「TOKYO HEADLINE」2007.5.28号より。

たまたま先週から今週にかけて3つのフリーペーパーを手にした。そのどれもが監督としての北野武のインタビュー記事を取り上げていた。当然、最新作の映画の封切りのタイミングに合わせたものだ。

またそれだけ注目されているということでもあろう。ここでも、記事の約半分は怖い顔をしたたけしの顔写真が掲載されていた。そして、今なお海外では、キタノ=寡黙な巨匠監督のイメージが強いらしい。とても、たけちゃん、とは呼べない顔つきをしている。

ところで、今回の『監督・ばんざい!』の最初のタイトルは『Opus19/31』だったという。ところが映画が完成した時にスタッフから“監督、頼むからタイトルを変えてください”と言われたのだ。

それで、その意見に従って変えたという。監督だからって頑固なのではなかった。つまりそれは監督自身もフレーズのタイトルにあげたように、誤解をまねく恐れがあると感じたのだろう。人の意見に耳を傾けそれに従うという柔軟さも持ち合わせていたのだ。(人間の大きさを感じさせる)
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「ゴールデンミニッツ」2007.5.26号より。

この号の表紙は北野武の“どアップ”の白黒写真だった。お笑いとはほど遠いほどの鋭い目つきをしている。このフリーペーパーもたまたま『R25』と同じ日に手にしたものだった。

当然のように、最新作の映画のプロモーションを意識しての特集だろう。本文の前にも4ページにわたる白黒写真が掲載されていたが、どれも怖い表情をしている。これが監督としての顔だろうかとも思ってしまう。

映画に関する内容紹介と監督業というものについて、述べられていた。今回の作品はいくつかのパロディーの組み合わせでできているようだ。そしてどれも一生懸命撮ったという。

そこでは、ナレーションの伊武雅刀がこれでもかと突っ込んでくるようだ。しかし、はじめから突っ込めるように撮ろうとするならつまらないものしかできないらしい。北野氏によれば、どんな映画でも悪口なんかいくらでも言えると述べている。

そして突っ込み甲斐があるのは一生懸命にやった作品の方だという。これも北野流の深い考え方でもあるな、と思った次第。
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「R25」2007.5.24号より。

インタビュー記事の中のワンフレーズだった。インタビューされているのは北野武だった。6月2日公開の最新作映画のプロモーションのためか、お笑い以外の部分で取り上げられている。

上記のフレーズの後には次のように続いていた。「クルマのなかにはノートの本体が転がっていて、至る所に紙がある。で、メモる。」

テレビ画面の中ではビートたけしとして、お笑いを振りまいているが、常にネタの仕込みには余念がないようだ。そしてメモったものは何ヶ月かに一度ちゃんとしたノートに書き写しているという。実に几帳面であることもうかがえる。

今回の最新作『監督・バンザイ!』もそんなふうにネタを集めて出来上がったものだったようだ。恐らくパワーとパロディでかなり笑いは期待できそう・・・だな。
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ゴールデンウィークの谷間からはじまった五月も残すところあと3日となってしまった。

この五月にはかなり以前から五月病というのがある。もちろん限られた人たちが陥る病だ。そこで、辞書でその言葉を引いてみたら次のように出ていた。

【五月病】四月に入った大学新入生や新人社員などに、一か月を経た五月頃に見られる、新環境に対する不適応病状の総称。

つまりこの月に発生する特別な症状のようだ。一般的にはだるくなったりやる気がなくなったり(同じようなことか)することだろう。ところが今年ばかりは、まったく異なる病が流行ってしまった。

それは、五月半ばから大学を中心に広まった「はしか」だった。そのため突然の休校になる学校が連日のように増えている。娘の通う学校も1週間の想定外の休みになってしまった。突然の休校を喜んでいる学生も多いことだろうが。

ところで、(先月のぎっくり腰がようやく癒えたと思ったら)なんと私まで想定外の五月病に陥ってしまったようだ。それは、私の場合花粉症だった。例年ならゴールデンウィーク前には花粉症は治ってしまう。実際4月の半ば以降はまったくそんな症状はなかった。

ところが、数日前から目がかゆくなりくしゃみも出だしたのだ。はじめそれは自分だけのことだと思っていたらそうではなかった。今日会った人はくしゃみと鼻水でティッシュ5箱使ったという。ほかの人も同じような花粉症の症状を訴えていたのだ。

やはり間違いなく花粉症の再来だった・・・(これはまったくの想定外、ガッカリ!)
「日経新聞、夕刊」2007.5.24付けより。

たまたま、数日前にトイレ掃除で有名な鍵山氏の本を読んだばかりだったので、このコラムのタイトルが気になった次第。なぜか前日に引き続いて、トイレつながりの日記になってしまった・・・

ここには、野田聖子衆議院議員の駆け出し時代について書かれていた。英語が得意だった野田さんはそれを生かそうと、帝国ホテルに入社していた。新人研修では客室掃除係だった。お嬢様育ちの彼女には試練だったことだろう。

その研修中、指導役の先輩は、掃除した便器の水をコップにくんで飲んでみせたという。このとき野田さんは感動と恐怖を同時に感じたようだ。負けず嫌いの彼女は数ヵ月後、先輩の前で自分で洗った便器の水を飲んだのだった。

まるでスポ根アニメかドラマのようだ。並みの根性ではそんなことはまねできない。その後議員になってはいるが、いばらの道を歩まざるを得ないこともあった。しかし、そんな時でも強い気持ちでいられたのは、ホテル時代の修行のおかげだと感じているようだ。

とにかく洗面所に比べて気合入れが必要なトイレ掃除は手間暇がかかる。私は年に数回程度しかしていない。せめて洗面所くらいは時どきキレイにしなければな~~

「人間力を養う生き方」鍵山秀三郎・山本一力著より。

鍵山さんはイエローハットというカー用品を全国で販売する創業経営者(現相談役)だ。国内ばかりではなく、中国、台湾にも多くの支店がある。そんな鍵山さんのもう一つの顔は掃除のプロと言ってもいいだろう。とくにトイレ掃除ではそれを見習う人が多い。

トイレ掃除で人生が変わった人も多いようだ。極端な例では、元暴走族が鍵山さんの姿に感動して公衆トイレを掃除し始めたりもしていた。鍵山さんの影響で全国でこのトイレ掃除を積極的に推進する人も増えているようだ。

山本氏の表現によれば、公衆便所の便器を、氏は左手でガシッとつかんで、右手に持ったスポンジで洗浄を始めたという。多くの若者が氏と一緒にトイレ掃除を始めるようになったという。すべて素手で立ち向かっている。そこには理屈ではない本物の姿があるようだ。

毎日使うトイレではあるが、掃除をするとなると簡単にサッと電気掃除機で済ますわけにはいかない。汚れたトイレほど気合を入れねば掃除はできないだろう。(ちょっとした闘いかも)鍵山さんはトイレ磨きは同時に人の心を磨くことだと考えている。そんな掃除哲学さえ伝わってくる。
「人間力を養う生き方」鍵山秀三郎、山本一力著より。

なるほど、読者に本を買ってもらわねばならないからそうとも言えそうだ。たとえプロでも読まれなければ存在価値がないだろう。また、いくらえらそうなことを書いたところで、反発を食らえば継続できない。

読者に楽しんでもらえ、次を期待されなければ作家は営業マンとはいえないだろう。物書きはその前に製造者、つまりメーカーでもある。そして、読者は当然お客さんになる。そのお客さんとの相性がよければ常連の読者(=愛読者)になってもらえる。

一時のヒットメーカー、ベストセラーにはなっても、仕事となればそれを継続できなければ本物とはいえない。つまりある一定のレベルを継続できるかどうかが問題といえそうだ。(お気楽ブロガーとは違ってプロは厳しい!)

たとえば、松本清張や司馬遼太郎の作品ならどれをとってもある程度は満足させてもらえる(当たり外れはほとんどない)と思えば、幅広いファンもつくだろう。作家が信頼されている証拠だ。確立されたブランドとも言えようか。

本が商品ならそれを買ってくれる読者は当然消費者になる。物書きが究極の営業マンという考え方は、山本氏がかつて営業を経験したからこそ言えることなのだろう。ここまではっきり言い切った人は聞いたことがなかった・・・な。
「人間力を養う生き方」鍵山秀三郎、山本一力著より。

山本氏は現在、月に24、5本の連載を抱えている。週刊誌、月刊誌、機関誌、新聞の連載等。毎日何かしら締め切りがあるという。いくらやりたいこととはいえ大変そうだ。

その間に、テレビ番組や雑誌の取材もある。限られた時間の中で、アイデアを生み出し創作活動をしている。実に頭も身体も酷使せねばならない。作家はみなそうだろう。(仕事はどれも厳しいものだが。)

涸れるのはアイデアよりもむしろ気力だという。気力が涸れてくると、面倒くさくなって簡単にやろうとし始める。山本氏はそれでは読者に対しては無責任だと考えている。小説だからPL法(製造物責任法)が適用されなくてすむなんてことはない、というのが彼の根底にある。

読者を裏切らないものを書き続けていくことが、直木賞作家の責任だと考えているようだ。それは選考委員、読者への義務だと思っている。実に明確な考え方だ。だから、レベルも下げられない、手を抜けないということだろう・・・な。
「人間力を養う生き方」鍵山秀三郎、山本一力著より。

これは担任の若い女の先生が、山本氏に対して中三の頃言った言葉だった。どうしてそんなことを言えるのだろうか。自分に自信がなければ、とうてい口に出せないだろう。山本氏が30年以上前のシーンを覚えているのは、この言葉がきっと身に沁みたからに違いない。

山本氏は高知から東京に出てきて、新聞配達店に寝泊りしていた。中三から高三までの4年間朝夕配り続けたという。最初のひと月で梅雨になり、ずぶ濡れになって配るのが辛くて、辛くて学校のほうを一日、二日と休むようになってしまったのだ。

夕刊を配り終えて帰ると担任の先生が来て、次のように言ったのだ。「あなたがどれだけ大変なことをやっているか、私も朝4時に起きてみてよくわかった。起きるだけでも大変なのに、あなたは毎日配りにいっている」

そのあと、大変なのはわかったが休み癖をつけないで学校にだけは出てくるようにと、タイトルにあげたフレーズを言ったのだ。しかも、「寝ていることを他の先生が文句を言ったら、私がその先生に話をしますから」と付け加えている。

こんな先生の言葉で山本氏は発奮し、再び学校に通いはじめたという。後日談で、今でもその先生はお元気で、直木賞を受賞後に何度か会っているという。素晴らしい再会であったことが想像される。(いい先生に出会うと生徒も育つのだろうか・・・)
「心にエンジンがかかる50の小さな習慣」中谷彰宏著より。

いろいろな物事は野球にたとえると意外にわかりやすい。それはなぜだろうか。観戦するスポーツとして国民的に人気があるからだろうか。普段プロ野球をテレビで見ない人も甲子園の野球なら関心があったりする。また、日本のプロ野球より大リーグでの選手の活躍が気になったり。

さて、前置きが長くなってしまったが、昨年の松井選手(ヤンキース)は、シーズンの初めに手首を骨折という大怪我をしてしまい、ほとんどゲームには出られなかった。しかし、復活してはじめの試合ではいきなり4安打を放って注目されたことを覚えている。

また、先日はイチロー選手(マリナース)はせっかく連続盗塁の記録を45まで伸ばしながらも、監督の指示でエンドランの失敗でアウトになってしまいあと5つと迫った世界記録目前で途切れてしまった。しかし、翌日の1試合でいきなり3盗塁を決めたことは記憶に新しい。やればできるのだということを無言のうちにアピールしたかのようだった。

どちらもリベンジを表しているようにも思えた次第。またその言葉を流行らしたのはプロ入り(西武時代)したばかりの、松坂投手だった。彼も数試合前には大量点を取られファンをがっかりさせたが、その後は失点を抑えられていまのところ勝ち星につながっている。

タイトルの・・・の部分には“いきなりヒーローにはなりません”という言葉が入っていた。またリベンジするのはケガや病気ばかりではなく、当然負けなどの不本意な結果も入るだろう。リハビリしている間に気迫が蓄えられるといいんだろう・・・な。