奈良 聖林寺ものがたり

奈良の聖林寺 国宝十一面観音立像の光について
四十年来光背(光)の研究をしています。


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毎日、朝夕、南に聖林寺を仰ぎ、北に、三輪山を拝む暮らしが、すっかり、慣れてきましたが、それにしても、地理上の位置的に、その2つしか見えません。西と東は、山が迫って、山しが見えず、その間に、里の家が、静かに点在して、滅多に、人にも会いません。
先日は、弘法大師講の日にも家にいたので、ご近所さんにもお会い出来ませんでした。

時折、お寺に用があるときには、遠来の人に、それも、興味深い人に出会います。
昨日がそうでした。
その方は、四国の八十八ヶ寺霊場第79番札所、金華山、天皇寺、高照院の山主である、沼野圭翠といわれる、女性のお坊様です。

見るからに、スッキリと、澄んだ眼差しが印象的でしたが、お話が出来て、心深くで、慶びを感じました。
清らかな、真摯な思いを、その方に感じることが出来ました。
高野山大学で、真言宗の教義の研究をされておられる人のようです。
ご自坊のご縁で、聖林寺十一面観音さまと、大神神社を訪ねてこられたとか。
ご自坊のご本尊も十一面観音だそうですが、三輪鳥居が在るのだとか、三輪鳥居は、大変に珍しく、地方に数ヶ所のみです。
天皇寺の伝承は、奈良時代の行基菩薩に創建されるといわれますが、保元の乱に破れた崇徳上皇の流された村です。上皇の念持仏である、阿弥陀如来も伝来するそうです。

金山と、十一面観音と、崇徳上皇を祀る白峰宮の三輪鳥居、阿弥陀や、天照の日の神々、等、奈良の三輪山から、離れた土地に共通する、事象。
とても興味深いことです。

人々が、思いをつなげてきた、その歴史に深く、沈むように残る、思いは、表面は、何事もなかったかのように、人々が忘れ去ったとしても、ふと、立ち上るように現れるもの、に、敬意と、畏れを感じます。

我が家の灯油を買うために、外出の予定がありましたので、帰路をご一緒しました。
奈良に来られたのは、初めてと言われるその方を、JRの駅まで送っていく、途中、長谷寺にお連れしました。
夕暮れの、初瀬の山々も、美しいものです。
とても、其々の、出会いに感動されておられたので、嬉しく思いました。


一夜明けた、朝、見たこともない、すじ雲の美しさに見とれました。
飛行機雲かと思いましたが、見ている内に、飛行機が飛んできましたが、全く、飛行機雲ではないようです。素晴らしい筋雲を初めて見た気がします。

午後になって気付きましたが、裏の畑の猪は、いつの間にか、居なくなっています。吉野の山の人が来て、静かに連れていかれたようです。
もう、猪さんが、来ないように、と思います。
その畑に、3月になってから、キンカンの木を植える予定です。
猪は、ミカンは食べないそうですから。

昨日の初瀬の夕暮れです。













今朝の、聖林寺の空色です。真ん中の小さな一筋雲が、飛行機です。
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今朝、7時過ぎ、お隣さんが、「外に出て見て」とベルを鳴らしました。なんと、裏の畑の檻に、親子の猪がかかっているというのです。こわごわ覗いてみると、大きな親と、半分くらいの子の猪が2匹、檻の中で動き回り、出ようと、暴れています。
直ぐに、家に戻りました。
私は、一日中、家の中で、作業をしていました。
今は、もう、日がくれて、猪は、午後から、檻の中で、寝てしまったようです。檻を仕掛けた方も、そんなに簡単に、動けないと見えます。プロの狩猟家でないと、危険でしょう。
数年前から、猪、穴熊、もぐら、鹿と、畑を荒らされて、お隣さんは、毎日、もう、畑は辞めたと、嘆いていましたが、我が家の庭にも猪が、手当たり次第に、土をひっくり返すので、共同で、猪避けの柵をしていただきました。
それから、ほぼ1年は、安心して、作付けもでき、それなりに収穫を喜んでいましたが、今年は、他の民家の庭を通って、山からではなく、里の下手から、畑に入ってきます。敵も、必死です。

お釈迦様は、殺生を禁止しました。
しかし、良く考えれば、血を出さない、植物も、



緑の血を持つ、生き物です。人は、他の生き物の、命を奪って、食べなくては、生きられません。
他の生き物を、殺生することが、嫌であれば、己の命はないのです。

前に、ダライ・ラマさんが、北九州で、公演されたとき、ある人が、「肉屋の友人は、どう生きたら良いのか?」と質問しました。
すると、「私も、一時、草食にしたら、過酷な季節に、体を壊したので、バターや、肉も食べるようになりました。その、肉屋さんには、家族を養うために、殺生を生業にすることを、毎日、祈って、赦しを請いなさい。自分のしていることを意識して、懺悔して、暮らすように伝えてください。」と言われました。お釈迦様も、きっと、そう答えることでしょう。
できる限り、可能な限り、殺生をしないことが、理想でしょう。
が、真剣に生きることが、どういうことなのか、良く考えれば、その時々の答えは、あるのでしょう。

敢えて、子供達の為に、都会を離れ、家族で、深い山に移住して、狩猟をして暮らす、マタギになった、若い父親のドキュメンタリーを見ました。
人間も、猪と変わらない動物であり、地球上で、特権がある動物ではありません。特殊な生き物ですが、皆さん生き物は、全て、特殊です。その中で、人間は、特に、他より優れていると勘違いしている動物です。

檻の中の、猪の親子を、見てしまったので、少なくとも、自分は、無駄な、暮らし方をしてはいないか、立ち止まって、考えてみたいと思いました。。
頂ける、最小限の物で、暮らすようにしたいと、思いました。

ちびさん達には、できる限り、争いからは、逃げるように、と言っています。しかし、無茶な相手とは、勇敢に、毅然と闘えとも言いたいです。
武器ではなく、心を使って闘って欲しいです。
いじめっこがいたら、泣いてはいけない、怒ってもいけない、泣くことと、怒ることは、同じことなので、それは、相手に負けたことになる。
いじめっこが、なんで、そんな事をするのか、考えて、人をいじめたりはしないと、決めている自分は、堂々としていなさいよ❤と、言っています。
最後は、カンフーか、柔道か、護身術は、是非、身につけて欲しいものです。
ばあばは、まずは、転ばないように、太極拳の練習を、頑張りますね。

それから、罠には、けして、近づかないように。


畑に、少しの野菜の苗を植えました。レタスやスナップえんどう豆などです。粉雪が、降りてきたので、沢山の藁を被せました。お布団がわりです。果たして、無事に育って、私が、頂けるのでしょうか?
菜の花の苗が、大きくなっていたのに、誰かが、すっかり、葉っぱをちぎって、跡形もありません。根っこは残っているのですが、ご近所さんは、鹿のせいだと言います。
鹿と私が、戦う日が来ませんようにと、祈ります。




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はぎのやさん、もう、30年近いお久しぶりですね。あっ、一度、お会いしましたね❤わだ邸で。
たまたま、孫に書き残したいと始めたブログが、こんなに沢山の人達に繋がるとは露知らず、教えてもらった、操作しかできないので、コメントに返信も出来ないのです。人のブログにも入れません。
尊敬する、映像作家の保山さんも読んでくださったと言うのも、ご住職に聞きました。YouTubeを見る方法を辛うじて、知っています。

そんな私が、知らない間に、懐かしい人に繋がるこの世は、不思議な世界です。ある時、全く、お会いしたことのない方と、繋がっていることに気付いた時も、こりゃ大変と、思いましたが、はぎのやさんのように、懐かしい方にも繋がるのだから、このまま、お邪魔でないようにと、思いつつ、基本的には、ちびさん達に向かって、ボソボソ、書き続けていこうと思っております。

4月からの作品展も、瓢箪から駒のような事ですが、思えば、70年近く生きてきたことの、結果だと、思い至りました。
仏像の光に魅せられた、20歳の頃から、あれこれ、バタバタと暮らし、生きてきた、道の、ひとつの結果なのでしょう。

それにしても、わださんや、はぎのやさんと、暮らしたあの頃は、一番、私の若くて、ドジな時代でしたね❤わださんに言わせれば、面白くて、本が書けるそうです。
スクールバスから、降りてきた山田くんが、「おばちゃん❗弟が、バスに乗ったまま行っちゃった❗」と言うので、大変、皆、車に乗りなさい❗と、私は、叫び、子供達は、キャーと叫びながら、転がりながら、座席に重なり、車にしがみついて、私は、前のめりになって、アクセルを、
目一杯吹かしながら、小さくなった、スクールバスの後を、追っかけて走りました。その頃は、携帯電話も持たないし、自分の身は自分で守るべき、異国の地です。対向車も全く無い、田舎の、林の中の道路を、ぶっ飛ばしたものです。おそろしや、よくぞ、無事でした。
今思えば、親切な運転手に任せていれば、彼は、必ず、子供を送り届けてくれたに違いないのに、ここで、子供を見失ったら、大変なことになるという、緊張感が、そんなに無謀なことをさせたのだと思います。
客観的に、見れば、かなり、漫画的です。
今では、40才近くになる、当時の子供達は、また、伯母さんが、トンでもない変な伯母さんで、しかし、怖かったねと、今になって、噂話をしているかもしれません。
追い付いたバスから、漫画の本を抱えて、降りてきた1年生の可愛い山田くんは、今では、立派なデザイナーで活躍していると、聞いたような気がします。今ごろになって、あー、無事で良かったと、思い出したりします。この、ドジ話は、わださんは、知らないと思いますが、私が、むきになって、前のめりに、車をぶっ飛ばす姿を想像して、大笑いすることでしょう。私の真剣さは、わかるはずです。
それにしても、ある時、台所で、火をつけたまま、自動ドアが閉まって、入れなくなって、お巡りさんを呼んだら、驚いたことに、そのお巡りさんが、ドアに向かって、拳銃をぶっぱなして、ドアを開けたのには、驚きましたよね。あれは、はぎのやさんのお家のドアでしたか?

何はともあれ、無事に、ここまで、暮らしてこれて、また、お目にかかれるなんて、生きていて、良かったです❤






写真の船は、北九州から、東京に行く船だそうです。

今では、船で瀬戸内海を通っていますが、苦にはなりません。
夕方、北九州で、船に乗ると、早朝、奈良に立っています。

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手元の小さな作品を、見詰めながら仕事をしていると、目が霞んできて、頭もぼんやりしてくるので、外に出て、散歩します。
蝋梅の薫りのふくよかなこと。ご住職の母上が植えられた蝋梅が、数本、小さな林になっているので、立ち去りがたい、ほどです。

蝋梅越しに、聖林寺。梅の花越しに三輪山が、望めます。

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今日は雨です。
昨日は、少しは陽もさしていました。聖林寺のこぶしの蕾が、だいぶんと膨らんできましたが、写真には写らなかったでしょうか?

東京から来られた方が、寒い観音堂に、1時間以上も座っておられましたが、帰られる人に、寒くはないですか?と声をかけると、「素晴らしい時間を過ごしました。」とにっこりされました。

拝観の方も少ないので、観音様と、対峙する、静な時間が、ゆっくりと流れます。

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聖林寺に、若いお坊さんがお二人も誕生いたしました。
こんなに、嬉しいことはありません。仏教にこれからも、期待して、希望を持ちたいと思っている私には、心からの喜びです。
大玄さん22才と、光玄さん19才です。
先日は、雪の積もる室生寺に、修行が満願して、下山される大玄さんを、お迎えに行くのにご一緒させていただきました。
写真の1番はじめは、素足で、室生の奥の院の山の上に一人登って修行する大玄さんです。
修行が、無事満願した、光玄さんに「折角、抗がん剤で、頭の髪の毛が、スッカリ無くなったのを、きっかけに、仏門に入ろうかと思うのだけど、修行に耐えられるかが、問題だよね」と、言うと、まだ、10代の彼に、即答「無理ですね」と言われました。
難しいお経を暗記する自信もありません。
暖房のないお堂で、何時間も素足で、座り続けるだけでも、無理です。
修行中に世の中から遮断されることは、大丈夫ですが、奥の院に登ることから、アウトです。残念ながら、病気になる、ズーと前に、思い立つべきだったと、観念しております。

彼らは、霜焼けになっているようです。

雪の室生寺で、清々しい空気を沢山浴びました。
私の仏画製作の後押しをいただいたように感じて、下山いたしました。
感謝。


















仁王門の前の石碑の室生寺の文字は、大玄さんの親戚に当たる、今井凌雪氏の書です。


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私の大きな病気は、我が家の主人を、すっかり自立家人に仕上げました。
現役時代は、家では、亭主関白で、右のものも左には動かさないことを、主義にしておりましたが、趣味が高じて、友人達とお蕎麦屋さんを初めてから、家の中でも、もともと、好きな料理から始まり、いまでは、家事全般こなすようになりました。
衝撃的であったのは、先日、私が取り込んだ洗濯物に、頼みもしないのに、自然に手を伸ばし、畳んでいました。
今は亡き、昔風の厳しい義母も、それを見たら、なんと言うでしょう。

私は、ありがたいと、感謝するばかりです。
互いに歳を取りましたので、これから、益々、健康やら、生活の困難が増していくはずなので、上手に二人で、これからも乗り越えて行かなければなりません。

今では、冷蔵庫は、自分(主人)が管理するので、勝手な買い物をしないようにと、宣言されているので、私は、困ることがあります。
朝食作りは、私の仕事と決められているのですが、残り物だけでは、不自由です。近頃では、少しずつ、目立たないように、食材を買い足して、私もそれなりに、朝食作りを楽しんでいます。
なにしろ、二人分で良いのですから、昔に比べれば、楽なものです。

先日、驚いたのは、昼に、パウンドケーキが出てきたことです。
私達は、基本的に昼御飯は頂きません。朝、夕の2食です。

私の留守に、1度試したので、2度目だそうです。本人も嬉しそうで、
「写真に撮っておきなさい」と言われました。
おそらく、私の友人達に見せたいのでしょうか?ハイハイと、早速パチリ。
お味は?本人は納得していましたが、私は、もう少し、シットリが好きです。

本当に、長生きをして、良かった❤
これ以上は望みません。でも、きっと、イチゴのショートケーキまでは、作るに違いありません。長い時間がかかりましたが、少しは、相手の出方が分かるようになりました。

料理好きは、子供達全員が、受け継いでいます。彼らは、美味しいものを作ります❤

写真のアイスは、安納芋と、ソフトクリームです。次男のアイスやさんで、たまの贅沢に、頂きます。
何処よりも、軽い後口で、今まで食べてきたソフトクリームの中でも一番美味しいと思います。

良く考えてみたら、人間は、贅沢ではなく、美味しいお味噌汁と、美味しい御飯と、一品があれば、最高の幸せでしょう。
子供達は、男も女も、自分で料理をする人達に育ちました。唯一、私が安心出来ることです。その事に気付いて、初めて、自分の生きて来たことの、唯一、確信できる幸せだと思い当たりました。

これからも、子供達や、孫達が、贅沢ではなく、美味しい御飯を、自分で、調えて、味わってくれたら、こんなに嬉しいことはありません。

作ってもらって、頂く幸せもありますが、自分で作る喜びを、全ての人が味わうのは素晴らしいと思います。

最後の写真は、アイスやさんのアイス入りコーヒー、これもまた、美味しい。私には、少々お高いので、年に2度ほど、時々の、自分へのご褒美に頂きます。

ケーキの形が不思議なのは、焼く前に、トントンと、形を、テーブルに打ち付けて、空気を抜かなかった為のようです。愛らしい形ですが。










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友人が、久しぶりに電話をくれました。私が病気になって、その時も、久しぶりでしたが、「病気になったので、更に連絡しないけど大丈夫よ」と、私から連絡して1年ぶりです。

元気かね⁉と言われて、楽しく会話が弾みました。
その時の、話の一部が、とても、楽しい話でした。
彼女(といっても、先輩なのに、昔から、私には、大切な友人です)達、ご夫妻には、お子さんがなく、ソロソロ、二人で、終活に入ろうと、(二人は芸術家)御主人様の、漆芸の作品を、住まいの近くの、世田谷美術館に寄贈の申し込みをしたところ、素晴らしい作品なのでと言われ、お買上げ下さった上に、作品の寄贈金額が、1500万円以上にあたるので、政府から、褒章がいただけますが、いかがされますか?と言われたそうです。
楽しいことが大好きな友人夫婦は、それはそれは、ありがたくお受けしましょうといったら、なんと、日本国天皇から、賞状と、朱塗りの木杯と、勲章が来ちゃった❤という、ことでした。
その、日本国天皇からというのが、見たいといったら、コピーを送ってくれました。
御主人様のお人柄通りの、品格のある、素晴らしい作品です。
私は、彼の作品のお碗を、1客しか持っていません。日本人として、情けない限りです。が、あと、もう少し長生きをして、もう少し買い足したいものです。子供達が、更にもう少しずつ買い足して、いってくれると、嬉しいのですが、難しいことです。
漆器は、日本の誇れる技です。日本国天皇から誉められるのも、何だか、おとぎ話のようで、めでたい。

歴史は、何処の国も、不幸を抱えながら、刻んできました。でも、今、日本は、何とか、平和を保ち、何とか、民主主義を掲げて、世界の中でも、何とか、人々が手を取り合える社会です。
そんな中、象徴天皇が、全身全霊で、神に祈りを捧げることを、大事にする、この日本国を、私は、ありがたく、幸せに思います。
この歴史がいつまでも、続けられますように、祈らずにおれません。とんでもない災難で、破壊される歴史を、沢山見てきました。

平和を、続けて、暮らしが、何とか、立って行けますように。

友人夫婦は、ロンドンで、漆芸の作品展をする準備をしているようです。応援しています❤
世田谷美術館で、小柳種国さんの作品をいつか、拝見したいですし、あと、1個でも、お碗を我が家に残して、日本の良いものに、

ちびさん達が気付いてくれますようにと、思っています。
美術館で見るだけではなく、使うものでもあるのが、素晴らしいのですから。
残念ながら
おそらく、ちびさん達、全員に、残すことが出来そうにはないのですが。縄文時代からの伝統ある、漆です。漆器の美しさが、永遠に残されますように。

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今度の定期検診の結果も良でしたが、昨年の手術以来、初めての風邪を引きました。
今まで、風邪をひけば、ガンが再発するかのごとくに、注意を受け、充分に注意をしてきましたから、1年間、一度も風邪もひかずにきました。
なので、かえって、病気になる前の、普通の体になったかのような、不思議な思いをしています。
風邪もひく、普通の人です。
インフルエンザのようではなく、昨日よりは、体調も良くなっていますが、用心をして、家にこもって、ひたすらに、絵の制作をしております。
今朝は、嵐のような、強い風で、目が覚めました。8時頃には、雪が横な降りです。
槻田小学校の校庭で、朝礼の前に、雪の中で、全校生徒が、縄跳びをして遊ぶ姿に気付きました。

空には、雪の中で、輝く白い太陽が、子供たちを照らしています。
楽しそうな子供たちをもっと、上手にとらえたかったのですが、余りの寒さに、急いで、家に戻ってしまいました、

風邪が治りかけている我が身には、これが限界なほどの、寒さです。







どうぞ、この寒さから、すべての人達が、守られますように。
昨日の、夕方の、太陽も珍しい、光でした。



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院生の時、西村公朝先生の最初の授業の時、忘れられない場面があります。
佛の印相である、手指は、佛の心を表現する手話であるということ、その中で、阿弥陀如来の印相などに、親指と、他の指で、輪っかを作る。その指の形は、良く、人が誤解をしているが、けして、
お金を表現するのと同じ、丸ではないというものでした。

先生の手は、大きく、指は、長く、お歳を取っていたので、節やシワはありましたが
品の良い手でした。その形をご自分の手指で、見せてくださったので、忘れることがありません。
親指は、他の指の、指先ではなく、指の側面に添えて、佛の福徳をその指の爪先の表で、佛に向かう人に向かって、弾き、飛ばして届けてくださるのだと言われました。親指先と、他の指先で、丸く輪っかを作るより、大変に品が良く、美しい形です。
案外に、人が見逃しやすいところでしょう。

先生の、臨終の間際、先生の手を見て、同級生のk先生が、「見て、先生の手の美しいこと❗」と、感動の声で、私に呟きました。
ミケランジェロの大理石の手のようよ❗と言いました。
水分が、溜まっているせいなのでしょうが、記憶にあるシワシワのご老人の手ではありません。ひとつもシワがなく、ふっくらと、若々しくさえ見えました。

授業で、「佛の手は、生まれたての赤子の手に作る。節もなく、シワもない手だ、良く、赤子の手を観察しなさい。」と言われました。

人は、最期に、赤子のような手となり、佛に近づくのだと、ご自分の手で、私に示して下さいました。
その他にも、沢山の気付きがありました。
教えていただいたことを、若い人達に、伝えなくては、恩師に申し訳ないことですね。







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