「R25」2007.9.27号より。

上記のフレーズの“・・・”の部分には”それだけで俺たちみたいな職業にとっては”という言葉が入っていた。これは「オレはオマエをスルーできない!」というコーナーでルー大柴が若者の人生相談に真面目に答えている部分にあったもの。

当然ながら“ルー語”は使ってあった。会社員と違ってタレントはまずウケなければならない。しかも生半可なことではすぐに淘汰されてしまう。彼自身の言葉では「ウケなかったら仕事が来なくなる世界なんだから」と述べている。

スポーツでも芸能でもプロの世界は毎日実力を試されているということだろう。もちろんサービス業だろうとお役人だろうと、職業に就いている人はすべてプロでなければならないだろうが。

もともとこれは大企業に勤める29歳の会社員から寄せられた悩みで「僕の人生このままでいいのかという不安を抱いて迷っている」という。といっても他にどうしてもやりたいことが見つかっているわけもない。

実に贅沢な悩みでもある。そんな安定した生活から比べればタレントにはレールが敷かれているわけでもないからうらやましい限りと実感したのであろう。「僕なんて、この仕事辞めたら、働き口ないですよ。普通の職業でこの歳で雇ってくれるなんてありえないでしょ・・・」

うまく行きすぎた人生を送っていると、それが贅沢であることを忘れてしまうもの・・・かな。ぬるま湯につかっている時ってけっこう気持ちがいいかも。風邪をひかないように用心しなければ・・・
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音譜「R25」2007.9.27号より。はにゃ

そのあとに続くのは「"ルー大柴”になっていた。」だった。もしかしたらご想像どおりだったかもしれない。さらに付け加えるなら彼については、「しつこい」「出しゃばり」「声がでかい」「流れをさえぎる」「アクが強い」「何を言っているのかわからない」「無責任な発言」・・・といろいろと思いあたったがどうだろう。

しかし、それだけ強いキャラクターを植え付けたということはタレントとして成功しているのではないだろうか。要するに、まずは注目されなければタレントとしては存在価値はないのだから。

彼自身も次のように言っている。「おかげさまで嫌われましたよ・・・。15年くらい前は抱かれたくない男や嫌いな男性タレントは全部1位でしたから」と。

まあ、好きか嫌いは人の好みによって異なるだろう。極端な場合は好きなタレントと嫌いなタレント両方の上位に入っていたりする。かつてのタモリがそうではなかったろうか。人によっては知的でいいと思われても、別の人から見れば気持ち悪いとか。

いずれにしてもそれは演出されたものであることは確かなことだろう。34歳でブレイクしていま53歳で再ブレイクの最中。これを彼は奇跡だと言っている。そのきっかけは「ルーブログ」 で使っていた“ルー語”のようだった。(何がチャンスを広げるかわからないもの!)


昨年はスケジュールの大半が白紙だっという。ところが今年は分刻みの超ハードスケジュールだという。彼の言葉では「今年は本当にビジーになり過ぎて、今はピンクレディーの気持ちがよくわかりますよ(笑)・・・」とのことだ。

最近では“ルーマニア”っていうのがいるんですって・・・ね。

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ペン 「万年筆クロニクル」すなみまさみち・古山浩一著より。レター

この本は万年筆好きにはたまらない一冊かもしれない。筆者のすなみさんは、万年筆1万本、シャープペンシルとボールペンを入れると総数1万7千本を超える収集家だ。つまり日本最大の万年筆コレクターで、世界でも10本の指に入るそうだ。

そんな彼に「コレクションとは何か?」という質問に対して次のように答えていた。「コミュニケーションに他ならない。・・・コミュニケーションの深まり無しにコレクションはありえない」。

そして「ただ集めるのはすぐに限界が来る。深い人間関係を築くことこそ重要です」とも述べている。実に味わいのある答えだった。

さて、この本には万年筆への愛情がたっぷりこもっているようだ。万年筆の歴史や豊富な古いカタログやイラストが掲載されて、見ているだけも楽しい。万年筆で書かれた文字にはやはりボールペンや水性ペンとは違った味わいがある。線の太さや細さにも文字の勢いさえ感じられる。

とくに日本語の漢字、かな、カタカナ、さらにアルファベットと様々な文字を表現するには万年筆はいいようだ。とはいっても、私自身もう25年以上は手にしてなかった。デジタル時代だからこそインパクトがありそうだが・・・

(もしこの本をじっくり読んだら万年筆を手にとってみたくなるかも)
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「どらく」(朝日新聞ホームページ)より。

今の最大の楽しみは映画とギャンブルという蛭子能収さんがインタビューに答えていた。その中で「蛭子さんのようにやりたいことを手に入れるには?」という質問があった。

その答えが気になった。それは「人に好かれることですね。」とあった。絶対に反発しないし、相手の言うことも聞くという。そんななかでも、自分のやりたいことを表現するようだ。すると助けてくれる人が出てきて、夢の実現につながってきたと述懐している。

ものごとが実にうまく運ぶようになっているようだが、そのためには初めの部分でかなり自分を殺していかなければならいこともうかがえる。当然人柄もあるだろうが。自然と身に付いた処世術だろうか。

ギャンブルが好きなのは、人の意見が入らず自分の考えだけで推理を展開できるからだという。そう言われればそうかもしれない。

これが順風満帆の蛭子さん独特の幸せ哲学といったところだろうか。
時々数週間まえの日記の記事にコメントをいただくことはあるが、前年の日記にコメントをいただいたのは初めてだった。コメントというよりむしろそれは、言葉のリンクをたどって私の日記記事にたどり着いた宣伝とも言えるものだろう。そこには、次のようにあった。

「こんばんは。(o^-^o) 「みらいぽすと」です!
ハガキや手紙等を未来の自分や大切な人へお届けしております。
今後、財団法人として運営予定です。
よろしければ、HP(http://miraipost.com)をご覧下さい!!」

私の昨年の日記のタイトルには「一年間だけの手紙のタイムカプセルが届いた」と題して書いていた。宣伝とはいっても日記の内容と一致していたので削除する必要も感じない。そしてさっそくそのサイトを開いてみた。

要するに有料でポストカプセルのようなものを運営している会社のようだった。もしかして興味がある方もいらっしゃるかと思ったので、あえて簡単に紹介してみよう。

「・・・・みらいぽすとでは数十年後の未来にハガキ・手紙・タイムカプセルを送るお手伝いをいたします。
はがきや手紙だけでなく、写真やビデオレターを送ることもできます。
現在の気持ちや思い出を未来へのメッセージとして残すことにより、自分自身を見つめ直す機会になったり、忘れていた感動やトキメキがよみがえることもあるでしょう。」

ちょっとそそられませんか。
で、気になる料金ですが、保管期間によって異なっています。たとえば、ハガキなら5年で1000円、10年で2000円。手紙なら5年で1200円、10年で2600円、などと。詳しくお知りになりたい方はこちらをどうぞ。→「みらいぽすと
「pront pront?」2007.9.25号より。

面接や初対面のときには、まず第一印象が大事だといわれる。もし、面接される側なら第一印象だけでかなり判断されてしまうかもしれない。当然のことながら清潔感や挨拶や声の張りやセンス、見た目の印象は大事になってくる。その日の精神状態にも左右されそうだ。

ここでは、第一印象から、さらに半歩進めた第1.5印象なる言葉を使っていた。よく、2度3度と会ううちに、初めの印象とはだいぶ違っていることも多い。大人しそうに見えても、実はかなり活発だったり、面白かったり。またその逆も当然ありえるだろう。

見た目は地味でネクラそうでも話してみると、話題が豊富で奥行きが深い人もいる。また美男美女で第一印象がすごく良すぎると、その後こんなはずじゃなかったのに、なんて思ったり。

ビジネスも恋愛もいい意味でのギャップ(つまり第一印象のイメージより案外いい人だったなど)があればいい関係が長続きするかも。

最後にここには「デキる人ほど第1.5印象を大切にしている」なんていうフレーズもあったな。(あきらめるのはまだ早い・・・?)
「R25」2007.9.23号より。

上記はある洋酒のコピー文のなかのセンテンスだった。どうしても日々の仕事に追われがちになってしまう。すると、自分の時間を持つことが容易ではなくなる。

ならば先に、早めに、スケジュールの中に最優先で「自由な時間」の予定を記入しておいたらどうか、という提案だった。

そして、仕事の予定はその「自由な時間」に掛け合わせて組んでいくのがいいという。つまり、先にプライベートな予定を組むことで余裕を作り出せるだろう、というわけだ。

これは実際にハリウッドの売れっ子俳優が実践しているスケジュール術だという。そういえば、以前大前研一氏も似たようなことどこかで書いていたな。

まずは、遊びの時間を確保しておけば、仕事も集中できるということか。うまくいけば、合理的でもありそうだ。まあ、自分の場合は毎日だらだらと過ごしているから自由があるような気もする・・・(ただし金銭の余裕はないが)
「朝日新聞、土曜版」2007.9.22付けより。

この連休とは、ほとんど無理やりくっつけられた“ハッピーマンデー”を意味していた。「ハッピーマンデーを楽しんでいますか?」という質問に答えた結果が出ていた。(2523人が回答)「はい」が33%に対して「いいえ」が67%だった。とりあえず、それぞれの理由の上位3つを記しておこう。

「はい」・・・1、体を休められる(349人)2、気分的にゆとりができた(188人)3、家族の時間が増えた(145人)。
「いいえ」・・・1、何の日かわからず気分がでない(699人)2、病院や役所が休みで不便(221人)3、家族の世話が大変(142人)。

さて、この結果をみてどう感じるだろうか。もともとサービス業界に従事する人々にとっては、いくら祭日や休日が増えたところでその恩恵はほとんど受けられない。また、郵便局や銀行での手続きもできず困ることさえある。

さらに、最も困るのは病気で具合が悪くなったとき病院や近所の医者が休みで2、3日も待たされることだ。それで悪化したらどうなるのだろう。考えただけでもぞっとする。

また個人営業者にとっては休日増は営業日の減少にもつながり収入にも影響するだろう。もし、パートさんなら確実に収入減になるに違いない。連休や休日増は人によってはありがた迷惑かも。無理やりくっつけられた月曜日の休日には案外“アンハッピー”だと感じている人も多いだろうな。

蛇足

成人の日(1月15日 → 1月の第2月曜日 2000年~)
海の日 (7月20日 → 7月の第3月曜日 2003年~)
敬老の日(9月15日 → 9月の第3月曜日 2003年~)
体育の日(10月10日 → 10月の第2月曜日 2000年~)
確かにただ月曜日に移行しただけでは祝日の気分は出ませんね!
「かけがえのない日々」柳田邦男著より。

日本を代表をするピアニストの中村紘子さんは1989年に『チャイコフスキーコンクール』で第二十回大宅荘一ノンフィクション賞を受けている。つまりプロの作家でもあるというわけだ。(この本は家にはあるがまだ読んではいない)

才能のある人は本当にすごいものだと感心してしまう。その賞を受賞したのはピアニストとしてデビューして三十年目のことだった。

筆者の柳田氏が《ウ~ン》と唸ってしまったのは、『ピアニストという蛮族』を読んだときだった。文章のなかに次のような箇所があった。

「たった一曲を弾くのに、例えばラフマニノフの『ピアノ協奏曲第三番』では、私自身半日かかって数えたところでは、二万八千七百三十六個のオヤマジャクシを頭と体で覚えて弾くのである。・・・」

これほど詳細な数字を文章のなかに持ち込んだ表現方法あるいは表現力に対して驚いている。「二万個以上もの」や「膨大な数のオタマジャクシ」でもリアリティは出てこない。

正確に「二万八千七百三十六個」という事実を知るとインパクトはある。これが事実に語らせるということになる。

しかもわずか一行のために、多忙ななかを半日もかけて自分自身で数えたというところにも、プロ根性を感じざるを得ない。弾いても書いてもさすがやはりプロは違う!
「かけがえのない日々」柳田邦男著より。

精神科医の大平健先生によると、そんな人々のことを「モノ語りの人々」と名づけているようだ。物語といって思い浮かべるのは、竹取物語や源氏物語というタイトルだったりする。またギリシャ神話や日本や世界の童話、民話なども物語でもあるだろう。

成長過程ではいろいろな物語に親しみ、聞いたり読んだりしてきたはずだ。そして自分や家族友達関係などを語る時にも同様に物語るということになる。しかし、最近では自分や他人について語ることができない人が多くなってきているという。

自分はフツーだとか、ビミョー、なんとなく、というようにかなりあいまいな表現を耳にすることがある。要するに話していることが具体的に見えてこない。ところが、持ちモノやブランドのこととなると、急に饒舌になるようだ。

べつにブランドファッションばかりでなく、テレビの人気番組やタレントについてや流行りのレストランなどのことになると、かなり雄弁になるのだ。

逆にいえば、モノがなければ、あまり物語れないということになるか。できれば、モノばかりに流されずに自分なりの価値観で物語りたいもの・・・だな。