東京ドームでたたかう元主将の本気blog

アメフト・オービックシーガルズ#52改め、中央大学ラクーンズコーチ庄子達郎のblogです。


テーマ:
「2011年11月13日@横浜スタジアム」

この日の試合は自分にとって生涯忘れる事の出来ないものになりました。
今年からコーチを始めた、母校中央大学ラクーンズのリーグ最終戦です。

全勝対決の結果は、法政大学に16–21で惜敗。

これにより2011シーズンは終了となり、
全てが終わってしまったという喪失感や、
自分の力不足による悔しさを噛み締めているところまでは
いつもの負けたシーズンと同じなのですが、
今回はそれと同時に別のいろいろな感情で心がいっぱいになっています。

こんな気持ちはアメフト20年の現役生活でも感じたことがありません。

これはコーチという立場になったからでしょうか?
どちらかというと、暖かい気持ちに似たものです。

正直答えはないし、まとまってもいないのですが、
これは記録しないともったいないと、本能が理解しているのか
久々にblogを書いてしまっています(笑

なのでしばらくは思いつくままに書き綴ってみようと思います。
PR
いいね!した人  |  コメント(3)

テーマ:
本日4月1日より新年度が始まりました。

1日あっという間でした。

今年度は、

少し「わがまま」に行こうと思います。

「いつもじゃんか!」

そう突っ込まれる方も多いと思いますが、

実はここ2年くらいは遠慮しすぎていました。

気を使い過ぎていました。

他人に対しても、自分に対しても。

もっと自分に正直にいくことにしてみます。

わがままなくらい。

周りにも頑張ってる同志がたくさんいます。

共にチャレンジしつつ、共有していきたいと思います。

まだ春はこれからです。
PR
いいね!した人  |  コメント(0)

テーマ:
3月31日も終わってしまいました。
新年度の始まりです。

毎年のことではありますが、
今回はなんだかいつも以上の新しい感覚があります。

震災後、世の中の価値観の急転換を感じています。

夜でも明るかった街が、昼でも暗い。
エスカレーターも使えない。
空調も弱い。

でも、別にそんな不自由も感じない。

「今まで当たり前と思っていたことが当たり前じゃなかったんだ!」

そんなことに気づいてしまったのかもしれません。

自分だけでしょうか?

また、義援金を集めたり被災者を受け入れるなど
「人のために行動」したり助け合ったりする方々、
原子力発電所など被災地で命を賭して戦う方々、
そして、全世界からの暖かい支援の数々を見るにつれ

日本人の古来からの大事な価値観の復活と、
世界から支えられている日本を感じています。

現状は混乱のほうが遥かに大きいですが
今後生み出すであろうポジティブなエネルギーに
新しい年度の始まりを重ねワクワクしています。
PR
いいね!した人  |  コメント(0)

テーマ:
嫁の実家に泊まり、
非常にのんびりした3連休を過ごした。

子供ともたくさん遊び
嫁ともたくさん話をし
何冊かの本を読み
久しぶりの買い物に行き
考えることも沢山できた。

シンディーローパーが
日本でのライブを決行したことが
ニュースで流れていた。

国外に避難せずに
この国に残り
精一杯のパフォーマンスをして
自ら募金まで行う姿勢に
自分は感動した。

空気を読んで自粛するより
批判のリスクを恐れず
自分で空気をつくることで
心を揺さぶってくれた行為に
とても感動した。

何かを生み出す行為に
とても共感できた。

空気をつくる人間は
動いた人間であることは
間違いない。

動こう!
いいね!した人  |  コメント(0)

テーマ:
3月19日は過去18年間で最も月が地球に接近する『スーパームーン』の日とのこと。

前回は1993年3月とか。

サイズは14%大きく、明るさは30%明るくなるらしい。

実際いつもとの差は良くわからなかったけど

とても綺麗な月でした。

ちなみに20日の今日もとても綺麗。

この状況でこういうタイミングが来たのも何か意味があるのかもしれません。

いいね!した人  |  コメント(0)

テーマ:
未曾有の大地震により被災した日本。

このたび被災された皆様に心からお見舞い申し上げるとともに、
失われた沢山の尊い命のご冥福をお祈り申し上げます。

未だ行方不明となられている皆様の一刻も早い救出と、
被災した皆様の生活が一日でも早く復興されることを願って止みません。

いや、他人事とは思えない。

復興は被災者だけのものでなく、
日本国民全員で立ち向かうという気持ちが
日々大きくなります。

けれども日常の仕事に追われ、
交通機関や、停電の心配をし、
節電ぐらいしかしていない自分が歯がゆい。

そんな中、自分の周りではすぐに行動いに移し
義援金活動などをスタートした方々がいる。

アクションしていく姿勢には
自分もきっかけをもらえる。
続いて動こうと思える。
どんどん連鎖する。

本気の連鎖と同じだ。。。

だから、何であれ
止まらず動くことは素晴らしいことだと
改めて実感した。

きっと経済も同様で、
お金が流れるエネルギーは
何かのきっかけになり
何かが動くのだと思う。

そしてスポーツも同様で、
笑顔が生まれるエネルギーは
何かのきっかけになり
何かが動くのだと思う。

だから、何であれ
止まらず動こう、自分。
止まらす動こう、日本。

・仲間の募金活動に協力する。
・なるべく自分と仲間が元気になるお金の使い方をする。
・ポジティブエネルギーが高まる行動をする。
 (挨拶、握手、拍手、ハイタッチ、お礼)

「ACTION FOR JAPAN」
http://actionforjapan.com/

「Gulls for Tohoku」
http://www.seagulls.jp/news/2011/03/gulls_for_tohoku.html
いいね!した人  |  コメント(1)

テーマ:
久々に出会った魂の言葉。
記録しておかねば!

<リンク>
http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/


<転写>
卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。

 諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。 また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。
 とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。
 未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。
 このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。
 諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。
 大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。
 大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。
 多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。
 楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。
 君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。
 学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。
 誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。
 大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。
 言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。
 中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。
 大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。
 大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。
 池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。
 「今日ひとりで海を見てきたよ。」
 そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。
 悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。
 時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。
 いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。
 いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。
 海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。
 真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。
 鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。
 教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。
 「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ ヘー アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書8:32


 一言付言する。
 歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。
 泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。
 今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。
 被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。
 巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。
 本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)
 被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。

梅花春雨に涙す2011年弥生15日。

立教新座中学・高等学校

校長 渡辺憲司
いいね!した人  |  コメント(0)

テーマ:
昨シーズンかな?
シーガルズの皆さんから「1.01」という言葉を良く聞いた。
何かと思ったらこういうことのようだ。

吉永孝徳ヘッドトレーナーブログ「勝1.01」
http://www.seagulls.jp/blog/yoshinaga/2011/03/101.html

ちなみに吉永さんは、
自分が新人の時には既にヘッドトレーナーで
ある意味君臨していた。

口ばっかりの生意気な新人なんか相手にしてくれない。
自分も相手にされなかった。
でも頑張って、ある意味「男」と認められると、
もの凄い力になってくれる。
そんな感じだったと記憶している。

ずっとチームを縁の下の力持ちとして支えてくれていたが
ここ数年はある意味先頭で引っ張る活躍らしい。

トレーナーという、
どちらかというと職人的な世界の中で、
「人」や「チーム」といった視点が大好きなところと、
「ビジネス」的感性が文句なしにスゴいところ、
この2つを兼ね備えているところを
文句なしにリスペクトしていた。

自分はグランド外ではほとんど接点がなかったが、
様々な局面で学ばせていただいた恩師のひとりでもある。

ぜひこのブログご愛読を。



ちなみに、今回の吉永さんのエントリーで
1%の違いが大きな違いを生むと言っているが、
これは偶然にも自分が選手だった時に、
最も大事にしていたことのひとつです。

最初はリクルートの研修でビジネスの教訓として、
「小さなことが、0か100かの違いを生む」と習った。

「小さな違いが、選択されるかされないか(100 or 0)の違いになる」と。

それをアメフトに当てはめ実行していたら
いくつかの細かいことが
いつの間にか習慣になっていた。
そして
いつの間にか勝っていた。

しかしながら
今の自分を振り返ると
大事にしている「小さなこと」が皆無である。

選手を引退してからの大きな違和感は
この部分なのだと思う。

実はもういくつか考えているので
「小さいこと」を続ける楽しさを
また再開してみようと思う。

なんだか懐かしい感覚になった。
思い出させてくれてありがとうございます。
いいね!した人  |  コメント(1)

テーマ:
一大事。

でもそれは
きっかけになることもある。

言い方を変えれば
チャンスになることもある。

というか
チャンスに変えていきたい。

起きたことをプラスに解釈し
自分たちが前に進む推進力としたい。

せっかくなので
今までやろうと思っていたが
やれなかったことを、
始めてみようと思う。

52
いいね!した人  |  コメント(2)

[PR]気になるキーワード