私がバルテュスを知ったのは、マリオ・バルガス・リョサの小説「官能の夢」だった。

「キスをし、触れあい、愛撫しあったの、もちろん」と妻ははっきりと言った。彼女は再びまわるように歩きだし、ドン・リゴベルトの耳は歩くたびに起こる自乗の毛皮の擦れる音を認めた。思い出して熱くなっているのだろうかフ・「つまり、その場を動かないで、隅のところで。しばらく。わたしに塗り終わるまで。そのあと蜜だらけになったわたしをベッドに連れていったの」情景はあざやかで、イメージが強烈で、ドン・リゴベルトは『目がつぶれてしまうかもしれない』と怖れた。幻覚剤の悪夢に刺戟されて、サイケデリックな年月のなかで、光線で網膜を焦がして、人生を聴覚と触覚と想像力でしか眺められないようになるまでカリフォルニアの太陽に挑んでいたヒッピーたちのように。彼らは香油を塗り、蜜と体液をとはし、ギリシア風に裸で姿勢をとり、猫の騒ぐなかへと進んでいた。彼は中世の闘いのために武装した槍兵であり、彼女は森のニンフ、誘拐されたサビニ人だった。金色の足をばたばたさせて『いや。やめて』と彼女は抵抗した。だが、彼女の腕はいとしげに略奪者の首にまとわりつき、舌は男の口のなかに入ろうと企て、悦びで男の唾を吸いこむのだった。『ちょっと待ちなさい』ドン・リゴベルトはあせった。ドニャ・ルクレシアはおとなしく動きをとめた。共謀する暗がりに溶けこんでしまいそうだった。一方、夫の記憶には、椅子に坐って頭をなまめかしく後ろに反らし、片方の脚はのばし、もう片方の脚は曲げて椅子の縁に小さな踵をのせ、目を半ば閉じて歓びをのんびりと待ちながら、チェストの上にうずくまっている猫を撫でようとして手をのはしているパルチュスの物憂げな乙女(『猫と裸婦』)が浮かんだ。


猫と裸婦 1948-50年 油彩、カンヴァス 65.1×80.5cm

【解説】場所はクール・ド・ロアンのアトリエで、モデルはローランス・バタイユ。裸婦の足下に洗面器、タンスの上に水差しがあり、椅子に白いタオルが掛けられていることから、水浴びをした直後なのだろう。本件では、画家の視点は裸婦に近づき、椅子に座ってのけぞる裸婦の左足の爪先から、笑う猫を撫でようと後ろに伸ばした左腕まで、対角線上にうねるような動きが強調され、右側の窓から差し込む光が裸婦の肉感的な身体を浮かび上がらせている。ここでも、窓のそばに佇む後ろ向きの女性は、猫と少女のじゃれ合いには関与していないようだ。全体的に暖かみのある茶系が基調の画面で、赤い靴、青い洗面器、緑のスカートなとが色のアクセントとなっている

現物を見てリョサは的確に「猫と裸婦」を表現していることが確認できた。即ちこの裸婦のモデルは少女であり、リョサの対象は成熟したルクレシアであることから、リョサはバルテュスのイメージを借用することで少女のエロスから大人の肉体的な歓びを堪能しうるエロティシズムまでを重層的に描き出したのだということを実感した次第。
ところでこの絵のモデルは、あのジョルジュ・バタイユの娘とのこと。一時期バルテュスのモデルを務めたとのことであるが、本展では「地中海の猫」という作品にも描かれているのをみることができる。

【必見(必験)の1品】
⇒50半ばの私の軸で今見て(体験して)おかないと死に際に後悔するぞと思った作品。素人なので技術面等詳しい批評はできないのであくまでも私の軸での印象なのでご容赦。


夢見るテレーズ 1938年 油彩、カンヴァス 150×130cm

まずは解説文を引用。

この作品のモデルは、パリのクール・ド・ロアンの隣人だった失業者の娘テレーズ・ブランシヤールで、最初の少女モデルである。
テレーズには、第二次世界大戦の足音が迫り来る暗い世相を反映したような憂鬱な雰囲気があり、それがパルテユスを惹きつけたのだ。
クール・ド・ロアンの薄暗い質素なアトリエで、両腕を頭上で組み、左膝を立てて座り、スカートの下を無防備に鑑賞者の視線に曝すポーズ.....
《夢見るテレーズ≫ではタイトルの通り、目を閉じて夢の世界
に投入しているような横顔のテレーズが描かれている。無垢から性の目ざめへの過渡期を表わしたともいえ、少女の膝は完璧なモデリングとハイライトと陰影で措かれている。少女の足元では、猫が一心にミルクを飲んでいる。画面は、アクセントとして巧みに配置された赤(スカート、靴、机上の静物)や線(クッション)や自(ブラウス、下着、机上の布)の差し色以外は、抑制された茶系のニュアンスに富む色調で統一されでおり、机に掛けられた白い布のドレイバリー(衣紋)は、ポール・セザンヌの静物画も想起させる。テレーズは第二次世界大戦後、25歳の若さで早世する。

チラシのメインビジュアルに使用されている絵である。本展の目玉なのだろう。チラシのコピーに「これは本当にスキャンダラスなのか?その核心には見た者しか迫れない」とあるが、美術館という空間においては何が描かれようとも「美術」という鎧があって堂々と安心して眺められるのである。だがこのチラシを美術館を出て、堂々と持ち歩くのは気が引ける。ロリコン、変態にカテゴライズされてしまうからだ。
ところでバルテュスは
「私の作品を「官能的」と形容するのは馬鹿げています。少女たちは聖なる、神々しい、天使的な存在なのです」といい、節子夫人はこう語る。
「近代以前の画家が宗教画を通じて表現したいことを描いたように、バルテュスは少女を通じて、神聖な意味でのエロスを描こうとしました。大人になる前の神秘性のあるエロスです。」
「バルテュスの絵にあるような格好を、少女はよくするんですよ。そういうことを自然に見る点では、日本人の方が作品を受け入れやすいのではないでしょうか」
バルテュスや節子夫人の意図は理解できるものの、バルテュスの作品が表しているものは荒木経惟さんの言葉が的確だ。
『エロシュールな《 街路 》少女はエロス、スキャンダル。
鏡にエロポーズする少女《 鏡の中のアリス 》バルテュスは、鏡だ。』

そして、少女自体も決して無垢というように捉えるのは適切でないことは姫野カオルコさんの本が教えてくれる。

リンキョウのスカートをまくりたい。悲鳴をあげるところが見たい。はっきりと願ったのだ。オー、モーレツ。走って行ってスカートをまくりあげたら彼女の顔ははげしく動くだろう。濃い口紅の塗られた口が歪み、ヰヤーツと叫ぶ。頬が薔薇色になる。怒っているのに笑っているような目。手がスカートの裾をおさえる。もじもじする。痛い。次々と浮かんでくる光景が痛いくらい私を刺激する。心臓の宵がどきんどきんと喉にひびく。オー、モーレツ。台所の電子レンジの前にいたもうひとりの私が走りだして、リンキョウにとびかかった。(短篇集「サイケ」所蔵「オー!モーレツ!」)
小学校5年生の女子は初潮前ではあるが決して無垢でも純真でもなく、エロい思念で窒息しそうなほどドロドロした存在なのだ。
バルテュスの少女の作品は身体的未熟と精神的エロスの二重性とそれを見る鑑賞者の聖性(少女の可愛さ、美しさに至高の価値を見出す)と欲情(実際にはパンツ等へのフェティシズム)の二重性を曝け出し、まさに荒木さんの言うように鏡のように私自身を映し目を背けたくなる闇を見せつける力を持っているのである。ああこわっ!


【発見(初験)の1品】
⇒美術展ではほとんど初見の作品、画家もそこで知ることばかりなのである意味全てが発見といえるのだが、50半ばの私なりに自分の経験、知識・常識に照らし合わせて新たな何かを気付かせてくれた作品


空中ごまで遊ぶ少女 1930年 油彩、カンヴァス 80×65cm


バルチュス22歳の作品。空中ごまに興じる少女をのびやかにすがすがしく躍動感あふれる筆致で描いたいい作品である。エロス的要素はないもののバルテュスの少女好きが発揮されている。

【少女づくし】
本展で鑑賞できる主な<少女>絵画は以下のとおり。


鏡の中のアリス 1933年 油彩、カンヴァス 162.3×112cm
この作品のタイトルは、ルイス・キャロルの『銃の国のアリス』を参照したものと思われ、モデルは兄の学友で翻訳家のピエール・レリスの妻ぺティ。


キャシーの化粧 1933年 油彩、カンヴァス 165×150cm
キャシーのモデルは、当時外交官と婚約中で、パルチェスの苦しい恋の相手だったベルンの名家の令嬢アントワネットド・ヴァトゲィル、ヒースクリフ(絵の男性)はパルチェス自身である。


眠る少女 1943年 油彩、板 79.7×98.4cm
モデルは、ジャネット・アルドリー。テレーズ・ブランシヤールより年長で成熟しているジャネットだが、テレーズに似た重々しい雰囲気も持っていた。


12歳のマリア・ヴォルコンスカ王女 1945年 油彩・厚紙 82×64cm


ジャクリーヌ・マティスの肖像 1947年 油彩・厚紙 100×80.6cm


美しい日々 1944-46年 油彩、カンヴァス 148×199cm
手鏡を見ている少女のモデルは、第二次世界大戦中パルテエスが一時期住んでいたスイスのブリブール郊外にいたオディル・ビュニョン。


猫と少女 1945年 油彩、カンヴァス 45.7×55.2cm
この作品は、パルテユスが少女の裸体を初めで正面観で措いた絵として知られている(それまでのパルテユスの裸婦像は、成人女性か、少女を横向きまたは後ろ向きに措いたものだった)


部屋  1947-48年 油彩、カンヴァス 190.3×160.4cm


ジョルジェットの化粧 1948-49年 油彩、カンヴァス 97.8×93.9cm

金魚 1948年 油彩、カンヴァス  60.3×62.8cm


決して来ない時 1949年 油彩、カンヴァス 97.7×84.4cm
モデルは、パルチェスの友人でフランスの思想家ジョルジュ・バタイユの娘ローランス。


横顔のコレット 1954年 油彩・カンヴァス 92.5×73.5cm
モデルはシャシーの城館の修理に当たった石工の娘コレット。


白い部屋着の少女 1955年 油彩、カンヴァス 115×88cm
モデルは、1954年にシャシーにやって来たパルテュスの義理の姪フレデリック・ティゾン。長い褐色の嬰と健やかな官能性をもつフレデリックは、自然豊かなシャシー時代の到来を告げ、1962年までの8年間、パルテュスの主たるモデルであった。


日ざめ(Ⅰ)1955年 油彩、カンヴァス 161×130.4cm
モデルはフレデリック・ティゾン。