改めて感じる

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タイミングなんかな~、いきなり「結婚する」なんて言われた日にゃビックリしますわな。正直、結婚よりも独り身の方が魅力的な彼女が奥さんに収まってしまうのは何か違和感がある。
とりあえずおめでとうとは言ったものの、電話で知らされてからちょうど丸3日間、後から考えたらおかしいなぁなんてことが浮かんでしまう。かつては大道芸でブイブイゆわしてたのに、そんな彼女が結婚するとは…う~ん、悪い言い方をするけど正直な気持ちとしておめでとうよりも「何で?何故に?」の方が先にくる。他の人はおめでとうムードを出しまくりのようですが、私は違う。彼女の結婚を非常に残念に思ってしまう、もったいない、MOTTAINAI。結婚するっていうイメージを持ってなかったからかな、これから彼女が妻になって母となることが想像できない。
何が彼女を結婚に向かわせたのかわからないけど、よく言うタイミングってやつなんかな~と、チラッと考えてみる。大学出てから約8ヶ月後、一度彼女のところに行ったことがある。そのときは何の変わりもなかった。「地元からここに帰ってくるときのこの橋がイヤ」と言ってた彼女がこの1年と少しの間に変わったんだなぁと思う。地元を離れて新しい居場所を見つけたか、居心地がいいのだろう。たぶんそうだろう。変わるのが当たり前で変わらない私がおかしいのだろう。うん、そういうことにしておこう。
「できちゃった婚じゃないよ」と最初に言われたのがおもしろかった、失礼な話やけど真っ先に浮かんだことやったから。ま、うまいことやっていってくれたらいいよ、「幸せな子」よ。私の先輩は9月頃に帰ってくるやろうから、それぐらいにちゃんと連絡しろよ。これ読んでたらの話やけど。
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石見銀山の世界遺産登録を目指して

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最初に話を聞いたときは無理だろうと思っていた石見銀山の世界遺産登録、この気運がかなり高くなっていますな。もし登録されれば島根県では初めて、中国地方でも広島の原爆ドーム、厳島神社に続いて3番目の世界遺産になるわけですな。


世界遺産にも文化遺産と自然遺産と二つをあわせた複合遺産というのがあります。文化遺産は建築物とか都市、例で言えば姫路城とか京都、奈良とかそういうもので、自然遺産は日本では知床、屋久島、白神山地の3つで、生態系や地学、地形、自然地理的な地球の歴史を現すもの、そういうものが登録されていますな。


石見銀山が世界遺産に登録されるとしたら、もう石見銀山にはなかなか行けませんな、人が多くなるから。大森の町並みは並々ならぬ地元の方の努力によりきれいに保存されているし、この連休には交通規制もすごいことになっているんでしょうな。どれだけの人が行くのかわからんけども、石見銀山だけではなく出雲大社や日御碕灯台、最近開館した古代出雲歴史博物館、小泉八雲旧居、残念ながらティファニー美術館は閉館したんだけども(まぁあれじゃぁ閉館もするわな)、島根県の中部から東部にかけていいところはたくさんある。もちろん西部にもある。柿木村の棚田、津和野、益田の医光寺、萬福寺の雪舟庭園、水族館アクアス、数々の温泉。


島根にはいいところいっぱいありますなぁ。島根と言うと田舎っていうようなイメージが先行してあまり行きたくないなんて考えてる人も多いと思うけど、行ってみないとわからない良さっていうのがある。食わず嫌いならぬ行かず嫌いではどうにもならん。文句を言うなら行ってから言うべきだね。世界遺産に登録される前にもう一回だけ行っとこうかな、石見銀山・・・

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連休

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連休が迫っており、なかなか物事に集中できない今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?
私は連休中にやらなければいけないことが一つだけありまして、それが連休での最も重要かつ最も気合いの入ったことなので、それに向けて精神集中しているところです。
一応、計画では熊本、大分辺りに旅行に行こうと考えており楽しみなんですが、絶対に人が多いとわかっているだけに不安もかなりあります。私は鹿児島の指宿に行ってみたいと思っているんですが、それもちょいと難しいようなんで、熊本ぐらいで落ち着くかと、いうことになりました。
連休があることの喜びを噛み締めつつ、それでも連休のない人に申し訳ないと思いつつ、楽しく過ごさせてもらいます。
今年の休みはデカいぜ!
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花に嵐

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花散らしの雨が降ってますなぁ、今年の桜は長いこと保ったと思う。つい昨日まで私の地元も満開でしたわ。
だいたい1週間、満開の期間があったと思うのだけども、花に嵐とはよく言ったもので散るのは一瞬、花は風に吹かれて散る瞬間が一番美しい。
桜散る季節、今から就職しようとする人にはあまりいい言葉じゃないけど、散るところが一番美しい桜、桜の花弁には悪いが散るところを見るために満開の桜を見るんだなぁと思うわけです。笑い芸で言えば「振りと下げ」あんなにきれいに咲いた花が呆気なく散っていく様に皆見入ってしまうんだろうね。
しかしよく見てみなさい。地面に落ちた花弁は、雨に濡れ、泥をかぶり人に踏まれ、何とも惨めな姿になってしまっているではないか。あんなにきれいと騒いだのに地面に落ちた汚い桜の花弁を誰も愛でないではないか。誰も相手にしないではないか。
よく人の人生と桜を例えたりするけど、ここまで似てくると恐怖さえ感じてしまう。惨めな思いをする人間にはどこかで満開になっていた時期がある。勝ち組とか負け組なんて言いながら、勝ち組になりたいとか、羨ましいとか言ってるけども、勝ち組はどこかで散るということを想像できないか?負け組はいったい何に負けたんだ?人生に勝ち負けってあるのか?
花は咲いたら散る、人も咲いたら散る。それが長いか短いかはわからん。早く咲いて長く保つ人もいれば遅く咲いて早く散る人もいるだろう。〇〇のうちが花という言い方は、これは勝ち負けを意味してるんじゃなくて誰にも訪れる転機を表しているんだよと、そう思うわけです。
自分の思うように生きればいいじゃないか。人生の主役はいつでも自分、自分の人生はいつも自分を中心に回っている。自分に嵐がきたらそれも自分の人生、小泉前首相の人生色々はダテじゃない。

蕾懐かし咲いた花

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桜が満開になりつつありますなぁ。春の匂いがプンプンしている今日この頃、新しくスタートを切った人は数多くいるでしょう。私もその一人。
今まで膨らんでいた蕾は見事に花を咲かせていますが、蕾の頃がよかったなぁと思うことはないですか?今か今かと咲く日を待ち、日に日に大きくなっていく蕾には新しい始まりの希望が詰まっていた。咲いてしまえばあとは散るのを見届けるだけで、あっけなく終わってしまうのです。
この春、学校を卒業して新しく社会人となった人、新しい学校に行く人、新しい学年になる人、様々な花や蕾がありますが、花を咲かせる、維持させるというのはなかなか労力のいることですよね。
咲いた花は蕾には戻りません。咲いたからには見事に咲いてみようじゃないですか。いつか散ってまた蕾になるときまで。