「勝者の組織改革」二宮清純著より。

この部分を読んだとき、短いが実に厳しい言葉だな~と感じたものだ。こう語っていたのはかつて五輪でシンクロナイズドスイミングのコーチをしていた井村雅代さんだった。

で、この場合価値があるのはどういうときかといえば、そのプロセスが結果に結びついたときだけということになる。

二宮氏が「試合ではライバル国と戦う前に、選手とコーチが真剣勝負を戦っているわけですね」と言ったとき、井村さんの返事は次のようなものだった。

「勝負というより、喧嘩ですね。“べつにオリンピック選手はあんたでなくたってええで”というセリフだけでも何度も口にしてきた。」と述懐している。関西弁はキツイなという印象がする。

さらに上記のフレーズ“結果に結びつかないプロセスに価値なんかない。”とまで言ってのける。また端的に一生懸命かどうかはどうでもいい。「サボってもいいから上手になれ」と選手にはいっているようだ。

とにかく勝つためだけを考えていることが分かる。すさまじいまでの執念を感じた次第・・・。一般的にも長年にわたってトップセールスマンを続けられる人も同じかもしれないな~
AD
「日経新聞夕刊」2006.6.29付けより。

“シニアが記者がつくるこころのページ”というコーナーでインタビューに答えて、みつはしちかこさん(漫画家)が言っていたこと。

たとえ仲間と楽しんでいても、それだけでは自分が楽しみを求めているだけでむなしいものだという。むしろボランティア活動など、自分の楽しみ以外に他人を喜ばす何かがあれば、それは生きる力にもなるらしい。

気の合う仲間との遊びは確かに楽しいものだ。しかも、さらにそこから一歩進んで他人のために役立つことを自分の喜びと出来るならもっといいんだろうな。そんなサービス精神を発揮するためにはある程度こころの余裕も必要そうだが・・・

みつはしさんは「人生には『縛り』と『解放』があってこそ楽しくなるはずでしょう。」とも言っている。自分が何か献身的なことをしたことで他人が喜んでくれるということは、たしかに自分のエネルギーにもなるような気もする・・・な。つまりそれが“生きる力”ということかも。
AD
「勝者の組織改革」二宮清純著より。

筆者はスポーツジャーナリストなので、上記のフレーズは近ごろのスポーツの低迷について語っているときのものだ。しかし、当然一般的なことでも同様なことは言えるであろう。

かつては人気のあったバレーボールも企業の業績悪化とともにクラブチームが廃部になったりして人気も全く落ち込んでしまった。オリンピックでの活躍も見られない。プロ野球もテレビの視聴率が低迷し続けている。相撲もかつては満員御礼が続いていたが、最近ではそんなことはめったにない。伝統をまもりつつ改革も必要なのだ。

過去に人気があったスポーツはどれもそれなりに改革がなされなかったためか、人気にかげりが出てきている。いったいいつになったら再び人気を取り戻すのだろうか。現在そこそこ人気があるサッカーのJリーグだっていつまで続くかわからない。

筆者は次のように指摘している。・・・“まだ調子がよくて、周りから見れば「そのままでいいんじゃないの?」と思えるときに、あえて「次」の手を打つのである。”

確かにうまくいっているときというのは、その時の成功体験を疑いにくいものだ。でも、いつまでもその状態が続くわけでもない。だからこそ、早めに次の手を打つ必要があるのだろう。

過去の成功体験を疑えるということが、次のステップへのスタートなんだろう・・・・な。

AD
「英語固有名詞エピソード辞典」松永泰典編より。

先週新宿の西口地下を通りかかった際に、古本市が開催されていたので、ちょっと立ち寄ってみた。その際買い求めた一冊だ。これは辞書とはなっているが、調べるというより好きなページから手当たり次第に読むだけでも面白い。

その「はじめに」の部分にあったのが上のフレーズだった。たしかに、この辞書というより本を読んでみると、英語の言葉にまつわるエピソードが書かれていて知らないことに気づかされ、ちょっとしたロマンを感じるような気もする。

単なることばの語源だけではなく、その言葉に(ちょっと大げさだが)秘められた物語のようなものを知ってみると思考を刺激されそうだ。実用的コミュニケーションとしての単語とは別にそのことばが持つ意味を知ってみるのもたまにはいい。

一例を挙げてみよう。hobby・・・RobinまたはRobertという人名が変形したもの。元来はhobbyhorseといい、棒の先に馬の頭をつけ子供が乗って遊ぶ棒馬の後半が落ちたもの。(中略)・・・子供が遊ぶもの→(大人が夢中になる)“趣味、道楽”となっている。

ブログをホビーにしている人、もう1000万人を超えただろうか(今年の3月時点では860万人だったが)・・・

「R25」2006.6.22付けより。

前日に引き続き釜本邦茂の述べている言葉が印象に残った。このあとには次のように続いている。「点を取るために練習したんだ。プレーがうまくなるかどうかはね、どうでもいいねん(笑)。」

これは自分の役割がFWということで、点を取るための専門家だったということを強調しているようだ。しかも、世界と長年にわたり戦い互角に渡りあってきたという強さが感じられる。

もしこれを、一般的な会社員にあてはめて考えてみると・・・模範的な社員になんかならなくってもかまわない、成績さえよければ、ということになるのだろうか。とくに営業の現場なら、結果がすべてだともいえそうだ。いい業績を上げるためにはあらゆる機会をとらえよ。そのために最善を尽くすことだとも思える。

再び彼の言葉を引用すると「周囲が完全に納得できる以上のものを出せないとダメ」ということのようだ。点をとることに執着した釜本は生涯で五百何十ゴールを決めてきたが、失敗はその何倍もある。3000本も4000本もシュートを打ってきた結果だ。

今回のワールドカップの日本代表にも彼のような強力なストライカーがいてくれたらな~って思ってしまった次第。

「R25」2006.6.22号より。

この部分だけだとまるでビジネスマンに向かっての叱咤激励のようにも思える。この前には次のようになっていた。「フォワード(FW)は点を取るのが仕事」つまりサッカーのことだった。

ところで、こう語っているのは釜本邦茂だった。サッカーに創造性という言葉を持ってくること自体がユニークな感じがした。私が子どものころ、サッカー選手といえば、釜本がまず代表的なプレーヤーだった。

’68年のメキシコ五輪では7ゴールを決め、得点王になり日本を銅メダルに導いていた。その後17年間の選手としての現役生活のあとJリーグ開幕時にはガンバ大阪の初代監督に就任している。

で、現在は日本サッカー協会副会長、かつワールドカップドイツ大会の日本選手団長なのだ。彼のユニークな練習のひとつに大学時代に、歌舞伎町の人ごみを敵ディフェンダーに見立てて、ぶつからないようにすごいスピードで通り抜けたというのがある。

オフの時間にも自分で創意工夫して練習していたのだ。彼のいう創造性とはそんなことだろうか・・・

蛇足・・・もう10年以上前に仕事で都内の全日空ホテルに行った時のこと、たまたまそこで背広姿の釜本氏の姿を見かけたことを覚えている。待ち合わせの紳士と商談らしかった。ニコニコしていた様子が思い浮かぶ。その後まもなくガンバ大阪の監督に就任したニュースが流れた。残念ながらガンバでは結果を残せず数年後には解雇されてしまった。
「思いつきを企画にする技術」板坂元著より。

贈り物をしたときに喜んでもらえるとうれしいものだが、それは贈る相手の心をうまく察することができたときのようだ。いくら一生懸命に考えて贈り物を選んだところで相手のセンスに合わなければ大した反応もないもの。当然値段ではないだろう。

また何か書いた文章が読んだ人を引きつけ、満足や感動を与えることができた、ということは相手の立場に立てた時かもしれない。本当に魅力的な文章はそう簡単ではないと思える。

そんな点が贈り物と文章の根が同じだということのようだ。同様に料理が上手な人はそれを食べる人に喜んでもらえるのが最高だろう。感動的とも思える料理を食べたことはどれほどあるだろうか・・・。相手への思いやりを考えたところに、独りよがりでない文章と似たようなものを感じる。

だから、贈り物や料理が上手な人は、うまい文章を書ける可能性があるということになる。時どき、プロの料理人には味があって面白いと思える文章を書く人がいたりする。やはり料理のツボと文章のツボは同じだということなのだろうか・・・
「思いつきを企画にする技術」板坂元著より。

昔「ルーツ」などでベストセラー作家だったアーサー・ヘイリーは最初台所のテーブルで原稿を書いていたという。売れ出して書斎を設けたが整いすぎて落ち着かないらしく、かえって原稿が書けなくなってしまったのだ。そこで、再び貧しい食卓でタイプライターをたたくようになったらしい。

いいアイデアに限らず、何かを考えるときにはやはり自分のお気に入りの場所があるとうまくいくような気もする。

アイデアを生み出す聖域など考えたことがあるだろうか。それは人によって全く異なる場所だろう。昔から言われているのは三上といって、(枕上)寝てるとき、(架上)トイレのなか、(鞍上)馬に乗っている時だった。馬は今では車だろうか。

また当然ながら、その時の体調にも左右されるもの。そして時間帯や周囲の状況にも影響されよう。人によってはBGMがあったり電車の中だったり香りがあったほうが集中できていい考えが浮かんだりするかもしれない。

またお気に入りの喫茶店の気に入った席に座ったときが一番だという人もいるだろう。私は朝方に自分の寝室のベッドの背もたれに寄りかかっているときがそうかもしれない。そうしているといろいろなことが思い浮かんでくることが多い。BGMはまったく必要ない。

たまには、アルコールが少し入って、美味しいものを食べたあとに名案が浮かぶこともある・・・が、すぐに眠くなってしまうな。
「セクシープロジェクトで差をつけろ!」トム・ピーターズ著より。

筆者のメッセージをひとことで言えば、“つまらない仕事を、すごいプロジェクトに変えろ”、ということになるだろう。

大事なことは、おもしろいことをやってやろうと思うと、仕事がおもしろくなる。逆につまらない仕事をつまらなくやっている人は、いつまでたってもくすんでいることになるということのようだ。

そんな中で、達成感を味わうことはポイントでもありそうだ。

すごいことをやろうとすればするほど、苦労や困難が伴ってくる。しかしそのプロセスのなかにも、小さな達成感があれば、継続しやすくもなろう。

そして達成できたら、たまには“自分にごほうび”ってやつをもうけるといいのかもしれないな。もちろん、みんなで祝杯をあげられればそれに越したことはないだろうが。

また、余談になるが、メジャーリーグは年間162試合も戦わなくてはいけない。その長丁場を最高のモチベーションで維持してけるプレーヤーのみがメジャーに残っているんでしょうね。

さて、いま自分が達成するべき目標はなんだろう?ってことから始めてみるかな。いろいろありそうだが・・・

「セクシープロジェクトで差をつけろ!」トム・ピーターズ著より。

以下は一年以上前の日記から、それを再び自分に言い聞かせたいと思ってリメイクしてみた次第。

この言葉のあとには、「充実した人生を送るには、すごいプロジェクトをやるしかない」と続いている。

参考までに、すごいプロジェクトと日常業務の比較の一部を抜粋してみよう。

☆すごいプロジェクト・・・ほとばしる情熱、忘れられない、未知の世界に飛び込む、お客さんを感動させる、色あざやか、変わっている、日々成長、実力がものをいう・・・

★日常業務・・・時間つぶし、覚えていられない、手慣れたことしかやらない、え、客なんていたのか?、色がくすんでいる、見飽きている、日々老化、ゴマすりがものをいう・・・
という感じになっている。

プロジェクトとは一般的には企画と考えてもよさそうだ。しかもそれは、しびれるほどカッコいいプロジェクトならいいのだが。

すごいプロジェクトのひとつに、“目にも止まらぬ速さで突っ走るもの。”と言うのがあった。鉄は熱いうちに打て、ということわざにも似ているかな・・・