香澄は背後に蠢く気配を感じながら、亡き母の教えを思い出していた。
(もしもの時は結界を作りなさい。その中にはアイツ達は入って来れないから…)
全神経を集中して丹田に気を溜める。何度も繰り返し、自分自身が火の玉と化したかのような錯覚の中、香澄はその全てを一気に発した。
【ドン!】
地鳴りと共に気配が拡散した。
香澄の力では居間ひと間に結界を張るのが精一杯だったが、辛うじて香織の身を守る事は出来そうだと安堵した。

「ママ!おっきな音がしたよ!なに~?」

「大丈夫よ。なんでもないから、心配しないで…。」

香織を抱き寄せそっと頭を撫でながら優しく声をかけた。
この部屋を出る時は自分が必ずそばに付いていなければ…。

それからしばらくの間、結界のおかげかアイツたちは香澄を遠巻きにしているだけで居間以外でも近付いて来る事はなかった。
そんなある朝、香澄が目を覚ますとベッドに香織の姿がなかった。
香澄を恐怖が襲う。

「香織~!!香織~!」

ベッドから飛び起き部屋を飛び出した。
キッチン、風呂、トイレ、クローゼット…何処にも香織の姿はなかった。
香澄の動揺が頂点に達した時、居間の押し入れから香織が出て来た。

「ママ~!どうしたの?」

「香織~!何をしてるの~、ママ心配したじゃない。」

香織を抱き寄せホッと胸をなで下ろした。

「隠れん坊してたの~♪」

無邪気な言葉に香澄は重大な思い違いを犯した。

「もう!香織ったら…。朝から、そんな事しないの。めっ!」

「ゴメンナサ~イ。」

「さあ…。お顔洗ってご飯にしようね。」

「はーい!」

香織と洗面所へ行き洗顔していたその時、最近になくアイツの気配が背後に迫った。
香澄は戦慄を覚え、香織の後ろに立ちふさがった。

「アハハ♪」

香織が突然笑い声を上げ洗面所の鏡を見ている。

「どうしたの?何か可笑しい事があったの?」

「エヘヘ…。内緒~」

「え~!ママに内緒なんてひど~い!」

香澄は香織を抱き上げじゃれながら居間へ移動した。兎に角その場を離れる事が先決だと判断した。
居間に入ると一息つく事が出来たが、その時には既に香織が突然笑い声を上げた事を失念してしまっていた。また重大な過ちを犯してしまったのだ。

香織は以前香澄と離れる事をあれほど嫌がっていたのに今は楽しそうに幼稚園へ向かう。
何故?不思議には思ったが…。

「ママ行ってらっしゃーい!」


つづく
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