ウェブサイトの「百式」2007.3.26付けより。

数日前に目にした記事だったが、気になったのはフレーズというよりむしろその内容の強烈さだった。

何がいったい究極なのかといえば、ゾウの糞を使って環境に優しい製品を作っていたからだった。もちろんこれまでも動物の糞は使われていはいたが、それらはたいてい肥料としてのものが多かったはず。

今まで、砂漠地帯ではラクダの糞を乾燥させたものを集めて燃料として使っていたシーンをテレビで何度か見たことはあった。それだけでも資源の有効利用を感じたものだった。

しかし、ある会社ではゾウの糞から紙製品を作っていたのだ。しかもそれらは日常使用するノート、紙の箱、カードやレターセットだったりする。

乾燥させて草の繊維だけを取り出して再生紙を作っていたのだ。いずれにしても、それらがゾウの糞からできていたということは、けっこうインパクトがある話題になりそうだ。これも環境に優しい贈り物かな。

しかし、日本国内ではその再生紙による製品が売られているという話はまだ聞いていない。輸入したら売れるのだろうか・・・

ゾウの糞からできた文具を販売している会社。http://www.poopoopaper.com/
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「R25」2007.3.29号より。

たまたま、この号を見ていたら昨日の記事に関連したことが書いてあったので、ちょっと気になった次第。この自分の名前を検索することは「エゴサーチ」と呼ばれているらしい。

なぜ、これをするかと言えば、自分の知らないところで過去の写真や経歴、ひどい場合は本名だけでなく住所や所属までが表示される可能性があるからだという。

つまりネットに書き込まれた言葉は半永久的に残ってしまうから、ちょっと怖い。単なる言葉だけの人の噂なら75日で消え去ってしまうかもしれないが、自分で消せないのは困ったもの。

ブログでは書き込んだコメントも、自分では勝手に訂正や削除はできない。またホームページの掲示板でも書き込んだものはパスワードがないと消去できない。

数年前のことだが、私のホームページの掲示板に学生時代の後輩(Aさん)が書き込んでくれたことがあった。その内容はその人の知り合いの実名(仮にPさん)が記されていたためか、たまたまそのPさん本人が私の掲示板の書き込みを見たらしいのだ。

それをPさんから聞いたAさんは焦って私の自宅まで電話をよこして即掲示板の書き込みを削除して欲しいと依頼があったのだ。別にその内容は誰が読んでもほめ言葉だったので問題はないはずだったが、やはり実名というのがまずかったようだ。

ということで、さっそく自分の本名をgoogleで検索をしてみた。するとなんと!!!何人もの同姓同名の人がいるではないか!もちろんその中の一人は30年以上前から知ってはいたが、そのほかにも数人いたのだ。

また明らかに私自身だと判明できるものもあったが。(幸いとくに問題はない表示だった)自分の名前がウェブ上でどのように流れているか、時どきは監視が必要かも・・・
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「日経新聞、夕刊」2007.3.27付けより。

これはウェブサイトのことだった。よく知名人のホームページやブログには、“オフィシャルサイト”などとわざわざ表示されているものがある。しかし、別にそのようにうたわなくても、誰であろうとも発信した情報はその時点でオフィシャルなものとなっていたのだ。

公開されたものは、当然誰でも読んだり見たりすることができるから、その内容でその人の考えや情報なども伝わってくる。たとえ、それが勘違いや勝手な思い込みであろうとも場合によっては受け取るほうはそのまま信じてしまうかもしれない。

私などもあわててアップしたものはたいてい誤字脱字、漢字変換の間違いがあったりする。また考えもまとまっていないことさえある。注意力が足りないことを痛感している。

数年前までは、自分の情報を発信しようとして、オリジナルなホームページを立ち上げようとするとかなり面倒な作業をしなければならなかった。しかし、最近は簡易型のホームページやブログは小学生でも比較的簡単に作ることができる。

お気楽、簡単だからといって、なんでもかんでも自由に発信してしまうというのも考えものだろう。公開を前提に情報を発信すればどこの誰が見ているかわからないし。まあ、今後とも楽しい交流をしていただければいいかな・・・と思っている次第。
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「日経新聞、夕刊」2007.2.27付けより。

昨日、たまたま運転免許の更新に地元の警察署に行ってきた。最近は即日で更新した免許が受け取れ、以前に比べて随分と楽になった。写真も事前の用意もいらず、その場で撮影してくれる。

さて、この運転免許証は車に乗るとき以外にも実に応用範囲が広い。自分の名前、住所、生年月日、電話番号、さらには本人の確認ができる写真もたった一枚のプラスチックに印刷されている。

これは自分の「最強の証明書」となっている。金融機関の窓口で満期の預金などを払い戻す際には、どこでも健康保険証や免許証など身分を確認できる書類が必要とされる。

また、今年の1月4日からは、銀行では十万円を超す現金のATMでの振り込みができなくなっている。つまり、本人確認の書類の提示が必要となっている。これは実に面倒なことでもある。

勤務先の身分証明書では認めてくれない。またパスポートや免許証は必ずしも誰でも持っているわけではない。高齢になれば、運転免許も持たなくなるだろう。またニートやフリーターも身分を証明するものは持っていないことになる。

運転免許証や公的証明書を持たない「証明弱者」は世代を問わず増えそうだが、逆にさまざまな手続きには本人確認が強化されている。ある意味そのことで守られるというもあるだろうが、ちょっと困ったことでもある・・・な。
「ゴールデンミニッツ」2007.3月号より。

よく駅のPR誌などで、電車の中の忘れ物ベスト10などを目にすることがあるが、傘は常にそのトップであることが多い。だから、傘といえば、すぐに消耗品かと思ってしまう。しかし、ある傘職人によればそうではないらしい。

私なども何度も電車の中に置き忘れている。でも、それほど高級品でもないからわざわざ引き取りに行ったりはしない。ほとんどの人がそうだろう。最近は使い捨てに近いビニール傘が多く出回っている。

急に降りだしたときには、小雨のうちはそんなものも役に立つもの。しかし、風が強い時やどしゃ降りならほとんど役には立たない。あっという間にぐしゃりと骨が折れてしまうほど華奢なつくりだ。しかし、中にはオーダーで高級な傘を作る人もいる。

傘を趣味趣向品として買う人は、晴れた日によく吟味して買うという。ある傘の専門店では4人の匠が作っているようだ。それは持ち手の部分を作る、手元職人、傘骨を作る傘骨職人、生地のデザインから裁断を手がける生地職人、生地を裁断し傘骨に張り付ける加工職人だった。

これら4人の職人によって作られるから、「傘」という文字には「人」という字が4つ使われているという。これほど素材を吟味して手間暇がかかっていれば、当然1本が数万円というのもうなずける。5、6万円もする傘ならきっと大切に使うだろう。

でも、それだけのものだと逆に風雨の強い日にさすのには、ちょっともったいと思ってしまうのは貧乏性の私だけだろうか・・・
「PRESIDENT」2007.3.19号より。

仕事でもパソコンに向かっている間に、知らず知らずのうちにかなりの時間を費やしてしまうことがある。こんなデジタル化されたデータ、資料を眺めているだけでは実際には大した仕事をしているわけではない。

ところが、それで仕事をした気分になってしまうことが恐ろしい。すでに誰もが知っている情報を切り貼りし、最新ツールで体裁よく仕上げてもその内容が本当に付加価値があるかどうかは疑問だ。

人の琴線に触れるものは、むしろアナログなデータや資料だったりする。たとえば、現場の人の声を実際に聞いてみれば、結果として出てきたデータ以外のものも見えてくる。

創造的な発想は、意外にも手書きの落書きやメモから生まれることのほうが多い・・・かも。(何の価値もないこんな日記も、ちょっとした手書きのメモを元にしていたな)
「PRESIDENT」2007.3.19号より。

鹿屋体育大学の児玉光雄教授によれば、“山勘はいわゆる当てずっぽうで、何のキャリアにも裏づけられていないもの。一方直感は過去の成功、失敗体験などを積み重ねてきたキャリアがあるから無意識に浮かんでくるもの”だという。

つまり、直感のほうが当然正しいことが多いことになる。山勘はいいかげんでも、直感はそうでもない。むしろ直感力を積極的に磨いて行くことが、今後仕事をしていく上でも必要に思えてくる。

まったく別のページでは、42年間記者として経験を積んできた鳥越俊太郎氏がちょっと面白いことを述べていた。それは「料理人が調味料をいちいち計量したりしないように、私が一番大事だと考えているのは直感です」という部分だった。

完成されたマニュアルよりもむしろ豊富な経験があるからこそ、気づきがあるのだろう。それがまた説得力につながるのかもしれない。ベテラン刑事が犯人を捜せるのも鋭い直感があればこそかも。

すでに頭の中に残っている多くの判断材料が、気づく力、実現する力の元となっているのだろう。何ごとも一朝一夕にはいかないものかな・・・

「PRESIDENT」2007.3.19号より。

“~最近は応募者のブログを何か月分も読んで採用の判断を行うことが増えています。”と述べているのは「(株)はてな」の近藤社長だった。

まあ、インターネット業界ならブログもそんな使い方をされているんだな、とちょっと驚き。たしかに、一枚のぺらぺらな履歴書に比べれば、もしその人が一年間にわたって書いたブログがあれば、書いた人の人物像も浮かび上がってきそうだ。

逆に応募者からの立場で言えば、面接の際に「詳しいことは私のブログをご覧いただければ・・・」なんて言えたらちょっとカッコイイかも。

ブログには自動的に日付が入るので、一年分のものは一日で簡単にでっち上げるというわけにはいかない。その人物が何に関心を持ち、どう感じたか、趣味から遊びまで幅広く伝わりそうだ。

今後はネット業界以外でも、採用の際にはブログの提出が増えてくればいいのにと思った次第。(まあ、私には関係ないことだが・・・)
「朝日新聞」2007.3.18付けより。

「仕事力」というコラムの中で作家の幸田真音さんが述べていたこと。彼女が外国債券のセールスをしていたとき、高い年棒をもらっていながら、成果を出せなかった時期があった。

そのためストレスがたまって十二指腸潰瘍を繰り返し、ついにはドクターストップがかかってしまったのだ。いくら目の前にビジネスチャンスがあっても体が動かなかった悔しさは、今でも忘れられないほどだという。

退職後、体調が回復し自分の会社を設立したら、今度は腫瘍が見つかったのだ。そして焦りにとらわれて、何か書いて残しておかねばと思い、初めての小説を書いている。

何度もの挫折は、幸田さんにとっては、その時は地獄のような苦しみだったに違いない。いろいろなビジネスを模索して世界を飛び回ったものの、軌道にはのらなかったようだ。しかし、さまざまな業界を知ったことは、後から考えればプラスになっているようだ。

だから、病気や苦難などの不運というマイナスもいつか人生のどこかでプラスに転じるはずだと実感している。そして、「あの時の苦労はこの時のためにあったのだ」と必ず気づく日がくる、とも述べている。

まあ、こんなふうにキッチリとプラスとマイナスの帳尻があってくれればいいものだが・・・(苦しい思いをすれば、それなりに人の痛みも分かってくるともいえるか)
「フジサンケイビジネスアイ」2007.3.14付けより。

中国で長者番付トップになった、女性経営者、玖龍(キュウリュウ)紙業社長の張茵(チョウイン)氏(49才)は、ある工場長から上記のように言われて感動したという。これが起業のきっかけにもなっていたのだ。

約20年前に、当時誰も見向きもしないクズ紙に宝を見いだし、競争相手もいない中で古紙回収業を始めている。当時の香港では古紙はクズ紙扱いで誰も古紙回収を経営する人はいなかった。27歳の時だった。

そして20年をかけてチャイナドリームを実現していた。個人の富はただ努力の積み重ねの結果だという。女性としては初めて中国一の富豪になっている。当時は1トン扱って1500円から3000円の稼ぎだったという。金融や不動産の世界とはくらべものにならないくらい少なかったという。

また女性で重労働をする人は少なかったから、それで信用をつけることができたようだ。そういう若い頃の労働が原点だったのだ。

一時はジャパニーズドリームかと思われるくらいに、急激に会社を大きくしたものの一転して事件の主役になった元LドアのHモンとは根本的に異なっていそうだ。やはり世の中を欺けば実刑も当然だろう。

張社長の場合は「道徳に厚く、勤勉であること、そして知恵が必要だ」と述べている。スタートは意外にも庶民感覚だった。