広島県 祇園町商工会

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こんにちは。たけぴょんです。


大変遅くなりましたが、5月30日に行われました、第7回武田山フォーラムの報告をいたします。



広島県 祇園町商工会


プロジェクト武田山が主催するこのフォーラムは、武田山について様々な角度から勉強をしようとするもので、今回で7回目となります。


プロジェクト武田山は、中世に築かれた金山城の史跡が残る武田山を、市民にもっと親しまれる山にしようと、里山環境活動をはじめ、フォーラムやイベント活動を行っているボランティア団体です。


今年もフォーラム開催は、広島経済大学のキャンパス内で行われました。


広島県 祇園町商工会   受付ロビーには、武田氏由来の甲冑が展示されてます。


今回は参加費500円でしたが、132名の方々に参加をしていただきました。


オープニングは、地太鼓の演奏です。



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安芸武田氏の時代から受け継がれた地太鼓の伝統を「広島和太鼓の会」が次の時代を担う小中学生に、地域の伝統文化としての和太鼓を指導しています。その若者たち「広島和太鼓の会」が、奉納太鼓・飛龍太鼓などを演奏しました。


本編の講演は・・・・


講師に広島県立大学人間文化学部長の秋山信隆教授をお迎えして、


毛利氏時代の武田山金山城ー広島発展の原点としての金山城


と題して、講演をいただきました。



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金山城は、室町時代中期に武田氏によって築かれ、天文10年(1541)武田氏滅亡後、大内氏そして毛利氏に引き継がれます。毛利元就は佐藤郡(現在の安佐南区など)を隠居領として確保し、金山城を隠居所とする構想を持っていました。元就が重視した金山城は、天正10年(1582)来島村上の離反の際や慶長2年(1600)関ヶ原の合戦前夜にも注目され、修築が加えられています。(現在の金山城の遺構は、基本的には毛利氏時代のものだそうです。)


武田山にある「カナヤマジョウ」は「銀山城」だと思っていましたが、

先生のお話によると、「銀山城」という表記は後世のもので、城が存在した戦国時代の史料はすべて「金山」と記されているそうです。


今日の広島市の都市的発展の起点は毛利輝元による広島築城ですが、それは元就の死後約20年が経過して、元就の構想「夢」が孫の輝元の手によって現実となったとも評価できるということで、今回の講演では、これまでほとんど知られていない毛利氏時代の金山城のことを深く知ることができたと思います。



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武田山は武田氏のイメージしかありませんでしたが、毛利元就と金山城はこんなに結びつきが深かったのですね。


室町時代~戦国時代と時代の移り変わりとともに、金山城の役割も変化していったこと一つをとっても、その歴史を深く知ることはとても面白いですよね。


そして、武田山の魅力はとても奥深いものですね。



ニコニコ






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