2010-07-21 05:54:48

必死剣 鳥刺し

テーマ:映画

死延べが 命の粗末なら 鳥繕う



 藤沢周平はいい。でも、なんで、いいんだろう。面白い、とは言えきれない。何処がいいの、若い人に言われそう。いやいや、若い人ばかりか、昨今の、昭和生まれでありながら昭和人間の古臭さを脱ぎ捨てて今を満喫している婦人たちからしても、一方的な男の浪漫でしかないじゃないか、万が一、かみさんといっしょに観たら、そう言われそう。まあ、今どきの映画からすれば、けっしてワクワクさせてくれないし。こいつは見なければいかん作品、などとは、思わせてはくれない。
 この映画もそうだ。題名の「必死剣鳥刺し」。私自身が、始めは小ばかにしていた。必死な剣が鳥を刺すことか。鳥刺しとは、鳥のレバ刺しなのか。鳥には申し訳ないが、鳥の生のレバ刺しはうまい。食べるときに、済まぬ、旨いものだから、と思って食べる。
 いやはや、レバ刺しじゃなく、それとも、焼き鳥の串刺しなのか。筒井康隆の「串刺し教授」を思い出しちゃったよん。
 しかし、どうしたんだろう。微熱に浮かされるように、ここんとこ訪れていない映画館へ久しぶりに行って、「告白」いや「エアベンダー」「借りぐらしのアリエッティ」かな? いや、違うぞ。なんでか分からねど、串刺し、いやいや、この「必死剣鳥刺し」だぞよ。ってね。
 なんか元に戻るけれど、いや、いいよ周平。何がいいって、理屈じゃないよね。周平世界。それは、きっと・・・。
 うまく言えないけれど、日本人であることを忘れさせないことがある。そう、周平の時代劇における剣の奥義は、すべて人間の心に繋がっている。しかも、その奥義が人間の心、つまり、論理的・客観的に解決できない、人間の心の奥底を剣の奥義として表面化しているんじゃないかな。って。だから、時代劇の時代に終わってはいない。三左エ門は、今の時代にも、いや、今の時代だからこそ、あちこちにいる。
 ところで、彼の必死剣である鳥刺しが何なのか、途中で少し、子どもたちの遊びとして匂わせてくれるよね。病で亡くなってしまった奥方の睦江(戸田菜穂)が「ちょっと鳥がかわいそう」と言うのに、主人公の旦那、兼見三左エ門(豊川悦司)は言葉を返さない。でも、十分に伝わってくるよね、私たちに。だから、必死剣なんだよね。子どもの頃に、生き物とどう向き合っているのか。まあ、それは、ともかくとして。
 そういう中で、必死剣。とは、それが使われるときは、自分も既に死んだ境地にいる、とのこと。これを述べた相手は、彼が剣の使い手であることを知った彼の上司なる人物、津田民部(岸部一徳)。そうよ、主人公がお勤めするのは、今で言えば、ある意味でいえばお役所であり、そうでなくとも、民間企業でもありがちな駆け引きの世界。で、津田氏は、一見、彼を買っての人材登用。いいかな、買うということは、ある意味、抜擢なんだろうけれど、買うの反対の売るがあることを知るべし。私には、そんな岸部一徳の胡散臭さは見えたよ。
 ということで、周平がいいのは、けっして面白いとかエンターテイメントとか、そうなりきってカタルシスの浄化の極地に持っていかずに、現実社会がそうなら、クソ垂れ、こうしかなかろう、そういうのが、これ以上どうやって生きればいいの的な現代人に、痛く共感できる世界が描かれている。だからか、まだまだ若い、ここでの吉川晃司よりも若輩には、きっと、物足りない映画かもしれない。でも、吉川晃司が救われなくて、さらには、勝った豊川悦司までもが、救われない、では誰が救われる世の中なのか、そういうことを、現代社会の中にも問うている、そう思うと、映画でそんなんところまで観る為に映画鑑賞してるんじゃねえよ、そう若い人たちから言われそうだね。
 うん、そんで良いのよ。いろいろな映画があって、いろいろな観方がある。でも、私は、痛く好きなのである。こういう悩みを増やしてくれる映画が。下らん悩みを排除して、本来の悩むことに挿げ替えてくれる映画が。この映画は、まさしく、日本人が好きな時代劇という手法を借りて、現代社会における個人と組織の葛藤を描いているからじゃなかろうかってね。
 時代劇作家が陥りがちなのは、そこに正義の味方ではないにしても、食み出しものだとしても、それなりのヒーローを創ろうとするよね。今回の作品でいえば、帯屋隼人正の役演じる吉川晃司の方のが民衆の味方、ヒーローになりえるん。しかし、彼は、権力の犬、あるいは企業に純朴な召使、豊川悦司にやられるのだ。もちろん不本意であることは分かっている。
 そして、二人の切りあいは、実は、まったく意味がないことが分かるのだね。これは、二人の存在までも無意味に処せられる。それを企んだのは誰だ。目の前の誰か、ばかりではなく、今の時代では、どういう連中なのか、そう思わざるを得ない。して、そんな不条理の挙句、死を目前にして、必死剣が使われるのを私たちは見せられるのである。その必死剣は、今の時代なら誰に向けられる? そう思い、心当たりがあれば、確かに現代社会に通じるものがあるのではなかろうか。いや、あるから、この作品も成立してある。
 これほど、心に突き刺さる鳥刺しという行為はなかろうて。だからだ、周平がいいのは。まいったねえ。
 そう、妻亡きあとの主人公を支える、義理の姪の里尾(池脇千鶴)もいい。あの、一時の(結局は永遠の)別れの際の泣き顔は、なんとも秀逸だ。思わず貰い涙。私は彼女に惚れた。
 そう言えば、出来の悪い、時の権力者あるいは経営者に、側近として自己中なるやりたい放題の女、連子を演じる関めぐみにも、ある意味拍手だね。冒頭でいきなり死に追いやられ、なんちゅうことするの、三左エ門どの、そう思たけれど、いや、どんどん憎たらしくなる。で、語られねど、その理由なんとなく分かるよう見せられた後の、再度のリフレイン、その瞬間の彼女に、ざまみろ、と思いながらも、やはり、彼女の役に魅せられもしたのは確かじゃん。
 こういう映画を観ると、やっぱ日本映画って奥が深いのじゃないかな、そう思う。ハリウッド作品みたいな驚き桃の木山椒の木みたいな大味三昧を真似する必要はけっしてないよね。よりも、山椒は小粒でぴりりと辛い、のがいいよね。
 知ってる? なんで、みんな大味三昧に飛びつくかって言うと、その方が楽だし、それを鑑賞する人も表面だけ味わって美味しいと思えばいいから、傷を負わずに軽薄短小で興じて生きていけるからだよね。まあ、仕方ないと思うけどね、東京って昔から住んでいる人よりも、あちこちからやってきて釈迦力になってる人のが多いみたいだもんね。そんな釈迦力とか、神の力とか、それなら立川へ行って教えを仰げばいいのに。それよりも、地方から出てきた方々、地方のゆっくりとしたいいところを、逆に東京に持ち込もうよ。そうでない、東京は人の住む町じゃなくなっちゃうよ。
 ちなみに、大罪で死を覚悟しながらも生かされてきた自らの存在が何のためだったのか、そんな疎外感きわまる中での多勢を相手の殺陣で、兼見三左エ門が刀を絞るような動作が、あたかもゼンマイを巻くかの如く見えたのは私だけだろうか。私も日々の中でゼンマイを巻くかのように丹精せねば、そう思った。


空想俳人日記-必死剣鳥刺し


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コメント

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2 ■Re:こんにちは。

>halさん

なるほど、確かに。
どうやって伝わったのでしょうねえ。

1 ■こんにちは。

TBありがとうございました。
まさに絶対絶命の剣、必死剣でした。
でも、どうしてそんな秘剣が口づてに伝わったのか少し考えてしまいました。

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