「ママ、ここが香織の新しいおうち?」

香織が無邪気な声で明るく香澄に聞く。

「そうよ~。新しいおうち。ママと2人で暮らすの。」

「うん!ママと2人がいい!」

香織は幼いながらも、父が母に何をして苦しめ続けたか理解していた。
父のいない暮らしは、香織にとって寂しさよりも安堵の気持ちが大きかった。

香澄は荷物を運び終わりダンボールの片付けをしていた時に最初の違和感を感じた。

4階建て5部屋…20世帯が住む筈のマンションであるが、エントランスのポストには投入口にほぼ全てテープが貼られていた。
開いているポストは3つ。
404、304、204…
香澄の部屋が404号なので、全てその階下になる。
一体どう云う事なのか…。
香澄の胸に微かな不安が過ぎった。

「下見の時には気付かなかった…。」

「ママ、どうしたの?」

香織の声で我に返りエレベーターホールへ向かった。


(なぜ?)


エレベーターが4階に上っていた。

(そ、そうね…きっと4階には他に住んでる人がいるんだわ…。)

自分で自分を納得させて、香織には動揺を悟られないように気を付けた。

エレベーターのボタンを押す。
しかし、しばらく経ってもエレベーターが動く気配はなかった。

「ママ~。まだ~?」

香織がしびれをきらせて香澄の袖を引く。

「エレベーター、故障かなぁ~。階段で行こうか!」

香澄はわざと明るい声で香織に答えたが、内心は動揺が抑えられなくなりつつあった。

「わかった~!ママ、お部屋まで競走~!!」

香織は言うや否や勢い良く駆け出した。

「待って香織!危ないよ~。」

香澄も後を追った。
その直後背後でエレベーターが1階に降りドアが開く。
香織を追いながら香澄は背後に何かの気配を感じ、思わず振り返った。

だが、そこには空のエレベーターがドアを開けているだけだった。
その時、香澄の足が何かに引っかかって香澄は思いっきり転んだ。

「キャー!痛い!」

香澄の悲鳴に香織が驚いて駆け寄った。

「ママ、ママ、大丈夫?」

「あ、うん…。大丈夫。ママ、転んじゃった。」

「ママのドジ~。」

「アハハ、そうだね~」

明るく笑ったが香澄は恐怖におののいた。
足元には何一つなかったから…。
確かに何かに引っかかって転んだのだ。
一体何に引っかかったのか…。

「香織、早くお部屋に帰ろうね…。」

その顔は青ざめていた。


つづく
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