暫く静かだった【アイツ】たちが、ここ数日少しづつ騒がしくなり始めた。

キッチンや食器棚のものが朝になると移動している。
夜中遅くになると、水道管から嫌な音が鳴り響く。
香澄は日に日に自らの感覚が研ぎ澄まされていくのを感じ怯えていた。

ある朝、香澄の怯えを決定的にする事が起きた。
眠っている香織を起こさないように、そっとベッドを降りた香澄の足元に包丁が突き刺さっていた。
一瞬何が起きたのか解らず包丁を眺めていた香澄たが、次の瞬間悲鳴を上げた。

「キャー!!」

香澄の悲鳴に香織が驚いて飛び起きた。

「ママ!なに~!!どうしたの?」

香織の怯えた表情を見て香澄はなんとか踏ん張った。体中が震えていたが、香織にはなんとか悟られないように勤めて平静を装い笑顔を作って答える。

「ごめん。何でもないよ。ゴキブリさんが居たのよ~。ママ、ゴキブリさん苦手でしょ!」

「アハハ♪そうだね~。ママ、ゴキブリさん大嫌いだもん♪」

「香織、もう少し寝てなさい。まだ、早いから…。」

「うん…。もうちょっと寝る~。」

香織を寝かせると、香澄は大急ぎで家の中のありとあらゆる刃物を、ダンボールに詰め込みゴミ集積所へ運んだ。

その間も香澄はアイツたちの気配を背後に強く感じていた。ついにアイツたちの恐怖がやって来た事を理解した。

香澄の直感は正しかった。
自宅のドアを開け玄関からキッチンへ急ぐと、テーブルの上にはたった今、香澄がゴミ集積所へ捨てて来たダンボールが置かれていた。
香澄は悲鳴を上げる事さえ出来ずその場に座り込んだ。

(一体全体どうすればいいの…。)

茫然自失の香澄の目に壁の黒い染み、居間の襖の手形がクッキリと映し出された。
全身の力が抜けていくのを感じながら香澄は気を失った。

「ママ、ママ!どうしたの?ママ、ママ!おきて…。ママ!ママ!…。」

香織の泣き声を香澄はボンヤリ夢の中で聞いていた。その刹那ハッとして、目を覚まし香織を抱き締めた。

「あ、香織。大丈夫よ…。ママ、またゴキブリさん見て驚いただけだから…。」

「本当に~。ママ大丈夫なの?」

香織の心配そうな顔を見て香澄は情けなくなった。自分は母なんだから、こんな事で怯えていてはいけない。
しかし立ち上がってテーブルを目にした香澄は、たった今自分に入れ直したカツがどこかに消え失せるのを感じた。

テーブルの上には、家中の刃物が並んでいた。


つづく
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