2011年6月12日
夜濯ぎやおさがりの泥ていねいに
某句会で、「夜濯ぎ」というお題が出た。夏の季語である。暑さで汗にまみれた衣類を、夜風が立ち始める頃に洗濯することだ。大掛かりな洗濯ではなく、ちょっとした小物類を洗うイメージである。洗濯機がさほど普及していない昔の、手洗いの時代の言葉といっていいだろう。全自動洗濯機が登場する現代では、共稼ぎの女性にとってはごく普通の行為かもしれないが、それでもなんとなく情緒的な雰囲気を残す言葉だと思う。
そういえば、いまどき「おさがり」という言葉も死語に近いかもしれない。昭和は遠くなりにけり…か
杉玉をかすめて奥へ夏燕
杉玉とは杉の葉(穂先)を束ねて大きな球状にしたもので、地方の造り酒屋の軒下によく吊るされている。その年の新酒ができたことを知らせるもので、最初は青々としているが、やがて枯れて茶色に変色する。この色の変化も、日本酒の熟成の度合いを示すというのだから、昔の人の智慧というか、粋な仕掛けはたいしたものだ。
数年前の夏、能登の造り酒屋を訪ねると燕が忙しく飛び回っていた。酒屋の広々とした土間の梁に巣があり、子燕に餌を運んでいるのだ。店の入り口に人がいると、入ろうとしないで旋回しているので、あわてて「すまん、すまん」と、どいてあげた。
2011年5月3日
床上げや一椀重き蜆汁
味噌汁の具で何が一番好きかと問われれば、やはり千六本である。大根を細く刻んだ千六本に油揚げ。次いで、豆腐と若布、たまねぎやジャガイモ、なめこもいける。変わったところでは、長ネギに納豆というのも旨い。
ところが、蜆の味噌汁だけは別格に思えるのはどうしてだろう。大根や豆腐に比べ、どこか存在感が違う。大根や豆腐では驚かないが、蜆だと「オッ」という小さな感動がある。黒くて艶光した蜆が、ぎっしりと椀の中に鎮座している姿を見ると、ほのぼのとうれしくなってくる。
口染めて食べて遊びし桜の実
花が終わると桜は小さな実をつけ、やがて熟して黒紫色になる。すっぱくて渋みがあり決しておいしいものではないが、子供の頃の遊び道具のひとつでもあった。口のまわりを真っ赤に染め、その姿を互いに笑いあったものだ。今では、そんな桜の実を採って口に入れたりして遊ぶ子供はいない。路上をいたずらに汚すだけだが、あの渋くてかすかな甘みだけは鮮明に覚えている。
2011年3月26日
停電の閑たる朝や忘れ霜
若布寄す入江の村の静まりて
平成23年3月11日を、私たちは生涯忘れないだろう。国内観測史上最大のマグニチュード9の脅威に、語るべき言葉もない。高さ20メートルもの大津波は、一瞬にして人も家も校舎も庁舎も何もかも飲み込み、街を瓦礫と化した。そして、追い討ちをかけるかのような原子力発電所の崩壊。
計画停電という初めての事態に戸惑い、放射線の恐怖におびえる日々が来ようとは。想定外という言葉が使われているが、果たして本当に想定外なのだろうか。阪神・淡路大震災から16年、関東大震災から89年。避難命令が出たといっても、いったいどこへ避難したらいいのか。日常生活のすべてが狂ってしまった被災者の方々を思うと、あらためて政府の無能さに腹が立つ。
2011年2月19日
気兼ねなき一服空へ冬木立
世間の風潮に逆らっているわけではないが、私はヘビースモーカーである。1日2箱のキャスタースーパーマイルドを吸っている。事務所でも自宅でも、存分に吸っている。さすがに街中では所定の喫煙場を利用しているが、わが町鎌倉は、その公けの喫煙場が極端に少ない。表駅と呼ばれる東口にはなく、裏駅の西口に一箇所あるのみだ。私的に吸殻入れを用意してくれている煙草屋さんやスーパーなどの隠れ喫煙場があるのが、せめてもの救いとなっている。
「外出のときぐらいは吸うな」という意見もあるだろう。確かに正論だ。しかし、ほとんどの飲食店が禁煙になってしまった現在、では、どこで食後の一服を楽しんだらいいのだろう。某日、誰もいない広場で一服したら、晴れ渡った冬の空に紫煙がゆっくりとのびやかに広がっていった。
庭下駄のきつき鼻緒や落椿
俳句を始めるようになって、植物の名前が少しはわかるようにはなったが、それ以前はひどかった。桜や梅、菜の花、杏、木蓮、椿ぐらいはわかっても、それ以上となるとはなはだ怪しいものだった。山茶花と椿の違いがわかるようになったのは数年前のことだから、まことに恥ずかしい。
先日、仕事で老舗の日本旅館に泊まったら部屋の前の庭に椿が数輪、落ちていた。庭下駄を履いて近寄ってみたくなるほど、みごとな紅椿だ。「ありありと別の世があり落椿」(青柳志解樹)という好きな句があるが、まさにそんなことを彷彿とさせる光景だった。落ちてもなお、強い存在感を示す椿の姿に、感じ入ってしまったものである。
2011年1月10日
連れ添うて忘れし里の雑煮かな
お雑煮は地方によってそれぞれ作り方が異なる。我が家では鶏がらスープと鰹節で出汁を作り、薄い醤油味で整える。具はささみと小松菜、大根、三つ葉である。いわゆる関東風だ。
料理はおせちに限らず、嫁ぎ先の味に合わせるのが普通だが、最近はどうだろうか。
家長なく屠蘇も失せたるマイホーム
今、正月の三が日にお屠蘇をいただく家庭はどのくらいあるのだろうか。下手をすると、「お屠蘇って何?」という人もいるかもしれない。昔は父親が食卓の中央にでんと座り、おせち料理を前にして子供らが順にお屠蘇をいただいたものである。妙に甘くて苦く、薬くさい風味に閉口したものだ。
家長制度の崩壊とともに、日本の昔ながらの習慣やら言わずもがなの家庭内のルールが軽視されている。「そんなのは年寄りの繰り言さ。古いね」と言われれば、確かにそうだが、この先が思いやられる。考えてみれば、マイホームという言葉も、なんだか気持ちが悪い。