ウルビーノのヴィーナス
テーマ:美術黄金の 林檎の審判 いま復び
ギリシア神話で語られているように、女神ヴィーナスが成熟した大人の女性として海より誕生するシーンを描いたルネッサンス期のイタリアの画家サンドロ・ボッティチェリの作品「ヴィーナスの誕生」は余りにも有名である。ダ・ヴィンチやラファエロ古典的リアリズムとは一線を画し、ヴィーナスの首は現実にはあり得ないほど長く、左肩の傾きは解剖学的にあり得ない角度をしている。そういった、ただ絵画において美を強調するためだけでの描写に、私は逆に魅了され、ボッティチェリのヴィーナスから、ヴィーナスそのものへの執着をもたらした。
日本語では英語読みヴィーナス(ビーナス)で親しまれているが、もともとはウェヌス (Venus 『魅力』の意) 、ローマ神話の女神。本来は囲まれた菜園を司る神。後にギリシア神話におけるアプロディテと同一視され、美と愛の女神と考えられるようになった。
そんなヴィーナスの古代からルネッサンス、バロック初頭に至る作品群が一堂に並ぶと言われてしまえば、ぞくぞくせざるを得ない。ということで、たまたま機会を得て、上野の森で「古代からルネサンス、美の女神の系譜」というサブタイトルがついた美術展「ウルビーノのヴィーナス」を観ることができた。
愛と美の女神であるヴィーナスは先の通り、もとは古代の女神。それが中世においてほとんど鳴りを潜めながら、ルネッサンス期に華々しい復活を遂げるわけです。
今回、中でも、その代表格とされるティツィアーノ作「ウルビーノのヴィーナス」を中心に、ブロンズィーノ、ポントルモらによるヴィーナスの様々な姿態を堪能させていただいた。彫刻、工芸品等には、あまり関心は沸かなかったが、絵画においては、まさしく堪能である。
「ウルビーノのヴィーナス」と同時期のポントルモ(本名ヤコポ・カルッチ)のミケランジェロの下絵に基づく「ヴィーナスとキューピッド」、16世紀ヴェネト派の画家による「眠るヴィーナスのいる風景」、アレッサンドロ・アッローリの「ヴィーナスとキューピッド」などの比較も面白かったが、私が個人的に気に入った作品は、他にあり。
パオロ・ヴェロネーゼ(本名パオロ・カリアーリ)の「息子アンテロスをユピテルに示すヴィーナスとメルクリウス」。ヴィーナスの幼顔にも見える表情が美しい。
そしてアンニバレ・カラッチの「ヴィーナスとキューピッド」。このヴィーナス、一見青年にも見えなくはないが、膝を綴じるように投げ出されて美脚が艶かしい。
最後にラファエッロ・ヴァンニの「キューピッドを鎮める賢明」。この展覧会の最後にあたる場所に展示されていた。絵にかけられた布をめくって見ようとするキューピッドを、やさしくたしなめているヴィーナス。人差し指に被るような構図の唇に吸い込まれながら、さて、この布の下には果たしてどんな絵が・・・。「子どもは見ちゃいけません」かな。
肝心要、ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」
は言わずもがな。










