2008-03-09 07:13:07

潜水服は蝶の夢を見る

テーマ:映画

瞬きの 紡ぐ人生 羽ばたきの 



 それにしても、イントロのクレジット(背景がX線写真)から、この映画やるな、そう思わせぶりの作品。と思いきや、本編に入ると、いきなり朦朧とした映像。そうか、観客は主人公の目を通して周囲を見ているんだ。私たちは主人公その人なんだ。なるほど、自伝が原作だもんね。
 さて、その主人公とは、マチュー・アマルリック演じるジャン=ドミニク・ボビー。ELLE編集長。子供3人の父親。内縁の妻がいる。
 42歳という働き盛りにドライブ中、突然脳梗塞で倒れ、身体の自由を奪われてしまったELLEの元編集長ジャン=ドミニク・ボビーが、全身の中で唯一動く左目の瞬きだけで綴った奇跡の自伝ベストセラーを映画化した感動ドラマ。というと、概ね、頑張って生きよう、とかいう普遍的なテーマを求めたり、お涙頂戴的不幸のどん底的な感情に浸りたがったりしやすいけれど、ちゃうよ、そういう普遍性も感情も「ここにはいらん」と、この映画。アイロニカルにも突っぱねているから、余計に面白い。と言っても笑ってはいけない、大変な人生であることは確かだ。
 彼が動かすことが出来るのは片目だけ。その片目がコミュニケーションの唯一の窓なのだ。頻度順のアルファベに瞬きだけのコミュニケーション。
 かつて肛門筋だけのコミュニケーションの話を聞いたことのある私なんだが、それはあくまでも他者による説明文。ここじゃ、彼の、その片目の苦悩に対し、彼自身の主観、つまり、ようは映像が主人公イコール観客で描かれていくから、人には伝わらねど喋っているつもりの言葉が耳の奥に響くように私たちにも聞こえて、その毒舌がヘンに明るさを感じさせてくれる。特に、主人公をケアする女性たちの登場から、もう、この編集長のスケベさが心に染みてくるのだ。
 このお話、実話であるが故に、もし、このキャスティングどおりの実際の取り巻き女性までも事実だったとすれば、あまりにも一般的かつ普遍的にはなりにくい。私なんぞは、へんに羨ましくも思ったりした。おいおい、お前も、こんな潜水服姿の毎日が送りたいのか、などと詰るなかれ。
 ちなみに、その女性群を紹介しておきたい。内縁の妻にポランスキー監督の「赤い航路」やオリヴィエ・ダアン監督の「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」にも出演していたエマニュエル・セニエ。言語療法士には「ミュンヘン」のマリ=ジョゼ・クローズ、 理学療法士には、本作の監督の奥様オラツ・ロペス・ヘルメンディア。自伝を書く際の協力者である編集者クロードにアンヌ・コンシニ。ほんとに、こんな女性陣では、雑誌ELLEの名編集長として人生を謳歌していたジャン=ドミニク・ボビーは私たちとは違う社会の人間じゃないかい。嫉妬はさておき、恋人役に、あの「レディ・チャタレー」のマリナ・ハンズとは、これいかに。
 しかも、その逆に目の前に現れる男性群はみんな敵? と思わせるような鼻つまみばかり。これ、社会のサンボライズ、記号表現かな。
 それよりも、私は、最初は絶望していたジャンが「記憶」と「想像」は自由に残っていることに気づくことに共感しながらも、潜水服さながら意識がありながらも身動きがとれない中、尊厳なる人間の肉体をも超越するイマジネーションに、蝶のように自由に飛びまわる想像力に、羨望をも感じてしまった。さらには、性的な想像や美食シーンなど、その人間臭さの裏にある強靭な精神力に、何不自由ないはずの自分が見劣りしてくるのである。
 そして、さらにさらに、こうした逞しい想像力の果てには。エマ・ドゥ・コーヌ演じる病院の創始者であるウジェニー王妃。彼女が何度も現れる妄想は幻想的というより、ただただ妬ましい限りなのである。やはり、この映画、やるな。
 放蕩生活に対し改心したかのような家族との海辺のひと時のシーンがあるかと思えば、昔の恋人からの会いたいという電話に、その場に内縁の妻がいるに関わらず、瞬きアルファベ並べて「毎日待っている」なんて応える始末。だいたい恋人と別れたのも、彼女が強請ったマリア像のせい。潜水服姿になってからでも教会では、しきりに神のご加護にもNonと言う。どういうやっちゃ。なんという、傲慢なポジティブさ。
 しかし、これでいいのかもしれない、この生き様こそ。人から哀れみを受けるよりも素敵じゃないか。ひょっとすると、この映画は「ブラボー!ジャン」という映画なのかもしれない。
 私たちも、スーツや制服などの常識なるかな潜水服着用を強いられる世の中、彼のように蝶の夢見て生きていきたいものである。「記憶」と「想像」を大切にしたいな。

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