2006-12-30 07:37:33

長い散歩

テーマ:映画

何処行くの ちょいと散歩の 人生よ 



 奥田瑛ニ監督の「長い散歩」を観た。観た、それで充分だ。何も同じ郷土の人間として観ているわけではない。でも、彼が監督業を始めていながら他の作品を観ておらず、初めての作品鑑賞であることは、実は少々引け目を感じながらでもあったのは間違いない。
 さらに言い方悪いけど、役者稼業に奥様(安藤和津さん)とのあれやこれや、などなどで、おおい、だらしない旦那さん的レッテルが貼られてたようなところに自分も間に受けていたし、そんなんどうでもいいだろと思いながら、同郷のよしみ、自分もそんなところがあるから、まあ、よかろう、そんなガキみたいな役者もね、そう思っていたのよ。ところが、いやはや、これはこれは、ちょいと馬鹿にしちゃいけないね。すんません。
 この映画、ある意味、というか、文字通りかもしれないけど、文科省推薦なる作品かあ、ほれ、いじめ、自殺、虐待、などなど、そんな教育課題へのソリューション映画にも思われなくもないが、そうした数多の推薦や賞狙いなる映画の優等生的とは異なる側面がそこかしこ随所から迸り出ている、素晴らしい。なんせ主人公は誘拐犯。
 何が素晴らしいって、自分の過去を省みながら罪の償いも意味し、虐待を受ける幼女と旅に出たじいちゃんこと安田松太郎を演じる緒形拳の駅前広場で泣き崩れるところ。孫相当のさっちゃん(杉浦花菜)の「どこへ行くの」に、永年生きてきた人生の経験者がにっちもさっちも行かなくどうすれば分からなくなるのだ。目の前には警察署。二人の周りには人だかり。さっちゃんを救おうとすることで自分の旅のやり直しを果たそうとした彼が「泣かないで」というさっちゃんに救われんとしている。さっちゃんは、じいちゃんにはほんとの天使なのだ。
 旅の途中、ちと得体の知れない、ザンビアという死が日常茶飯事の国からの帰国子女(男)。松田翔太演じるワタル、これがまたいい。その存在価値は、これからの人生を独りで生きねばならない若者のサンプリングとも言える。「さようなら」と呟く彼と、さっちゃんの母親、そして絶えず挿げ代わるヒモ(愛人)らは、実は世代的に、それほど遠くはない。育った環境は違えど、その自らの人生における身の据え方が分からない点などはある意味、酷似している。ザンビアでお猿の子が唯一の友だちだった帰国子女は、さっちゃんやじいちゃんと打ち解けながらも結局、自分の行き(生き)場所を見いだせない。雨降る歓楽街を傘も差さず彷徨う母親の高岡早紀の挿入映像が効いてくる。
 監督ご本人が刑事役で出ている。後輩からぼそっと言われる。「これってほんとに誘拐なんですかね」。でも、日本の社会では、まず幼女誘拐事件なのだ。そして、じいちゃんは犯罪者なのだ。誘拐された幼女に誘拐犯が、どんなに「おいていかないで」「泣かないで」と言われるほどの大切な存在だとしても。
 この作品のもととなる原案も考えられた奥田監督が、しかも生まれ育った私と同じこの地域(愛知・岐阜)で撮ったというのは、おそらく、自分の幼少から育まれ今日までに至る自分自身をも省みたかったのではなかろうか。
 タイトルの「長い散歩」、素敵な言葉だ。「出かけてくる」「どこへ」「ちょっと、散歩」、そんなふうによく使われる「散歩」。それが長くなっただけ。しかし、それが人生なんだ。松太郎の後ろ姿にUAが歌う「傘がない」が心にしみる。

AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

shisyunさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

コメント

[コメントをする]

2 ■ファイア- 様

コメントありがとうございます。

>岐阜の風景が本当にきれいでしたね。

大林監督の映画をロケ地の尾道の人たちが応援するように、奥田監督が故郷でロケするのを是非私たちは応援したいですね。

1 ■はじめまして

トラックバックさせていただきました。岐阜の風景が本当にきれいでしたね。

コメント投稿

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。