香織の手を握りしめ玄関に入った瞬間、さっきまでは感じなかった背筋がゾッとする感じが香澄を襲った。

香澄は確信した。
アイツが中にいる。

香織とダイニングキッチンに入ってテーブルを見た時、香澄の確信が絶望に変わった。

テーブルの上に、ついさっき階下の住人へ挨拶のため持って行き、ドアノブに掛けた筈の菓子折りが置かれていた。

「ママ、どうしたの?香織、おててが痛いよ~。」

「あ、ごめんね…。ママ、強く握っちゃったね。」

出来るだけ平静を装ったが、さすがに香織もいつもと違う母を感じたようだった。
香織と話しながらも香澄は背中に気配を感じ続けていた。
恐怖が全身を支配した。

「ママ、ご飯食べようよ~。」

そうだ、私は母なのだ。この子だけには怖い思いをさせてはいけない。

香澄は震えながらも食事の支度に取り掛かった。


食事を終え香織を風呂に入れ終わると、早々に寝かしつける。
一時たりとも香織のそばを離れられない。
悲壮な思いであの気配と闘っていたが、引っ越しの疲れも重なりついウトウトしてしまった。

耳元でカサカサと云う物音がして香澄は飛び起きた。

「来ないで~!!」

我を忘れつい大声を上げてしまった。

「ママ、どうしたの?」

香織がビックリして母にしがみつく。

「あ、ごめんね…。ママ、ちょっと寝ぼけちゃったみたい…。」

「ママ、大丈夫?どっか痛いの?」

幼い我が子の言葉に涙が出そうになったが、香織をそっと抱きしめながら辺りを素早くみわたす。
少しだけ、あの気配が遠のいた気がしたが、香澄はそれから一睡も出来なかった。

翌朝起きてキッチンに立った香澄を待っていたのは、新たな恐怖だった。
洗って片付けたはずの食器が全部シンクに浸かっていたのだ。

神様お願いします。助けて下さい。

神に願いながらも、香澄はその願いは届かない事を知っていた。
今まで何度も同じような経験をして来たが、一度たりとも消えてなくなる事はなかったのだ。
自分で解決するしかなかった。

朝食を済ませるとすぐさま香織を幼稚園に連れて行った。
そうして、香澄自身は近くのコンビニへ向かった。
コンビニにたむろしている若者達に話しを聞く為に。

経験上こういう話しの類いは近所の人達の口が重くなる。
若者達の噂話しは、話し半分だが真実が含まれている場合があるのだ。


「ごめんなさい。ちょっとお話し聞かせて貰えるかな?」


つづく
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