これはウェブ上で約2年ほど前から親しくさせていただいているMさん(40代女性)のホームページにあった言葉だった。もう数ヶ月も前のことなのに、ふと思いだしてクスリとしてしまった。

彼女はご主人の転勤で大阪に住み始めたとき、さっそくどこかでこのフレーズを探してきたようだった。まさに大阪人のノリを早くも取り入れていたのだ。

べつに漫才師でなくても、本を読んだり人の話を聞いているときなどに思わずツッコミを入れたくなることがある。「えっ、それホント?」「マジ?」「オイオイそれはちょっと違うんじゃないか?」なんていうのがそれだ。

私など本を読んでいるときでもけっこう、ツッコミを入れながら読んでいることが多い。心の中で“そんなワケないだろう!”なんて思うこともしばしばだ。そんな時は本の筆者と対話しているようなものだ。

ホームページやブログの文章の中でも同じようなことがある。たとえば、書き込みやコメントで、本人はかなり真剣に内容について述べているにもかかわらず、ちょっとピントがずれていることがある。それを本人が意識して書いているならお笑いになるだろう。

しかし、そんな意識がなくほとんど見当違いなことを書いている場合もあったりする。私もけっこうそれをやってるかもしれない。今月いったい何十件のボケをかましただろう・・・まあ、ほんとうにボケていたらボケた文さえ書くこともできないだろう・・・な。
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「TOKYO HEADLINE」2006.3.27号より。

こう語っているのは古田敦也だ。そのために“僕は全力でやっていきます”と続けている。彼の肩書きはかなり長い。「東京ヤクルトスワローズ・プレイングマネジャー」となっている。


つまり“選手兼監督”ということだが、それを決断した最大の理由はなにかと問われたときのインタビューの記事だった。

彼の言葉では「最後にやってみようという気になったのは、プレイングマネジャーというものを現実に見たことが無いという、大多数のファンからの声」だと答えている。

実にプロ野球ファンを大事にしたサービス精神を感じる。上記タイトルのフレーズはそのなかにあったもの。確かに日本球界では29年ぶりとなるプレイングマネジャーだから、実際は40歳以降の野球ファンでなければ覚えている人はいないだろう。

変わるのは監督だけではないようだ。チーム名に東京がついたり、ユニフォームも変わる。さらに神宮球場も内野のフェンスが開閉式になってファンともハイタッチができるという。

野球自体は真剣勝負だが、その勝ち負けだけでなく面白かったなという空間まで古田は考えている。しかも「ディズニーランドより神宮球場に行きたい」と言ってもらえれば最高のようだが。

ちょっとずれるが、交流戦での古田の“師匠”でもあった楽天の野村克也監督との師弟対決もちょっと興味深いな。

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「パフォーマンス人間の時代」佐藤綾子著より。

まず、この筆者はニューヨーク大学大学院パフォーマンス・スタディ学部の教室で学んだという。そんな学部があること自体ちょっとユニークだと思った次第。何となく面白そう。でもその前に理解できるだけの高度な英語力が必要かも。

さて、彼女は“豊かな内容を得るためには、当然ながら外から絶えず新しい知識を注ぎ込まねばならない”と言っている。それはそうだが、自分が知識を身につけていることと、それを人にきっちりと伝えられるかは別問題だろう。

たまに「専門バカ」というような言葉を聞くことがある。確かに自分の専門分野については人一倍詳しく知ってはいても、それを人に分かり易くしかも面白く説明できる人は少ない。

これは話し言葉ばかりではない。文章にも同様のことがいえる。たとえば、身近なところでは、誰もが経験しそうなパソコンなどのマニュアルがそうではないだろうか。分厚い取り扱い説明書には実に詳しく書かれてはいるものの、なかなか理解しにくいものだ。まあ、私などじっくり読むのがきわめて苦手だから、なおさら意味不明のことばかりだ。

たとえ、どんな難解なことでも、誰にでも理解しやすく説明できるなら、その人のセンス(場合によってはサービスセンス)さえ感じるものだ。学生時代でもかなり退屈な授業があったものだ。あとで考えればそんな教師(教授)の授業料は返してもらいたいくらい。人気のある教授のクラスは確かに面白い授業をしていたな。

この本の表紙には“表現こそが理解を生む”ともあった。まあ、誤解をまねかないためにも表現の工夫は必要だろうな。とはいってもこれを書いている自分もできてないかも・・・
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「事実の素顔」柳田邦男著より。

なんだか今日の空模様によく似ている。とくにこの本でなくても天気予報ではよく聞くセリフでもある。しかも、降水確率30%などというような天気予報だったらどうだろう。

これは予報を出す側にとってはきわめて都合がよさそうに思える。しかし、受け手にとっては不便なものだ。つまり出かける前に傘を持つべきかどうか迷ってしまうからだ。

この季節の天気はとくに変わりやすい。朝眺めた空模様が半日も続かないことが多い。晴れや曇りの予報で、途中から雨が降ったりするとタクシーは商売繁盛する。

ところで、雨が降る際の表現も曖昧なものが多い。たとえば、曇り一時雨、曇り後雨、曇りところにより一時雨、曇り時々晴ところにより一時雨、曇りところによりにわか雨・・・数え上げれば切りがない。

また降水確率30%、50%といわれてもピンとこない。要するに、自分の行動範囲に降るのか降らないのか。つまり、私たちは傘を持って出かけたらいいのかどうかを知りたいのだが。

もっと切実なのは、なにか特別な行事がある日の空模様だろう。運動会、旅行、お花見、入試・・・そういえば共通一時試験日にはよく雪になっていたな。まあ、自然に向かって文句を言ってもはじまらないか。

たまには、~~~“明日の昼前後にはきれいな虹が見えるでしょう”~~なんてしゃれた予報を聞いてみたいもの。気温の変化が大きいこの季節の変わり目、体調維持にも気を使わねばな~
「シネマと書店とスタジアム」沢木耕太郎著より。

確かに本を食べ物にたとえることは間違ってはいなさそうだ。まあ、それがおいしいかどうかは食べて(読んで)みなければわからないが。

本の面白さも食べ物の美味さも味わうことには違いない。また、読みごたえと歯ごたえも似たようなものだ。書物も食べ物も見ているだけでは楽しさ、美味しさはわからない。そのほか、やわらかい、かみ砕く、好み・・・いろいろと共通しているところも多い。

なかには途中で不味くてあきらめるものもしばしばだ。お気に入りの作家がいれば、好物の食べ物とも同じことだろう。本は時には元気、勇気を与えてくれる。食べ物もエネルギーの元になる。

とくに古典や名作といわれる作品なら、噛めば噛むほど味が出てくるスルメのようなものかもしれない。そして、それらは最終的には血となり肉となるのだろう。やはりいい読書は栄養価が高い食べ物のようだ。

この本の中で沢木氏は“批評というともうそれだけで、不機嫌さを隠し持っている感じがするもの。しかし、田辺聖子の「読書感想文」は徹頭徹尾上機嫌で書かれていた。”と述べている。それはもうおいしそうなご馳走を前にした上機嫌なのだろう。

これからもおいしくて味わい深い書物にたくさん出会いたいもの・・・
「TOKYO HEADLINE」2006.3.20号より。

インタビューのなかで、こう語っているのは志村けんだった。彼の追求するお笑いは今のお笑いブームとは一線を画しているようだ。むしろ、息の長い独自のお笑いを目指しているようにも思える。

たとえば、バカ殿様といえばすぐに志村を思い浮かべてしまう。それはきっちりとした独自のスタイルを確立したと言ってもいいだろう。○○といえば、誰々とすぐに思い浮かべられるようなお笑い芸人はそう多くはないはず。

今流行りのお笑い芸人は多いが、10年、20年先にも残っているメンバーはごく一部だろう。本当にお笑いで成功した人は、その後も役者として一流になった人も多そうだ。古くはクレージーキャッツのメンバーはそれぞれ、テレビ、映画のなかでシリアスなドラマでも活躍してきた。

志村けんの所属しているザ・ドリフターズのリーダーだったいかりや長介もシリアスな役者としても一流だった。また、バラエティでも活躍している伊東四郎もお笑いから役者に転じて成功している。もちろん、ビートたけしやさんまの多才さは言うまでもない。

話しはずれてしまった。志村けんは4月から「志村けん一座」の旗揚げ公演を開始する。その演出・脚本はラサール石井が担当するというから、もうそれだけで成功が期待できそうだ。

「志村魂」というその公演名は石井の命名によるものだが、志村は気に入っているらしい。これは、今まで息の長い笑いをコツコツと続けてきたプライドがあったからこそ似合うのかもしれない。

やはり、一発芸的なギャグだけでは長続きする笑いは不可能だろう。志村がめざすのは子どもから年配者までが幅広く楽しめるお笑いのようだ。「志村魂」は、やはり職人魂といってもよさそう・・・かな。
昨日の日記を書きながら懐かしいテレビCMを思い出しました。また読まれた方も同様に富士写真フィルムのコミカルなCMを思い出したでしょうね。(まあ、それなりに30代以上の方でしょうが)

ついでに、ここでそれをちょっとだけ再現してみましょう。

街のDPEのお店に和服姿の女性(樹木希林)がやってきます。そして、店員の岸本加世子に次のように注文します。「このプリント、フジカラーでお願いします。お見合い写真なものですから、特に美しく・・・」

すると、岸本はしれっとした表情で「フジカラープリントでしたら、美しい人はより美しく、そうでない方は・・・それなりに写ります」と軽くあしらうのだ。

和服姿の女性の名前は綾小路小百合というかなり大げさな名前だった。「そうでない方はそれなりに・・・」と決め付けられて「あーそれなりにですか・・・」とがっかりする樹木希林の演技は笑える。しかも岸本のおとぼけもまたいい。

この息の合った演技はこの二人以外には考えられないほどだ。これは昭和55年に放映されたCMで、“それなり”というきわめてありきたりな言葉も流行語にまでなったのだ。

そして、この2人のコンビでのコミカルCMは登場人物やバージョンを変えながら20年以上も継続されている。こんな機会に、それなりに懐かしいCMを思い出すのも・・・いいかな。(若い方にはちょっとわからないかも)
小田急ロマンスカーVSE運転開始1周年記念キャンペーンのキャッチフレーズ。

これは小田急線各駅の掲示板のほかチラシにも掲載されていた。“それなりのこと”の部分にはアンダーラインで強調されていた。(ロマンスカーとは小田急電鉄の特急車両のこと)

○○周年記念というのはキャンペーンや宣伝として使うには便利な口実だ。そして、ここでの“それなりのこと”は一つだけではなく、「それなり1、それなり2、それなり3・・・」と6つものそれなりがあったのだ。

つまり、一般的にはロマンスカーに乗車したお客さんへの特典ということになる。ただの特典という表現ではなく、それなりを6つも並べたところにコピーライターの工夫を感じた。具体的な内容については、長くなってしまうのでその一部だけを記しておこう。

たとえば、「箱根ロマンス新聞の1面をあなたの写真で飾る」「乗った人しかもらえない記念乗車証、ポストカード、美術館入場券をプレゼント」「オリジナル着信音プレゼント」「ロマンスカーと一緒に記念撮影」・・・など。

実はこの6つのそれなり特典以外にも条件付のプレゼントも用意されていた。たった一つのキャンペーンでいろいろな“それなりのこと”が考えらているなと思った次第。

こんなことは、一般のお店でのサービスにも応用できそうだ。ありがとう、という感謝の気持ちをどれくらいのバリエーションで表現できるだろうか。買物の種類にもよるだろうが、その場での言葉以外にもあるはずだ。

電話、手紙、ハガキ、チラシ、メール、粗品・・・要するに感謝の気持ちをどう表現するかだ・・・な。
「R25」2006.3.23(NO86)より。

ちょど3日ほど前の日記でこの“へん”な会社の社長が言っていることについて触れていた。それは「株式会社はてな」のことだ。何度読んでもへんな会社名だ。社員は17名で、37万人のユーザーを抱えるウェブサービスの開発、運営会社である。

へんなのはそればかりではない。この会社は出社したら、好きな場所に座る。会議は立ったままする。会議をネット上で公開している。・・・というように変わっている。

また、社長の近藤淳也氏が出版した書名は『「へんな会社」のつくり方』となっている。へんであることがウリになっているようだ。しかも、これも生半可なへんではないのだろう。ふつうIT企業というとかなりカッコよさが先立って目立つが、この会社はむしろ実直さが売りになっている。

振り返ってみれば、むしろ同じIT企業のライブドアのほうが、実際は“へんな会社”だったのだ。一般大衆を欺いて粉飾決算をしていたことはやはり“へん”なことを行なっていた証拠だろう。

だから、何がへんで何がへんじゃないのかは一見しただけではわかりにくいということ・・・かな。今日のこの日記もへんかも。それは私の頭がへんということで・・・
昨日は4時間ほどテレビでWBC決勝戦、日本対キューバの一戦を観戦でき幸いだった。歴史的瞬間をテレビを通じ、興奮しながら堪能できたことは言葉にできないほどだ。

テレビ観戦していたものの、途中解説がやや退屈になったので画像を見ながらラジオの実況生中継放送を聴くことにしたのだ。テレビと違って球場の熱気がより伝わってきた。迫力さえ感じられたのだ。

そしたら、おやっ!と思ったことがあった。それは、テレビ画面ではピッチャーが投球動作に入ったときだった。なんと!ラジオではすでに打球の音がして内野ゴロになりショートが捕球して一塁に投げアウトになったことを報じていたのだ。テレビの中の映像がまるでビデオの再生を観ているような錯覚をしてしまった。

実際に手元の時計で確認したわけではないが、約2秒間程度ラジオの実況放送のほうがテレビの画面より早かったのだ。わずか2秒間に過ぎないが結果がわかった画像を見ても実に面白くないもの。

テレビとラジオの両方で楽しもうとした自分がいけなかった。その後はラジオのスイッチを切ってテレビの画面だけで楽しむことにした。いままで、国内のプロ野球のゲームではテレビを見ながらラジオを聴くことはたまにあったが、同時進行だったので違和感はまったくなかったのに・・・

ラジオを先に聴いていてついでにテレビを観るということはないだろう。しかし、テレビで観戦しているついでにラジオのスイッチを入れることはありえることだ。今回は海外からの放送のため、わずか2秒間のライムラグだったが、ちょっとどころかかなり違和感を感じた次第。

(WBCで世界一になった瞬間は、ふとトリノ五輪での荒川選手の金メダルを思い出させる)