「サライ」2005.7.21号より

今朝(8/31)の朝日新聞に“世界最高齢の115歳女性死去”という記事が掲載されていた。ギネスブックで世界最高齢と認定されていたオランダ人女性だった。この人は健康で老いることができたのだろうか、とふと考えてしまった。

そして、これを読んだときに以前ある雑誌で読んだ記事を思い出した。黒田久子さんという方で、現在102歳であるにもかかわらず現役で篤志面接委員として仕事をしている。この仕事は刑務所や少年院に入っている人たちの、社会復帰を助ける活動を目的としているのだ。

黒田さんがこの活動を始めたのは54歳のとき(昭和32年)だった。今年で48年間、仕事を継続しているというから驚いてしまう。これまで面接してきたのは3000人もの孫よりも若い年齢の人たちばかりだという。

102歳という年齢にもかかわらず、もし命があったらさらに2年、計50年務めさせていただきます、とまで言っている。黒田さんは年を重ねることについて、「特別に嬉しいことがなくても、何も報われることがなくても、一日一日を自分なりに精一杯生きて、明日を迎える。・・・」と述べている。

100歳を超えてもなお世のため人のため、まだまだ仕事を続けようという心構えには敬服するしかない。そして、タイトルのようにいまだ介護されていないのだ。

それに引きかえ、最近は体力も知力もあるのに仕事をしないニートと呼ばれる若者が多すぎる。どうにかならないものかな~
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PRESIDENT2005 8.29号より

アイデアでもなんでも、ちょとしたものを文章や企画書にまとめようとするとき、その前段階としてメモはどうしても必要だ。最近はケータイなどにもちょっとメモできるが、自分にとってやはり手書きのメモが一番使いやすい。

私はホームページをはじめたばかりの5年前から、そのネタ帳として大学ノートを使っている。そこには思い付きや切り貼りも混在している。なんだかんだでもう45冊になってしまった。でも、それがなければ継続することもできなかったかもしれない。

実際はホームページに書いてないボツネタのほうが多いのですが、それでもちょっとした日記にもなっている、と思えば納得できる。

もし、それがパソコンのハードディスクだけにメモしておいたとしたら発想も広がらないような気もしている。そもそも、パソコンの場合はスイッチを入れてファイルを見つけるまでに時間がかかってしまう。いらいらしているうちに書くことも忘れてしまいそうでもある。

しかも、パソコンがダメになったらバックアップなどとってないから永遠に過去の記録さえ消えてしまう。一台目のパソコンが壊れたときにはせっかく作ったデータが消えてしまいぞっとしたものでしたね。

さて、メモにもどりますが、林望氏はメモマインドという言葉をつかっている。それは記録しようという心そのものだそうだ。物事を“しっ放し”にしない心持ちなのだ。本を読んだり、映画を観たら何かを記録しようということだろう。スポーツ観戦、旅行、仕事・・・その対象は無限にある。

もし、物事を漠然と見ていたら記録することなどできない。メモしようという意識がメモマインドを喚起させてくれるのだ。べつに取材なんて大げさなことは考える必要はないとおもうが。これを書こうという気になったのもメモをしたからかもしれない・・・

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PRESIDENT 2005.8.29号より

アウトプットを前提にインプットを行うと、いい意味で自分を追い込むことになり、成果につながりやすいらしい。これは大前研一氏が言っていることだが、氏は毎年年賀状に「今年はこの勉強をします」と新しい勉強へのチャレンジを宣言している。しかもそれを30年間続けてきている。毎年新たな勉強をするのはかなりハードなことに違いない。

しかし、宣言した以上はやり遂げている。意志の強さを感じる。氏の場合研究した成果を著書という形でアウトプットしている。凡人には勉強のターゲットを見つけるだけでも大変そうだ。

別な人も、知識や情報を頭にインプットしたら、次の段階ではそれを必ずアウトプットすることが大事だという。インプットした状態のままではいけないのだ。自分の考えとして表出ことができなければ、知識も身についたとは言えそうもない。

振り返れば単に理解した気になっていても、それを自分の言葉や文字や絵の形で表現できなければ本物ではないのかもしれない・・・な。

例えばホームページやブログで自分なりに表現したことも、人からの書き込みやコメントで、自分では考えなかったことにも気付かされることもある。時にはそんな考えを元にもう一度考慮してみることが、自分を成長させてくれるのかもしれない・・・・なんて思いながら今日も書いてみたりして。

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PRESIDENT 2005.8.29号より

この号の特集は“最新「学び方」”というものだった。それにしても、タイトルの学び方はカッコよすぎる。

つまり、この意味するところは楽しみながらでも本当の勉強はできるということだろう。テキストにかじりついたり教室に通うことだけが勉強というわけではない。勉強を楽しむためには好きなことを学ぶことなのだ。

経営者に人事をどうやって勉強したかと聞くと、ノウハウ本で勉強した人はほとんどいないらしい。多くの経営者は一例として司馬遼太郎や宮城谷昌光の歴史小説を読んで、人間の反応の仕方を理解しているようだ。実際の仕事ではそこから得たことが洞察力として役立っているらしい。

義務感でノウハウ本をサッと読んだだけでは洞察力など養えないだろう。ポイントは興味をもって読み込んで、読んだ後であれこれを思いを巡らすことだ。読んだものを血肉にするためにはそんな過程が必要なのだろう。

英語はテキストだけで学ぼうとはせず、音楽や好きなジャンルの読書と関連付けると根気が続くのかもしれない。実際そんなふうにして実力をつけた人がいるのだから、三国志やジャズも力強い見方でもあろう。

自分が楽しいと思うことと、学びをどう結びつけていけるかも大切なことだろうな。そんなことを考えるだけでも、ちょっと気持ちが楽になりそう・・・ではありませんかね。
「座右の諭吉」より

筆者は“エネルギーを使わないですむ読書からは、それだけのものしか得られない”という。

確かにすらすらと早く読めてしまうような本が増えているようですが、そんな本からは得られるものは少ないかもしれない。逆に何度も読み返したくなるような本からはその読む年代によって得られるものはたくさんありそうだ。

筆者は読書も大きく二つに分けているという。それは技にする読書と情報に触れるための読書だ。福澤もそれを意識していたらしい。技とは自分の血や肉になるような本を読むということでもあろう。また、生きる力になるような本ともいえよう。その中には繰り返し読んでみたくなるような箇所があるはず。

福澤が自分の進もうとする先のことを、単なる小手先のテクニックだけにたよるのではなく、おおらかに判断できたのは豊かな読書経験があったからだったようだ。人生の基本書と呼べるようなそんな本が自分の身近に何冊あるだろうか。

新しい情報を得る一方で、深い読書をすることで人間的な魅力も増すに違いない。
「座右の諭吉」より

福澤は、考えても仕方のないことは一切考えない、という主義だったようだ。あれこれと、らちのあかないことで悩んだことは生涯なかったらしい。悩んだりして生きるエネルギーを漏電することはなかったのだ。こんなことは凡人には無理なことのようにも思える。

中には、悩んでいるうちに一日のエネルギーをほとんど使い果たしてしまうこともあるかもしれない。考えてみればバカバカしいことだ。

また、彼は物事をなめてかかることでパワーに変えていたらしい。この“なめてかかる”ことは、無謀とはイコールではない。なめきっているようでも、きちんと傾向を把握し、対策をたてて臨んでいる。大胆な精神と繊細な段取りこそが福澤にとって勝つためのノウハウだったようだ。

「そんなことは、どうってことない」と思えて実行できたということは、それなりの裏づけはちゃんとあったに違いない。自信を持って、思い切ってやってみようという心構えがあれば、それはパワーにもなる・・・か。でも、今の自分にとってなめてかかれるほどのものってあるだろうか・・・

「座右の諭吉」斉藤孝著より

好きな本は何かと問われたときに、それを言うことは出来ても引用できるまで読み返したりしているわけではない。ところが福澤はそれが出来ていたらしい。

「・・・殊に私は左伝が得意で、大概の書生は左伝十五巻の内三、四巻でしまうのを、私は全部通読、およそ十一度び読み返して、面白いところは暗記していた。」(福翁自伝)

上記のように、福澤諭吉は「左伝」を何度も読み返して、自分の血や肉にしていたのだ。

もし自分にとって人生のテキストとよべるようなものがあれば、困難に見舞われたときなど、そんな言葉は自分を勇気付けてくれる。出来れば、生きるエネルギーにまでなるような基本テキストを持っていたいものだ。

言葉を変えていえば、よりよく生きるためのバイブルといってもいいかもしれない。自分にとって永遠に宝石のように光を放ち続けるような言葉に出会ったことがあるだろうか。もしかしたら、そんな言葉が含まれている本は、熟読した後自分の近くに置いておくだけでも心の保険にもなりそうだ。

自分のことを振り返れば、それは「道は開ける」(デール・カーネギー著)かもしれない。まだ若いころ、後から考えれば何であんなことで悩んでいたんだろうと思うようなこともあった。しかし、そのたび、この本のどこかを開いて心の支えにしたこともあった。今でも忘れていない言葉は「今日という枠の中に生きよ」だ。

つまり、過ぎたことや、将来についてあれこれと過度な不安を持たないようにし、今日という一日について考えようと解釈すれば気持ちも楽になる。一生使えるこんなちょっとした宝のような一言をいくつか持っていたいもの。


これは、いまふと自分が思ったこと。

昨日、Web日記で「徒然草」のワンフレーズを取り上げてみた。すると思いがけず多くの方々からコメントをいただいた。本当にありがたい。

それぞれの方々は“「機嫌」=タイミング”ということについて、ご自分のことと照らしあわせて語っている。

私の日記からかつての高校時代を懐かしんでいる方もいらっしゃったようだ。また、「親孝行したいときには親はなし」など全く思いもよらないコメントを寄せてくださった方もいらっしゃる。そして、忘れる前にタイミングをつかんですぐに実行に移さねばと感じている方も多いようですね。

なかには「機嫌」を「不安」や「恐れ」など別の言葉に置き換えてみたら真実味がでる、と提示してくださった方も。そこで、実際置き換えてみました。すると「かならずやり遂げようと思ったことは不安(恐れ)などとやかく言ってはならぬ」となります。さらに解釈すれば、「絶対にやらねばならないことなら、不安なんていってられないものだ」ともなりそうだ。

本来の意味のニュアンスとは微妙に異なるものの意味は通じている。こうして、言葉を置き換えてみることで、別のものが見えてくることもあるな・・・

いずれにしても、嬉しかったコメントのお礼の“機嫌”を失ってしまう前に今日の日記にさっそく書いておいた次第。

「徒然草」第百五十五段より

いろいろなものにはタイミングというものがある。友達や家族との約束でも「いずれ」「そのうち」「おいおい」「時間があれば」なんて思っているとなかなか“その日”はやってこないもの。「じゃあまた」とか「いつか」という日は忘れてしまって永遠にやってこなかったりする。

ものを学んだりするのにもタイミングがある。例えば、今回の古典、古文なども一般的には学ぶ期間は高校の3年間のうちしかない。

「徒然草」の第百五十五段の冒頭は、「世に従わん人、まず機嫌を知るべし・・・」と始まっている。ここでは、世の中に順応してゆこうと思う人は、まず時機(タイミング)を知らねばならぬ、と言っている。

ところが、読み進んでいくと「かならず果たしとげんと思わんことは、機嫌をいふべからず。」と言っている。ここでは、本当に大事なことであれば、タイミングがどうのこうのといっている場合ではない、と述べている。つまりスピード感をもってやることが大切だとも説いているのだ。

というわけで、今回はべつに大して急ぎの用事でもないが、たまたま「徒然草」を思いついたので、忘れる前にメモした次第。こんなつまらない日記でも自分で期限を限らないと書かないのかも知れないな・・・

朝日新聞朝刊(8/21)より

甲子園では数年前まで東北以北のチームの優勝など考えられなかった。せいぜいベスト4くらいまで残れば上出来と思われていた。優勝は近畿、四国、九州あたりが当然と思われていたはず。

ところが、昨夏の甲子園で駒大苫小牧高校の優勝ではじめて大優勝旗は津軽海峡を渡った。そして、今夏、かつての甲子園常連校のPL学園や横浜高校さえ成し遂げていない夏の連覇を57年ぶりに成し遂げたのだ。まさか北海道のチームがやろうとはだれが想像しただろう。

香田監督自身は選手として3度甲子園の土を踏んでいる。そして、臨時コーチとして母校の佐賀商の優勝を94年に経験している。しかし、その後“優勝の興奮の中でチームが勝てなくなっていく姿”を目の当たりにしたのだった。

そんな身にしみた体験があったからこそ、昨年の優勝以来過熱した取材などで緩みがちな選手たちの気持ちを引き締められたのだ。べつに厳しいばかりではなく、甲子園での初戦突破のご褒美として人気テーマパークのUSJに全員で出かけている。こんなふうに緊張感のなかにも弛緩をうまく組み込んでいる。メリハリもちっきりしてるのだ。

それにしても、最近は緩みっぱなしの自分自身を振り返ってしまう。緊張感が足りないな。夏バテを言い訳にしてる・・・