に残っている最高のものが書かれていた。それは、お隣に住んでいたエンジニアが妻に贈ったクリスマスプレゼントだった。

そのエンジニア氏は「世界で一つのものが最高のプレゼント」と信じていたようで、このYさんの家のミシンで、ジャケットづくりに挑戦していたのだ。仕事を終えると、妻には残業すると偽って、こっそりYさんの家に直行し毎日ミシンを踏んでいた。

いったいどれくらいの期間かかったかは書かれていないが、完成したときの彼の表情は忘れられないという。Yさんは彼の妻への大きな愛を感じてうらやましくなったことを、はっきりと思い出しながら投稿したようだ。

今の世の中、なんでもスピード時代で、たんにお金をかけてお手軽なものに手を出しがちだが、時間をかけた手作りのものには金額以上の価値があることを思い出させてくれる。というわけで、今年もハンドメイドのオリジナルクリスマスカードを作らねばなぁ・・・
初心者 「メトロポリターナ」2007.11月特別号より。新幹線

そのあとには次のように続く。「~やっぱり東京のオジサンは違う、と感激。」これは“ちょっと素敵なオジサンの話”(やさしいひと言、さりげない気遣いがうれしい)をOLの皆さんに投稿してもらったなかの一つだった。

このエピソードは、26歳の大阪の女性からの投稿で、就職のために大阪から出てきたばかりのときのこと。駅で切符を買おうと財布からお金を出した時に、5円玉を落としてしまった。

そのとき、近くにいた50代後半のオジサンが拾ってくれて「ご縁がありますように」と5円玉を手渡してくれたという。それで、タイトルにあげたフレーズにと続いている。

本当に感激した証拠に、大阪の友達みんなに電話してる。なぜか大阪では「オッチャン」、が東京では「オジサン」という表現になっているだけでも面白い。

私だったら転がり落ちた五円玉をとっさに拾ってあげられるだろうか。(それは相手次第かな・・・な~んて考えるようじゃ、オジンまたはオヤジと言われても仕方がないか・・・。)

自分が経験して、記憶に残っている素敵なワンシーン、それはちょっとした自分のなかの宝物かもしれないな。(なんだか、どこかの宣伝コピーのようになってしまった・・・な。)
地球 「産経新聞」2007.11.16日付けより。お茶

たまたま、昨日まで木に関連する日記を書いていたので、ついでに先週新聞にあった気になる記事を思い出した。せっかく数百年の風雪にじっと耐えてきた巨木が伐採されてしまうのは、残念なことですね。

巨木は同じ場所に人間の寿命の数倍、数十倍も生きてきたものもあるでしょう。もうそれだけでも尊敬したくなってしまいます。地元の市にも幹の周囲が5、6メートルほどもあるハルニレやケヤキがあり県の指定記念樹ともなっていました。

環境省が平成12年に実施した調査によると、「地上130センチの位置で幹の円周が3メートル以上」の巨木は6万4479本で、そのうち東京都が3799本で最も多かったという結果でした。以下は茨城、千葉、新潟、静岡がベスト5でした。

これはちょっと意外な結果ですね。その理由は東京には精力的に調査をした人や関心がある人が多かったこと、及び歴史がある屋敷が多かったことなどが推測されるようです。

また一方、林業が盛んな地方では巨木に育つ前に材木として利用してしまうことも巨木が少ないことの理由と考えられています。明治神宮や新宿御苑にもかなり沢山の大木がありますが、これから先数世紀も生き続けるんでしょうね。

人間の寿命の単位ではとても計りきれませんね。樹木のとてつもない底力を感じます。
晴れ 「こぼれ種」青木玉著より。ダッシュ

この季節になると多くの落葉樹は葉を落としている。とくに大きな街路樹がある商店街はその掃除が大変なことだろう。そういえば、自宅のフェンスの外側の夏づたも紅葉して落ち始めていた。数日間は掃除をせねばな。

さて、葉が落ちるのは落葉樹ばかりではなく、芽吹きのころには針葉樹も常緑広葉樹も葉っぱの世代交代をしている。また、サルスベリやプラタナスも晩秋になると樹皮がはがれ落ちてくる。

樹木の中にはイイギリのように自ら伸びすぎた枝を落とすものもあるようです。そして樹木は葉や枝を落としながら腐葉土をその下に作っていたのです。つまり自分でリサイクルを繰り返しているということになりますね。

森や雑木林のなかでは自然のほどよいサイクルで植物が育っていたんですね。確かに、今年の夏ごろ、自宅の庭でも自然にできた腐葉土のあった部分ではミョウガが例年の2倍ほどの大きさに育っているのを見つけて驚きました。
(話がややそれましたが、その時はちょっと得した気分でしたね)
地球 「こぼれ種」青木玉著より。クローバー

そのあとには、次の一文があった。「人もかくてこそ、ちょいとなれるものならあやかりたいと思う木だ。」と。

つまり木について書かれた部分だったのだ。その木とはケヤキ(欅)のことだった。関東地方ではいまちょうどケヤキが紅葉している。日が当たっている街路樹のケヤキ並木は見ごたえがある。

ここには書かれていないが、このケヤキも春には小花が咲き実をつける。しかし、ほとんど見かけるケヤキは大木になっているので、小花や実は目につかない。

自宅の庭の片隅にケヤキの苗が育っていたことがある。もちろん植えた覚えもないのに。きっと鳥によって種が運ばれてきたのだろう。大きくなり過ぎると面倒なので切ってしまったが。

ケヤキは実に有益な樹木だった。古くから家具や神社仏閣の建築に用いられてきている。堅くて丈夫なのが特徴のようだ。磨くと光沢がでて高級家具ともなっている。

ありふれた木ではあるが生きている間は、春の新緑は人の目を楽しませ、また日差しの強いときには日陰を作って癒してくれる。また材としても役に立ってくれるから価値があると言えるのだろう。

蛇足

上記のフレーズはあとから、偶然にも11月2日(母親の)幸田文さんの『木』を取り上げた時の部分ともやや似ていたことに気づいた次第。
そして『木』を連載している時に、最後のとりはケヤキを取り上げるように青木さんは働きかけたと述懐している。しかし最後は「ポプラ」でした。
晴れ 「こぼれ種」青木玉著より。紅葉

まずはじめにこのフレーズが含まれる段落だけ抜き出してみたい。

~~母という感情の苗床には、草の種も花の咲く木も癖のある木もさまざまなものが育ってきた。六十の半ば過ぎ、日常にゆとりが生じて、興味と智識という陽と雨によって、それは一斉に芽吹き、十余年の歳月は『木』という作品にまとまっていった。~~

実に味わい深い比喩がちりばめられている。“感情という苗床”などという表現はなかなか思いつかない。すでに、ご存じの方も多いとは思いますが、この筆者の青木玉さんの母が幸田文でその父が幸田露伴ということになる。さらに、青木さんの長女奈緒さんもまたエッセイストでした。

実に四代も続いてモノ書きを仕事をしているのはちょっと珍しいかもしれない。『木』についてはすでに、今月初旬(11/2)の日記でもそのワンフレーズを取り上げていた。幸田露伴の名前も『五重の塔』という作品名も学生時代から知っているのに読んだことさえなかった。

むしろ、先に幸田文、青木玉、青木奈緒さんらの著書を先に読んでいた。この『こぼれ種』は文庫本ではあるが、植物のカラー写真も多く掲載されており、わかりやすく楽しめた。内容は単に見かけた身近な植物について触れているだけではなく、わざわざ遠くまで取材に出かけ丹念に書かれている。

しかも、その取材の最中にも解説だけでなく自らはどう感じたかも丁寧に述べられている。そして、時おり母親や祖父のことも思い出しながら触れている。そんなところからも肉親への尊敬さえも感じられる。それは抜粋した部分にも感じられた次第。