沖縄・島豚の日記

元「沖縄海人生活」

お店始めます!!その成功までの軌跡!?


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今でこそ、ここ沖縄は他県と遜色の無い生活水準になっているが、戦前、戦中、戦後は大変貧しかった。先日、同じ漁協に所属する最高齢(80歳)の大先輩とお話しする機会があった。これは沖縄の貧しさが厳しかった時代のお話である。

この大先輩は7歳のとき売られた。そう、文字通り親に売られてしまったのである。お妾さんの長男として生まれた彼は実母を幼くして亡くし、父方の家に引き取られた。しかし、引き取られた先も裕福ではなく、むしろ生活に窮していたようだ。小学校に通えるはずもなく、仕事に耐えられる身体になるとイチュマンウイ(糸満売り)されたのである。これは戦前の沖縄ではあまり珍しい事では無く、男子は漁業の、女子は芸者の下働きに出されたのである。年季は兵隊に取られるまで、つまり召集令状がきて兵役検査に受かるまでという契約であった。湊川に生まれた少年は八重山に売られ、追い込み漁の勢子として牛馬のごとく飼われた。泳げなかった少年は手を縛られ、海に放り込まれて生きるために必死に泳いだ。食事とは呼べない「餌」を貪り、仕事に耐えられる体力をつけた。厳しい仕事の後、小屋にもぐり込み砂の上でその小さな身体を丸めて寝た。厳しい冬の、凍える海のなかでも毎日魚を追い続けた。寒くて船に上がりたくても先輩たちに海に突き落とされた。あまりの寒さに凍えて気が遠くなり、意識を失うまでその仕事は続いた。気がつくと夕闇に包まれた砂浜に焚かれた大きなかがり火の横に放り出されていた。少年の目に映った星空は決して美しくは無かった。この大きな監獄の天井のシミのように見えたであろう。少年が働き始めてから何人かの他の子供が死んだ。ある者は溺れて、ある者は、冬の寒さに耐え切れず、ある者は衰弱して死んでいった。少年は一生懸命「餌」を食べた。この仕事に負けないだけの、生き抜くための身体に成長するように。売られてから年月が流れた。気がつけば少年は17歳になっていた。数年前に始まった戦の足音も少年の島まで近づいていた。ある日、ヤマトゥの兵隊さんが少年の親方の元にやってきた。「お国の為に配下の若者たちを徴用する。主な仕事は食料の調達である。」兵隊さんの言葉は解らなかったが、親方の悔しそうな、苦虫を噛み潰したような顔だけが少年の印象に残った。翌日から軍服の様な服を着せられて、木で作られた鉄砲を担がされて行進の練習をさせられた。少年は字が読めなかったが、その軍服のような服の胸には「沖縄防衛隊」と書かれてあった。言葉が解らなくてヤマトゥの兵隊さんにはよく殴られたが、少年が魚や貝をとってくると頭を撫でて誉めてくれた。それが嬉しくて少年は兵隊さんたちのために魚や貝を沢山獲ってきた。やがて戦が島までやって来て、嵐のように去っていった。ヤマトゥの兵隊さんが居なくなり、かわりにアメリカァがやってきた。米軍のキャンプで生まれて初めて毛布を掛けて眠り、働かなくても食事を与えられた。キャンプを出て親方の元に行くと「もう来なくて良い、サバニも道具も全部無くなってしまった」と言われた。少年は自由になった。とても不安な自由に・・・・。

これが、俺が聞いたお話の一部である。戦後の海人として独立されたまでのお話も伺ったがそれはまた今度、ご紹介しよう。ちなみに彼はいまだに現役の海人である。その小さな身体の背筋は伸びている。そして毎日、小さな船で海に出ている。

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一年中ほぼ毎日潜っていると約一年でウェットスーツのいたるところに穴が開いてくる。特にBCDジャケットで擦れる脇の部分や袖口、足首の部分だ。俺は身体に馴染んだウェットが好きなので破れたところの修理を繰り返して着用しているが、もはや限界か??そこで新調を考えている。俺のご用達のお店は砂辺にある「砂辺マリン」。ここは仕事も丁寧で、しかも海人は安い。こんどはどんな生地で仕立てようかなー。裏が起毛になっていて暖かい奴にしようと考えている。来るべき冬に備えて明日にでも採寸して来よう。どれだけサイズが変わっているか、見物である。

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子供の時分、俺の楽しみの一つは駄菓子屋に行き、友達に菓子を振舞ってやることであった。祖母が商売をやっていた事もあって商売の手伝いをするとちょくちょく駄賃をもらえる身分であったから、百円とか二百円の小銭はいつも持っていた。友達と駄菓子屋でくじを引いたり、甘い菓子を頬張っているとき「大人になったら、好きな仲間に好きなものを、好きなだけ振舞ってやりてぇなぁ」と小僧ながらに思っていた事を思い出す。その思いは成長してからも変わらず、人生の最大の楽しみは、好きな仲間といつ何時でも好きなものを飲み食いしながら過ごすことだと思っている。そしてそれが常に可能な位は稼ぎたいと思っている。商売をやめて沖縄に移住し漁師をやっている今、かなり収入は下がったが、それでも、そんな男でありたいと願う。だから日々の仕事をがんばれるのである。刹那的な快感に使う金のなんとも価値のあることか。おそらくこの金銭感覚だけは死ぬまで変わらないあろう。
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久しぶりに奴に出遭った。それも二日連続で。サメちゃんである。先日の豪雨で若干濁っている海中を魚を求めて泳いでいると何やら気配を感じる。それでも獲物を突きながら仕事を続けていると電灯の光の中を横切る影が見えた。体長2メートルほどのサメの尻尾がゆっくりと水を掻きながら電灯の光の中から消えていった。俺の突いた魚の血の匂いに惹かれて近づいて来たのであろう。気持ちは悪いがタンクの空気はまだ半分ほど残っているし、ここで逃げたらこの仕事は続けていられない。いつもは引っ張って泳ぐ獲った獲物が入ったタモ網を、サメに横取りされないように胸に抱えて仕事を続けた。そこそこの漁を終えて船に上がり、タバコを一服しながら考えた。電灯潜りの漁師がサメに襲われて死んじゃう確率、それは「飛行機の墜落事故と同じか、それ以下」であると。何の数字的な裏付けも無いが、そう考える事にしたのであーる。そしてその後も場所を少し移動して仕事を続けた。それにしても水中で見るサメの雄姿には惹かれるものもある。太古の昔に完成したとされる、その無駄の無いフォルム、自分が海中世界の王者であることを誇示する優雅な泳ぎ。でも俺が仕事をしている時は、出来れば近くに来ないでね、お願いいたします。
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我が家の風呂場事情は「沖縄の風呂場事情」 でご紹介した。

毎晩、寒そうに帰って来る俺を見かねて只今女房が湯船を買いに行っている。出かける前に「どんなのが良い?」と聞かれたので「猫足」になっていて、古いアメリカ映画に出てくる様な奴!!とリクエストしておいた。金髪美人がシャワーキャップを被りながら長い足を泡風呂からだしている様、を想像して頂くとよいであろう。さて我が家に湯船はやって来るのであろうか?楽しみである。

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今週から、病み上がりと言うこともあって5mmのフルスーツの上から6.5mmのジャケットを重ね着して潜っている。沖縄の海なのに・・・。こっちで潜り始めた時は真冬でも暖かく感じたのに、どんどん根性が無くなってきている。さらに真冬になるとフード・ベストを着込むのだ。真冬でも水温は20℃前後はあるだうが、北風に吹き付けられる船上が寒いので体感的にはそれ以下に感じる。一応、ドライスーツも持ってるけどね、動き難くて仕事には向かない。年をとったのか、甘えてるのか・・・伊豆では二月でもウエットで潜っていたのに。そのうちにパンストも履いてしまいそうである。くせになったらどうしよう!!
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新しい県知事に仲井真弘多氏が選ばれた。投票率は64.54%で、前回の知事選の57.22%を7.32ポイント上回り、県民の関心の高さが伺えた。ここで雑感。

沖縄県民はより一層の経済振興を選択したのである。今回の選挙の争点は「普天間基地の移設先問題」が、焦点となっていたが、実は県民の大多数はやはり経済、つまり中央とのパイプを持ち、沖縄に利益を誘導することが期待できる、仲井真弘多氏を選んだということなのである。俺にとって糸数氏の政策には具体性が欠けていた。普天間の代替施設は絶対に国内には作らせない、では移設先が見つからなかった場合、普天間が動かなくなって良いの?という疑問に答えていなかったからだ。俺にとってはどちらの候補にも深い思い入れはない。つまり俺は無党派層と言えよう。沖縄県に在日米軍の七割以上が存在することにも憤りを感じる。沖縄県は将来的には基地に対する政府からの予算に頼らない、自立した経済活動だけで豊かに暮らせる県になって欲しい。そのためには基地がある現在、つまり政府に予算を強く要求できる立場にある今だからこそ基地の無い将来の為に各種のインフラや人的資源を育てる教育機関等を充実させる必要がある。その為の知事としては糸数氏よりも仲井真氏の方が幾分「マシ」だったという程度である。返還された基地の跡地を利用した商業施設も含め、最近のデータでは消費型の商業は飽和状態になっている。観光を振興するといっても上限は決まっている。沖縄には人を惹きつける自然と、若く質の良い労動力になり得る人間しか資源が無い。逆に言えばこの二つは自立に向けての大きな武器になるのだ。これらを踏まえて仲井真知事には現実的なそして基地に頼らない将来を見据えての県政を行っていただきたい。

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今夜から仕事に出る予定である。風邪のため一週間ほど漁を休んでしまった。この一週間、仲買人も「潜り(漁)の魚は無いのかー!?」とお怒りモードらしい。がんばらないと。さて、今回の風邪は熱はそれほどでもなかったが鼻詰まりがひどく、海に潜って仕事をする俺としては最悪の種類のものであった。今夜は耳のご機嫌を伺いつつ潜ってみよう。普段の俺は耳抜きに気を使う事はないが、こんな時は慎重に。ゆっくり潜行、耳に違和感を感じる前に耳を抜いていく。さらに裏技としてそれでも耳が抜けにくいときは仰向けになってみる。まさに「裏技」である。仰向けになって首を左右に動かす。これが結構抜けやすい。ダイバーの皆さんも最後の手段としてお試しあれ。さて、今夜の漁の結果や如何に!!
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沖縄に移住して三年、初めて牧志公設市場に行ってきた。友人家族が来沖したので観光案内をしたわけである。国際通りを通ったのも二十年ぶりである。やっぱり沖縄観光のメッカ、沢山の観光客が歩いていた。友人が公設市場の食堂に行きたいというので那覇の友達に紹介された、市場の二階にある「つばめ食堂」で昼飯を喰った。いやー、旨かった。ここの食堂のママは台湾の人で、サービス精神も旺盛で料理の味も良く最高であった。帰り際にここで使った島唐辛子のペースト状の調味料を買って、家でも使っている。くせになってしまう辛さである。

今週は、風邪&観光案内で仕事が出来なかった。日曜日の夜からは漁に出ないと!!あ、その前に知事選挙にも行こうっと。

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俺の中では日本で、いや世界で一番旨い焼肉が食べられるのは東京、なかでも浅草だと思っている。実際、東京に住んでいたときは西に東に、北は北千住から南は南千住まで(?)旨いお店に行ってきた。ここ沖縄に移住した当初は食い物屋、特に焼肉屋、蕎麦屋、すし屋、天麩羅屋、鰻屋には期待していなかった。そりゃそーだ、みんな東京の食いものだもの。でも、移住して三年が過ぎすし屋と焼肉屋については旨い店を一軒づつ見つけた。すし屋は美浜に「ばってん」という店、焼肉屋は那覇・松山に「華」という店だ。そして昨夜、もう一軒俺の沖縄・焼肉屋リストに加えるお店に出合った。那覇の久茂地にある「牛皇(ぎゅうおう)」という店である。牛皇・・・ぷぷぷ。なんとも高飛車なお名前である。雑居ビルの5階・6階がこのお店になっている。肉もキムチ・チャンヂャなどのサイドメニューも中々のモノだ。ただ、惜しむらくは内臓系の下処理の仕方である。丁寧過ぎるのである。上品過ぎるのである。内蔵好きの俺としてはもう少し内蔵についた脂を楽しみたかった。ただ、店の雰囲気、スタッフの応対も含めて良いお店であった。沖縄・那覇に滞在するなら「華」の次にお勧めしたい焼肉屋であーる。
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