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エディタが更新された影響か

古いOSではだめなのか

マイページが正しく表示出来ません。

フォロー中のブログも表示されないので

見に行けないなあ。

そんな感じです。

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センター試験

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関東は暖かかったお正月からうってかわった

寒い朝になりました。

心配した天気は寒いけれど晴れ。

雪の地域の受験生も万全の準備で無事に試験に

臨んでいるでしょう。


様々なハンデを背負って始まった高校生活だったので

結果よりなにより、ここまで育ったことに親2人して

なんともいえない感慨があります。


こつこつ勉強することを

こばかにされて悔しがった時、あきらめなかった。

昔の友だちを避けるために志望を変えたという本音を知って

悲しかったなあ。

彼らには届かないところに行く。

その覚悟に頭が下がる。


チャレンジは始まったばかり。

狙った結果を君は必ず手にする。

絶対に。


きらいなことばだけど

今日は言う。

がんばれ

がんばれ

がんばれ

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カウンセリングとは、広くいえば相談援助、
「どのお化粧品が自分にあっているか」という相談とアドバイスも
カウンセリングと呼びます。
メンタルヘルスに関しては、心理カウンセリングと分類し、
精神心理学の一分野である応用心理、臨床心理理論をもとに、
悩みを抱える人に寄り添い、その人自身が問題を解決する、
あるいは自分の状態を整理して
認知するまでの支援アプローチです。

悩みを相談する、聞いてもらうなら
親しい友人など身の回りのひとで充分でしょう。
それでこんがらがった糸がほぐれたら、ほっとして気分もよくなれます。
逆に、相談したらなんだか否定された気分になった、
アドバイスがずれていてなんだかかえって落ち込んだ、そんな体験をして
いっそう孤立してしまったり、自分を責めてしまうことも
めづらしくないことです。

心の問題のありようは抱えている被害や問題も含め様々です。
人間関係のストレスを交流分析という学問で読みほぐし
さらに記憶と感情のメカニズムから
感情の処理をしていくことで、そのひとらしい有り様に
行動をリセットしていく。そういう技術をプロとして身につけた人に
話しを聞いてもらってみませんか?
もし、今回はなんか違うな、という結果だったとしても
そこはお互い人間ですから、完全を求め過ぎず
あなたに合う優しい手にまた出会う日を待てば良いと思います。



Able できる。

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たまたま同席した集まりに
発達臨床心理士の方がいらっしゃいました。
主に子どもの発達障害の相談指導をされています。
少し年上かな?という長いキャリアをお持ちの女性。

趣味の集まりだったので
仕事の話しは表面的に自己紹介した程度なので
そこから計れるものは薄いですが

こどもの能力の表現に
弱い
低い
出来ない
が使われました。
(良い悪いのジャッジはプリーズウエイトアモーメント)

日々子どもの養育(家庭と学校)に関わっている専門家が
この言葉に含ませる情報はなにか?と
考えてみます。
特定の発達能力について、具体的な統計による数値を背景にして
定型発達というライン基準との比例で
弱 
低い
という高低差を端的に言い表しているのか。

受け止める側の知識が限りなくまだらななかで
専門家の発する言葉が
聞き手の「意図しない幅、自己の経験値に寄りかかる憶測」
を​呼び込む

解釈の温度差に、日々接しながら考えてみます。

以前とある施設で長くボランティアされている元教員の方の
「どうせ〜できない」
「どうせ〜は、むだ」
「この子たちわかんないから〜させない」
に、戸惑いました。
このとき私は「作業の協力」を求められていたのですが
これでは取りつく島も無い!と
もや〜っとした怒りを感じたのです。
たまにしか関わらないものにはわからない諦観なのか。
この人の性格傾向なのか。

現場がへとへとになり、やや攻撃的になる瞬間に
たまたま立ち会っただけなのかも知れない。

でもことばと行動の関係を思うと
違う表現を求めたい。

ひょうたんから駒を出す

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先日、とある子育て講演会企画ミーティングに出席しました。
新しくご高齢の男性の方が参加されて積極的に発言されていました。
考えをまとめ次回提案が出来るよう書いてみようと思います。

コントラストの強かった意見の一部をランダムに並べてみます。

・人よりいい暮らしをしようとして母親が働くから保育園が足りないとかになる。
  旦那の稼ぎで家計をやりくりする努力が足りないからだ。
・ここ(市内)の親は満足してるが、あっち(市内)の親とかは
  こういう学習にも関心が無い、勉強する意識が低い  
 (あちゃちゃ~さすがにイエローカード)
・(提案した講演者の著作を紹介すると)どうせその先生1人が聞いた話が
  ちょろちょろ並べてあるだけなんだろう。 → とんでもありません。ショック!
・(基本的人権としてセクシュアリティも取り上げたいという意見に)
  セクシュアリティ?そんな横文字アメリカからの輸入だろう。
  中国で二千年前に出来たそういうのを日本はずっと前から
  とっくに取り入れているのをあなた知らないだろう。
  (たぶんなんのことか知っています。でもそれは閨房術です。。。)
・親になる資格も無い若いのが簡単にやって産んじゃうから虐待がある。




これを聞いてなにを感じますか?
(その通り!と思われた方はちょっと辛抱して下さいね)


ここに書けないようなこともあるので
私は聞きながらけっこう腹が立ったけれど、少し時間を置いて
その男性が同世代のお仲間と
今どきの子育てを口角泡飛ばしながら居酒屋で
気勢をあげてこき下ろしているところを想像してみたんですね。
子育てをサポートするチームとしては想定外の視点だけど、
この社会で少なからず聞こえてくる声。
その主の1人がわざわざ参加してくれている。
現代用語の説明したり思い込みを具体的データで訂正するたびに、
自分でも自分の視点や情報を点検できます。勉強になるう!

発言を読み返すといくつかテーマが見えます。
・女性のライフプラン 働き方と生き方
・女性男性共に親になっていく生き方
・保育園問題は女性だけの問題か
・こどもの貧困問題とその周辺
・移り変わりの激しい教育政策とどうつき合う
・LGBTってなに?どこで学ぶ?どう向き合う?
・こどもと性教育
・自尊意識と基本的人権感覚
・保護者、夫婦が抱える関係性の課題
 (セクシュアリティにど真ん中な反応をされて苦笑気味だったのですが
  その中国2000年の歴史の学問も道教とともに日本に入り
  本質的には現代のlove&peaceの源だったな、と受け止めました。)

教育にとても関心がおありで
その思いで行動されて企画会議に来られた。
ただお話のほとんどが伝聞的情報だったり、主観的印象に偏っていたりで
目の前にある現実とかみあっていません。
共に話しながら気が付いてくれたらいいなあ。












春遠からじといいますが

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最近マンガかと思う出来事が世界レベルで本当に多くて
自分が成長してきた過程で養われてきたethics からは
とらえようの無い世の中や他者の行動などに
戸惑う日々です。


新聞で読んだある投稿。
障害のあるお子さんを
NPO団体にお願いして
就労させたものの
対人関係に不安があり辞めると決めたら
給料が未払いになったとのこと。
NPOだからと信じていたと悔やむ保護者。

現在は特定非営利だからといって
信用できる保障もシステムも無いのですが
そういうことは行政も通常の市民生活をおくる人々に
積極的に周知していないのが現実です。

情報はネットの他に
書籍などの編集を経たものでも
手に入りますが
出版不況が悪化する今
本もお金を出せば出版出来るので
玉石混合であると心得て
よく調べて鵜呑みにしないよう
気をつけたいですね。
だいぶ前にとある社会問題について
読んだ本を共著されている方と
ご縁で実際にお話しする機会があったのですが
本から受け取った専門性の高い情報と
ご本人の姿勢が一致して
いろいろと腑に落ちたことがありました。
同じ国家資格の別の人物との落差に
頭痛のする思いでもありましたが。。

自分の心眼が曇っていないか
謙虚に振り返りながら今日も生きていきましょう。



#不登校
#ブラック企業

雪降りませんように

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センター試験二日目、自宅のある地域は
午前晴れ、のち雨のち雪予報です。
めまぐるしいですね。

受験生の皆さん、あと少し がんばれ~!


今日はアメリカから帰国する息子を迎えに
成田まで行きます。
夜到着便なので、遅延してしまうと
公共交通が使えなくなる可能性もあり
車でお迎えに行くことにしました。
本当は自力で帰宅するのが筋なのですが
向こうで手を負傷してしまったようなので
ちょっと甘い親になります。

帰国した次の日から
1年の受験生生活が始まります。

どの道を選んでも
応援します。
お金が出せないときは
出せません。予算内でがんばってもらいます。


1年を振り返ってとこれから

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昨日はまちなかに新成人が溢れ、
我が子が成人を迎えたという友人知人からの誇らしい報告も聞こえてきました。
二十歳になったこと、親の務めを終えたこと
いろんなかたちでお祝いされていて、式場に行こうが行くまいが
晴れ着着ようが仕事着だろうが、海外にいようがおうちだろうが
どうでもいいね。
20年、このむつかしい世を親も子もよくがんばりました。

さて、この1年振り返ってみると
去年の今ごろは わたし 大変だった!
よくがんばった、1年前の私!→波

ブログには書きませんでしたが、
家族の死とか介護とか子どもの進路とか全部いっしょくたの大波でした。

大波の後に、信頼という足元が、砂のように洗い流される思いをしました。

1年出来ることはした。出来ないことはしなかった。




これからはこのブログももとの読書記録に戻すか
新しい展開にするかいずれかになります。







不登校問題に関しては
お手伝いも含め、卒業いたします。
ここで出会ったみなさん、私たちは悩む人である以上に
多くの可能性を持つ個人です。

次は現実世界でお会いしましょう。